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拝啓、日だまりの人々
作:あおぞらスカッツ



猫と男と


少しくぼんでいるドアノブを握る。軽い。
一枚板を挟んで、奥から物音が聞こえる。
「早いね」
私は奴が部屋の中にいるものだと思って声をかけた。だが返事はない。
でもあいつのことだから、しょうも無い根拠で私は続けた。
「あのさあ、なんでも屋っていう素直な名前はいいけどさ、せめてもうちょっとひねってくれないかなあ。今時ありえないじゃん。例えばよろず屋本舗とか、意味分からないけど、でもなんでも屋は嫌だよ、今日初めて気付いた。それでも気付くまでに期間があったっていうことはやっぱり自分おかしいのかな、でもあんたもおかしいよね、いやいや、RPGのしすぎだろってつっこんでみようぜ。よろず屋って今時そんなものにしか出てこないネーミングだよ、ねえ、聞いてんの?いや、私にはわかっているさ、お前がどんなものなのか、必殺フライパン返しだ、きっと心の中では毎日三途の川をどうやって渡ろうか考えているでしょ。私は騙せないぞ、だっ」
「お前恥ずかしいな」
聞こえないはずの声が聞こえてきた。
後ろを振り向くと、そこには、奴。右手にはスーパーの袋を提げている。足元が裸足にサンダル、というものだったから、奴は一旦家へ帰ってきたのだ。そして鍵をかけずに出かけた。私はドアノブの感触、部屋から聞こえた物音から、奴が家にいるものだと思っていた。あれ、物音は?だけど、そんな疑問もぶつける余裕はなかった。私は鼻の奥がつん、となるのを感じながら、しどろもどろに、
「いや、全然恥ずかしくないですが。・・・・献血楽しかった?」
「いや、軽く貧血気味」
そう言うと奴は私を押しのけてドアを開けた。こいつ、ほうれん草ぐらい食っていないのかよ、そんな言葉が脳裏をかすめた瞬間、私はいつもの(冷静沈着で頭のキレる)自分に戻っていることに気付いた。
咄嗟に出た一言。
「泥棒入ってるんじゃないの?」
やはり理想なんてこんなものだ。
目の前にいるたった一人の聞き手も無視をする。
やっちゃった、例えどんなに重要な場面であっても力んではいけないな。

そうやって自分自身に対してお説教を試みようとしたとき、足元に柔らかな感触があるのに気付いた。それはゆっくりと私の足を撫でる。
えめらるどぐりーんの瞳を持った、白い猫であった。
しっかりと整えられた毛並みといい、この人懐っこさ。いいところのお嬢さん、かは分からないが、きっとそんな感じなんだろう。
「ミレトス、君は可哀想だね。相手は女の色気もない奴と野郎だ。ご飯はキャットフードだよ、間違っても煮干、なんてものは買ってこないからな」
私が話しかけていたのは、この猫、ミレトスだった。
この子は奴が拾ってきたものだった。私はその容姿に騙されていたのだ、嗚呼。

「そんなわけで、ミレトスは会計役だ。君、そろばん二級を持ってるかい?」
「悪ふざけはやめましょう。それに、ミレトス?馬鹿みたい、なんだその名前」
「おいおい、ミレトスを罵倒しないでくれ。俺はこう見えて猫好きなのさ。ちなみに今から戦争やるから三人の中で一人誰か頂戴って言われたら、真っ先に俺が行く。ミレトスを行かせるわけには行かない」
部屋でこんな会話を続けていたら、いつの間にかお昼を過ぎていた。私はまだノルマを完全に終わらせていなかったし、今日はなかなか次の依頼が来ない。
「最初の何日間、なんだかすごく忙しかった、そう感じるのは俺にも分かる。でも皆新しい物好きで、だけどすぐ飽きる。何年単位で、その繰り返しさ。今俺たちは飽きる、という部分に来ているのだ。」
男の腕の中でリラックスするミレトスが、それに同調するかのように高い声で鳴いた。
「じゃあ今しかない、なんでも屋っていう名前をどうにかしようよ」
「それには賛成できない。どうでもいいじゃないか、大切なのは心に中身。それにしても、本当に暇だな」
この男。暇だな、って、それはないだろう。今日だって授業があったはずなのに、こいつは可愛らしい猫と隣部屋に住む(色気のない)女と戯れている。
「あんたさあ、」
「何?」

本当にいい加減なんだね。これは私の、あんたを見ていての感想。だらだら生きるの楽しい?親とか、お兄さんとかに怒られないの?なんか小説とかで影響受けなかったの?いや、私は否定しないよ。その逆も。
「うーん。まあいい加減、だしねえ。別に怒られはしなかったけど。ただね、」
そのあとに続く言葉はぼやけ、私の頭を揺さぶった。

夕方、何事も無かったかのように私は部屋を出た。今日のノルマが達成したためだ。奴はミレトスにべったりで、つい先ほど、散歩に出かけてしまった。
自分の部屋の中に入る。隣の部屋と同じ作りなのに、中に入るものでだいぶ表情が違ってくる。ここ何日間で、部屋は一気に荷物に埋め尽くされた。頬にまとわり付くような重い空気を取り払おうと、私は窓を開けた。冷たい風が入ってくる。
きっと、重い空気を取り払いたいんじゃないんだ。髪の毛が風に踊らされて、くすぐったい。
妙に響くあの言葉、どうにもならないのにどうにかしようとしているんだ。
それは誰が聞いても何とも思わないものだろう。でも私には響いている。
変に、おかしく、離れない。気持ちが悪い。
「皆力入れて生きてるから、皆同じものしか見えない。俺は皆が見えないものを見るんだ。
分かるだろ?力みすぎなんだよ。流されて、時々おぼれそうになりながら、川底で空を仰ごうとしている蟹を見つけてやるんだ」
どこかからか、動物のような鳴き声がした。












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