劣情と愛情
「すぅ……すぅ……」
完全な無の状態から幾分かは何か確かなものがあるような、ぼんやりとした感覚へと、起きあがってくる。
この意識がサルベージされるような感覚は、眠りから覚めていく状態だと頭の何処かで理解しながらも、自発的に何かをすることも無くぼんやりとしている。
でも、今感じているこの時間は、今朝まで毎日過ごしていった「その時間」に比べてとても心地良い。
「すぅ……すぅ……」
何がどう違うのかは解らないけれど、いつもと違う、優しい空気に身体が包まれているような、そんな感じ。
肌に触れる布団の感触もいつもよりも柔らかく、そして清潔な感触がする気がするのだけれど……。
「すぅ……すぅ……」
そして何よりも今朝まで感じていた気だるさや、僅かな筋肉痛や疲れの蓄積などの不快感が綺麗に消えているのだ。
それによって今、俺は久しぶりにこの微睡み時間をやすらぎとして感じることができている。
「すぅ……すぅ……」
だんだんと覚醒し始めた意識で、ああ、俺は今いつもと違うところで目が覚めたのだなと悟る。
何より自分以外の気配と、あと寝息が聞こえるのだし。
と言うわけで、現実を見るべく胡乱な脳で顔だけを音のする方に振り向ける。
と……。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
……。
…………。
………………。
心地良い意識の中の微睡みのやすらぎだとか、寝惚けナマコに映るボヤケた世界だとか、そんなものは一瞬で吹き飛んだ。
何故だ。何故だ何故だ何故だ!
何故柳瀬が俺と同じベットで寝ている。それも目と鼻の先の距離に!
格好はと言うとうつ伏せで寝ていた俺の顔を向けた目と鼻の先に柳瀬の顔があるという事だから、つまり柳瀬は横向きになって俺の方を向いて寝ているというわけだ。
ドアップの柳瀬の顔を見ると、あぁ、閉じた眼がさらに整った顔を強調してるなとかそれにしてもマツゲ長いなーとかその厚すぎない濡れた唇もすごく……セクシーですとかやっぱりこうして近くで見るとコイツすごい美人だし人気があるのも当然だよなとかその無防備な寝顔が正直たまりませんとか一瞬で(約0.3秒)そりゃあもう色々なことを考えた訳なのだが取りあえず今はそんな事は大して問題ではなくて……。
何故柳瀬がここで寝ている!
何故柳瀬が俺と同じベットで寝ている!
二度言ったよ! 大事なことだから!
一瞬でクリアになった意識で考えてみる。頑張れ俺のピンク色の脳細胞!
まず記憶を辿ると、俺は柳瀬の家にきていた。オーケー。
そして晩飯を御馳走になりその後、柳瀬の部屋で勉強していた。オーケー。
そしてその後疲れた俺を柳瀬が上に乗ってマッサージしてくれた。オーケーブラザー。
そしてその後……。
あれ、ここから意識がないな。
そうだ、そうそうそう、確かすごく気持ちよくなっちゃって俺は眠くなったんだ。
そしてそれを柳瀬に告げたら確か柳瀬はこう言ったんだ。
「少しだけなら、寝ても良いよ」と。
そこからの記憶がないと言うことは俺はそこで意識を手放したと考えていいだろう。
ならばだ、その時確かに起きていた筈の柳瀬が何故俺の隣で寝ている。
なぁ、何故なんだよ柳瀬……。
「……すぅ……すぅ……」
もう一度至近距離、それこそ少しでも顔を動かせばキスでもしてしまいそうな距離の顔を見てみる。
その整った顔を見ていると、何だか良く解らない感情が込み上げてくる。
ふと、普段感じない蠱惑的な匂いがした気がする。
決して不快ではないのだが、僅かに汗の匂いと柔らかな石鹸のような匂い、そして自分とは確かに違う女性そのものの匂い。
さっきシーツに顔を埋めたときに感じた匂いと何処か似ていて、だが確かに違う。
これは……柳瀬の匂いだ。
あ、そう言えばコイツ部活で汗かいててシャワー浴びたいけど無理だから着替えだけするとか言ってたな。
ふと、その匂い誘われるように横向きに寝ている柳瀬の肩に手を掛ける。
「ん、んんぅ……すぅ……すぅ……」
柳瀬は僅かに身じろぎしたが目を覚ましそうな様子もなく眠り続けている。
ふと、自身のズボンに違和感を感じてそちらをみてみる。
う、うおおぉぉう……。
詳しくは説明できないのだがそこにはタケルJrである俺命名の「ヤマト」がStand upしてその存在をHelloしている。
あ、そう言えば柳瀬が作った料理はレバーたっぷりのニラレバ炒めだとかニンニクたっぷりの餃子だとかおよそ女子高生が作りそうにない精の付きそうな元気の出るメニューばかりだったな。
そのお陰で現在身体の一部分が不必要に元気になっている訳だが……。
そんなことを思いつつ、目の前の柳瀬に視線を戻す。
柳瀬は目の前で男がそんな状態になっていることも知らずSleeping Beautyといった雰囲気で無邪気な寝顔で眠り続けている。
なぁ、なんでだよ。なんでお前はそうも俺の隣で、男の隣で無防備に寝ていられるんだよ。
俺だって……。
だが、そこまで思った時に、柳瀬の考えを示すある一つの仮説が頭に浮かんだ。
放課後の教室であった俺を思わせぶりな口調で両親不在の家へと誘ったこと。
疲れたと言った俺に元気の出る、それも下手すると身体の一部が元気になる精の付く料理を御馳走してくれたこと。
マッサージをすると言って俺をベットの上に寝かせて、無防備に俺の上へ乗ったりしたこと。
これらの行動から考えられることは。
もしかして、柳瀬は俺を誘っている……?
据え膳食わぬは云々と言う言葉からもわかるようにもしも柳瀬が俺を誘っているのだとしたら俺が手を出さないのは失礼に当たる訳だが……。
いや、だがそれだけの理由から判断して軽率に行動することは危険だ。
もしも俺の勘違いだったとしたら、きっと柳瀬は今までのように俺に笑いかけてくれることは無くなるだろうし、友達としてもいられないだろう。
と言うか、俺は犯罪者になってしまう。
だが、もしもそうだったとしたら……いや、それ以前の問題があるな。
俺の気持ちはどうなんだ。
俺は、どう思っているんだ?
この、柳瀬のことを。
好きかと言われれば好きだと即答できるだろう。
だが、その好きの種類はと問われれば少しばかり考え込んでしまう。
高校で出会ってたからもっともよく話すようになった友人として?
それとも単に席の近いクラスメートとして?
それとも尊敬する友人として?
……それとも、一人の女の子として?
解らない。答えられない。
今朝までなら、男前でかっこよくて、尊敬できる最高の友人として好きなんだと即答できたような気がする。
でも、今は……。
この綺麗に片づいた部屋の雰囲気も。
本棚に並ぶ本の種類も。
清潔感のあるオレンジのシーツも。
枕元に置いてある、微かにどこかで見た事があるような気がするテディベアのぬいぐるみも。
その無防備な寝顔も。
綺麗な髪も。
確かに主張している膨らみも。
細く引き締まった腕と腰も。
すべすべとしている柔らかそうな足も。
そのホットパンツ越しの尻の曲線も。
触ったところから伝わってくる確かな体温も。
彼女自身から香る汗と石鹸と、そして僅かに混じった男のものとは確かに違う匂いも。
すべてが俺に向けて、目の前の存在は確かに「少女」なのだと主張してくる。
その少女が、女が、持っている空気を、存在感を、匂いを、色気を知って、まだ、ただの少し男前な友人なんだよと言いきれるのか?
解らない。解らない。
だが、解らないまま目の前の存在に、誘蛾灯に惹き寄せられる昆虫のように手を伸ばしてしまう。
そして、柳瀬の肩を押して彼女を仰向けに倒す。
髪と胸を僅かに揺らしながら更に無防備に、仰向けにその肢体を見せる柳瀬。
その仰向けに寝ている柳瀬を跨ぐように両肩の外側に手を突いて上から柳瀬の顔を見る。
あと数センチ。数センチ顔を下ろせばキスが出来るという距離でその無防備な寝顔を見て。
いつもと同じ、その整った顔を見て俺は……。
欲情しているのか?
欲しいと思っているのか?
ああ。俺は今、確かに柳瀬に……。
「んんぅん……ふあぁ……っっん。かみ……じょう?」
仰向けに倒した衝撃で目が覚めたのだろうか。僅かに柳瀬の目が細く開く。
「ああ」
恐ろしく低い声が出たことに僅かに驚きながらも、もう止められない欲情を声に乗せて返事をする。
「んんぅん……ふふふ……神承だぁ……。ねぇ、神承、元気……でたぁ?」
まだハッキリとは目が覚めていないのだろう。俺が覆い被さった状態で、目と鼻の先に顔があるにも関わらず寝ぼけたような感じで、普段より僅かに甘い声でポツポツとそんな事を言う柳瀬。
「ああ、元気になったぜ。お前のお陰でな」
「んふふふぅ……それは……よかったよ……」
「そうかい」
そう言いそのまま欲情のままにその濡れた唇にキスを落とそうとして。
「神承には……苦労を掛けて……神承が疲れてるのも……全部、私の、せいだから……」
柳瀬のそんな言葉に身体が固まった。
今、柳瀬はなんて言った?
全部私のせいだから?
確かにそう言った。
だが……どういう意味だ?
何が柳瀬のせいだと言うんだ。
「なあ柳瀬、なにがお前のせいなんだって言うんだよ?」
「……ううぅん……ふにゅう……すぅ……すぅ……」
いかん。また寝始めたコイツ。
今は柳瀬の考えを聞くべき時だって言うのにコイツは……!
「なあ柳瀬、だからなにが全部お前のせいだって言うんだよ!」
「ふにゅ……?」
「だから何でお前のせいで俺が疲れているって言うんだよ!」
「んうぅ……だってぇ……神承にぃ……やりたいと思ってなかったぁ……風紀委員を、やらせたのはぁ……私だからぁ……」
「でも柳瀬は推薦しただけだし、別に強制したわけでもない。決めたのは俺だろ?」
「でもぉ……私が……言わなかったら神承はぁ……余分な苦労を背負うこともなかったんだし……そのせいで神承が……あんなに疲れちゃって……」
「そりゃあ仕事をやれば当然疲れるさ。何も柳瀬は悪くないだろ?」
「んんぅん……でも、神承は確かに……私のせいで疲れてる……だから、私がそれを治すのも……私の当然の……それに……あんなに疲れて……神承が……ふにゅう……」
あ、落ちた。
そこまで言って柳瀬はまたすぅすぅと寝息を立てて眠り始めた。
ハァ……。
もう、お人好しというか何と言うか……。
風紀委員に推薦したのは確かに柳瀬だが引き受ると決定したのは俺だ。
だから、そこで俺が苦労しようと疲れようとどうなろうとすべては俺の責任の筈なのだ。
なのにそれで疲れている俺を見て柳瀬は自分の責任だと思いこんで、純粋な気持ちと責任感からか、それを、俺の疲れを癒そうと色々とやってくれたわけだ。
きっと柳瀬は今までもこんな風にしなくていい苦労を背負い込んできたんだろう。
今日だってそうだ。
きっとこれだけ深く無防備に眠ってしまうのだって柳瀬自身も面倒見の良い剣道部主将として俺と同じかそれ以上に忙しい日々を送って疲れているのだろう。
でもそれだけ疲れていても背負わなくて良い俺への罪悪感と責任感か、或いは友情からか、俺に元気の出る飯を作ってくれた上に勉強にも付き合ってくれてマッサージまでしてくれた。
だけど、そんな柳瀬に対して俺が取った行動は……。
柳瀬の純粋な好意を邪推して、そして身勝手な欲情を抱いて、それを柳瀬に一方的にぶつけようとした事だけ。
こんな感情は、ただの劣情だ。
柳瀬の行動の真意と、それに比べて浅はかな俺の感情と行動に対して罪悪感で胸が潰されそうな気持ちになる。
最低だ……俺って。
でも、その反面……。
こんな俺のことをここまで思ってくれて、ここまでしてくれた柳瀬に対して、さっきまで柳瀬に感じていた生々しいい感情とは違う、なにか暖かい感情が溢れてくる。
ああ、コイツはこんなに純粋で、俺のことを気に掛けてくれて、お人好しで……。
その暖かな気持ちに乗せられるように動いた心に、ハッキリとそれを自覚する事ができた。
俺は、柳瀬のことが好きだ。
女としてとか友人としてとか関係なく、コイツのことを純粋に好ましく思っている。
それも今までにないくらいに強く。愛しく思っていると言っても良いほどの感情で。
だから、そんな俺に出来る事は、信頼して仕事を任せてくれたコイツのためにも、今出来る自分の最善を尽くしていこうと。
俺の隣で無防備に寝顔を向けてくれる柳瀬を見ながら、深くそう思った。
今回は多少早く更新する事ができました。
とはいっても多分これで人並みなのでしょうが……。
でも考えてみればやっぱり様々な要因があって更新速度と言うのは決まってくるんですよね。当たり前ですけど。
努力はしているのですが。文章を書くのは難しいです。
早く書けた要因や細かい事はお目汚しになるので気が向いたときにブログにでも書いておきます。
そう言えば一つだけ報告を。
依然ネット小説ランキングに登録していたのですがランキングの方をあまりチェックしていなかったその間にこの小説家になろうでアップされている小説はランキング登録が禁止と言うことになったらしく、この小説も削除されてしまいました。
かなり前の話なんですけどね。
気付いた時はやはり少しショックでした。
それでそれに代わる物としてどこかに登録をしようとも考えたのですが。
更新速度が遅いくせに登録するというのもやっぱり無責任かとも思い躊躇していました。
これからだと私自身の予定とか都合からして8月の終わりと9月の頭、場合によっては10月か来年の1月には全く更新できなくなる時期があるのは解かっていますし。
しかし、やはりどこかに登録する事によって空いた時間を小説に出来るだけ割こうというモチベーションにも繋がるかもしれませんしどこかに登録しようと思います。
その報告まで。
それから、御意見、御感想、ありがとうございます。
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