第三話 影は走る
「な、何なの!?」
慌てて少将は肩から下げていた双眼鏡を目に当てレーダーを見る。
するとそこには、鋼鉄の矢が突き刺さる宝玉があった。
同時に女性が持つガラスのパネルが光を失う。
「れ、レーダーが停止しました!」
「なんだとお!?」
叫んだのは少将の横にいる筋肉質の部下の方だ。
慌てて女性士官が持つパネルをのぞきこむが、それは何の光も灯さない。
宝玉を操作しても軽く叩いても、単なるガラスのままだった。
「ばかなっ! すぐ予備を動かせ!」
「りょ、了解です!」
「矢が当たってるって、そんな、敵襲だというの!?」
少将はたるんだ頬を震わせながら双眼鏡を左右に巡らす。
そこには突然の事態に騒然となる兵士達の姿ばかりが映る。
雨が止んだとはいえ薄暗いままの戦場に、不審な者の姿は見えなかった。
「予備レーダー、起動しました!」
少将よりも甲高い、ちゃんとした女性の声が響く。
その言葉と同時に、先ほどまでと同様の『魔法探知』の魔力が体を通過していくのが感じられる。
少しして、女性士官が持つガラスパネルにも光が戻った。
バルトロメイ少将が女性を押し退けるようにしてパネルをのぞきこむ。
そこには戦場全体の魔力発生源が表示されていた。
レーダーを中心として、数カ所に巨大な光点――魔力供給源たる魔力炉。
その周囲には移動砲台と兵士達の魔力を表す光点が密集している。
移動砲台を表す光の群れの左右には、密度の薄い光の雲が広がっている。左右に展開したトリニティ軍の一般兵達だ。
レーダーの端、パネルの右上の方にも光点が広がっている。突撃中の魔王軍。
それらの表示を睨んでいる間に、砲撃が再開された。
戦場全体に響き渡り、周囲の山々に木霊する轟音。
表示が切り替わるごとに高速で位置が変わっていく光点もある。
魔王軍の方からトリニティ軍へ高速で移動してくるのは、炎を上げて撃ち込まれるワイバーン便の輸送艇。
これに対して、さらに高速でトリニティ軍から移動していくのは、飛空挺を迎撃するマジックアロー。
主レーダーが破壊され砲撃が止んだ隙を突き、魔王軍は多少は前進を進めていた。
だが砲台が火を噴くたびに、マジックアローが射出されるたびに、確実に魔王軍の光点は消えていく。
中にはマジックアローをすり抜けてトリニティ軍直上へ墜落してくる飛空挺もある。だが落下に合わせて展開される障壁に阻まれてしまう。
そして、落下してくる飛空挺の表示はレーダーにはない。
「ふん、宝玉まで取り外して撃ち込んで来てるのね。
愚かな下等生物共でも、少しは考えてるじゃない。
だけど結局、障壁を破れないわよ」
少将は士官に指示し、表示を変えさせる。
女性が宝玉を操作するたびに光が移動し、レーダー周囲の表示が拡大される。
そして最終的に、予備レーダーの周囲だけに切り替えられた。
パネル上には移動砲台や周囲の兵士達の光点が表示されている。
刻々と切り替わる光点の位置だが、それらは突然のレーダー破壊と予備への切り替えに慌てて右往左往しているものが多い。
急いでレーダーに近寄ったりする光もある。警備のためか、レーダーを取り囲むように光の群れが展開していく。
「予備のはどこにあるの?」
「あちらです!」
男が指さした遙か先、破壊されたレーダーとは馬車を挟んで反対側には、同じようなやぐらが組まれていた。
その一番上で輝く宝玉は順調に回転を続けている。
馬車の方へ予備レーダーの方から軍人達が慌てて駆けてくる。
息を切らせた軍人の男は、それでも敬礼して少将へ報告を告げた。
「ほ、報告します! 主レーダーが破壊されました!」
「知ってるわ! 見れば分かるわよ!」
「よ、予備の起動と各砲台との接続は、全て完了しました!
襲撃した敵は、未だ発見できません!」
「何を言ってるの!?
弓矢を使ったのよ!? その射程内に、魔物がすぐ近くにいるはずなのよっ!
しっかり探しなさい!」
「はっ!」
予備レーダーの方へ駆け足で戻っていく軍人には目もくれず、少将はパネルへ視線を戻す。
光点は走り回る軍人達を表している。
順調にレーダーは稼働し、それぞれの動きを表示し続けている。
各光点が、弱い光を周囲にまとい始めた。
池に雨粒が降り注ぐように、光の波紋が画面各所に広がる。
それは各兵士達が使う魔法による捜索、『魔法探知』の反応だ。
ガラスのパネル一杯に広がった『魔法探知』は、大きな反応を調べるレーダーとも合わさり、どんな小さな反応も逃さない。
少将の隣にいる部下は、馬車の付近にいた下士官を呼びつけた。
「発見したか?」
「いえ、まだ報告はありません」
「逃げたか……。
レーダーに探知されなかったなら、魔力無し。魔法は全く使えないな。
兵士の目もすり抜けてきたということは、多少は体術に長けている。
そして単体、多くても数匹だけだな。
使ったのは長弓。それで宝玉を射抜くのだから、力もある。
中々の手練れらしいが、しょせんは魔力も持たぬ雑魚だ。追い回せばすぐに体力が切れる。
泥に足跡でも残ってるだろう、確実に追って仕留めろ」
「了解しました!
予備レーダーの警備も強化します!」
下士官が他の兵士達に命令を伝える。
予備レーダーを警備するための人員が周囲から集められる。
さらに矢を放った魔物を捜し出すべく、幾つもの部隊が移動砲台の間を走り回る。
魔法で空に上がり、上から探す者もいる。
だが、いつまで経っても発見の報告はない。
捜索する兵士達が走り回る中、栗色の髪を後ろに束ねた若い男がいた。
その若者の周囲には数人の男が立ち、うち一人は先端には白く光る宝玉が付いた丸太のようなもの――撮影用アイテムを肩に担いでいる。
彼らが居る場所は移動砲台列の端。もともと湿地帯だったのが雨で池になってしまっていたため、砲台列も入ることが出来ない。
撮影中の男が栗色の髪の男に声をかけた。
「おい、テルニ。どうしたんだ?」
「あーっと、ちょっと待っててくれ。聞いてくる」
テルニと呼ばれた赤い目に栗色の髪の若者は、近くを走っていた中年の兵士を呼び止めた。
少し話し込んだ彼は、慌てて戻ってきた。
「テルニ、何だって?」
「今、話す。カメラ構えてくれ」
促されて、男はカメラと呼ばれた撮影用アイテムを肩に担ぎなおす。
テルニは小さく咳払い、呼吸を整えて演説するように話し出す。
「ツェルマットよりタルクィーニョ=テルニが報告します!
今、戦況に大きな変化が生じました。
我らトリニティ軍を守りし神の目、レーダーが汚らわしい魔物の毒牙にかかり、破壊されたというのです!
しかし、ご安心下さい。目は誰しも二つ持つ物。ゆえにピエトロの丘にまします福音より授けられたレーダーも二つ存在するのです!
今、もう一つの神の目が我らトリニティ軍を見守り、悪鬼共を睨み続けています。
このため、トリニティ軍の勝利という未来に何の揺らぎも生じてはおりません!」
一気に喋りきったテルニは、一旦息継ぎ。
大きく息を吸ってから、再び実況し始めた。
「レーダーを破壊した魔族は、いまだ発見できておりません。
ですが、レーダーと兵達の目をすり抜けてきたことから、魔力を持たない小型の魔物であると予想されます。
また、武器として弓矢を使用したことから、さほど離れた場所にはいないことも予想されます。
いずれにせよ魔力を持たない小型魔族であることから、『穏行』はおろか『肉体強化』すら使えない下等魔族と予想されます。
既にレーダー周囲には強固な警備が敷かれ、矢が届く範囲には近寄ることすら出来ません。
遠からず発見され討伐されるでしょう……?」
テルニの目が、カメラの宝玉からずれる。
彼の目は撮影班の後方、ずっと向こうにある水面の方を見つめていた。
目を細めて遠くを見つめる彼につられて、他の者もその視線の先を見る。
すっかり池になってしまった湿地の真ん中を。
遙か向こうに、丸い物が水面に浮かんでいる。
スライムか何かかと思ったが、そうではない。スライムのようなゼリー状ではなく、硬質で黒々とした丸い物体だ。
すう……と水面を移動したかと思ったら、すぐに沈んだ。
「何だ? 敵か!?」
「いや、魚か……」
「念のため、確かめよう」
撮影班の一人が印を組み呪文を唱える。
そして、『魔法探知』を池に向けて放った。
なかなかに魔力に長けた者らしく、結構広くなった池全体を調べている。
だが、すぐに印を解いた。
「変だな、何にもいない。
ただの動物……か?」
「さぁ?
魔界だし、変わったスライムもいるんだろ」
「でも、おかしいんな。
さっきの、結構大きかったと思うんだけどよ」
「……気のせい、じゃないよな」
彼らは近くにいた他の兵士にも声をかけ、皆で池を調べた。
魔法に長けた者や『浮遊』の宝玉を持つ者が、空中から調べもした。
が、結局は何も発見できなかった。
彼らは、草むらの中に残った足跡を見落とした。
だが雨で足場の悪い水際の草むらにあるそれらを見落としても、無理はないだろう。
影は走る。
岩陰に隠れ、草むらに忍び、泥に埋もれる。
砲撃音に甲冑の金属音を紛れさせる。
梢を渡り、木箱の上を飛び、僅かな足場を駆け抜ける。
捜索の兵士達が目を光らせるが、小柄な黒い影を見つけることが出来ない。
全身に泥を塗りつけ地に伏せる者を、泥沼から見分けられない。
臭いも水と泥で流れ、犬の鼻では追えない。犬の耳も既に砲撃音で麻痺していた。
未だ薄暗い戦場を疾走する小さな黒い影は、ツバメのように素早く身軽だ。兵士の視界の端に映った次の瞬間には消えていた。
そしてレーダーには影の主が映っていない。
魔導師達の広範囲な『魔法探知』にも捉えられない。
もちろん『肉体強化』で五感を増幅する者も沢山いたが、結果は犬たちと同じ。先ほどまでの豪雨が、地面の泥が、自分達の砲撃音が、捜索を阻む。
何より、影はあまりにも速かった。
彼らの常識を超える速さで駆け抜けた。
移動砲台の群れの中を。
戦場を。
「なーんか、向こうは騒がしいなぁ」
移動砲台列の前方、鳴り響く砲撃音。
各移動砲台は大きく間を取って展開している。
雨で湿地帯がさらにぬかるみ、砲台を置けるほど地面が安定した場所は少なかったため。それに、暴発が起きた時に誘爆を避ける必要もあるから。
そして車体はベルトで包まれた車輪だけでなく、側面に固定用の台座まで取り付けられていた。
このため足場のぬかるんだ草地であっても、地面に車体をめり込ませながらも、安定して砲撃を続けることが出来ていた。
また、あちこちに凍結した沼や泥、池などがある。氷の表面にはベルトの跡が残っている。通過するために魔法で凍らせたのだ。
そして各砲台に配された兵士達が泥にまみれながら、忙しく動き回る。
そんな戦の最中、暇そうにしている小隊がいた。
一際大きな砲口を持つ砲台の周囲にいる彼らは、全く砲撃に加わる様子がない。
だから砲身は冷たいままだし、全然減ってない砲弾は箱に入れられたままで荷台に載せられている。
泥沼と湿地帯、凍った池の間などあちこちに展開した他の砲台を眺めながら、彼らはのんびりと雑談していた。
「小隊長殿、俺達の出番は無いんですかねえ?」
「今んとこ、無さそうだ。
何せこいつぁ威力はあるけど、射程がイマイチだからなぁ」
「あの怪物共と来たら、こいつの射程に入る前に、あらかた全滅しちまってますな。
地獄の使いってワリに、根性ないですな」
「はぁ~、楽なのはいーっすけど、二発撃って終わりっすか?
しかも敵さんに投げ返されちゃうし、いーとこ無いっすねぇ」
「だなぁ」
雨に濡れた雨ガッパの一団は振り返る。
そこには一輪車の荷車に乗せられたまま、寂しげにたたずむ大きな黒い物が一つ。
トゥーンが投げ返したものと同型の巨大砲弾だ。
砲弾の表面を流れる水滴は、仕事をもらえない悲しみの涙かのよう。
「ん?」
小隊の一人が、砲台列の後方を見つめた。
他の者もつられて視線の先を見る。
移動砲台の間にある、大きめの泥沼。
別に何もいない。
「どうかしたか?」
「いや、誰かいた気が……気のせいかな?」
「別に誰もいないぞ」
「いや、沼の向こうに子供みたいな人影が見えたんだけど」
「気のせいだろ。
でもま、どうせ暇してるし、調べに行ってみるか」
そういって、彼らは砲台から離れようとした。
同時に、泥沼の対岸で泥が盛り上がる。
いや、泥を跳ね飛ばして立ち上がった。
黒の甲冑をまとい、弓を構えたトゥーンが。
構えるコンパウンドボウ(化合弓)には、鋼鉄の矢がつがえられている。
矢が、手から離れた。
弓の両端に付けられた滑車が高速回転し、泥を跳ね飛ばす。
並の人間でも魔族でも、ひくことすら出来ないほど強化された化合弓。その蓄えられたエネルギーが、全て矢に移された。
黒い勇者にも匹敵する威力の矢。
付着していた泥など、放たれた瞬間に大気の壁で弾かれ、沼に取り残された。
衝撃波をまき散らし、沼を調べようとしていた人間達の間を貫く。
彼らには、矢を見ることすら出来なかった。
あまりにも速すぎた。立ち上がるのも、矢を放つのも、矢の速度それ自体も。
だから、矢が何に突き立ったかも、見ることは出来なかった。
矢が巨大砲弾に突き立つのを、見ることは無かった。
振り返ろうとした瞬間、彼らは消えたから。
矢が刺さった砲弾の中に収められた大量の爆弾が、炸裂した。
砲撃とは異なる轟音が生じる。
砲弾を中心として、周囲に円を描く衝撃波が広がる。
不可視のエネルギーが大気をかき回し、地面を沸騰させる。
移動砲台列の中に、突如として太陽が生まれたかのような光が生まれた。
重量物の砲台が、砲身が砕ける。
砲台から離れつつあった小隊の人々は塵になった。
離れた場所に置いてあった他の砲弾も、次々と炸裂する。
巻き上がった土と、砕けた破片と、爆風それ自身、そして熱が周囲へ襲いかかる。
突然のことに障壁を展開する間も与えられなかった、移動砲台の群れへと。
次回 第二十一部第四話
『魔王、墜つ』
2010年11月9日01:00投稿予定
小説家になろう 勝手にランキング
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。