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ムーンライト・シンデレラ
作:青柳朔


 輝く存在には惹かれずにはいられない。
 僕らはそういう生き物なのだから。
 

 その人は、とても美しかった。
 月明かりに照らされながら立つその姿は凛々しく、空気を浄化していくようで、輝いているようで、思わず引き寄せられるようにその人に近づいた。
 白い白いその肌から漂う甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「――珍しいお客様だわ。どうしたの?」
 僕を見つけたその人は、美しい声でそう問いかけてきた。
 その人の前では自分はとても小さな存在のように感じて、その美しい声に答えることが躊躇われた。
 闇夜に紛れるように去ろうとすると、呼び止められた。
「行ってしまうの? 少しくらいお話しましょうよ。夜はまだまだ長いでしょう?」
 にっこりと微笑んだ時の魅力には勝てず、そっとその人の側まで近づく。
「こんばんわ、良い夜ね」
「……こんばんわ。最近この辺りへ? 貴女のような人を今まで見た記憶はないんだけど」
 すぐ触れられそうな位置にいながらも触れることなんてできず、挨拶のついでに疑問を口にした。
「いいえ。でも気づかなくても仕方ないわ。私ずっと地味だったから」
 目の前の美人にそんなことを言われて、信じることができるだろうか?
 彼女の肌は透き通るように白く、長い緑の黒髪も艶やかだ。色彩的には地味かもしれないが、何よりも彼女の美しさに気づかないはずがない。
「本当に?」
「ええ、もう何年もここにいるわ。信じられないって顔しているわよ?」
「ああ、信じられないね」
 きっぱりと即答すると、ひどいわ、と言いながら彼女はくすくすと笑った。
 その笑顔は無邪気な少女のようだった。
「今夜は満月よ。とても綺麗ね」
 彼女はすらりとした腕を伸ばし、月を指差す。
「うん、今夜は明るい」
「それに静かだわ、不思議なくらいに」
「うるさいよりはいいけど」
 彼女のどの呟きにも即答していると、彼女は何が可笑しいのか笑っていた。
 月は燦然と輝き、地上をできる限りの力で照らしていた。いつもの月とは違って、はっきりと影ができる。満月はやはり輝きを増す。
「今夜は誰もいないの。旅行に行ってしまって。運が悪いなぁと思っていたんだけど、そうでもなかったわね。貴方が来てくれたから」
「僕にはそれほどの意味はないよ」
「いいえ」
 彼女は迷うことなく首を横に振る。
「独りぼっちは寂しいもの。その時誰でも側にいてくれればいいの。独りよりは寂しくない」
「それは誰でもいいってこと?」
 彼女は少しだけ返答に困り、苦笑しながら答える。
「――そうね。そういうことかもしれないわ。気を悪くしてしまったならごめんなさい……でも、できればもう数時間くらい一緒にいてくれないかしら?」
 その苦笑が、少しだけ寂しげだったので、帰るとはとても言えなかった。
 分かっていたことだ。彼女のように美しいものの前で自分は、とても卑小なものなのだと。
「かまわないよ。どうせ暇だからね」
「ありがとう」
 嬉しそうに微笑む彼女の顔を見れただけで十分だ。


「旅行とやらはいつまでなの? よければ帰ってくるまで毎晩ここに来てもいいよ?」
 独りでいることがとても寂しそうだったので、僕は純粋な親切心からそう持ちかけた。
「明後日までよ。でも、大丈夫。今夜だけで」
「でも――」
 明後日まで、彼女が独りで寂しくここにいるのかと思うと、胸が締め付けられるような気がした。
「私は、今夜しか咲けないの。あと数時間で萎んでしまうから」
「え――……」
 萎む? 彼女が? これほど美しく咲いているというのに?
「私は二、三年に一晩だけ咲く花。私の命は今晩だけ。また長い眠りにつくの」
 そんな特徴の花に、覚えがあった。
 実物を見たことは今まで一度もなかったけれど――
「月下美人」
 そう僕が呟くと、彼女はゆっくりと頷いた。
「そう、夜に咲き、夜に萎む。それが私」
 では――
 もう、会えないのだろうか。
「ご主人様に咲いたところを見てもらえなくて残念だったけど、貴方がいてくれたから十分だわ。ありがとう。たった一人でも私が咲いた姿を見てくれる人がいて良かった」
 満足げに微笑む彼女の姿に、胸が打たれる。
 そんなわけないだろう。
 こんな自分で十分なはずがない。
「そんなわけない、こんな――」
「ねぇ、私は綺麗?」
 僕の言葉を遮るように彼女が問いかけてきた。
「次に咲いた時に、ご主人様は綺麗だと褒めてくれると思う?」
 その質問の答えは簡単だった。
 月下美人。その名の通りに、彼女は輝く満月の下で美しく、誇らしげに咲いていたのだから。
「褒めてくれるよ。絶対に」
 その輝く彼女に僕は惹かれたのだから。
「ありがとう」
 にっこりと彼女は微笑み、そして僕も微笑みながら別れを告げた。
 きっと、萎んでいく姿は見られたくないだろう。
「運が良ければ、また二、三ヵ月後に咲くことができるかもしれないの。私にその力が残っていれば。その時――また会えるといいわね」
 そうだね、と言いながらもお互いにその時が来ることはないと分かっていた。
 僕と彼女は違う生き物。
 互いに夜の世界に住むものだとしても、根本的に違うのだ。



 彼女のもとを去って僕はいつも行く蛍光灯の明かりを求めた。
 僕らは光を好む。
 輝き、燃えるものには惹かれずにはいられない、そういう生き物だから。
 月を見ながら、いっそ月のもとまで行こうかと考える。
 こんなに美しい満月の夜では人口の光はどれも霞んで見えるのだ。
 僕が彼女のもとへ羽ばたいたのはきっと――彼女がこの夜の世界で何よりも輝き、その一瞬に咲き誇る自分の姿に力を注いでいたからだろう。
 だから彼女は美しいのだ。
 次に彼女に会うことはないだろう。僕ら虫けらの命は短い。
 その短い一生の中で、人工的な光以外の、彼女のような輝きに出会えたのだから――僕の人生は悪いものではなかったのかもしれない。



「ムーンライト・シンデレラ」は「月下美人」の英名です。その響きが気に入って、この物語ができました。

読んでくださった皆様に最大の感謝を込めて。
本当にありがとうございました。













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