空き家
リエンドロに、住居管理部門とやらに案内される。住居管理部門は住民登録と迷宮都市内部の住居管理、斡旋と言った官営業務を辺境伯から委託されて行う部門だそうだ。
「これは、リエンドロ副部門長。わざわざご足労頂きまして。」
住居斡旋の担当者がリエンドロに丁寧に挨拶する。
(この人、偉い人だったんだな。)
「こちらのマリエラさんに『良い物件』を紹介するよう、エルメラ部門長の要請です。」
(エルメラさんはもっと偉い人だった。薬草マニアかと思ってた。)
物件の要望を聞かれたので、「薬草園を作れる庭があって、店舗スペースのある家」をお願いする。それを聞いた住居斡旋担当者さんは、「薬草園ですか……」と困った顔をして、区画ごとに整理された『空物件ファイル』をめくっていく。
「空き店舗くらい、いっぱいあるでしょ?」
とリエンドロさん。
「空店舗はあるんですが、薬草園というのが……。
農地面積がある住宅は何処も埋まっておりまして。安全に食料を生産できる物件は人気なんですよ。
立地の良い商店はいくつかあるんですが、庭が狭い上に馬車置き場として石畳になっておりまして。」
リエンドロさんと住居斡旋担当者は額をつき合わして、ファイルをめくっていく。
「あの、薬草園は迷宮都市の外に作るので……」
と、妥協案を出そうとしたら、「とんでもない!」「そんな、危険な!」と反対されてしまった。あーでもない、こーでもないと二人が物件を探す様子を、住居管理部門のお姉さんが出してくれたお茶を飲みながら眺める。あ、このお茶おいしい。商人ギルドの売店でも売ってる?買って帰ろう。
「ここは!?」
リエンドロさんが見つけたとばかりに声を上げる。しかし、住居斡旋担当者は浮かない顔で、
「そこは、真ん中に木が生えてて、収量が少ないらしいんですよ。木の伐採許可が出ないらしくて。しかも、店舗スペースが手抜きの増築で、劣化が酷くて。」
「あー、あそこかぁ。なんというか中途半端な元邸宅。」
「えぇ。区画整理や住人による増改築で、なんというか、個性的な物件ですし。面積が広いのでそれなりにしますが、値段の割に使いづらいということもあって、空き家のままなんです。」
気になったので書類を覗き込む。物件の地図と見取り図、概要が記載されている。場所は北西区画の北門通りからすこし奥まった、迷宮都市の中心部に近い場所。北西区画は一般市民が多く住む区画で、マリエラやジークの服を買ったお店や雑貨屋等も立ち並んでいるし、迷宮に近いから冒険者の来店も見込める。個人が店を開くには、なかなかいい立地だ。
(あれ、この場所、精霊公園じゃない?)
『精霊公園』は文字通り聖樹が何本も生えた、精霊がわんさか居た公園で、『精霊と契約』する時に師匠に連れて行ってもらった場所だ。
「遊んできな。名前を教えてくれる友達ができたら、連れてくるんだよ。」
師匠に言われて公園内を遊びまわり、仲良くなった精霊と契約して地脈と『ライン』を結ぶことができた。折角友達になれたのに、その後『精霊公園』に行くことが無かったので、その精霊とはそれきりだ。また遊ぼうね、と言ったのに。もう一度会いたくて、師匠に場所を教えてもらったから間違いない。
「その物件を見せてください。」
200年も経ってしまったけど、『精霊公園』には行ってみたい。
リエンドロさんにお礼を言って、担当者と現地に向かうことにした。
担当者の情報によると、北西区画はスタンビートの被害が最も酷く、ほとんど更地になったので、復興初期はこのあたりから住居の建造が行なわれたそうだ。この物件もそのひとつで、もともとは小規模ながら貴族の邸宅だったらしい。家の外壁はしっかりとした石造りで、100年以上経過した今でも迷宮都市の建築基準を満足している。
復興に伴い、南東地区にある貴族街も復興をとげ、ここの住人は貴族街の相応しい住居に移り住んでいった。残った住居は民間に払い下げられたけれど、迷宮都市の区画整理、要は道路整備に伴い外壁の位置が変更され、裏庭が1/3ほど削られて代わりに正面側に庭が出来た。
迷宮都市の住宅は、表庭は無いかあっても採光用の狭い空間程度で、裏庭の面積が広く取られる。庭は景観に配慮したものでなく、馬車置き場や騎獣小屋を設けたり、農作物を育てたりと、実用的な使われ方をするため、人目に付かない裏側にまとめて面積を取るほうが合理的だからだ。
この住居は区画整理によって正面側に10m程の庭が出来ているから、迷宮都市の住人からすると、中途半端なつくりに感じるようだ。
さらに、住宅のすぐ脇に生えた木の成長を邪魔しないように、家の一部、台所だった場所が取り壊されている。普通は木のほうを切り倒すのだが、伐採許可が下りず、家の一部を改築して対応するよう指示がでたのだ、と担当者は書類を見ながら説明してくれた。
最後の住人は親子2世帯でレストランを経営していたそうで、取り壊された台所に代わって、表通りの庭に住居と外壁の間に屋根を渡す形で厨房と食堂を増築した。増築と言っても、予算の都合かきちんとした建物になっているのは厨房部分だけで、店舗側はタープを渡す程度のものらしい。建物内にあるリビングと、タープを渡したテラス席もどきで雰囲気の良い店だったらしいのだが。
「冬、寒いんですよね。テラス席って。あと敷地面積が大きいので、賃料が高いんです。」
賃料は年に金貨3枚。店舗面積と立地条件が同程度の物件がおよそ金貨2枚なので金貨1枚分余分に払うことになるし、冬場は客足が遠のく。前の住人は別の物件が空くのを待って、引っ越してしまったそうだ。
説明を受けている間に現地に到着した。
「聖樹ね。」「聖樹だ。」
マリエラとジークの声が被った。敷地の中央よりやや東よりに一本の大木がそびえていた。樹高は2階建ての屋根よりも高く、正面玄関から見上げると手前にある建物をこえて姿が見える。
伐採許可が下りないはずだ。聖樹は魔物から人を守ってくれる聖なる樹だ。本来ならば、そばに家が建つこと自体ありえない。聖樹を独り占めしようと囲い込んだりすると、枯れてしまうこともあると言う。曰く『聖樹の精霊が他の樹に移る』のだそうだ。
ここは200年前『精霊公園』だった場所だが、今は見る影も無い。本当に更地になってしまったのだろう。聖樹の大きさから言って『精霊公園』に生えていた聖樹の苗木か、種子が育ったのだと思う。
マリエラの友達になってくれた精霊は何処に行ってしまったのか。あれだけ出現していた精霊は1体も見当たらず、聖樹もこの1本きりしか生えていない。
家を素通りして樹に近づく。周囲の土地が乾いている。余り管理されていないらしい。
《ウォーター》
いつもよりたくさんの魔力をこめて聖樹の周りに水を撒く。マリエラを地脈に導いてくれた精霊も魔力のこもった水をおいしいと喜んでくれたから、この聖樹も気に入ってくれるに違いない。
幹にそっと触れる。
「こんにちは。私はマリエラ。ここに住んでもいいかしら?」
聖樹には精霊が宿っているという。この樹にも居るのだろうか。居たとしても言葉は通じないだろうけれど。
ひらり、と聖樹の葉がマリエラの手のひらに落ちてきた。マリエラの手のひらくらいの平たい葉っぱで、ポーションの素材としても貴重なものだ。見た目は落葉樹なのだが冬でも葉を落とさない。無理にむしると端から萎れて枯れてしまうので、必要な場合は『お願いして分けてもらう』のだという。
(住んでもいいよってことかしら?)
ジークもマリエラのまねをして聖樹に水を与えて、葉っぱを貰っていた。なぜか十枚くらい貰っている。めっちゃ歓迎されてるな。モテモテか?
聖樹は問題なさそうだ。庭も土地は痩せているようだが薬草園に十分な面積がある。というか20m角ほどの庭一面、やけくそのようにブロモミンテラが生い茂っている。魔物除けポーションの作成が捗るな。
薬草は土地が痩せていても、魔素が濃ければ問題なく育つ。魔物の領域になってしまった迷宮都市は魔素が濃いから問題はないだろう。
担当者に案内されて建物内を見て回る。迷宮都市には建築基準があって、その内容は魔物が街に溢れた場合に立てこもれる強度があることだ。
まず、敷地の外周を人の背よりも高い石壁で覆っていること。石壁の厚みも指定があり、人の幅くらいの堅硬な物だ。住宅の外壁も同様に分厚い石積みで、1階の窓には魔物の進入を防止するため鉄製の格子をはめ込む必要がある。それに地下室。万一の場合、1週間は立てこもれるよう備えるのだそうだ。
建築基準に明記はされていないが、外壁や建物には魔物に感知されないため、魔力を吸うデイジスの蔦が這わされ、中に住まう人間の魔力が外に漏れるのを防いでいる。花壇には色とりどりの花の代わりに、赤紫の葉っぱがおどろおどろしいブロモミンテラが植えられて、魔物が嫌う臭いを放っている。
監獄のような重苦しい雰囲気を和らげようと、民家の窓枠の鉄格子は蔦や花を模した凝った造詣をしているし、屋上から外壁まで色とりどりの布をタープのようにたらしてみたり、店舗の看板をかねた大きな垂れ幕を外壁にかけたりしている。異国情緒溢れる町並みと、重厚な石壁を飾る生活の息吹が合わさっていて、こういう街も悪くないな、とマリエラは思った。
建物は元邸宅ということもあり、しっかりとした造りで強度に問題はなさそうだった。1階に大きなリビングと、奥にシガールームだったのだろう、リビングの1/3程度の小部屋がある。レストランで使っていた机や椅子がいくつか奥の小部屋に残されていた。
廊下をはさんだリビングの向かい側には、トイレや風呂場、物置がある。この物置は聖樹に面した壁面にあって、壁の材料が新しいから、元は台所だったと思われる。裏口のドアも新しい壁面にあわせて奥まった場所に設置してある。裏口ドアから入ってすぐの場所には階段があり、2階と地下へ通じている。地下室も何室かに分かれているようで、2人ならば十分すぎるスペースがある。
2階には物置のほかに部屋が4室。聖樹をよけるためにずらした壁面には小さなバルコニーがしつらえてあって、屋上へ上る階段がある。この辺りの家は屋上で洗濯物を干しているから、そのためだろう。
この建物は水周りだけ専門家に確認してもらえば、掃除をするだけで直ぐに使うことができそうだ。予算次第だが、壁紙を変えたり絨毯やカーテンを設えて、居心地の良い空間にしてもいい。
建物の南側、正門と玄関の間にある、奥行き10m程度の庭だった場所に、建物の壁と外壁を利用して厨房とレストランの客室が増設されていた。と言っても、屋根まで葺いてあるのは厨房部分だけで、客室部分はデッキ床にタープの天井。外壁には採光用の窓が無いから、採光を考えてタープの天井にしたのかもしれないが、経年劣化でタープは破れてデッキ床も風雨に吹かれて傷んでいる。内壁も建物内らしさを強調するためか、色の薄い壁材で塗装されているが、あちこちはげてみすぼらしい。建物側に作り付けのカウンターがあって、かろうじて店舗の雰囲気を残している。
(お店にするならここなんだろうけど、だいぶ手を入れないといけないわね。)
「建物に手を入れてもいいんですよね。大工さんは紹介してもらえますか?」
マリエラが聞くと、担当者は驚いたように、
「勿論、建築基準の範囲なら問題ありませんし、基準を理解した大工を紹介できます。ただ、この状態ですから金額の方がそれなりに掛かるかと。」
担当者さんが迷宮都市の住宅事情について説明してくれた。まず、土地の所有権は全て辺境伯にあって土地は全て賃貸。建物面積と総面積、区画の単価から計算される賃料が税金を兼ねて毎年課せられる。迷宮都市では住人がいつ亡くなるかわからないし、魔物が溢れて住宅が崩壊することも起こりうる。毎年、賃料を徴収することで住人の生存確認ができるし、万一宅地が崩壊した場合は辺境伯命での復興が可能となっている。土地が辺境伯の持ち物だから、持ち主が不明で復興できない、ということが無い。
何事も無く暮らしていて賃貸契約が更新されないとか、急に住居を追われるということはありませんので、安心してください。詳しくは、迷宮都市特別法の住居管理規定の云々のほにゃららといいだしたので、続きの説明を求める。
「ようは、宅地の賃貸契約で、住民の登録と生存確認と税金徴収、有事の際の備えまであわせて行っているわけですね。」
建物部分は買い取りか賃貸の2種類あって、この建物は買い取りだそうだ。中に残されている物品や庭の植生も好きにしていいらしい。ただし『聖樹の伐採は不可』など、物件ごとに条件がある場合もあるらしいが。
「この物件の建物価格ですが、本館が古くて減価償却が済んでいることと、増設部分の劣化が激しいことから、金貨3枚となっています。土地の賃料は年間で金貨3枚。すでに年が2/3ほど過ぎていますから、今年の分は金貨1枚程度ですね。詳細は戻って計算させていただきますが、契約時に金貨4枚、次年度以降も毎年金貨3枚が必要となる物件です。しかも、本館内に台所がありませんし、増設部分の厨房もこの有様。店舗部分も修繕するとなると、結構なお値段になってしまうと思われます。」
なるほど、確かに微妙な物件だと思う。一般庶民には高すぎて、農業スキルを持っていても農作物の収量が少なく採算が取れない。大商人が住むには住居面積が少ないし、貴族街とも離れている。
「ここがいいです。契約お願いします。」
しかし錬金術師には垂涎の物件だ。聖樹が庭にあるなんて、素晴らしすぎる。ポーションさえ売れれば、賃料も問題ないだろう。
商人ギルドに戻って即日契約し、金貨4枚を支払う。契約書と鍵を受け取ると念願の城を手に入れた実感でにまにましてしまう。
「大工は手配しておきます。直ぐに施工に掛かれる方を、こちらで選んでよろしいですか?エルメラ部門長のご紹介ですから、腕の良い大工を派遣させていただきますので。
修繕計画や費用に関しましては直接相談なさってください。明日の昼過ぎに現地集合で連絡しておきます。」
とんとん拍子で話が進んだ。担当者さんが言うには、今日から入居してもかまわないが、通常は清掃業者に掃除してもらったり、改装を完了させてから入居するものらしい。その辺りの手配も大工がしてくれると言っていた。荷物があると作業の邪魔になるし、盗難の恐れもあるそうだ。
それにしてもわくわくする。2階には部屋が4つもあった。何処に工房を構えようか。お店はどんな風にしようかな。必要な家具やらもチェックしなくては。
商業ギルドの売店で、パンと瓶に入った飲み物を購入する。事務所で出してもらったお茶の葉も忘れずに買って、ジークと再び家に向かう。聖樹の下でお昼を食べて、どんな改装をしようか話し合うのだ。
ジークが空気過ぎる……