勇者の僕が魔王に女にされてしまったんだが…
空には暗雲が立ちこめ、雷鳴が轟いている。いかにも、先行きを不安にさせる天候に勇者としてこの場にやってきた青年は舌打ちをした。
天気まで青年を見限って敵である魔王の味方になってしまったかのように青年は感じる。そう思っても無理は無い。つい先日まで味方として一緒に旅してきた魔法使いにあっさりと裏切られ、さらに旅の途中で何とか手に入れた聖剣を奪われかけたのだから。
そんな青年がまっすぐに見据える先には、真っ黒い塔のような建物が建っている。そこには、今まで旅してきた目的である魔王がいるのだ。そんな魔王の元にはおそらく、あの自分を裏切った魔法使いもいることだろう。
「許さない…!」
その呟きが魔法使いに裏切られて出た言葉なのか数々の悪行を積み重ねてきた魔王になのか青年自身も分からなかった。けれど、それで自らを奮い立たせることに成功すると青年は魔王のいるであろう城へ乗り込んだ。
城の中はあまりに暗く、心を不安定にさせる要素が多すぎる。それでも、魔王の使い魔であろう自らに襲ってきた羽の生えた生き物やら、やたら大きい巨人やらを聖剣で切り裂いて最深部へ到達する。ここにあの魔法使いと魔王がいるのだと思うと手が少し震えた。それを武者震いと思いこませて扉を開けると、そこには闇色の椅子にいかにも魔王といった風格の男が座っていた。
「魔王、今ここで引導を渡してやる!」
勇者がそう勇ましく叫んだけれど魔王はどこか余裕すら感じられる笑みを浮かべ冷たい瞳で勇者を見下ろしていた。
「まあまあ、そう言わずに少しわたしと話し合おうでは無いか」
「今更、何を話す事があるというのだ!」
いきり立った勇者は問答無用で魔王に斬りかかった――けれど、ひらりとそれをかわされる。そんな攻防が数時間ほど続いた後、勇者の方が息切れして聖剣を持つ事がやっとといった様子であった。一方、魔王の方は息一つ乱れていない。それが余計に勇者の自尊心を傷つけるため勇者は憤然して魔王に斬りかかったけれど、今度は魔王に聖剣をはたき落とされた。
「やれやれ、本当はもう少ししてからにしようかと思ったのだが…」
「何を言っているんだ」
そう青年が呆然と呟いたとき。青年の視界が光で塗りつぶされた。その中で魔王の声が異様に頭の中で響く……
「お前は本来の姿であるべきなんだ」
そのまま青年は視界が暗転し、意識を失った。
少し経って青年が目を覚ますと見た事無いベッドの上で眠っていた。驚いて青年が体を起こすとふと体に違和感を覚える。
「……?」
体にあるべきものが無く、無いはずのものがある。焦燥を覚えて青年はベッドから下りると着ていた勇者の服が、ぶかぶかでずるりとふかふかのカーペットの上へ落ちた。驚いたけれど、慌てて勇者服の下に着ていたワイシャツだけを着て部屋にあった鏡で自分の姿を確認した。――そこには、似ても似付かない美少女が鏡に映し出されていた。
「…は?」
呆然と呟いた言葉は確かに自分の口から発せられた。けれど、その声もいつもの声より高い。そのとき、扉がノックされて「入るぞ」とかけられた低い声は自分を裏切った魔法使いのものだった。
思わず聖剣を手に取ろうとしたが、華奢な手では持つ事すらままならず、結局はカーペットの上へ落としてしまう。その音を聞きつけて魔法使いが勇者に駆け寄った。
「おいおい、今の体じゃ剣なんて持てっこないだろう」
「この裏切りものぉ!」
涙目で勇者だった少女は、魔法使いに詰め寄るとそのまま魔法使いの胸ぐらを掴んでがくがくと揺らす。けれど、魔法使いは気にしていない様子でそれどころか少女の別の所に目が行っていた。
「それは後で事情を話すから、それよりも――」
そう言って魔法使いが少女の胸元を指さした。そこには、ぷっくらと膨らんだ胸の谷間がのぞいており、それを認めたとき少女は一気に頬を赤らめて「変態!」と叫ぶと魔法使いのみぞおちを思いっきり殴る。殴られた魔法使いは鼻血を流しながらカーペットの上へ倒れ込んだ。
*
そのあと、少女の元に召使いが現れ、少女に着るものを渡すと魔法使いを部屋から退散させた。少女は早速、用意された服をありがたく思いながら広げてみるとピンクを基調としたファンシーな服で魔法少女のような服であった。こんなもの着れるかあと少女は服をぶん投げたものの他に着る服も無いので大人しくそれを着る事にする。…ちなみに魔法のステッキもついていたが、それは少女が真っ二つにへし折った。
それから、部屋を出るとそのには召使いが控えており、少女をある部屋へ誘導する。仕方なく誘導されるままに部屋へ行くとそこには、やはり魔王がおり魔王は少女を見ると「本当に着てくれたああああ」と嬉しそうに叫んだ。その様子を見るにこの服は魔王の趣味のようであった。
そして、部屋に先ほどの魔王使いも戻ってくると魔王は何やら語り始めた。
「お前はわたしの娘なんだよ」
「嘘つけ」
本当だよ、と魔王は涙ながらに言い悪い魔女に娘を奪われこの塔に閉じこめられてしまったと告げた。そして、使い魔達に娘の居場所を捜すよう命じて数年経ったある日、娘が魔女の呪いによって男にされている事が分かり、しかもその悪い魔女は数々の悪行を塔にいる魔王がやっている事だと吹聴していると言った。
「それが本当だとして、じゃあ魔法使いは…」
「彼もわたしを倒しにきたんだけどね、彼はわたしを見て元凶はわたしではないとすぐに見破り、わたしの味方になってくれているんだよ」
「じゃあ、僕を裏切ったのは」
「君をここへつれてくるために一芝居打ってもらったんだよ」
魔法使いはどうやら元から自分をここへ連れてくるつもりであったらしい。けれど、魔女に勘づかれそうになって一芝居をうったそうだ。
「だからって、裏切らなくても」
「そうするしか方法が無くてね。魔女は彼がわたしの味方である事はなぜか知っているし」
ふうんと呟き、少女は魔王と魔法使いを交互に見て言葉を紡ぐ。
「で、僕にどうして欲しいの?」
「魔女を倒してほしいんだ。もう一度、魔法使いと旅に出て」
「けれど、今の僕は――」
聖剣すら持てなかった華奢な腕を眺める。そんな様子の少女に気づいて魔法使いが口を開いた。
「杖を使えば良い。鈍器として」
なるほど、と少女が言うとどこに隠していたというのか。魔法使いが大きめの杖を取りだして少女へ渡した。すると――
「可愛くない~」
なぜか少女では無く魔王が不満を言った。
「何言っているんですか、見た目より利便性の方が大切でしょう。こちらは扱いやすい代物になっていますから」
魔法使いの言葉に少女が頷いて同意を示す。
「確かに持ちやすいね。それじゃ、もう行こう。……そこの変態は置いといて」
そう言うと少女はさっさと魔王城を出ようとする。魔王はそれが不満なのか少女の手をぎゅと握り締めて「いつでも戻ってきて良いからね」と言った。少女は満面の笑みを浮かべると言葉を紡いだ。
「心配しなくても、戻ってくる予定無いから」
すると、魔王は捨てられた子犬のような目で少女を見つめた。少女はその視線を受けつつ魔法使いと共に魔王の城をあとにした。
こうして、勇者の本当の旅が始まる――