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一緒になりましょう

作者:まさな
6000字くらいです。不条理です。少し不倫モノです。

2017/6/17 誤字修正。

「課長、企画書ができたので、見てもらえますか」

「ああ」

 俺は書類を受け取り、ペラペラとめくる。悪くは無いが、合格は出せないアイディアだった。

「やり直しだ」

「分かりました」

 部下の石山はあからさまに渋い顔をして自分の席に戻っていく。面白くないのは分かるが、もう少し気楽にと言うか、仕事だと割り切ってやってもらいたいものだ。

「課長、225番に電話です。奥様から」

「ええ?」

 千晶が?
 ちらっと部下の視線がこちらに集中した。俺と真衣の仲を知っている奴はそう多くない。
 千晶との仲は完全に修復不可能な程度まで冷え切っていた。
 いい加減、不倫という関係を止めて、真衣と結婚した方がスッキリする。慰謝料は覚悟で、離婚してやるか。

 それにしても何のつもりか。
 仕事の邪魔をすれば、千晶の慰謝料の取り分も減るってのに、バカな女だ。
 俺は苛立ちながら受話器を取った。

「もしもし、俺だ。ここには電話するなって言ってあっただろう」

「分かってるわ、そんなこと。緊急よ。うちの父が死んだわ」

「むむ、いつ?」

「今朝らしいわ」

「死因は?」

 腎臓が悪いとは聞いていたが、入院するほどではなかったはずだ。

「よく分からないけど、警察の話では鈍器で後ろから殴られたって……」

「ええ? どう言うことだ」

「詳しい話は帰ってからにして。すぐ実家に帰らないと。通夜の準備もやらないと、親戚連中に何を言われるやら」

「分かった。じゃ、会社は早退してすぐ戻る」

「ええ」

 受話器を置くと、ちらりと真衣がこちらを見たが何も言わなかった。賢い女だ。優しげな瞳にボブカット。常に控えめで、どうして最初から真衣にしなかったのか、悔やまれる。
 「後で電話する」と真衣に一言メールを送り、急いで片付ける。

「石山、身内の不幸だ。俺は早退する。後は任せるぞ」

「ええ? わ、分かりました」

 狼狽えた石山はちょっと頼りにならない感じだ。仕事自体は覚えているんだから……ま、言っても仕方ない。

「何かトラブルがあれば、携帯に連絡しろ。指示は出す」

「はい」

 ほっとしたような石山を尻目に、俺は鞄を持って席を立った。

 殺人だって?
 物取りの仕業か怨恨か、どちらにしても面倒な話だ。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「先に離婚しておけば良かったわね」

 運転していると、後部座席に座っていた千晶が唐突に言うので、機先を制された気がした。

「ふう、そうだな。いや、その方が余計、顔を出しづらくなる」

「別に良いわよ。離婚は離婚だもの。わざわざ離婚した相手の家の葬儀に行く人もいないでしょう」

「それは……どうだかな」

 俺にはそういう知り合いはいないので分からなかった。

「とにかく、今はそういう話をしてる場合じゃないわ。夫としてきちんとやってよ?」

「わかってる。こうして運転してるじゃないか」

「ふう、そういう話じゃないわよ」

 千晶はうんざりだというため息をついたが、俺の方がため息をつきたいところだ。

 口喧嘩を避けるため、そのまま沈黙を守り、俺はハンドルを握る。
 バックミラーをちらりと見たが、千晶は少し疲れた様子で渋い顔のままだった。

 重い沈黙のまま、高速を降り、一般道に入る。

「そこを右よ」

「分かってる」

「忘れてるかと思ったわ」

「馬鹿にするな」

「そういうわけじゃないけど…あなたっていっつも棘の有る言い方をするわね」

「ああ、悪かった」

 それはお前の方だろうという喉元まで出掛かった言葉を飲み込み、投げやりに返す。
 千晶の父親、義父の死因について詳しく聞きたかったが、千晶自身も詳しくは聞いていないらしく、曖昧だった。

「あなた、会社に女がいるわよね?」

「…何の話をしている」

「今更隠さないで。私が気づかないと思った? 出張から帰って来たらきちんとシャツにアイロン掛けしてあったり、香水の匂いがしたり、キスマークを付けて来たこともあったのに」

「ええ? あったか?」

 その辺は注意していたはずだが。

「あったわよ。でも、それはどうでもいいの。ただ、ううん、いえ、何でも無いわ。考えすぎでしょう」

 何が言いたかったのか分からないが、千晶が自分で引っ込めてしまったので、俺はそれ以上は藪蛇で問い詰める気にはならなかった。


 
 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「やあ、よう来なすった。この度は大変なことで」

 千晶の実家に行くと、すでに親戚や近所の人達が来ているようで知らない顔がちらほらあった。
 俺は黙って一礼して、対応はすべて千晶に任せる。千晶も言葉少なではあったが、周りが気遣ってくれるので助かる。

「ただいま、お母さん」

 畳の上で着物姿で向こう向きに正座している千晶の母。俺は彼女も苦手だった。千晶に輪を掛けて澄ましたところがある。

「千晶、八坂(やさか)家の人間はお母様と呼びなさい」

「私は、ここを出た人間よ」

「それでもです」

 反論など許さぬという感じでぴしゃりと言い放つ千晶の母には、論理など通用しそうも無い。

「そこに座りなさい。警察から先ほど聞いた話をします」

 二人でそこに正座で座り、義母の話を聞いたが、未だに義父を殺した犯人は捕まっておらず、容疑者の特定にも至っていないらしい。財布の中の金は無くなっていたものの、物取りでは無いだろうとの話だ。

 争った形跡も無ければ、荒らした形跡も無い。
 物取りの仕業に見せかけた怨恨の線が強いという。
 それなら、タンスを開けて引っかき回しておけばとも思うが、時間的に無理だったのかも知れない。
 その時、義母がどこにいたのか聞き出したかったが、彼女が不機嫌になることは間違いない。黙っておくことにする。

「私はその時は買い物に出ていましたからね」

 俺の考えを読んだか、答えを告げる義母。

「帰ってから見つけたのよね? その時に誰かいなかったの?」

 千晶が問う。

「いませんでしたよ」

 平然と答える義母だが……。まさかな。

 千晶も黙り込み、なんだか居心地が悪い。

 線香を継ぎ足しているが、遺体はまだ司法解剖から帰って来ておらず、ここには無い。
 にもかかわらず、ここに義父がいるかのように扱おうとする義母には、得体の知れない怖さを覚えてしまう。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 翌朝、朝食を取った後、会社に連絡してくると言い訳して、一人で家の外に出た。あんな家、ずっといたら窒息してしまいそうだ。

 そのまま適当にぶらぶらと歩く。車の通りはなく、田舎だ。
 腰の曲がった老婆がこちらをじーっと見ているが、挨拶してくるでもない。不審者とでも思われたか。俺は軽く会釈して通り過ぎたが、やはり、視線は追尾してくる。どうにも気分が悪い。
 まあ、あんな老婆が殺人をするとも思えないから、犯人ではないはずだ。

 鈍器か――。
 凶器もまだ見つかっていないそうで、警察は何をしているのかと思うが、防犯カメラも無いような田舎ではそんなものかもしれない。

 道を歩いていると、ぴしゃっと音がして、近くの家の住人が戸口を閉めたようだ。ああ、近所で殺人があったから、怯えて警戒している訳か。
 そう思うとずっと気が楽になった。

 さらに少し歩くと、石段の坂に出くわし、石の鳥居もあった。この上に神社があるようだ。
 どうするか迷ったが、まだ十時前、今から家に帰っても、する事が無い。
 お通夜の訪問客には千晶に対応してもらう事にしよう。後で絶対、嫌みを言ってくるだろうが、どのみち言われるなら、一緒の時間を短くするに限る。

 石段はかなり急で、老人にはキツそうだった。高さも百段近くはありそうだ。

「ヒヒ、ヒヒヒ」

「んん?」

 昇っている途中、抜けるような感じの笑い声が聞こえ、そちらを見たが誰もいない。
 気のせいかと思い、また階段を上がる。

「ヒヒヒヒ」

 やはり聞こえた。もう一度そちらを見るが、今度は脇に生えている木の影に、白い着物をきた女性が隠れているのを見つけてしまった。

 コイツは、何をやっているのか。

 数秒ほど、俺は思考が止まってしまった。

 俺を殺人犯と疑って隠れたにしては、笑うのは異常だ。
 だいたい、なぜ白装束なのか。
 怪しい宗教団体の信者なのか。

 関わるべきでは無いと判断し、足早に階段を上る。この上が行き止まりなら、また戻って来る必要があるが、今、下に向かって降りたくはなかった。

「ふう、はあ」

 息が上がってきたが、階段を足早に上がる。
 そろそろ上に辿り着くだろうと思って見上げたが、まだかなりの高さがあった。

「ヒヒ、自分から、入りおった」
「死にに来よった、ヒヒ」
「殺して下さいと、言っておるわ。ヒヒ」

 複数の笑い声が左右から聞こえ、ぞっとした。

「俺は死にに来たわけじゃないぞ!」

 俺のことでは無いのかもしれないが、どうしても言っておかねばならない気がした。そう叫ばずにはいられなかった。

「返事をしおった!」
「我らの声が聞こえているぞ」
「久方ぶりの旨そうな肉よ」

 異常だ。俺は恐怖に駆られつつ、声の主を探したが、誰も周囲にはいない。先ほどの白い着物の女も見えない。
 だが、囁き声は聞こえてくる。

 夢でも見ているのか。
 ブブブブブと、腰のポケットの中が震えたので、俺は飛び上がりそうになったが、それが俺の携帯のバイブレーションであることを思い出し、電話に出る。

「良平さん」

「ああ、真衣か、すまん、ちょっと今、立て込んでてな」

「いえ、切らないで下さい。この電話が、あなたの命綱になりますから」

「なに? 何の話だ」

「いいですか、今から言うことを良く聞いて下さい。彼らは決してあなたには手を出せません。この世に存在していない者達です。だから、声が聞こえようと、姿が見えようと、相手にしてはいけません。返事はしていませんね?」

「いや、それが……」

 まずかったのだろうか?

「そうですか。では、姿は見てしまいましたか?」

「白い着物を見たが、君は何か知っているのか?」

「ええ。実は私は四良坂(よらさか)村の出身なんです。千晶さんの事も知っていました」

「む、そうだったのか……初耳だ」

「ええ。隠していましたから。本当にごめんなさい」

「別にそれは良いが……この世のモノで無いって、なんなんだ、ここは」

「ここは、この世とあの世の狭間です。自分が何段、昇ったか、数えていますか?」

 質問されて気づいたが、相当な段を上ってきている。それでもまだ半分程度しか来ていない。

「分からない。だが、おかしな所に足を踏み入れてしまった。俺は引き返した方がいいんだろうか?」

「それは……私にも分かりません。上が正解か、下が正解か。でも、とにかく、立ち止まっては駄目です。歩いて下さい」

「分かった」

「それと……あなたにもう一つ、謝らないと行けないことがあります」

「んん? なんだい?」

 真衣と電話していると、あの嫌な笑い声が聞こえてこない。俺は少し冷静さを取り戻しつつあった。

「あなたの義父さんを殺したの、私なんです」

「え? 何だって?」

「殺しちゃったんです」

「……どうして」

「あなたをここにおびき寄せるためです」

 俺の足が止まる。

「どういうことなんだ、真衣」

「フフ、あなたの先祖には人で無いモノが混じっています。その輝かしい血が私達には必要だったんです」

「……何を言ってるか、さっぱり分からんぞ。アレか? お前も、偽物なのか?」

「いいえ。最初から本物ですよ。ただ、人間になりすましてはいましたけど」

「くそ」

 信じられないが、それを言っているのは真衣自身だ。彼女の声に間違いは無い。
 俺は迷ったが、携帯を切った。

「切りおった!」
「成功じゃ!」
「騙されおった!」

 一斉にまた老婆の声が響き渡り、俺は狼狽する。

「ええ?」

 携帯がまた鳴ったので、通話ボタンをとっさに押そうとするが。

「遅いわっ!」

 ヒュッと白い着物姿の老婆が、こちらに跳躍してくる。
 五メートルは一気に飛び越えているだろう。
 俺は呆気にとられて上を見た。

「捕まえた!」

「は、放せ!」

 手がいくつも、俺の体を掴んできて、俺は必死に引きはがしに掛かる。
 だが、手は次から次へと伸びてきて、掴みかかってくる。
 その手に体は無い。
 腕だけが空中から伸びて、何本も、何本も、触手のように迫ってくる。

「うわあああ、放せ! 放せ!」

 俺は理性と言うより生理的嫌悪感から、それを振り払おうと体をひねる。

「あっ!」

 その拍子に石段を踏み外してしまい、体がスローモーションで倒れかかる。

 ここから落ちれば確実に死ぬ―――。

 慌てて手を伸ばすが、今度はさっきまで掴みかかっていた手が薄れ、掴めない。

「く、くそっ!」

 地面に転げ、なんとかそこに踏みとどまろうとするが、勢いが付いてしまっていて、止まれない。

「ひいっ! うあっ!」

 背中に強く鋭い衝撃を受け、激痛に襲われながら、俺は石段を転げ落ちていく。

 一番下まで転げ落ちた俺は、自分がまだ死んでいないことに驚愕した。



「だから言ったでしょう。この電話を切っては駄目ですよって」

 目の前に真衣が立っている。白い着物姿であった。

「お前は、何者なんだ?」

「私は―――するモノ」

 彼女は答えたが、途中で声がかき消え、俺には何を言ったか理解できなかった。

 真衣はしゃがんで、這いつくばっている俺に顔を近づける。
 普段の物静かな彼女とは異なり、何か、異様な笑みと雰囲気を漂わせている。
 顔が迫るので、俺の息が苦しくなった。

「俺を…どうするつもりだ」

「うふふ、どうしましょう? 食べちゃっていいですか、千晶さん」

「そうね」

 喪服姿の千晶がそこにいた。

「千晶!? お、おい、お前は、真衣と知り合いだったのか」

「ええ。近所でしたからね。でも、もういいわ。そろそろ人間を演じるのも飽きてしまったし」

 そう言って千晶は自分の顔に手を掛けた。
 びろんと、顔がめくられた。


「う、うわあああ、な、なんだそれはッ!」

 顔の下に、とんでもないモノが隠れていた。
 俺はそれを見た。
 千晶の正体を。
 根源的な恐怖に蝕まれ、理性などとっくに焼き切れてしまっている。

「「 さあ、私達と一緒になりましょう 」」

「や、やめろ、来るなぁ!!!」

 俺は叫んだ。力の限り叫び続けた。

 が、意味は無かった。
 俺はどうやってもソレに抗えないことを覚った―――。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 いつも通りに会社に出勤する。

「やあ、良かった、課長、取引先から、納期の変更ができないか、問い合わせが入っていて」

「そうか。じゃ、後は任せてくれ」

「はい、お願いします」

「それと、ふふ、石山、後で打ち合わせをするから、会議室を取っておいてくれ」

「分かりました」

 さあ、楽しい融合の時間になりそうだ。
 俺達(・・)は待ち遠しさに身震いしつつ、その時を待つことにした。


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