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School&Magic

作者:MTL2
まずは自己紹介からさせていただきます。
僕の名前は式野シキノ アオイ。ごく一般的な地元高校に通っていた高校生二年生です。
好きな食べ物はハンバーグ。嫌いな食べ物は得にありません。
運動は全くと言って良いほど出来ないけれど、料理と勉強は自分でも出来る方だと思ってます。
容姿や性格は、よく女々しいなんて言われますね。僕としてはある想い出の中に居る少年のような、頼りがいのある男に憧れてるんですけれど。

おっと、自己紹介より前にこれを説明しておかなければ駄目でしたね。
この世界では人間には大きく二種類居るんです。
一つは魔法の使えない人間。もう一つは魔法の使える人間。
携帯電話もスマートホンが使われ始め、ロボットも人の命令を聞いて滑らかに動くような現代。
そんな時代にこの技術は未だ息をしています。
―――――あぁ、勿論、僕は魔法なんて使えませんよ?
当然じゃないですか。僕は火を出したり水を出したりなんて出来ませんから。

さて、ここで少し現状説明をさせていただきましょう。
先程の自己紹介で僕は高校に[通っていた]と言いました。
そう、過去形です。
何故か、って?

「あぁ、ここが天霊院テンレイイン学園だ」

天霊院学園。世界屈指の魔法国家でもある日本国の、さらに超絶名門学園。
それがここ天霊院学園なのです。勿論、生まれて間もない、言葉も喋れない時代から魔法が使えるような超天才児が通う学園ですよ。その上でお金持ちの人達が通う学園なのですよ?
そんな近付くことすら容易に出来ないような学園の前にどうして僕が居るのかって?

「ようこそ、式野 葵君。今日から君はここの生徒だ」

そう、地元高校に入学して一年。
僕はいきなり転校命令を出されました。しかも国から、正式に。
手紙に従った僕はそのまま、ここ天霊院学園へとやってきたのです。
えぇ、普通に考えればこれは非常に嬉しい事なのでしょう。
天霊院学園は卒業すれば世界に名だたる一流企業が豪華接待面接を行うような超名門校。
いわゆる[箔が付く]ってヤツですね。
正しく選ばれた人しか入れないそんな学園にどうして僕が入れたのかは解りません。
でも、ここを卒業しただけで人生の成功が約束されるような所です。嬉しくない訳がない。
あぁ、最も大切なことを言い忘れてました。これを言い忘れては意味がありませんね。
何の能力もない僕が入る事自体が問題なんですが、それよりももっと大変な事があるんです。
僕が今、物凄く困惑している理由であり、物凄く根本的な問題でもあります。
何だと思います? あ、魔法が使えない事だとかじゃないですよ? ここにも魔法が使えずして入学した前例もあるそうですから。
じゃぁ、何だと思いますか? 学力だとか資金だとかも違います。そんなに難しい事じゃないんですよ?
実はですねーーーーーーー……。

ここ、女子校なんです。



【天霊院学園・校長室】

「ようこそ、我等が天霊院学園へ。私は校長の鬼柳キリュウ 卸智オロチだ」
式野を出迎えたのは若々しい女性だった。
黒のショートヘアには一本の白ラインが入っており、少しばかり奇抜である。
女性の年齢を推測するのは失礼だが、その上で言わせて貰えば二十代後半と言った所だろう。
体つきも若々しいし、運動の出来る人なのかも知れない。
「君が式野 葵君だな? 先程、君を案内してきた男から何か聞いたかね?」
「え、えーっと……」
「……何も説明しなかったな、あのアホ」
そう言うと、鬼柳校長は机の真ん中の、机全体の半分ほどのスペースを取っている引き出しを開ける。そこに入っていたのは漆黒の鞘と純白の紐で封じられた日本刀だった。
「……えっ」
銃刀法違反。今時、子供でも知っている法律だ。
だが、それは国家から認められた魔法使用者には特例的に解除される。
それ程に魔法を使える人間は特殊視されているという事だ。
……だが、少なくとも学園内で日本刀を抜くことが特例だとは思えない。
「あー。君に使う訳じゃない。心配しなくて良いよ」
「と、なると……。さっきの男の人に?」
「あのヤローはマジぶっ殺す。……と言いたいが、君にスプラッタ劇場見せて卒倒されてもなぁ。……どうしよっか」
彼女は日本刀を再び引き出しに戻して、顎に手を当てて思考する素振りを見せる。
まるで天井の染みを数えるかのように何度か視線を右往左往させて、やがて両手を打ち合わせて椅子から身を乗り出させた。
「そうだ! あのヤローにちょっと学園を案内させてやろう!!」
「あ、案内ですか」
「本当はパンフレット渡して終わりだったんだけどな。どう? アイツは我が校に居る数少ない男だ。仲良くしといて損はないと思うけど?」
「え、えーっと。じゃぁ、お願いしましょうか……」
「そうしとけそうしとけ! じゃぁ、呼ぶから待っててね」
受話器を持ち上げ、番号を押し終わるまで約数秒。
彼女が電話を掛けるまでも早かったが、受話器を置くまでも早かった。
「三秒で来い。以上」
これだけなのだから、早いのは当然だろう。
受話器を置く寸前に絶叫が聞こえたのは気のせいだと思いたいけれど。
「いやぁ、手間掛けさせて悪いね。何せ男の転入生なんて異例中の異例だからさ? 学園側も大慌てでねー」
「ほ、本当にそうですね……。どうして僕がここに?」
「詳しくは今から来る……」
直後、校長室の豪勢な扉が押し開けられる。
勢いよく開けた為に扉が壁に打ち付けられて鼓膜が震動する程の大音が校長室に鳴り響いた。
式野は思わずびくりと体を震わせたが、鬼柳は得に動じる様子も見せず、と言うよりもむしろ気をよくしたように口元をにやりと緩める。
「ざんねーん五秒だ。今度、飯奢れ」
「おかしいだろ!? 職員室からここまで歩いて何分かかると思ってやがる!!」
「それでも十秒以内に来る辺り、流石の忠誠心だねェ? メタル君?」
「うるせぇ、行き遅れが!!」
刹那、だったのだろう。
扉を叩き開いて入ってきた灰黒髪の男性の表情が凍り付いたのは。
刹那、だったのだろう。
つい先程まで気さくに話していた鬼柳校長の表情が鬼神が如く変貌したのは。
刹那、だったのだろう。
何も知らずに女子校に招かれ、何も知らずに事態が進行させられていた少年が死を覚悟したのは。
「……今日は特別に許す。ただし次からはスプラッタ大劇場だ。米国で売り出しゃ前代未聞の大ヒット。良いな?」
「……了解だ」
「じゃ、そういう事で! 式野君はこのメタルに学園内を案内して貰ってくれ。OK?」
「……は、はい?」
「……鬼柳。テメェが無駄に殺気垂れ流すからコイツ失神しかけてるぞ」
「見た目は女々しいが男だろー? 情けねェなぁ」
「普通の男に何言ってんだ……。まぁ良い。名前は?」
「式野 葵です……」
「よし、式野だな。俺は戦闘教科総合責任者、メタルだ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……。……戦闘教科?」
「詳しい事は道すがら、な。ここで失神したいか?」
「……遠慮しておきます」
「だろうな。……じゃ、俺はコイツを案内してくるわ」
「あぁ、そうだ。メタルー、今日の夜は空いてるかー?」
「また酒飲みかよ。……明日なら空いてるぜ」
「OKOK、スプラッタ劇場は後回しだな」
「せめて無くせや、そういうの」


【北校舎・廊下】

「悪ぃな、悪い奴じゃないんだがテンションが上がるとどうにも抑えが効かない奴なんだ」
オールバックに近い髪型のその男は、申し訳なさそうにため息をつきながら髪を掻き毟る。
彼の目色は黒に近い紅色で、まるで乾きかけた血のような色だった。
見ているだけで吸い込まれそうに成るほど恐ろしい色だが、本人は決して恐々しい人物ではない。
聞けば彼は戦闘教科総合責任者のメタルという人物で、魔法は使えないんだとか。
戦闘についてはよく教えてくれなかったが、要するに教頭に近い立場だとか。
「め、メタルさんは鬼柳校長と仲が良いんですね?」
「腐れ縁みたいなモンだ。……というか、お前は本当に女みてェだな。男なんだろ?」
「毎日トレーニングしてたんですけど、する度に筋肉痛になちゃって……」
「だとしても、こんなに細っちぃ腕になるか? 普通」
メタルはまるで赤子の産毛を触るように人差し指と中指で式野の腕をつまみ上げる。
成る程、メタルの言う事も尤もだ。彼の腕はまるで女性のように細くて白い。
と言うか、言われなければ女性と勘違いしてしまいそうな程だ。
「肉喰ってるか? 運動してるか? 毎日、外に出てるか?」
「ぜ、全部やってますよ? 昔の知り合いに居たんですけど、実は僕、漫画の熱血みたいな男らしい主人公に憧れてて……」
「いや、これじゃ少女漫画の男キャラ……」
彼の言葉を打ち切ったのはスカートから生えた二本の足。
と言うよりは女子生徒のドロップキックだった。
それはもう見事なドロップキックで、式野の目にはスローモーションでメタルが飛んでいく姿が見えたほどだ。
……というか、そのドロップキックをした女生徒の下着までスローモーションで見えてしまったのだが。
「何をしてるッスかぁあああああ! メタル教官ンンン!!」
メタルが地面を叩き付けられ、転がっていくと同時に地面に降り立ったのは健康的な女性だった。
細くもしっかりとした足は地面を蹴るのに適しているだろう。
腕も女性らしい細さだが、健康的である。
顔つきも非常に整っており[爽やか]という言葉は彼女の為にあるよう物だ。
「大丈夫ッスか!? 変なことされてないッスか!?」
その女性はドロップキック後、素早く着地して式野の両肩に掴み掛かってきた。
彼を大きく前後に揺らして何度も安否を確認してくる。
むしろ彼女が大きく揺さぶるせいで安否が不安になってくるほどだ。
「お尻とか触られてないッスか!? おっぱいとか弄くられてないッスか!?」
「え、あ、あ、あ、あの」
「やっぱりクソ野郎だったんスね! やっぱり男は信用できないッス!!」
「…………………………おい、長風ナガカゼ
「起きやがったかクソ野郎!!」
額に青筋を浮かべ、目元をひくつかせるメタルは明らかに不機嫌そうだ。
まぁ、普通に会話していて蹴り飛ばされれば誰でも怒りそうな物だが。
「取り敢えず俺を蹴った理由を言え。な?」
「アンタは女に興味がないホモ野郎と思ってたら、まさかこんな可愛い子に手を出すクソ野郎だったとは……!!」
「……俺はホモじゃねぇし、そもそも女に手を出したつもりもねぇぞ」
「えっ、だってこの子……」
「ど、どうも……」
「式野 葵。我等が天霊院学園に転入してくる新しい[男子]!!! 生徒だ……!!」
「……男?」
「男だ…………!!!」
長風と呼ばれた女生徒は式野をじーっと見て、視線をメタルに映す。
何があったのか徐々に理解し始め、苦笑を漏らす式野。
修羅が如く牙を剥き出しにし、悪鬼が如く眼光を光らせるメタル。
自分が何をしたのか、自分の手が触れているのが誰かを認識した長風。
「おい」
「私はメタル教官を信じてたッス!」
「おい」
「それじゃ失礼!! グッバイ!!」
その女生徒は通常では信じられない速度と、周囲に烈風を巻き起こして走り去っていく。
彼女が走り去った後は例えるならば旋風のような物を脚に纏って疾駆していった。
「い、今のは……?」
「陸上部エース、長風ナガカゼ 紀里キリだ。一年生だからテメェの一年下だな」
「……な、中々、活発な子で」
「活発すぎて勘違いで教官を蹴り飛ばす程にはなァ…………!!」
「お、抑えてください……」
「……ったく。まぁ、序でに説明しておいてやる。この学園では色んな部活動がある。そこは他の高校と変わらねェが、絶対的に違う部分が一つ」
「魔法を使用した魔法競技なんですよね?」
「こりゃ有名だから知ってるか。その通り。さっきの長風みたいに通常競技とは違う、魔法を使用した競技が認められている。テレビなんかでもやってるだろ?」
「えぇ、僕も何度か見た事があります」
「野球やサッカーなんかもあるから、興味があればまた部活見学なんかもしてみると良い」
「は、はい!」


【南校舎・廊下】

「あー。説明し忘れてたがな。外から見ても解るようにこの学園は全部で五校舎ある」
「流石は天霊院学園ですね」
「金持ち共が湯水のように投資してくるからなぁ。使い切る事どころか保管する場所を確保するのが難しい程だとよ」
「流石は天下の天霊院学園……」
「もう天上レベルじゃねぇかと時々思うよ」
「あははは……」
「さて、説明に戻るが校舎は東西南北と中央がある。それぞれの校舎に様々な設備があってな。まぁ、学びの園っつーには充分過ぎる設備だ。……時々、必要ないだろと思うモンがある程にはな」
「羨ましいぐらいですね……」
「そうだな、丁度良い。この南校舎には娯楽施設が忠実しててな。ゲームセンター始め喫茶店から図書室まで、授業外の娯楽施設は殆どが南校舎にあるんだ」
「……言ってしまっては何ですけれど、必要ですか? それ」
「この学園は言葉通りお嬢様学園でな。外出する生徒は殆ど居ねぇ。と言うか外出するにゃ鬼柳校長の許可が要るぐらいだぜ」
「さ、流石の徹底ぶりですね」
「まぁ、一般人程度に魔法使いが負けるとは思えないけどな」
「……魔法使い」
「そう。この学園の生徒の実に九割が魔法使いだ。特例を除いて魔法使いしか入れねぇから当然だ」
「やっぱり特例もあるんですね」
「お前に至っちゃ特例中の特例だからな。男の生徒が入ってくるなんざ学園史上初だぞ」
「でも、男性教諭の方はいらっしゃるんですよね?」
「おう、俺とかな」
式野とメタルが会話していると、一人の女性が彼等の目の前を通っていった。
黒に近い紫色の長髪は腰元まで伸びており色艶は非常に美しい。
その女性は顔つきも凛としており、彼女が着ている和服と相まってか清純な雰囲気が感じ取れる。
また、その腰に携えられた刀からしても侍のようにも思えてきた。
言うなれば女侍、と言った所だろうか。
因みに銃刀法違反だのという常識は、突っ込むだけ無駄な気がしてきたのでスルーしておくことにしよう。
刈良カルラ、また和室の方に行ってたのか?」
「これは師匠。えぇ、先程まで拙者は和室で茶を嗜んでいたでござる」
「もうお前と、ごく稀に俺が使うぐらいだからなぁ、和室。しっかり掃除しろよ?」
「先刻承知にござる。師匠と……、その隣の御仁は何方か?」
「あぁ、コイツは式野 葵。転入生だ」
「何と。拙者は刈良カルラ リン。天霊院学園二年でござる」
「し、式野 葵です。二年生……、になります」
「む? 外見からして女性かと思えば声色は男? 何と摩訶不思議な」
「コイツは男だよ。お前、そのネタは長風がやったからな」
「長風殿と被ったでござるか……。拙者、これは不覚にござった」
「ゆ、愉快な人ですね……」
「刈良は俺の弟子みたいなモンでな。よく剣術を教えてる」
「メタルさんって剣を使うんですか?」
「まぁ、俺のは剣術っつーか何つーか……。っと、こんな所で油売ってる暇はねぇな」
「師匠、式野殿と何処へ行かれるのでござるか?」
「校内を案内してるんだよ。お前も今日の放課後はまた修行だろ? 余り遅く残らず、さっさと帰れよ」
「御意。師匠のお言葉とあらば。……しかし、最近は模擬戦に付き合っていただいてくれないでござるな?」
「俺も忙しいんだよ……。まぁ、また予定が空いたらな」
「御意。承知したでござる」
彼女はそう言い残して、美しい髪を揺らしながら歩き去って行く。
その和服姿は他の生徒と違って非常に目立つ物だったが、太陽の日差しの中を歩く彼女の姿は、やはり鈴音のように凛としていた。
「さて、と。じゃ、次はあそこに行くか」
「……何処ですか?」
「お前が近い内に世話になるかも知れねぇトコだよ」


【西校舎・保健室】

「……何の用だ」
固い扉を開けて保健室に入室するなり、酷く気怠そうな声を掛けてきたのは白衣を着た女性だった。
深緑色の髪はボサボサで丸眼鏡の下から覗く目つきは酷く疲労しているようにも見えるほど悪い。
背格好はともかく、何より猫背で胸が強調される姿勢は如何にも研究者といった体だ。
「よう、薬師さん。相変わらず不機嫌そうだな」
「怪我でも病気でもないなら帰ってくんない?。こちらも暇じゃないんだけど」
「まぁ、そう言うなって。新人にここを紹介してんだ。こちらは薬師ヤクシ サジさん。この学園で保険医をやってる」
「し、式野 葵です」
「薬師よ。この保健室の責任者をやってるから」
「怪我すりゃこの人に任せとけ。大抵のモンは直すからな」
「は、はぁ……」
「つーか、薬師さん。扉の支えが悪いぞ。修理し解いた方が良いんじゃね?」
「もう既に修理業者に頼んである。今日中には治しにくるはずだ」
「お、そうなのか。あ、それとコイツが」
「……あぁ、そうか。貴様が今日入ってくると言っていた男子生徒か」
薬師はそう言うと椅子から立ち上がって式野の全身を舐めるように観察していく。
足先から髪先まで、ゆっくりと。
それから彼女は席に戻って大きく息を吐き出した。
「特質すべき点はなし。魔力もほぼ無い。一般人以下だ」
「だろうな。鬼柳校長もそう言っていたよ」
「……式野。貴様の特技は何だ?」
「え? えーっと……。……料理とか?」
「この始末。魔力もない、それも男がどうして生徒として入学してきたんだ?」
「知るか。鬼柳校長の考えてる事は九割方解らねぇんだから」
「お前の嫁だろ、何とかしろ」
「単なる腐れ縁だっつってんだろ!!」
ギャアギャアと言い争う二人を前に、式野はただオロソロと慌てるしか無かった。
そんな中、どうにか止めようと慌てる彼の衣服を引っ張る少女が一人。
「うん?」
式野の胸元に届くか届かないかの、小さな少女。
恐らく小学生、いや大きく見積もっても中学生に成り立てぐらいだろうか。
その少女は口に飴の棒らしき物を咥えており、非常に幼く見える。
腰元まで届く長い銀色の髪を揺らしながら,その少女は左右の目色が違うオッドアイで式野の事を見つめてくる。
―――――薬師さんの子供……、かと思ったが髪色も目色も全く違うし、そうではなさそうだ。
―――――メタルさんの子供でもないだろうし、一体全体、誰の子供だろう?
「ん? 百萌木モモギか? 何してんだ」
「……この人、女の子みたい」
「おい、式野。百萌木にまで女の子みたいって言われてるぞ」
「え、えーっと、こんにちは?」
「……こんにちは」
「飴いる?」
「……いる」
「確か、のど飴だけど甘いのが……」
式野は懐を漁って、一つの飴を取り出す。
幼稚園児か小学生が遠足に持ってきそうな、可愛らしいプリントが施された袋のあめ玉だ。
これを平然と懐から出してくる辺り本当にコイツは女子なんじゃないか、とメタルと薬師は思ったのだが、流石に口には出さなかった。
「どう? 美味しい?」
「……美味しい」
「良かった」
式野から受け取った飴を、先程まで咥えていた飴を取り出してから口に放り込む百萌木。
無表情ながらも口の中で幸せそうに飴を転がす百萌木を見て微笑む式野。
端から見ると完全に仕舞いのやりとりだ、とメタルと薬師は思ったのだが、流石に口には出さなかった。
「女の子ってこう、可愛らしいですね。この子も大きくなったらこの学園に入るのかなぁ」
お前の言う可愛らしいは明らかに男の言う可愛らしいではないだろう、とメタルと薬師は思ったのだが流石に口には出さなかった。
「僕もこんな可愛い女の子のお父さんになりたいなぁ」
「「いや流石にお前はお母さんだろ」」
流石に突っ込まずには居られない。
「ぼ、僕は男ですよ……?」
「そろそろ本気で疑問を持ち始めたからな。……というか、お前の言うその女の子は百萌木モモギ 花鈴カリン。電子学や情報学に置いて最高峰の実力を持つ。……因みに三年生。お前の先輩だぞ」
「えっ」
「俺も初めはコイツを児童施設に引っ張っていこうとして鬼柳校長に殺され掛けたからな。気を付けろ」
「いや、流石にそれは……」
「……薬師さん、これ。クラス名簿」
「あぁ、そうか。ご苦労」
薬師はその資料を受け取って、何かを記入した後に再び百萌木へと返還する。
彼女はそれを受け取った後、とてとてと保健室の出入り口まで歩いて行き、ふと足を止めた。
「……飴、美味しかった」
百萌木はそう言い残して保健室を後にしていく。
とは言え、扉を開けるのに随分と苦労していたのでメタルがそれを開け、閉じるのもメタルが行ったのだが。
「……早く治して貰わないとな」
「全くだ」


【東校舎・廊下】

「な、中々に個性的な方々が多い学園なようで」
「言葉を選んでくれてありがとう。正しくその通りだ」
続いて東校舎。この校舎は他の校舎に比べて真新しく見える。
いや、どの校舎も廊下はピカピカだし壁は真っ白なのだが、それ以上にこの校舎は清潔感溢れているのだ。
「いや、本当にどうしてこんなに綺麗なんですか?」
「あー、ここは三年生の教室がある校舎でなぁ。北が一年、西が二年な」
「南は?」
「流石に娯楽中心の所に教室置く訳にもいかねぇだろ」
「なるほど……」
「教員は中央校舎だから、覚えておくと良い。解らない事があったら聞きに来るんだな」
「はい! 解りました」
「しかし、他に説明する事と言えば一つぐらいなんだが……。何だが……、なぁ」
「……何か、問題が?」
「いや、実は」
彼は唐突に言葉を打ち切り、懐を探って携帯電話を取りだした。
真っ黒なそれは非常に頑丈そうな折りたたみ型で、通常の物に比べれば厚い方だろう。
尤も、背に[鬼柳 卸智]と表示されたそれを持っているメタルの顔が段々と青ざめていくので式野にはそれ所ではなかったのだが。
彼は携帯電話での会話を終えると同時に真っ青な顔をさらに青くして機械仕掛けの人形のようにゆっくりと視線を式野へと向けた。
「だ、大丈夫ですか?」
「……式野。この学園も一応は高校だ。そりゃ生徒が自治する生徒会もある」
「えぇ、僕の居た学校にもありましたね」
「…………生徒会、挨拶しとくか?」
「え、えぇ。これからお世話になりますし……。出来れば挨拶しておいた方が」
「お前は良い奴だな。だがそれが命取りだ」
「えっ?」
メタルは何かを悟ったかのような笑みを浮かべ、式野の方に手を掛けた。
彼は微笑んだまま式野の肩を何度か叩き、やがて軽いため息をついて。
「生きて帰れよ」
そう一言だけ言い残し、全力疾走で去って行った。
式野の手元にいつの間にか生徒会室への地図とメモを残して。
「…………えっ?」


【中央校舎・生徒会室】

「……ここだよね」
校長室に負けず劣らずの豪華絢爛な扉。
ただ、何故だかこの扉を開くことが酷く躊躇われてしまう。
開ければ、それで終わってしまいそうな。何もかもが終わってしまいそうな気がする。
全身をなで上げるこの恐怖感は一体、何だと言うのか。
「失礼、します」
それでも入らなければならない。
生徒会室への地図と共にメタルが置いていった、あの伝言を確認する為に。



【職員室】

「…………はぁーーーー」
「大きなため息ですね、メタル教官?」
メタルに声を掛けてきたのは老齢の男性教諭だった。
外見相応の白髪の彼だが、腰はしっかりと伸びており非常に健康的な印象を受ける。
丸めが値を掛けた彼は老人らしい優しげな笑みを浮かべながら、酷く疲労した風なメタルへと声を掛けた。
「おぉ、ウォルフ先生。これはだらしない所を」
「いえいえ。貴方もお疲れなのでしょう。何でも転入生に校内案内をしてきたとか」
「えぇ、そうなんですよ。……その新入生がですね、生徒会室の方に」
「……生徒会室?」
「えぇ、生徒会室に」
「せ、生徒会室と言えば……!!」


「あぁ、来たわね」
―――――あぁ、この人が、そうなのか。
凛とした長髪は流れる川のように滑らかで。
その表情は美という言葉を表したかのように美しい。
全身に無駄を探しても微塵も無いような、完璧な存在。
「生徒会長、兼副会長、兼書記、兼会計、兼庶務」
彼女は生徒会室の最も奥にして中央の、生徒会長の椅子から立ち上がる。
歩く姿すらも芸術の域に至る彼女を、どう形容すれば良いのか。

「通称[人外人間]、[魔術の申し子]、[今世代最強の魔術師]……。ect、ect」

「天霊院学園、二学年。秋月アキヅキ シズク
式野の前に立った彼女は、ゆっくりと視線を細目ながら彼を凝望する。
それこそ、天上の乙姫が摘み取った花を見るように、じっくりと。

「天霊院学園二年生にして生徒会業務を全て一人で担い、完璧にこなす」

「ようこそ、式野 葵。我等が天霊院学園へ。そして我が生徒会室へ」
その女性は静かに、ただ機械的にそう言うと静かに息を吐く。
式野には、彼女の吐息すらもが天の息吹のように感じられる。
一挙一動全てが、彼女を彩る存在のようにすらも。

「魔術成績、学年成績、容姿。全てを最高水準で保つ、規格外な存在」

「あ、ど、どうも」
式野は戸惑いながらも、目の前のそんな女性に恐縮ながらに頭を下げた。
見るからに溢れるカリスマ性は自分がここに居ても良いのかと疑問を抱かせるほどに輝いている。
この女性は間違いなく万人の上に立ち、万人を支配する存在だ。
言うまでも無い天才。秀才。俊才。
逆光で表情こそ見えないが、これ程の人間の表情など想像するのも難しい。

「……そして、式野 葵を我が校に推薦した人物」

その女性は滑らかで、硝子細工のような指をゆっくりと伸ばしていく。
その指はやがて式野の頬に添えられ、それから彼の首元を撫でていった。
「あ、あの」
彼はただ困惑していたが、指を伸ばす女性は得に変化を見せることはない。
触れただけで背筋に氷柱を押しつけられたかのような感触に陥るほど冷たい両指は、式野の首裏で組み合わせられた。

「どうして彼女が彼を推薦したんです?」
「……あぁ、やはりウォルフ先生達にはまだ連絡が行っていませんか」
「はあ、何も聞いていませんね」
「彼、式野 葵はね」

彼女はその組み合わせた指を自分の方へ一気に引き寄せる。
必然、式野は前のめりに倒れ込んで彼女へと抱きつく形となった。
「会いたかった、式君」
美しい双丘は彼を優しく包み込み、冷たくも滑らかな肌は彼を離さないと言わんばかりにしっかりと抱きしめる。


「秋月の許嫁なんですよ」




【生徒会室】

「え、え、え!?」
当然、困惑もするだろう。
自分を抱き寄せた女性は、自身が触れて良いような存在では無いはずだ。
何を聞いた訳でもないが、この人物が凄まじいことだけは理解する以上に実感できる。
と言うか、そもそも美人が急に抱きついてきたら男ならば誰でも困惑するのは当然だ。
「式君! 式君!! 式君!!!」
「あ、あ、あの、秋月さん!?」
「何? 式君」
「離してください! 急にどうしたんですか!?」
式野は慌てて秋月を引き剥がそうとするが、まるで鎖で縛り付けられたかのように動くことが出来ない。
全身は微かに動かせる物の、彼女の腕を引き離そうとする事自体が不可能なのだ。
恐怖で体が動かないだとか、そんな類いではない。確かに、何かによって縛り付けられている。
「だぁーめっ。離さないよ?」
「あ、秋月さん! どうして、こんな……!!」
「…………覚えてないの?」
秋月は非常に残念そうに肩を落とし、しゅんと背を窄めさせる。
まるで少女のような仕草だが、彼女は立派な高校生だ。
慎重は式野と同じか、少し高いぐらい。先程の自己紹介からしても間違いなく同級生だろう。
だが、同級生にしてもこんなに馴れ馴れしくする物だろうか?
そして彼女が自分を推薦したという事は、自分が男という事も知っているはずだ。
だと言うのに気安く抱きついてくる。少なくとも彼女とは見知った仲ではないはずなのだが。
「覚えてって……、こんなお嬢様学園の方に知り合いは居ませんよ?」
「昔……、公園で会ってたのに……」
「…………公園?」
そう言えば。
遙か昔、自分がまだ小学校に入ったか入ってなかったかの頃。
公園で自分のことを式君と呼ぶ一人の少年と遊んでいた。
彼は活発な子供で、幼いながらに貧弱だった自分の憧れの的だったのを覚えている。
今でも彼を目指して少しずつながらも体を鍛えている日々だ。
あの頃は彼と毎日のように日が暮れるまで野球やサッカーをして遊んだ。
いつも自分が当然のように圧倒されていたのだが、それでも楽しかった。
思い返せば今でもあの夕暮れが瞼の裏に浮かぶような――――……
「……少年でしたよね?」
「少女。あの頃は家から脱走するために変装してたのよ」
「そうだったんですか……。…………いやいや、それにしても随分と昔の話じゃないですか」
「そう、あの頃の約束を遂に果たす時が来たの!」
「約束?」
「私と結婚してくれるんだよね?」
―――――あぁ、そんな約束もした気がする。
―――――よくある話だ。子供同士が砂場で遊びながらする結婚の約束。
―――――何てことはない。大人になれば笑い話になるようなこと。
「あの、それは子供の時の約束……」
「私、貴方が結婚してくれるって言ってくれて本当に嬉しかった。周囲からお金持ちだからって言われて友達も出来なかった頃、貴方が遊んでくれて本当に嬉しかったの」
「は、はぁ……」
「だからね、それを信じて貴方に釣り合う女になろうと思ってこの学園にも入ったし勉強もした。男の人が好きそうな服も勉強したし髪型だってそう。今だって式君が望なら何でも努力するよ? だからね、式君。結婚しよう?」
―――――重い重い重い、愛が重い。
「え、えっと、この国じゃ結婚は男性が十八、女性が十六ですよね?」
「来年にはもう十八だよね?」
「そ、そうですけれど……」
「じゃぁ大丈夫!」
「何がですか! 大丈夫じゃありませんよ!?」
「ううん、大丈夫だよ? だって私達は愛し合ってるもん」
―――――今、漸く解りました。
―――――メタルさんの言伝にあった内容の意味が。
―――――『生徒会室に居る人物はお前を推薦した人物だ。凄まじい気配を感じるかも知れないが殺されはしないはずだ。只、その上で忠告しておこう』

―――――『死ぬな』


【職員室】

ガッシャァアアン!! という凄まじい音と共に開け放たれた職員室の扉。
教員全員がそこに驚愕の視線を向けて視界に映したのは、息を切らしながら艶めかしい程に顔を紅潮させる式野の姿だった。
「おー、式野。生き……て……」
その式野の背後から迫る、圧倒的な気配。
教員全員はそれを一瞬で感じ取り、表情を凍り付かせた。
既に呼吸困難で死にかけているような式野の背後から迫るその気配に、だ。
「……式野、お前まさか逃げてきたの?」
「た、たひゅけ……」
「教員全員退避ぃぃいいいいーーーーーーーーッッッッッ!!!!」
その言葉と共に、教員は全員窓硝子から外へと飛び出していく。
因みにここは三階。飛び降りた場合は無事では済まないだろう。
「〔蜘蛛糸〕!!」
だが、老齢の白髪の老人が生み出した白糸はメタルを除く教員全てを支えて衝撃を緩和させる。
唯一、その糸の網を受けなかったメタルは地面に直撃したが、何と言う事はなく階段から飛び降りた程度に足を曲げて平然と着地した。
「えっ?」
残された式野は明らかに異質な風景に呆然としていた。
何せ教員全員がメタルの叫びと共に窓から外へ飛び出ていったのだ。
例えるならばアクション映画のワンシーンというか、それその物というか。
「つーかまえーたっ」
そんな呆然としていた彼の両肩に添えられる、細くて美しい指。
頬に掛かる妖艶な吐息。背に当たる豊満な胸部。
そして自らの全身から鳴り響く危険信号。
「しーきーくんっ?」


【校庭】

職員室内部から響き渡る少年の絶叫。
校庭へと逃げ出した教員達は、それをただ遠い目付きで眺めていた。
「あー、今回は職員室大爆破は無しか……」
「修理の手間が省けましたね」
「おぉ、ウォルフ先生。他の先生方を支えていただいて助かりました」
「いえいえ、この程度はね。……しかし、式野君も不幸ですなぁ。彼女に目を付けられるとは」
「彼が秋月の枷になってくれれば幸いですがね。毎回毎回、気分で職員室を吹っ飛ばされては洒落になりませんから」
「えぇ、全くですな……。私も今日の夜勤は何処で過ごそうか悩みますよ」
未だ絶叫の続く職員室を眺める教員一同。
そんな彼等の後ろでつい先程まで部活動を行っていた少女は、徐に教員集団と距離を取り始める。
そして、一気に助走を付けたかと思うとーーーー……
「何やってんスかぁあああああああああああ!!!」
メタルを全力で蹴り飛ばした。
「ごっっはぁああああああああああああ!?」
彼はそのまま二回転、三回転して校舎に隣接した花壇へと顔面から突っ込んでいく。
綺麗に飢えられた花々はメタルを歓迎するかのように花吹雪を舞い上げた。
「何してるッスかぁあああああ! ダイナミック脱出なんて何処の映画ッスかぁああああああ!!」
「……長風さん? 今、どうしてメタルさんを蹴ったのですか?」
「あ、ウォルフ先生! おはようございます!!」
「え、えぇ。おはようございます。……いやいや、どうして彼を蹴ったのですか?」
「え? だってメタル教官がまた何か……」
「完全に濡れ衣ですよ? 貴方の、その男性に対する嫌悪感は何なんですか」
「野郎なんてねぇ、全員下半身で動いてるような奴ばっかなんスよ!」
「私も男なんですが」
「先生のはほら、もう機能してないし」
「……………………怒りますよ?」
「ひっ!? あ、いや、じょ、冗談……」
「そうだなー、長風。年上の方に無礼すぎるのはいただけないなー」
そんな長風の背後に立つ、一人の男。
肩に真っ黒な土を乗せ、頭に一本の花を咲かせた彼は万弁の笑みを浮かべて長風の肩へと手を置いた。
「ウォルフ先生、どうやら素晴らしい志願者がここに居るようですな」
「えぇ、全く。勇敢果敢で立派な事です」
「は、はへ?」
「そうかそうか。長風はそんなに秋月を止めたいか」
「え、ちょ」
「……長風」
「冗談! 冗談ッスよね!?」
「ゴートゥーヘル」
メタルは長風の頭部を鷲掴みにし、利き足を高速で回転させる。
腕を振り切った彼の手先には既に長風はおらず、代わりに窓から職員室に突貫する人影があった。
その間、実に数秒。正しく職人技である。
「いやぁ、今日も平和ですね」
「えぇ、全く。今日も平和ですなぁ!!」


【職員室】

「はな、はな、離して……」
「だぁめ、離さないよ?」
一方、こちらは捕食現場……、もとい職員室。
[人外人間]で[魔術の申し子]で[今世代最強の魔術師]の女性に抱きつかれた式野はただ涙目になりながら震えることしか出来なかった。
確かに昔のことはよく覚えている。
サッカーも野球も楽しくて毎日の楽しみだったし、彼……、いや彼女のことは憧れの的だった。
自分もあんな風になりたくて今まで一生懸命頑張ってきたのだが。
今では彼女はこんなに美人になって、昔の面影など全くない。
それ所か昔の自分が憧れていた格好良さはなくなって、女性の良い所を全て集めたような存在になっているのだ。
流石に昔同様に接しろというのは無理があるようなーーーーー……

「のわぁあああああああああああああああ!!!」

そしてそこへ飛び込む天の助けならぬ弾丸の長風。
開け放たれた窓から何かが飛び込んできたときは思わず鳥か虫かと思ったが、紛う事なき人だった。
彼女は窓から飛び込んで、と言うよりは飛び込まされた後、教員机と教員机の間を前転するようにして衝撃を緩和。後に着地。流石は陸上部エースである。
「なっはっはっは! この私に掛かればあんなド変態共の一撃など……」
捕食者、秋月。被捕食、式野。
どう見てもお楽しみタイム中です。
「…………し、失礼したッス」
そーっと、差し足忍び足で職員室から出て行こうとする長風、だが。
教室の中央。即ち外への出口に向かうために必ず通らなければならない場所に式野達は居るのだ。
例えるならば強制的に地雷処理をさせられるのかと思ったら核爆弾の倉庫に放り込まれた感じである。
「た、助けてください長風さん…………」
核爆弾倉庫には人質も居るようだ。
「せ、生徒会長ぉー……?」
「邪魔したら殺すわ」
核爆弾倉庫は点火数秒前である。
「え、ちょ、外」
現在、三階。
飛び降りれば間違いなく生肉ミンチの出来上がりだ。
因みにそんな三階から飛び降りたメタル達教員一同は青い空、活発に運動する生徒達を見てにこやかに平和な時を過ごしている。その頭上で核爆弾処理が行われているとも知らずに。
「長風さん…………」
震える子羊のような目で助けを求めてくる式野。
そんな彼に抱きついたまま殺気を放ってくる秋月。
何この状況と言いたそうに涙目な長月。
状況は既にカオスを極めつつある。
「はい、そこまでー」
そんなカオスなる空間に介入した、一つの声。
萎びた煙草を咥えたその女性はパンパンと手を叩きながら職員室へと入ってきた。
「……鬼柳校長?」
正しく救いの手、神の慈悲、天の恵み。
―――――核爆弾倉庫の出口への道のりに陣取る人質と核爆弾の、さらに向こう。
―――――即ち核爆弾と人質がそれに気を取られている内に脱出できる!
―――――もし気を取られなくても鬼柳校長ならば止めてくれるはず!!
「鬼柳校ちょ」
「秋月、長風はさっき式野にパンツ見せて誘惑してたぞ」
校長退出。
「……えっ」


【校庭】

ドッッゴオォオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

轟音と共に職員室は赤く染まり、硝子窓が爆音と共に爆散する。
その凄まじい爆音は天霊院学園全体に響き渡り、学園全体を激震させた。
硝子の破片や様々な資料が校庭へ飛び散る中、全てを悟ったような顔つきで教員一同は職員室一個分という非常に豪勢な花火を眺めていた。
「いやぁ、綺麗ですね」
「えぇ、全く。綺麗ですなぁ!!」



【西校舎・保健室】
「まさか当日に来るとは思わなかったぞ」
外も真っ暗になり、月が昇りきり鳥のさえずりが闇夜を流れる頃。
様々なフルーツが入った籠の隣のベットの上で上半身を起こしている真っ白な少年の姿があった。
保健室は一瞬だけ見ればここは病院かと驚くほどの惨状である。
そんな保健室の責任者は酷く呆れたため息をつきながら包帯塗れの式野の隣で何やら資料らしき物にメモを書き込んでいた。
約数時間ほど前、式野は爆炎の中で死を覚悟したのだが、何と秋月の魔法によって一切の危険から身を守られたのだ。
原因に命を救われるというのも妙な話だが、ともかく彼はその魔法によって防御されていた。
……はずなのだが、その彼がどうしてこんな傷を負っているのかと言うと、だ。
「た、助かったッスぅ……」
爆発から逃れようとしてパニックの余り転んでしまった長風を助けようと魔法効果の域から抜け出した為なのだ。
一方、その長風は今、全身に包帯を巻き付けてベットの中に潜り込んでいる。
式野の行為は非常に男らしく素晴らしい行為なのだがそれで本人が死にかけては意味が無い。
しかも序でに言ってしまえば長風が軽傷で済んだのは彼女自身の魔法による物で式野は完全に負傷損だ。
魔法も使えない素人が陸上部エースを助けられるはずもない、という事だろう。
因みに核爆弾こと秋月は怪我を負った式野を全力で治療するために尽きっきりで、つい先程、式野が目覚めると同時に寝込んでしまったようだ。
彼女は今、ベットで上半身を起こした式野にもたれ掛かって安らかな寝息を立てている。
その姿だけ見ると非常に美人で文句の着けようもないのだが、流石に先程の行為を容認しろと言うのは無理があるだろう。
「……随分と困惑しているようだな」
「か、顔に出てましたか?」
「見れば解る。表情や発汗率なども含めれば尚更だ」
「凄いですね……」
「…………式野。この小娘をどう思う?」
「え?」
薬師が目で指したのは式野にもたれ掛かって、幸せそうに寝息を立てる秋月だった。
式野は言葉を吐き出そうと息を少しだけ吸い込んだが、出てくる物はない。
―――――どう、と言われても。
―――――確かに昔の記憶こそあれど、今の彼女は全くの別人だ。
―――――どう、って、どう?
「説明の仕方が悪いぜ、薬師」
困惑する式野の隣では、いつの間にか鬼柳校長が籠から取ったであろうリンゴに齧り付いていた。
余談だがこの品は百萌木が飴のお礼にと式野に届けてくれた物である。
「こういう事はサッパリ言った方が良い」
「……その説明を省いたのは誰だ? 鬼柳校長」
「解っててやったもーん」
「ほう、巫山戯の代償が職員室とは大特価だな」
「安売り大セール中だし」
「……鬼柳、悪巫山戯が過ぎるようだな」
「じょ、冗談だよ薬師……」
「……あの、説明って?」
「おっと、そうだったね。式野 葵、君には[魔戦部隊デビルコープス]に着いて貰う」
「……でびるこーぷす?」
「魔法戦闘部隊、略して[魔戦部隊]。魔術に置ける治安を維持する特殊部隊だ」
「……僕、魔法なんて使えませんよ?」
「そう! それは百も承知の上さ。その上で君に隊長を任せたいんだ」
「き、鬼柳校長!? 何を言ってるんですか!!」
「驚くのも無理はない。何せ君は戦闘の必要性など無いのだから」
「…………はい?」
「君は枷なんだよ、式野君。巨大な爆弾の[枷]だ」
「……あの、どういう?」
「コントロールの効かない爆弾を操るために、君は居る。そう、秋月 雫という余りに強大な爆弾をね」



【搬入用裏門】

「すいませーん」
非常に強固で巨大、そして豪華絢爛な校門の前に停止する一台の車。
それは四角い箱のような形で側面には[衝立修理から水漏れまでお任せ!]という広告が表示されている。
車から顔を覗かせたのは若々しい男性で、彼は作業帽子を少しだけあげながら門の縁に設置されたモニターへと声を掛けた。
「保健室の扉の突っかけが悪いそうなので、修理に来たんですがー」
モニターには眠そうなメタルの顔が写り、彼は慌てて手元にあった予定表を捲り上げる。
その中にあった[修理業者来訪]の文字を見つけた彼は機械を操作して紋を開放した。
「はいはい、じゃ、お願いしますねー」
業者はモニターのメタルに一礼して窓を閉める。
彼等の乗った車はライトで闇夜を照らしながら、ゆっくりと進んでいった。



【保健室】

「……枷、ってどういう事ですか」
「[人外人間]、[魔術の申し子]、[今世代最強の魔術師]……。色々と種類こそあれど、全て秋月の異名だ。彼女は通常の魔法使いよりも遙かに高い魔力を有する。それこそ数倍なんて言葉じゃ足りない程にな」
「……[人間が活動するためにカロリーを使うように魔法を使うためにも魔力を要する]」
「[魔力とは自然空間に存在する原子状の粒子に含まれる物であり、魔法使いはこれを魔力として体内に蓄える事が出来る]。うん、教科書通りだ。パーフェクトだね」
「そもそも魔法使いと一般人の大きな差はそこにある。魔力を蓄える事が出来る量によって魔法使いが持つ魔力量も大きく変わってくる訳だ」
「つまり、僕にはそれがないんですね」
「その通り。だけれど君は[枷]になり得る訳だよ、式野君」
「……さっきから言ってますけど、[枷]って?」
「彼女、秋月は先程言った通り魔力が通常の魔法使いよりも遙かに多い。……だが、魔力の多さとそれを御せる事がイコールで繋がるか、と言われればそうじゃない」
「先程の職員室での一件もそうだ。彼女はただ掌に灯る程度の火を作り出そうとしただけだ」
「そ、それであんな爆発が!?」
「そうだ。今までも何度かこの手の事件が起きたことがある。……得に検査の時などが多いがな」
「しかし君が居た場合はどうだ? シールドを作り出す余裕があった! これは上手くいけば彼女が魔法をコントロール出来る足がかりになるのでは無いか、と私は考えた訳だ!」
「いや、鬼柳校長が煽らなければそもそも爆発なんて起きなかったッスよ」
「おや、起きてたのか。長風」
「ずーっと聞いてたッスよ! 私は反対ッスからね!! こんな野郎が隊長なんて!!」
急に声を荒げ始めた長風に対し、一人状況の着いていけない式野は思わず首を傾げる。
その様子を見て、長風は腹立たしそうにフンと強く鼻を鳴らした。
「あー、式野。彼女は長風 紀里。魔戦部隊の切り込み役だ」
切り込み役と言えば。
如何なる戦況であろうとも一番槍を持って敵陣に特攻する、言わば攻撃の要だ。
確かに廊下で見た彼女の速さならば切り込み役というのは納得出来る。
出来るが、切り込み役とは部隊の中でも皆の信頼を置かれる役割だろう。
その人物に否定されては自分の立つ瀬がないではないか。
「で、でも長風さんの言う通りじゃないですか。僕にはその、何と言うか戦い? の知識も経験もありませんし……。隊長なんて言ったら司令塔でしょう? 僕はそんな皆を指揮するほどの技術もありませんよ。それに、風紀委員みたいな治安維持なんてやった事もないし……」
「……鬼柳校長、やはり何か勘違いされて居るぞ」
「みたいだなぁ」
「え? 違うんですか?」
「まず一つ。君に拒否権はない」
「一つ目で希望が絶たれた!?」
「次に一つ。これは風紀委員だとか、そんな甘っちょろい話ではない」
「え? でも治安維持って……」
「最後に一つ。君は戦う必要などない、が。皆を纏める必要はある」
「……つまり?」
「レッツハーレム!!」
「…………はい?」



【校舎裏】

「……おい、まだか」
「待て、もう少しだ」
闇夜の中。微かな外灯の下で蠢く五つの陰。
その中の一人は手に様々な工具を持ち、校舎裏の置くにある配線を弄くっていた。
しかし弄くってもう既に数十分。幾ら何でも掛かりすぎである。
「この学園の配線はどうなってんだ……? 普通の配線より数十倍厄介だぞ」
「どうでも良いから早くしろ! こんなお嬢様学園だ。間違いなく金品が大量に眠ってる!!」
「……急げ。本物の修理業者の奴等が目覚める。俺達が強盗団だとバレるぞ」
「解ってるよ! ちょっと待て、もう少しで……」
幾重にも重なる配線の奥底のさらに奥底。一本だけあるかなり図太い赤色の線。
修理業者の作業服を着たその男は、ぐーっと腕を伸ばしてペンチの間にその線を挟み込んだ。
「……いくぞ」

ブチンッ



【保健室】

「あれ?」
スイッチを切るかのような音と共に、保健室は外と同じ暗闇に覆われ尽くす。
式野は思わず全身をびくりと震わせ、長風はひっと小さな悲鳴を上げたが、他の面々は得に動じることもなく「あ、光が消えた」程度の反応しか見せなかった。
「薬師、バッテリー」
「……あぁ」
式野の視界は黒で埋め尽くされて何が何だか解らないのだが、薬師が立った事による椅子の音ぐらいしか聞こえない。
それから何かのケースを開けるかのような音。そしてスイッチを入れるような音。
「駄目だな、着かない」
「んー、おかしいなぁ」
誰も突っ込まないのだが、この暗闇の中でどうやってバッテリーを付けたのだろうか。
しかし、この面々に常識を求める方が間違いな気がしてきたので式野は何も言わずに口を噤んでいた。
「式野君、男の子なんだから外の様子見てきてくれるー?」
「あ、あの何も見えない……」
「気合いで気合いで」
「そんな事言っても……」
むにり、と。
「……ん?」
むにり、むにり。
この感触は肉まんのような、空気の抜けかけた風船のような。
「んん……?」
何を掴んでいるかは解らない。
フルーツケースの桃でも掴んでしまったのか、と式野は腕を退こうとしたがこれが動かない。
がっちりと何かに固定されたかのような、腕輪を填めたかのような感触。
「……んんん?」
式野の目も段々と暗闇に慣れてきて、不鮮明ながらも保健室の状況が見えてくる。
相変わらず無表情ながらも何やら自分を見ている薬師。
にやにやと面白そうな物を見つけたかのような表情で自分を見ている鬼柳校長。
自分を見ながら開いた口が塞がらず目が皿になっている長風。
そして胸に当てられた自身の腕をがっちりと固定している秋月。
「……お、起きてたんですか?」
「私は出来ちゃった婚でも大丈夫だよ?」
「ご、誤解です!!」


「しかし、どうするかなー」
暗闇の中、鬼柳校長は手に持った懐中電灯で周囲を照らし出していた。
もう疾うに下校時間は過ぎており校内に生徒は殆ど居ない。
それ故に校内はしんと静まっているのだが逆にそれが不気味さをかき立てる。
「そろそろ業者が来るはずの時間なのだが。さっさと扉の突っ掛けを直して貰わないと……」
「この際、業者なんてキャンセルしたら? 今日の当番はメタルだろ?」
「ふむ、そうだな。予定表に明記してるはずだからさっさと……」

ガタンッ

「…………な、何ですか? 今の音」
闇夜の中に響く物音。
外で獣が動いたのか、それとも単に誰かが転けかけたのか。
どちらにしてもこの闇の中では何があったのかなど解るはずもない。
「……そう言えば薬師? この保健室には七不思議の一つ、夜になると動き出す人体模型の話が」
「ひっ!?」
「無いぞ、そんな物」
「乗れよ! つまんないなー」
「恐かったら抱きついても良いよ? 式君」
「え、遠慮します…………」
「でも、本当に今のは何の音ッスか? ガタンって……」

ガタガタガタガタッッ!!

「「ぎゃぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」
式野と長風はほぼ同時に悲鳴を上げてほぼ同時に飛び上がった。
まぁ、飛び上がった先で式野は両手を広げて待っていた秋月に抱きしめられ、長風はそのままベットから転げ落ちたのだが。
「うるさいな、猫か」
「いや、犬かもよ?」
「何でそんなに冷静なんですか!? 扉、扉が揺れてるんですよ!!」
「扉ぐらい揺れるって。なぁ?」
「あぁ、そうだな。地震などの現象であれば珍しくも……」
「今、地面は揺れてません!!」
ガタァン!! という凄まじい音が鳴り響き、扉が保健室の中へと倒れ込む。
式野と長風は再び短くも腹底からの悲鳴を上げたが、その倒れ込んできた扉の上の物体を見ると、彼等の悲鳴は疑問の声へと変化した。
「…………も、百萌木ちゃん?」
「……痛い。起こして」
扉の上に倒れ込んだ彼女を、鬼柳校長は片手でひょいと持ち上げる。
そのまま足先を宙に浮かした彼女は校長の腕からぶら下がって地面へと立ち降りた。
「……メタル教官から伝言。校内に侵入者」
「侵入者ぁ? 警報も鳴ってないし、この学園のセキュリティは簡単に破れる物じゃ……」
「……セキュリティは破られてない。迎え入れたから」
「侵入者を?」
「……侵入者を」
「メタルが?」
「……メタル教官が」
「薬師ぃー。薬の実験台欲しくない?」
「そうだな。失敗すれば全身が爆発する程度の薬で実験しようか」
何やらとんでもなく恐ろしい会話をしている二人の隣で、式野は思わず口元を引き攣らせていた。
そんな彼の腕を抱きしめながら、秋月はどうでも良いと言わんばかりに式野の腕を頬に擦らせている。
一方、百萌木は長風の足下辺りに行って真っ白なベットに腰掛けていた。
「ともかく、メタル教官は何て言ってたッスか?」
「……[魔戦部隊で侵入者五名を排除せよ]って」
「うわぁ……。要するに擦り付けッスね」
「……うん」
「あれ? でも魔戦部隊で、って事は……」
「……そう。もう彼女は動いてる」
「か、彼女って誰のことですか?」
長風と百萌木の会話を聞いていた式野が発した疑問の声。
彼女達は互いに顔を見合わせ、長風は口を噤み、百萌木は式野へと視線を向けた。
「……刈良 霖」
「百萌木!」
「……意地っ張りは嫌い」
「あ、あぅ……」
「……長風が切り込み役なら、刈良はその開かれた道を広げる切り開き役とも言える」
「そ、その人は今、どうしてるんですか?」
「……彼女はメタル教官の弟子。だから性格も少しは似てる」
「つまり……?」
「……多分、もう戦ってる」
「えっ」


【南校舎・廊下】

「ったく、手分けなんて面倒くせぇ……」
一方、こちらは月光が照らす南校舎の廊下。
侵入者達は校内の電気を消して侵入したは良いのだが、情報セキュリティが強すぎて内部情報までは会得出来なかったのだ。
それ故に、彼等は金品が保管しているであろう校舎を東西南北央の五カ所に手分けして探しているという事である。
南校舎担当の面倒くさがりな彼はそれらしい部屋の扉を見るだけで内部までは詳しく探っていない。
随分と性格が表れる探索の仕方だ。
「そこら辺の壺でも持ってきゃ金になんだろうがよォー……」
確かに彼の言う通り、道端には幾つもの高価そうな壺が置かれている。
だがあくまで趣向品だ。売ったとしても彼等が必要とする金額までいかないだろうし、何より足も着きやすいだろう。
彼もそれは解っているのだろうか、口には出しても周囲の壺を狙う様子は見せなかった。
「チッ、お嬢様学園なんだから、もうちょい金になるようなモン飾っとけっつーの」
「何を言うでござるか。この学園の一品は如何なる物であろうとも高級でござるよ」
闇の中から、窓から差し込む月光の元へと歩み出てきた女性。
妖艶なまでに美しい長髪を揺らしながら、彼女は腰元の漆黒から白銀を抜き出した。
「な、て、テメェ!?」
「曲者め……。我が師匠の言葉通り貴様等が拙者の試合相手でござるな?」
「……は?」
「師匠の代わりに来たのだ。相当の使い手である事は解っているでござる」
「いや、何言って……」
「では、いざ尋常に……、勝負!!」


【西校舎・保健室】

「要するにメタルの不注意で校内に不審者が五人侵入した、と」
「……そういうこと」
百萌木の説明を一通り聞いた鬼柳校長はうーんと呻るように首を傾げてみせる。
しばらくの間、保健室では彼女の思考がそのまま静寂となって蔓延っていた。
だが、やがてその静寂を打ち破るかのように言葉を述べ始めたのは秋月だった。
「そうね、それじゃその不審者共を新[魔戦部隊]が殲滅しましょう。計画は式君立案で。どうかしら? 鬼柳校長」
「OK、採用!」
「さ、採用って鬼柳校長!」
「式野、選ぶことだ。貴様は現実を否定して文句を垂れ流し老い死ぬか、それとも現実を受け入れ今までの日常を蹴り飛ばすか」
「……ぼ、僕は」
「君が求めていた非日常だぜ、式野君。心の何処かで欲していたんじゃないかい? 君がここに来て喚き、泣き叫び、嗚咽を漏らさないのは、心の何処かで非日常を求めていたからだ」
「そ、それは……」
「だが、そんな事はどうでも良い。君が何と言おうとも選択肢は常に一つ。右を向いても左を向いても一つしかないのさ」
「…………選択肢を選ばなければ、どうなりますか」
「薬師が言っただろう?」


―――――老いて、死ね。



【南校舎・廊下】

「……むぅ、これは厄介な事になったでござる」
日本刀を抜き、闇夜の月光に白銀の刃を照らし出す刈良の表情は酷く難しい物だった。
彼女の眼前は全て白で覆い尽くされ、もくもくと煙が立ち篭めているからである。
侵入者は彼女と遭遇するなり煙幕を放り投げたのだ。
当然、遭遇した相手がいきなり刀を抜いてくれば警戒もするし逃げもするだろう。
しかし、侵入者はただ煙幕によって逃げた訳ではなかった。
「ちぃ……!」
柱の陰に隠れた彼は小型の銃を持ったまま舌打ちをしていた。
目撃者を放っておく訳にもいかないという事もあったし、何より相手は壺の価値を知っていた。
その上、こんな夜遅くまで学校に居るのだ。
金品の番人か、或いはそれに類する人間だったとしてもおかしくはない。
「魔法使いの居る学校とは聞いてたが、まさか銃刀法違反を免除されてるのか……!?」
銃を持った人間が言うような事でもないと思うが、彼は頬から汗を伝わせて歯を食いしばる。
実際、彼等は今までただの工具屋で働く一般人だったのだ。
それがギャンブルに手を出して貯金が底を着いた為に、仲間の口車に乗せられてこんな計画に参加したのである。
「金さえありゃ借金が返せるっつーのに……!」
だが、その金を得るためにはまずあの女をどうにかしなくてはならない。
逃げることも可能だが、このまま金品を闇雲に探すよりは彼女を取っ捕まえて聞き出した負が良さそうだ。
「……良し、やってやる」


「白煙で何も見えぬでござる……」
肩を落としながら残念そうに呟く刈良だが、相変わらず日本刀だけはしっかりと握り締めている。
室内という事もあって白煙は停滞し、風の流れもない事から退出していく事もない。
このままでは、ここでただ足踏みするしかないではないか。
『……聞こえる?』
「む? 百萌木殿ではないか! これは念話テレパシーでござるか?」
『……それ以外に何があるか聞きたいけど。ともかく一回しか言わないからよく聞いて』
「うむ! 聞くでござる!! 何方の計画か!?」
『……[隊長]の計画。私達の、新しい隊長のね』


【北校舎・廊下】

「……誰だ?」
侵入者の一人の前に立った、頭部に包帯を巻いた少女。
真っ白なTシャツに黒のスパッツを履いた彼女は、ゆっくりと腰を屈めて両手を前に突いた。
そして彼女は腰を上げ、小さく息を吐き捨てる。
「……クラウチングスタート?」
「3」
「あン?」
「2」
「…………何をするつもりか知らねェが」
「1」
侵入者の銃口はクラウチングスタートの体勢を取った少女に向けられる。
距離にして十メートルも満たない程だ。
弾丸が発せられれば広がるのは血の海、泳ぐは屍となるだろう。
だが、彼の前で構える少女の眼には迷いなど一切無い。
ただ眼前の目標に向かって呼吸を整え、足を踏ん張らせる。
「悪いな、恨むなよ」
侵入者は戸惑う事無く引き金を引き、弾丸を発砲した。
空を切り、鉛玉は螺旋を描き、音をも超える速度で少女へと迫っていく。
「0」
それは、銃声とは違う破裂音。
少女は地面を蹴り飛ばすのでは無く、空間を蹴り飛ばしたかのように。
彼女という存在がまるで瞬間移動したかのように。
それこそ、例えるならば疾風迅速。
音も、鉛玉をも超える、速度。
「なぁーーーーーーーー……!?」
侵入者が弾丸が外れた事を認識し、再び銃の引き金を引いて弾丸を放つまでに数秒以下。
その少女が、魔戦部隊切り込み役のその少女が。
長風 紀里が侵入者の顔面に膝蹴りを入れるまで、一秒以下。
「ぐがっ!!」
侵入者の男はそのまま地面に後頭部から叩き付けられ、醜い悲鳴を上げる。
彼が持っていた銃は闇夜の中に転がって消えて行き、やがて銃の黒と闇が相まって何処にあるのかすらも解らなくなってしまった。
「づっ……! ぐ……!!」
侵入者は長風に蹴り飛ばされた鼻を抑え、藻掻くように撤退していく。
折れたか、それとも亀裂か。
どちらにせよ無傷でない事は確かだ。
長風はそんな彼を逃がさず追撃するような事はせず、静かに口元を緩めて踵を返して闇の中へ溶け込んでいった。


【東校舎・廊下】

「……ん? 何だ?」
東校舎の廊下を歩く侵入者の一人は、とある一室を発見した。
彼等はこの学園に潜入する際、撹乱と暗躍の為に校内の電源を落としたのだ。
流石に全て、とはいかなかったが大本の電源だ。少なくとも部屋の電気が付くはずはない。
だと言うのに、そのとある一室は眩々と暗闇を照らしているではないか。
「まさか……」
―――――そうだ、金品のある部屋ならセキュリティ保持の為に非常電源があってもおかしくない。
―――――と言うことは、この部屋に金品が?
―――――おいおい、俺が発見かよ! ちょっとぐらいチョロまかしてもバレねぇよな?
「よし、じゃ失敬するぜぇーー……?」


【事務室】

「……こりゃ、事務室か?」
侵入者が入ったのは様々な資料や電子機器が置かれた部屋。
言葉で表すのならば[事務室]というのが最も適切だろう。
机の上には何やらよく解らない資料が散乱しており、電子機器の画面にはメモが貼り付けられている。
「っと、余所見してる暇はねぇよな」
光を漏らしているのはその事務室の、さらに奥の一室。
中から物音も聞こえる事から、何らかの機械が作動しているのだろう。
「自動ロックとか機械系か……? いや、何だろうが関係ねぇな」
侵入者は懐から幾つもの器具を取り出し、得意げに頬を緩める。
この学校の複雑な回路を解析し、電源主線を斬った彼からすれば扉のロックも鍵も解除は容易い物だ。
「俺の解除術に掛かりゃ、どんな鍵も一発だぜ。……嫁さんの心は解錠できなかったけどな」
彼は嫁に逃げられ酒浸りの毎日となり、今回の計画に及んだ次第だ。
どうやら仲間達も自業自得だとか不幸な事故故に今回の計画に至ったらしい。
その点で皆の考えがまとまり計画に乗りだしたわけだ。
「これが成功すりゃ、嫁も帰って……!!」
「女性を口説くには、まず自分の心を開け放つ事です」
機械音のする扉に手を掛けようとした侵入者の後ろから投げかけられる、言葉。
彼はその言葉に反応するよりも前に銃を抜き、そして振り返ると同時に弾丸を装填。
相手を視認すると同時に発砲、するはずが振り返った彼の手元に残ったのは虚空だった。
「そうでしょう? 侵入者さん」
侵入者の目に映ったのは、か細い光に反射する何か。
それはまるで蜘蛛の糸のように事務室の中に蔓延っていた。
そして、その光の糸の中心に立つ老人の姿も。
「テメッ……!?」
「我等が学園の可愛い生徒達には手を出させませんよ、侵入者」
その老人は一歩、一歩と侵入者へ近付いていく。
その足取りはごく普通に、ごく当然のように。
「チッ!!」
侵入者は懐からドライバーを取り出して腰を低く屈め落とす。
工具とは言え、老体の身に突き立てれば無事では済まないだろう。
何も殺す必要はない。ただ少し眠っていてくれればいいだけだ。
「はっはっはァ!! 眠ーーーーーッッ!!」
反転。
「は?」
侵入者の視界は反転し、体から重力は奪われる。
蜘蛛糸に囚われた羽虫は藻掻き、苦しみ、やがて。
眠るように、落ちる。
「かっ、ぁ……」
空中で反転する状態で停止した侵入者の首元に巻き付けられた糸は緩められること無く、彼の脳へ運ばれる血液と酸素を強制的に寸止めする。
じわじわと、しかし確実に。
絞殺という苦しみを最大限に味わえる殺し方は侵入者の意識を恐怖と絶望で埋め尽くしていく。
「がっ……。あ」
侵入者の腕はだらりと垂れ下がり、口からは白泡を吹き出して白目を剥く。
老齢の男性はそんな侵入者の首から糸を解き、そっと地面に寝かせた。
「……ご苦労様です、ウォルフ先生」
「いやはや、まさかこんな事になるとは思いませんでしたよ。……百萌木さんも大丈夫ですね?」
「……はい。先生が部屋に入ってくる前に殺してくれましたから」
「こ、殺してませんよ! 気絶させただけですから!!」
「……それはどうでも良いとして、その人から携帯電話を奪ってください」
「携帯電話ですか? どれどれ……」
彼が侵入者の懐を探ると、そこからは一つの携帯電話が出てきた。
とは言え型落ちという言葉も生優しいような古くさい携帯だ。
メンテナンスもろくにしていないのか、全体的に傷だらけである。
「この人の性格とか生活事情がよく解りますね……。ともかく、これをどうするんです?」
「……ちょっと、利用する」
百萌木はそう言うと携帯電話を操作して、再び電子機器の前へと戻っていった。
その一連の動作の中、ウォルフは確かに見たのだ。
「悪い顔してますねぇ……」
その少女が外見と全く似合わない、如何にも腹黒そうな顔をしていた事を。



【保健室】

「……中々、面白い作戦を思いつくなぁ? 式野君」
興味津々ににやつく鬼柳校長の視線の先には、口元を抑えて思考する式野の姿があった。
彼は鬼柳校長の言葉に上辺だけの返事を返してまた思考に戻る。
その対応に対して鬼柳校長はやはり楽しそうに頬を緩めているだけだった。
「その面白い作戦とやらに貴様も加われば良いだろう」
「馬鹿言わないで欲しいね、薬師。私が参加するはずないでしょー? この学校が全壊しても良いなら話は別だけど」
「……前言撤回だ、大人しくしていろ」
「だよねー」
「しかし、[新]魔戦部隊の初任務としては些か小規模だな」
「良いじゃないか。知らせやれば良い。……誰を敵に回したのかを、な」
「相変わらず悪趣味な事だ」
薬師はため息をつくと同時に、机の上に置いてあった携帯電話に視線を向ける。
携帯電話の画面端には赤色のライトが点滅しており、彼女はそれを確認して眼鏡の位置を直した。
「式野、ウォルフ先生に連絡が付いた。もう良いぞ」
「……はい、解りました」


【南校舎・渡り廊下】

「はぁ、はぁ、はぁ……!!」
中央校舎へと続く渡り廊下。
南校舎から伸びるそこには、まるで化け物から逃げるような形相の侵入者が居た。
いや、彼は正しく化け物から逃げてるのだ。
「何なんだよ、本当に何なんだよアイツ……!!」
弾丸は切り落とされ、煙幕手榴弾は投げつけても弾き返され、ナイフで向かえば歯が、いや刃が立たなかった。
「逃がさぬでござるよぉおおおおおおおお!!」
闇夜から迫り来る、化け物。
その化け物は日本刀を持ち、美しい長髪を揺らし、嬉々とした表情で迫り来る。
先程から試験だの教官からの試練だのと訳の解らない言葉を吐き続けて来るのだ。
攻撃はしてくるが全て逆刃。見るよりも聞くよりも手加減しているのが完全に解る。
「舐めやがってぇえええええええ!!!」
侵入者は懐から銃を取り出し、化け物へと発砲する。
だが、相変わらず鉛の弾丸は白銀の刃に弾かれるばかり。
化け物だ、間違いなく。何が女学園、何が魔法使い、何が子供。
これではまるで、人間を喰らう化け物ではないか。

―――――ヴヴヴヴヴウヴ

「!?」
突如、自らの懐が光を放って震動する。
マナーモードにしていた携帯電話だ。
仲間内からの緊急連絡ぐらいしか来るはずのない携帯電話。
「……ッ!!」
後方も見ずに銃を放ちながら、彼は走りながら携帯電話の画面を確認する。
そこに映ったのは東校舎に行ったはずの仲間からの連絡。

―――――務室で資料を発見した。金品は中央校舎の職員室にある。

「よし……!」
―――――東西南北に一名ずつ、そして中央校舎に一人。
―――――他の連中にも一斉送信されているはずだし、皆が中央校舎に向かう!
―――――五人で掛かれば手加減してくるこんな女なんて余裕だ!!
「どりゃぁああああ!!!」
侵入者は所持している煙幕弾全てを地面に叩き付けた。
噎せ返るほどの白煙が廊下に充満し、人影と闇は全て白に塗り潰される。
渡り廊下の排気口からも白煙が溢れ出し、傍目から見れば火事かと思うほどの煙だ。
「今の内にトンズラさせて貰うぜぇ!!」
視界も何もかも塗り潰された内に、侵入者は渡り廊下を渡って中央校舎へと走り去っていく。
彼が化け物の手を払いのけるように逃げた後、残された一人の化け物は白煙の中で何かを呟いていた。
そう、まるで見えない相手と対話するように。



【中央校舎・廊下】

「………………」
暗闇の中、頼りないライトを守って彷徨く一人の侵入者。
南校舎の長風から逃げてきた彼は息を切らしながら、震える腕で周囲に光を向けているのだ。
彼の認識は[宝物探し]から[鬼ごっこ]へと変わっていた。
鬼は弾丸すら弾く日本刀を持つ化け物。
自分の娘ほどの年齢のその者が、化け物にしか見えなかったのだ。

ドンッ

「ひぃっっ!?」
侵入者は叫び声と共に自分と衝突した相手に銃を向けた。
引き金を引く指は震え、ライトを持つ手はもっと震えている。
彼は、次に何かが落ちた音でも聞けば直ぐさま引き金を引いてしまいそうな程に動揺していた。
「ま、待て! 落ち着け!! 俺だよ、俺!!」
「……あ、お、お前か」
自分に当たったのは同じ侵入者である仲間だった。
彼は西校舎に向かったはずだったのだが、恐らく東校舎に向かった仲間からの連絡を受けたのだろう。
南から逃げてきた侵入者の動揺も、仲間と合流できた事で幾らか収まったようだ。
「そっちはどうだった? こっちは何も無かったけど」
「そ、それが……、化け物と遭遇して……」
「化け物ぉ? お前、夢でも見たんじゃないのか」
「馬鹿! だったら俺は闇に向かって銃を撃ってたのか!?」
「何? 何かあったのか」
「追いかけられてたんだよ! 日本刀持った女子高校生に!!」
「……ご褒美じゃねぇか」
「テメェはそんなのだから水商売にハマって借金するんだろうが!!」
「ぐ……、痛いところを。……ともかく、さっさと職員室に向かおうぜ。俺の借金も返さなくちゃならねぇし」
「あ、あぁ…………」
「他の奴等も職員室に来てるだろ、急ごうぜ」
「……おう」


【職員室前】

「……お、来たか」
西校舎に行っていた侵入者と南校舎に行っていた侵入者。
その二人を職員室前で迎えたのは中央校舎を探索していた侵入者だった。
彼は目的の品があるはずの職員室が目の前にあるというのに、何故かその場で立ち止まっているのだ。
「どうした? 入らないのか」
「……それがなぁ、見てみろ」
彼が首で指した先にあったのは職員室の入り口だった。
先程来た二人の侵入者には別段、何ら変哲もない入り口に見える。
だが、それをライトで照らした時、彼等は異変に気付いた。
「……火事?」
「そうだよ。燃え後みたいな、煤がそこら辺に付着してる」
「何か事件があったのか……? いや、ある意味じゃ好都合だろ」
「な、何で?」
「火災か何か知らないが、こんな状態じゃ人が中に居るはずもない。煤も付着して新しいみたいだし、誰も手を着けてない証拠だ」
「……つまり、誰も金品の見張りは」
「していない!」
南から逃げてきた侵入者を除き、二人の侵入者はテンションが上がるあまりハイタッチする始末。
普通に考えれば明らかに異常だろう。しかし、彼等はそんな事は関係ないと言わんばかりに嬉々として職員室に足を踏み入れていった。

【職員室】

「……東に行った奴と北に行った奴からの連絡はまだか?」
「あぁ、東に行った奴は繋がらねぇ。北に行った奴は……、っと来た来た」
侵入者達が話していると、丁度良いタイミングで北校舎に行っていた者から連絡が来る。
しかし、それは近くに来ているだとか職員室は何処だとかいう物ではなかった。
「…………何? [車で待ってる]?」
「何だよ、怖じ気ついたのか?」
「確かに夜の学校……、正しくはここは学園だけど、不気味なのは解る。何とも言えない怖さがあるし」
「だからって逃げんなよ……。まぁ、良い。さっさと中のブツを……」
焼け焦げた職員室の中に歩み込んだ彼等が見たのは、東校舎に向かったはずの仲間だった。
ただし彼は全身を拘束されて気絶しており、だらりと首を落としている。
「お、おい!?」
侵入者の一人は急いで彼の元へ駆け寄り、彼を拘束している縄を解いた。
いや、それは縄と言うよりも糸と言った方が良いかもしれない。
指に絡みつくような粘着質は蜘蛛のそれだ。
「……おい待て、何でそいつが縛られてる? だって連絡は」
「ひっ……!!」
南校舎から逃げてきた侵入者の、小さな悲鳴。
彼の目に映ったのは職員室へと足を踏み入れてくる一人の少女だった。
美しいという言葉は彼女のためにあるのか、と思えるほどの眉目秀麗な女性。
職員室に居た侵入者達も、思わず息を飲み込んだ。
もし死神が彼女だと言うのならば、連れ去られても嬉々とした表情を保つだろうと思えるほどに。
その少女は美しすぎるのだ。
「式君がね、言ったの」
その少女の手には[何か]が収束され始める。
光にしては鈍く、炎にしては白すぎる。
それは紛う事なき、人間の手に余る存在だった。
「殺しちゃ駄目、って」
少女はただ言葉を述べる。
坦々と、しかし確かに。
当然のように、歌を歌うように。
少女という存在が述べるには余りに物騒な言葉を。
「きっと、殺さなければ式君は私を認めてくれる。褒めてくれる。……だからね」
少女はにっこりと笑った。
小鳥に語りかけるように、子供を愛でるように。
ただ、にっこりと。
「私の為に、犠牲になって?」



【校舎裏・駐車場】

「……はぁ、どうなってんだ」
鼻にガーゼを貼り付けた男は肩を落としながら深くため息をついた。
運転席に座った彼は萎びた煙草を口に咥えながら、月の元で流れていく雲を見つめている。
――――初めはお嬢様学園に忍び込んで電気を落とし、金を奪うだけの簡単な仕事だったはずだ。
―――――それが何処で狂ってしまったのかは解らない。
―――――ただ、この計画に参加すべきでなかった事だけは確かだ。
―――――そうすればあんな化け物に会うこともなかっただろうに。
「厄日だぜ……、全く」
やがて彼の憂鬱そうな表情を照らす月光が雲に遮られた頃。
その車に向かってくる複数人の足音があった。
車内の侵入者もそれに気付いたのだろう。
萎びた煙草を吐き捨てて、彼は拳銃を取り出す。
それを構えたまま、ゆっくりと足音のする方に向いたカーブミラーを覗き込んだ。
「……あン?」
走ってきたのは化け物集団。
ではなく、気絶した同僚を抱えた仲間達だった。
全員が火災現場から命辛々に逃げてきたかのように、全身に煤をこびりつけさせている。
そして、彼等は等しく少し前の自分と同じ顔をしているのだ。
仲間達はまず気絶した同僚を車に放り込み、自分達も続いて車内に駆け込んでくる。
それこそ雷を恐れる子供が布団の中に潜り込むように、だ。
「ど、どうした?」
「良いから出せ! すぐに来るぞ!!」
「だから何が!?」
「化け物がだよ!!!」
その一言で運転席に座っていた男の表情は一気に凍り付く。
彼の脳内に蘇ったのは弾丸すら超える速度で自らに迫ってきた化け物の姿。
そして自らの鼻に走る激痛だった。
「ッッ!!」
彼は鍵を捻り千切るのかと思うほど急激に捻り、アクセルを一気に踏み込んだ。
周囲の標識やルールなどを一切無視した激進に車内の侵入者達は思わず仰け反るが、それに対する怒りなどない。
いや、もし怒りがあるとするならば、もっとスピードを出せと言う事ぐらいだろう。
これでも限界速度一歩手前なのだが。
「畜生! やっぱり化け物共の巣に入ったのが間違いだったんだ!! 無駄足じゃねぇか!!」
「な!? 金は手に入れてこなかったのか!?」
「入れれるはずねぇだろ! どんだけ命がけで逃げてきたと思ってんだ!!」
彼等の車は騒音にも近いアクセル音をあげ、周囲に激突しながらも出口へと向かって行く。
来るときは至って冷静に、そして計画的に入ってきた門だ。
だが、今となっては化け物が口を開けて待っていたようにしか思えない。
「おい! 誰か居るぞ!!」
侵入者達の誰かが叫んだ。
化け物の口の前には、全力で激走する車の進路には一人の男が居たのだ。
だがこちらは限界速度一歩手前まで出している。
このまま進めばボーリングのピンよろしく、勢いよく弾き飛ばされる事だろう。
「構うな! ぶっ飛ばせ!!」
運転手は助手席に座っていた仲間の言葉に従い、限界までアクセルを踏み込んだ。
エンジンが悲鳴を上げながら車の速度を限界まで高めていく。
男との距離はほんの数十メートル。残り一秒もしない内に跳ね飛ばすことになるだろう。

「……テメェ等のせいで」

だが、その男は動く素振りすら見せなかった。
男が右足を後方に退いて半身になると同時に、月光を隠していた雲は退いていく。
運転手の男が見たのは、自分達をこの化け物の口の中へと招き入れた男の姿だった。
「また実験台にされるじゃねぇかぁああーーーーーーッッッ!!!」
その灰黒髪の男は全力で拳を突き出した。
拳は車体に激突し、凄まじい破砕音を鳴り響かせる。
だが、破砕したのは男の拳でも腕でもない。
彼の一撃が激突した、車体の方だった。
「「「「なぁああああああああああああああああああ!?」」」」
車内の侵入者達は一斉に驚愕の叫び声を上げた。
真っ直ぐに激走していたはずの車体はいつの間にか地面に向いていたのだ。
そう、男が持ち上げた故に地面に垂直となって。
「か、かた、片手でーーーーーーーー!?」
彼等が事態を確認した時には、もう既に遅い。
翌日の新聞にはこう掲載されるだろう。

――――――天霊院学園で謎の大爆発、と。





【中央校舎・校長室】

「結果的に言うなれば、校舎は職員室の損害だけ。死亡者はナシ。怪我人は五人と一人の予定だ」
手元に数枚の新聞紙と資料。そして電子機器を置いて鬼柳校長は坦々と述べる。
校長机に座る彼女の前には魔戦部隊こと式野、秋月、長風、百萌木、刈良の姿があった。
式野は何とも言えない複雑な表情であり、秋月は校長室に入る前から彼の腕に縋って頬を擦り付けている。
長風と百萌木は真面目に話を聞いており、刈良もそうなのだが内容は理解出来ていないようだ。
「確か、侵入者は五名だったんですよね? 残り一名って……」
「確認を怠って不審者を校内に招き入れた上に八つ当たりで車を放り投げて裏門を破壊した馬鹿が現在保健室で被験中だけど……、見に行く?」
「……いえ、良いです」
「よろしい。まぁ、新魔戦部隊の初任務としては上場。百点満点だが花丸は上げられないね」
「……理由を伺っても?」
「その場で殲滅しちゃえば良かったのに」
「その際の被害と皆の危険性を考えてくださいよ……」
「まだまだ甘っちょろいね。そこは捨てるべきだぜ?」
「……あの、と言うか本当に僕は隊長になるんですか?」
「えー、こんな美女集団に囲まれてハーレムパーティーだぜ? 男冥利に尽きない?」
「いや、それはその……、嫌じゃないですけど」
「あ、でも職権乱用とか駄目よ? 男の娘の性事情なんて見たくないし。……あ、でもちょっと見たいかも」
「しませんよ!」
「式君はそんな事しないわよ。するのは私とだけ」
「……したら多分、死にますし」
「男の娘、ヤンデレ、活発系、ロリっ子、天然侍……。今更ながらイロモノ集団だなぁ」
「本当に物凄くイロモノですよ!!」
「……長風殿、百萌木殿、イロモノとは何でござるか?」
「知らないなら知らなくて良いッスよ」
「……と言うか、私達のこと」
「まぁ、何はともあれ今日から式野君が魔戦部隊隊長だ。皆、従うように」
「わ、私は反対ッス! 男に任せるなんて信用できないッス!!」
「昨日は素直に従ったみたいだけど?」
「だ、だってそうしないと怪我は治さないって薬師さんが……」
「まぁ、隊長の任務には隊員達のメンタルケアも含まれてるし、これから和解していってねー」
「そんな無茶苦茶な…………」
「じゃぁ聞くけど、式野君が魔戦部隊隊長に就任すること、反対の人ー」
鬼柳校長の言葉を聞いて速攻で手を上げたのは長風だけだった。
他の面々はそんな事はないと言わんばかりに手をしっかりと下ろしている。
長風が手を上げた後は暫く静寂が訪れ、彼女は周囲を確認してから再びぐっと勢いよく手を伸ばした。
だが、それでも彼女に同調して手を上げる人物の姿はない。
「な、何でッスかぁ!?」
「……彼は今回の件で完全に有能生を示した。鬼柳校長のようにその場で戦っていたら必ず誰かは怪我をしたはず」
「む? アレは師匠の仕組んだ試練ではなかったのでござるか?」
「……刈良は黙ってて。ともかく、最後の最後にとんでもない事になったけれど彼の計画による実質上の被害は皆無。私は百点満点の上に花丸まであげても良い」
「で、でも男だし……!」
「……貴方は普段から男性に対し嫌悪感を抱いているし下ネタも言う。男だから、と言うのなら最悪、彼のそれを切り落としても良い」
「ひっ!?」
「幾ら先輩でもさせないわよ」
「……冗談」
「そそそそそそそそ、それとか何言ってるっスかぁ!!」
「……顔、真っ赤」
「う、うるさいッス!!」
「まぁ、初心少女の事は置いておいて、刈良はどうなんだ?」
「うむ、拙者は余り思考に長けていない。それを補っていただけるならば有り難い話でござる」
「……馬鹿は苦労しなくて楽」
「拙者は少しばかり抜けているだけで馬鹿ではないでござる!」
「……どうだか」
「秋月はどうなんだ?」
「式君との結婚式は学園内でも大丈夫?」
「……ブレないようで何よりだな。って訳だ、式野君? まだ断るかね?」
「…………はぁ、外堀全部埋められて断れませんよ。……それに」
「それに?」
「老いて死にたくもないので」
「……フフッ。やはり君は面白い。秋月の目は確かだな」
「あら、式君がカッコイイのは当然よ?」
「……そこがカワイイじゃないのにお前の愛を感じるよ」



まずは自己紹介からさせていただきます。
僕の名前は式野シキノ アオイ。裕福な人しか通えないようなお嬢様学園に通う事になった二年生です。
好きな食べ物はハンバーグ。嫌いな食べ物は得にありません。
運動は全くと言って良いほど出来ないけれど、料理と勉強は自分でも出来る方だと思ってます。
容姿や性格は、よく女々しいなんて言われますね。僕としてはある想い出の中に居る少年のような、頼りがいのある男に憧れてるんですけれど。

おっと、自己紹介より前にこれを説明しておかなければ駄目でしたね。
この世界では人間には大きく二種類居るんです。
一つは魔法の使えない人間。もう一つは魔法の使える人間。
パソコンが片手で運べる程に小型化され始め、別の国に居る人間と無料で通話出来るような現代。
そんな時代にこの技術は未だ息をしています。
―――――あぁ、勿論、僕は魔法なんて使えませんよ?
当然じゃないですか。僕は火を出したり水を出したりなんて出来ませんから。

さて、ここで少し現状説明をさせていただきましょう。
先程の自己紹介で僕はお嬢様学園に[通う事になった]と言いました。
そう、現在形です。
何故か、って?

「式君、早く早く!」

天霊院学園。世界屈指の魔法国家でもある日本国の、さらに超絶名門学園。
それがここ天霊院学園なのです。勿論、生まれて間もない、言葉も喋れない時代から魔法が使えるような超天才児が通う学園ですよ。その上でお金持ちの人達が通う学園なのですよ?
そんな近付くことすら容易に出来ないような学園にどうして僕が居るのかって?

「せ、急かさないでください! 外での任務なんて初めてなんですから……」

そう、この学園に入学して初日。
僕はいきなり命令を出されました。しかも校長から、強制で。
命令に従った僕はそのまま、この天霊院学園のある部隊に就任する事となったのです。
えぇ、普通に考えればこれは非常に嬉しい事なのでしょう。
天霊院学園は卒業すれば世界に名だたる一流企業が豪華接待面接を行うような超名門校。
いわゆる[箔が付く]ってヤツですね。
正しく選ばれた人しか入れないそんな学園で僕が部隊に入れたのには理由があるます。
そう、この学園でもトップの存在で生徒会全権を掌握し、僕が憧れていた人物に見初められたから。普通に考えれば嬉しくない訳がない。
あぁ、最も大事なことを言い忘れてました。これを言い忘れては意味がありませんね。
何の能力もない僕が部隊に居る事自体が問題なんですが、それよりももっと大変な事があるんです。
僕が今、物凄く困惑している理由であり、物凄く根本的な問題でもあります。
何だと思います? あ、魔法が使えない事だとかじゃないですよ? 僕が使えないのは皆が承知の上ですから。
じゃぁ、何だと思いますか? 運動力だとか知能だとかも違います。そんなに難しい事じゃないんですよ?
実はですねーーーーーーー……。


「初任務で遅刻なんて有り得ないッス」
「だ、だって昨日は夜遅くまで戦略資料を纏めてて」
「……お疲れ様。でも言い訳でしかない」
「うぅ……、反省してます」
「早寝早起きは基本でござるよ! 拙者は日が変わる前には寝て日が昇る前には起きているでござる!」
「いや、それは貴女ぐらいだと思いますけど……」
「式君! 今日の任務は何だっけ?」
「えぇと、確かですね……。……あれ? な、ない?」
「全く、しっかりするッスよ!」
「……頼りない」
「精進すべきでござるよ!!」
「も、申し訳ないです……」
「大丈夫よ、式君が幾らミスしようとも全て私が補うから! 人生の初めては全部式君に捧げると決めてるもの!!」
「は、はぁ……」
「それじゃ意味ないッスよ」
「……その通り」
「うむ! 何故なら式野殿は」
「隊長、だもんね?」

僕、隊長なんです。

読んでいただきありがとうございました。

ってな訳で短編二作目! School&Magicでした!!
いや、本当は魔戦部隊からDEVIL・CORPSにしようかと思ってたんですけどね。
それだと何だか堅苦しいなぁ、という事で。
因みにこの作品を作る上である話があったんですけど、それを記そうと思います。

編集「……あぁ、うん。良いんじゃない?」
作者「えっ。マジで!?」
編集「俺が来週からテスト期間という事を無視すればな」
作者「いけるいける! 先っちょだけ先っちょだけ!!」
編集「要するに前半だけ、と。前回はそれで丸々一個やったけどな」
作者「男は度胸。何でも試してみるモンだぜ?」
編集「……最近、アンタの趣味と言動的にホモと思い始めてきた」
作者「何でだよ! フ〇ナリ最高だろォ!?」
編集「いや、もうホント……、死ねば良いのに……」
作者「ひっでぇ……」
編集「ともかく、何? 今回はハーレム物?」
作者「うん。君のリア友が言ってたじゃん? 挑戦してみると良いって」
編集「あぁ、あの腐女子度100%中の100%ォ!! の人ね」
作者「どうよ?」
編集「……良いんじゃない。で? まさかこれを連載させるとか?」
作者「一応は読み切り。また余裕が出来たら連載で」
編集「……編集するのは?」
作者「いや、君以外に誰が?」
編集「俺の青春って、一体……」

結局はテスト期間前半まで編集して完成させることになった編集君、ありがとう!
因みに彼とは完成した今作品と「地学マジやべぇ」という言葉を最後に連絡が取れなくなっています。
しかしアレですね、ハーレム物とか言いながら見返してみたら個性的すぎる人達が弱い者イジメして終わるだけの話でしたね……。……あれ?
まぁ、また余裕が出来たらハーレムハーレムって事で……。
何はともあれ、School&Magicを読んでいただいてありがとうございました!
それでは最後に編集君との連絡が取れなくなる前に彼が言っていた、意味不明な言葉をどうぞ!!

「地学とか数学習うぐらいなら黒魔術習いたい」 by編集

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