鈍感柳瀬と剣道指南
「いいかい荻原、しっかり打ち込むには踏み込みが必要なんだ。荻原はだいたい良いんだけどね、もう一息しっかり踏み込めないかい?」
「は、はいっ。やってみます先輩!」
そう言って踏み込みながら竹刀を振る荻原とか言うさっきの後輩。
へぇ、中々鋭い踏み込みじゃん。
でも、何かが……。
「うーん、悪く無いよ荻原。でも、こう、なんだろうなぁ。踏み込む時の足の向きかなぁ、少し触るよ?」
「あ、は、はぃ……」
そうしてしゃがんで荻原の足を掴んで、説明する柳瀬。
「いいかい荻原? 足首の角度は、こう、じゃ無い。こう、もっとこうなんだ。解かるかい?」
「は、はいぃ……」
顔を真っ赤に染めてモジモジしながら返事をする荻原。あらら、アレじゃ却って集中しずらそうだよな。
「よし! じゃあ、もう一回素振りやってみて?」
「はぃ。ええっと、その、えいっ!」
「うーん、惜しい。そうじゃなくてこうなんだけどね」
そう言ってもう一度しゃがんで荻原の足を掴んで説明する柳瀬。
「いいかい荻原、足の踏み込みの角度はこのくらいのほうが良いと思う。解かる?」
「は、はいぃ……うぅぅぅ、恥ずかしい」
「ん、何か言ったかい荻原?」
「いいえっ、なんでも無いですぅ!」
そうして恥らってモジモジする荻原とその荻原の足を持っている柳瀬。交わる女と女。うーん、何となくエロスを感じるぜ!
俺のピンク色の脳細胞がエロス!エロス!と言う電気信号を発しているんだから間違いない。
「ふぅ、よし。じゃあ今言った事を意識してもう一回素振りしてみて荻原」
「は、はいっ! えいっ!」
そう言って素振りする荻原。あ、でもさっきより……。
「うん、よくなったよ荻原。荻原は飲み込みが早いんだな」
「い、いえ、その、先輩のお陰です……ありがとうございます」
「うんうん、あとの問題点は、うーん、そうだな……あ、そうだ、神承! ちょっと良いかい?」
へ、俺?
「呼んだか柳瀬?」
「ああ、呼んだよ。ちょっと来てくれないかい?」
「良いけど」
そう言って向う俺。ちょっと良い奴。
「なんだよ柳瀬」
「この、荻原って言う私の後輩、中々見所があるんだけどね、後一歩って感じがするんだよ。私は他の部員にも指導しなくちゃいけないしさ、何より私には解からない事も神承なら解かるかもしれないしね、少し見てやってくれないかな?」
「へ……俺は構わないけどさ、でもこの子は」
それで良いのかいと聞こうとして当然入る抗議の声。
「そんなっ、柳瀬先輩! 私は先輩に指導を受けたいんです。先輩が忙しいならそれは仕方が無いですけど……だからと言ってこんな……」
こんな?
「こんな、その、アレな人に指導を受けろだなんて……それくらいなら私1人でやります!」
「アハハハハッ、荻原、幾らなんでも先輩をアレな人呼ばわりしちゃぁいけないなぁ。でも面白いから全然許すんだけどね」
「いや、そこは叱ろうぜ柳瀬?」
こう、さ。友人の面子の為にとかさ。
「くっくっく、良いじゃないか神承。了見の狭いことは言わないものさ。そう言う男は女の子に嫌われちゃうぞ?」
「きっ、嫌われるって、誰にさ」
「さぁ、誰だろうねぇ」
そう言ってくっくっくと人が悪そうに笑う柳瀬。
「ちぇ、まあそんなのどうでも良いんだけどさ。それよりどうするのさ。この子はこう言ってるけど? やりたくないって言ってるの無理に指導する必要は無いと思うぜ俺は」
「そうです! 私も、この人みたいな、その、アレな人に別に教わりたいとも思いません!」
だからアレって一体何なんだろうな。
「まあまあ、、荻原もそう言わないでさ、一遍教えて貰いなよ。多分何か得るものがあると思うよ?」
「そんな……だって部長、そもそも、この人の事を私は知らないんですよ? そもそもこの人誰なんです? 本当に剣道強いんですか?」
さっきから黙って聞いていれば……失礼な小娘だぜ。
「ああ、コイツは神承って言ってね。剣道の腕は私が保証するからさ。、何事も経験だからブツクサ言わないでやってみなって。ほら、とりあえず防具をつけてくること」
そう言って荻原の背中をバンバンと叩く柳瀬。相変わらずコイツはカッコいいけど偶に親父臭くなるんだよな。
「う、先輩がそうまで言うのなら……」
そう言ってトボトボと防具置き場の方へと歩いていく荻原。
「ふぅ、やっと納得したか。ごめんな神承。悪い子じゃないんだけどさ、少し人見知りが激しいのかな」
「いや、あの子が俺に反抗してた原因は多分違うと思うぞ?」
「じゃあなんで?」
「ふぅ、こうやって柳瀬の被害者が増えていくわけか。まあ、あの子の事は良いとしてさ、ホントに俺が教えちゃって良いの? 俺は女子剣道部どころか、もう剣道部自体に籍を置いていないんだし」
「ハハハ、随分と細かい事を気にするんだね神承は。大丈夫だよ、なんかあっても私が責任取るから」
「いや、柳瀬は責任取るなよ。部にとっても柳瀬自身にとっても今の「剣道部部長」柳瀬って言うのは大事な物だと思うし」
「そうは言うけどね神承。だからと言って何かあったときに神承に責任取らせるわけにはいかないだろう? まぁ、何の問題も起きないから大丈夫だって。神承は安心して存分に荻原に指導してやってよ」
「それについてなんだけどさ、ホントに俺で良いの? 俺は今まで人に教えた事なんて無いし、俺じゃあ役者不足だと思うんだけど?」
「そんな訳無いだろ? しつこいようだけど神承の剣道って言うのは別次元の物なんだよ。本当だったら荻原じゃなくて私が指導を受けたい所なんだし」
「馬鹿言うなよ。柳瀬の剣道は基礎がしっかり出来てるし俺みたいな適当に竹刀振ってるだけの男なんかが教えられるレベルじゃない」
「そう言うと思ったよ。全く、神承は自分を過小評価しているというか、妙に遠慮深いというか、そう言うところがあるからね」
そう言ってくっくっくと悪人っぽく笑う柳瀬。
「あ、荻原が戻ってくるよ。それじゃあ彼女の事頼んだよ神承? お礼は帰り道で結構豪華に奢るってことで」
「うん、まあ期待しとく。あ、俺の竹刀は?」
「あ、私の使ってよ」
そう言って自分の持っている竹刀を俺に差しだす柳瀬。受け取る俺。
柳瀬が竹刀を縦に持って俺に差し出したため受け取る時に僅かに触れ合う指。
その冷たくて柔らかい女性特有の指の感覚に少しドキッとしてしまう。でも勿論そんな事は億尾にも出さない。
だって、なんか悔しいじゃんかさ。
「それじゃ、また帰りにね神承」
「おう」
そう言うと呼ばれていたほかの部員の所へと行く柳瀬。さて、俺も人生初の指導に当たるとするか。
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