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生き残り錬金術師は街で静かに暮らしたい  作者: のの原兎太
第一章 200年後の帰還
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氾濫の跡

そうだ、地下室へにげこみ、仮死の魔法陣を起動したのだった。


「生き残れたのね」


仮死の魔法は死の危険が過ぎると解かれる仕組みだった。

命の雫のおかげで視力もだいぶ回復した。

足元奥にある天井の入り口から、外の光が射し込んでいる。

下に扉が落ちているから、壊れて開いたようだった。風雨が吹き込んだ様子はないから、比較的最近壊れたのかもしれない。

外に出ようと近づくと、木製の梯子が朽ちていた。魔物の暴走(スタンピード)の地響きで緩んだのだろう、壁の石組みが緩んでいたのを足場にしてなんとか這い出る。


「えーと」


小屋があったはずのそこは、森に飲まれていた。


「百歩譲って、小屋が跡形もないのはいいとしましょう。スタンピードに飲まれたんだしね」


足元に生い茂る草を1束引き抜く。


「うちの薬草園で育ててた薬草よねぇ……

なんで、一面生い繁ってんのーーーーー!!!」


どう見ても数十年放置したような有様に、マリエラは頭を抱える。

蘇生した時から何かおかしいと思っていた。

身体はガチガチに固まっていたし、梯子は朽ちていた。


「仮死の魔法陣が壊れてた?」


そんなはずはない。使う前に確認した。

ユラユラと頼りないランタンの明かりだったけれど、隅々まで見たはずだ。

あのランタンの炎は、ついさっきまで見ていたように覚えている。


「ん?ランタンの……火?」


あー、、、、と情けない悲鳴をあげて、マリエラはしゃがみ込む。

いつもは照明魔法だから忘れていた。密室で火を灯したら酸素がなくなるじゃないか。

スタンピードが去っても、蘇生できずに眠り続けていたんだ。入口の扉が朽ちるまでずっと。


「どんだけねてたのー……」


マリエラの嘆きは虚しく森に響いた。



落ち込むこと10分。


マリエラはブチブチと薬草を引きちぎっていた。


《乾燥、乾燥、かーんーそーうー。》


「あーもー、鞄ないから超不便。両手は空けときたいし、縛って腰に吊るしちゃえ。

それにしても、やっすい薬草ばっかり繁茂しちゃって。

これじゃ、魔物避けと低級傷薬しかできないじゃない。」


ぶつくさ言いながら採取した薬草を錬金術で乾燥させては、腰に吊るしていく。

あっという間に枯れ草を腰ミノ状に巻きつけた、原住民ルックの出来上がり。


もともと癒し系……?の地味な顔立ちである。

腰ミノがダサさを引き立て、とても年頃の娘には見えない。


「ふっふふー。これだけ魔除け草を巻いたら、低級の魔物は寄ってこないよねー。魔除けのスカートー」


ふりふりと腰を振りつつ、薬草を物色し、さらに数束引き抜くと、腰のポーチから空の小瓶を5本取り出す。


《乾燥、粉砕、命の雫、薬効抽出、残渣分離、濃縮、薬効固定、封入》


続けざまに実行された錬金術によって、あっという間に低級ポーションが出来上がる。

同じ工程で魔物避けポーションも作製し、ポーチにしまう。これで街まで行けるといいのだが。


ポーションとは、簡単に言うと、命の雫によって薬効を極限にまで高めた魔法薬である。


例えば低級ポーションに使ったキュルリケ草は、そのまますり潰して患部に塗っても殺菌、止血、裂傷の回復促進と言った効果があり、多少の傷なら数日で治すことができるが、服用しても効果はない。

この薬効を命の雫に溶かし込むことで、患部にかければ直ちに傷を塞ぎ、服用すれば、外傷を治すだけでなく体力も回復する魔法薬となる。


回復魔法でも同様の即時回復が可能だが、回復魔法は患者自身の治癒力を上げるものなので、大きな傷を治すほど回復後に反動がくるし、体力の少ない患者の場合は、その分効果が薄くなる。


その点、ポーションは命の雫の力を使うので反動などない。瀕死の怪我でも効果を発揮する。

ただし、命の雫は本来地脈を流れ、植物を育み、動物に力を与えやがて大気に溶けて再び地脈に戻る、形のないエネルギーを錬金術で具現化したものだから、「薬効固定」で固定化しても、一年もしないうちに抜けてなくなり、ただの薬草水になってしまう。

さらに使い勝手が悪いところは、命の雫を汲み上げた地脈から遠ざかると、見る間に命の雫が失われるところだろう。


工程が多い分、低級ポーションを作るより回復魔法で治したほうが魔力も少なくて済むし、材料費もかからないぶん、施術費も安い。

防衛都市の街頭には、回復魔法で小銭を稼ぐ者も多くいたから、低級ポーションの値段もつられて安かった。

特殊な効果をもつ各種上級ポーションは高価だが、買う者の職種が限られ専門の錬金術師が専属していて、マリエラのような伝手のない錬金術師の入り込む隙はない。

錬金術のスキル自体、珍しいものではないのだ。防衛都市の錬金術師は、パン屋の数より多かった。

戦えないマリエラが、専業で食扶持を稼げるだけでもありがたいのだ。


「お、スキーピラ草」


大事な収入源が生き残っていた。

スキーピラ草は、避妊薬の原料となる。これをベースに数種の薬草を配合したマリエラ特製避妊ポーションは、避妊に性病の予防と娼婦御用達の品だ。独立したての頃などは、これのおかげで食いつなげたものだった。


よく見ると、他にも希少な薬草が生き残っていた。


「なんとか、立て直せそうね。」


まずは、街で情報を集めないと。薬瓶を買って、腰の薬草をポーションにすれば、今日の宿代くらいにはなるだろう。ずっと地下室の石畳で寝ていたのだ。体も拭きたいし、できれば柔らかいベッドで寝たい。


「ポーションの値段が、下がっていませんように」


マリエラは、防衛都市を目指して歩き出した。

乾燥させた薬草を腰回りにぐるりと括り付けた、腰ミノ姿で。



マリエラは、色々ザンネンな女の子です。

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生き残り錬金術師短編小説「輪環の短編集」はこちら(なろう内、別ページに飛びます)
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― 新着の感想 ―
腰蓑以外は、スッポンポン?
じょ、女性だったのね・・・
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