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私の幼馴染が勇者になった…らしい。

作者:遊覧雲
ーーーある日、一人の男が聖剣に認められ、勇者になりました。
勇者の名前はコーダ。
城下町では白銀の勇者コーダ様と呼ばれ、その明るい性格と人柄の良さで親しまれておりました。
綺麗な白銀色の髪と金色の瞳の端正な顔を持つ彼に憧れを抱く人も少なくはなく、誰もが理想の勇者様だと口にしていました。ーーー



…という風景を、彼の幼馴染である少女は勇者がいる城下町から、少し離れた王城の塔から見ていた。

「ああ、やっぱりコーダさんが勇者になってしまったのですね」

呟いた言葉はまだ幼い、子供と言っても過言ではない少女のものとは思えぬほど大人びており、その声は少女自身でも分かるほど落ちたものであった。

「危険がたくさんの勇者になんか、なって欲しくはなかったのですけれど…」

俯けば、彼の白のような銀髪とは対照的に真っ黒な、ほんの少し癖の入った少女の髪が目の端に映る。
魔物の毛のように真っ黒なそれを嫌いだとこぼした時に、綺麗なのにと言ってくれたのは幼い頃に亡くなった両親以外ではコーダだけだった。
幼き日を思い出し、少女は涙を堪えたために歪んでしまった顔で笑った。

「先見の神子様、お食事です」

けれど、塔の白い壁に空いた隙間から入れられる食事の盆と見知らぬ人の声に、少女はすぐに表情を消す。
…そんなことをしなくとも、食事をもってくる人は少女のことなど気にも留めないというのに。
盆を持ってきた人物はすぐに足音を立てて塔を降りていく。
カツンカツンと響く冷たい音が聞こえなくなった頃、少女は小さく呟いた。

「私の名前は、先見の神子なんてものではないです」

答えなど帰ってくるはずもないその言葉を吐いた後、少女は盆の上から手のひらの大きさのパンを手に取った。
真っ白なそれは、少女の白い手が触れるだけでふわりと形が変わるほど柔らかいけれど、いつも通り冷え切っていた。
白パンというそれは、城下町では高級品と言われるものらしいけれど、少女は昔、幼い頃に小さな村で食べていた焼きたての茶色いパンの方がずっと美味しいと思っていた。


“ケイト、俺がずっとずっと、守ってあげるからね!”


勇者なんて大層な肩書など何も無かった、ただの優しい幼馴染の声だけが、過去への執着のように耳に残っていた。

「助けてもらえるなんて、そんな期待はとうに捨てたと言いますのに…」

先見の神子と呼ばれし少女、ケイトは諦めたような瞳で、扉のない塔の部屋を見渡してパンを口に運んだ。

「…やっぱり、美味しくないです」









ケイトがただのケイトであった幼少期、魔物の毛皮のように真っ黒な髪のケイトに話しかける人は少なかった。
王都から大分離れた小さな村で、優しい人が多かったけれど、数少ない子供の多くはケイトを怖がったし、子供らしくない態度のケイトに話しかけるのを躊躇する人は、大人だって多かった。

「ケイト!ケイト!なぁ、聞こえてないのか!」

けれど、数少ない子供の一人、コーダだけは違った。

「…いえ、聞こえています」

「じゃあ無視するなよー!」

一人で過ごすことの多かったケイトに、コーダだけは臆することなく何度も話しかけてきた。
明るい性格のコーダには、ケイト以外なんかに構わなくても、沢山の友達がいたというのに。
けれど、コーダはケイトの言葉を真正面から聞き、大きな金色の瞳にケイトを映し、そうしてケイトの腕をつかんで、色々なところに連れて行ってくれた。
ケイトはコーダに連れていかれた先で、初めて透明な川で悠々と泳ぐ魚を見た。流れ落ちる滝が作り出す七色の虹も、紅色の落ち葉の山から顔をのぞかせる小さなリスも、村の誰も知らないどこまでも続くような花畑も、全部全部、コーダが見せてくれた。

「雲一つない夜空、ケイトの髪みたいに綺麗だな!」

そう言ってにっこりと笑う金色の瞳は、まるで夜空を照らしてくれる月のようだと思った。
コーダはケイトにとってヒーローだった。




「なぁなぁケイト!俺な、ケイトのことが好きだ!」

「…はい、私もコーダさんのことが好きですよ」

「ねーケイト、俺その喋り方やだー!ケイゴ無くしていいよって言ってるじゃん!…ってケイト、俺のこと好きなの!ほんとにほんと!!??」

「コーダさんは私の4歳年上ですし、年上の方にはこういう話し方をするものだと教わっているので嫌です。…はい、本当にコーダさんのことが好きですよ」

「じゃあさ、大人になったら俺のお嫁さんになってね!」

「はい。…じゃあ、お嫁さんにしてくれたら、話し方を変えることも考えますね」

「ほんと!?約束だよ、ケイト!俺がずっとずっと、一生守ってあげるからね!」

「はい、コーダさん。約束です」



そんな幸せはケイトが10歳のとき、王城からやって来た兵士によって、ケイトが“先見の神子”であると告げられるまでしか続かなかったけれど。





先見の神子と呼ばれるお伽噺のような存在が、この国にはいるらしいということはケイトも知っていた。
神の寵愛を受けし子とも言うらしいその存在は、遥か遠くや、未来や過去まで見ることができるとも。
ケイトにそんな力があるとは思わなかったけれど、前代の先見の神子であった人がケイトが神子になる未来を見たらしく、その日のうちにケイトは王都へと連れて行かれた。
…ケイト自身の意志など関係なしに。

あの時、コーダが何かを叫んでいた気がする。
兵士に殴られ、蹴り飛ばされ、地面に押し付けられていた。
やめてと言う声は、見えなくなるまで暴れ続けていたコーダには届かなかった。
兵士に強く掴まれていたケイトの腕は、その晩赤く腫れてしまった。



それ以来、ケイトは王城の塔に閉じ込められている。
待遇は良い方だと思う。
…3年前、王城に連れ去られてからすぐに運良く先見の神子の力が目覚めていなかったら、とっくに殺されていたかもしれないけれど。
過去も現在も未来も、全てを見ることができるケイトの存在は国の切り札だ。
ゆえに、見たものを報告さえすれば、不便は一切ない生活をさせてもらえるし、欲しいものは食事を持ってくる人に言えば用意してくれる。
ただ、扉のない部屋で、窓の外へは出られない長さに調節された鎖に繋がれているだけで…。



閉じ込められるだけで持て余すばかりだった暇を紛らわすために、ケイトは色んなものを見た。
国が生まれた歴史を、隣国との戦争の行方を、歴代の先見の神子の生活を。

そうして知ったのは、この国は結局始まった時から先見の神子の力に頼っていて、それ以来、先見の神子を見つけたら王城で“保護”することになったらしいということ。
先見の神子が力を正常に扱えるようになるように、先見の神子が悪い者に利用されないように、この国は先見の神子を見つけたら、その神子が死ぬまで“保護”するらしい。
そうして、神子が死ぬ直前に、保護した神子を“説得”し、次世代の神子を探させるのだという。
…“説得”はケイトが目をそらしたくなるようなものばかりだった。

「本当に碌でもない国ですね。…いっそ、魔王に滅ぼされてしまえば良いのに」

まぁ無理だろうと思いながらもケイトは、自身を“保護”する国の滅びを願っていた。
…そんな時だった。
コーダが聖剣に選ばれ、勇者になってしまったのは。





「はぁ、本当にコーダさんは馬鹿ですね。何で勇者なんかに。…まぁ、なってしまったものは仕方ないですから、死なないように助けてあげましょう」

そう決めてからのケイトの行動は早かった。
色々な未来を見た。
魔物の群れが生まれはじめていると知れば、対処法を過去を見て考え、報告した。
ドラゴンが暴れる未来を知れば、コーダが死なないよう、装備やトレーニングを行うようにそれとなく報告した。
もちろん、コーダのことばかりだと怪しまれるので、隣国や政情、城下町の犯罪も報告した。

そうして、コーダは着々と力をつけ、難無く魔物の王を倒した。
…ちょっと嘘だ。
魔王を倒すのは簡単だったけど、魔王城の周りにあった罠を突破するのは非常に大変だった。
落とし穴があると報告しているのに突っ切ろうとする、罠があると報告しているのに忘れて引っかかる、魔王城の構造を全て報告しているのに迷子になる…。

…まぁ、大変だったけれど、コーダは無事に魔王を倒し、ケイトのいる王城へと戻ってきた。
後は褒美を貰い、あの小さくて平和な村に帰るだけ。
危険はやっぱり沢山あったけれど、コーダが無事に村に帰ることができることにケイトは満足していた。
これから先、国に飼い殺されているケイトは一生あの村に帰ることは出来ないだろうけれど、それでもコーダが平和な場所で幸せに暮らすことができるのなら…例えそれが初恋のコーダに存在を忘れられようが、別の人と結ばれようが、コーダが笑っていてくれるのならきっとケイトは幸せでいられる。

――――夜空ケイトコーダを輝かせる脇役で良い。

そう思っていた。
そう思って、きらびやかな装備に見を包む、まさに勇者といった風貌のコーダをまぶしいと思いながら、手の届かないところに居る幼馴染を、少しでも近くに感じる為に、眺めていた。
真っ赤な絨毯のひかれた謁見室も、でっぷりと太った黄金の王冠を載せる国王も、鈍い銀色の鎧を身に纏う沢山の騎士達も、その先に待つ未来も、ケイトの瞳には映っていなかった。
しかし、もう危険など何もないと思っていたケイトの目の前ではないけれど、…ケイトの視ている前でコーダは国王に向かって聖剣を抜いたのだった。

「この国に、黒髪のケイトという名前の少女がいるはずだ。俺はそいつを今回の報酬として頂きたい」

白銀に輝く聖なる剣の切っ先を、真っ直ぐに国王へと突きつけながらの申し出…というにはあまりにも物騒な物言いに、最初に動いたのは兵士だった。
ケイトも何度か見たことのある、そいつは確か騎士団長と呼ばれる男だった。
国王の横で立っていた騎士団長は上質そうな長剣を抜くと、国王のすぐ横にぴたりと着いた。
国王はその様子をちらりと見て、右手を上げることで今にもコーダに斬りかかりそうだった騎士団長を止めた。
長剣を構え、微塵も油断を見せないままでいる騎士団長をそのままに、国王はやはり聖剣を構えたままのコーダに、ゆっくりと語り掛けた。

「勇者コーダよ、生憎だが儂はケイトという少女は知らぬ。知らぬものを褒美にするのは…」

「嘘を吐くな!」

けれどそれは、怒りを顕にしたコーダの台詞によって遮られた。
コーダは眉間に皺を寄せ、今にも唸りを上げそうなほどに不機嫌そうな顔をしていた。
ケイトの記憶の中にあるコーダはいつだって優しい笑顔を浮かべていたから、ケイトはケイトの瞳が見るそれが本当にコーダなのか分からなくなってきた。

「4年前、辺境の小さな村にこの国の兵が来た。一人の少女を先見の神子だと言い、行きたくないと言ったあいつの言葉も無視して、怒鳴って、引きずって、お前らが無理矢理ケイトを連れて行ったんだ」

「この国の兵士がやったという、証拠がないだろう」

コーダは国王を、その金色の瞳で睨みつけた。
それから、その横に立つ騎士団長にゆっくりと視線を移した。

「お前らは覚えていないだろうけど、俺はその場に居たんだよ。騎士団長おまえに蹴りとばされ、あいつが泣きながら連れ去られるのをただ眺めることしか出来なかった。騎士団長おまえがこの場にいる、それが最大の証拠だ」

目を見開く騎士団長を前に、コーダは低い声で告げる。

「これが最後の質問だ。ケイトはどこにいる?」

項垂れた国王がある方向を指差す。
それはケイトのいる塔のある場所で、コーダが指差された方向を見た。
目など合うはずがない距離なのに、見られたとケイトは思った。
コーダの口が“みつけた”と動く。
ギラリと金色の瞳が光り、白銀の髪がふわりと揺れた。
次の瞬間、コーダは謁見室の窓を突き破り、宙へと飛び出していた。
コーダは空中で使い魔を呼ぶ呪文を唱えていた。
真っ赤なドラゴンが王城の空に現れ、コーダを背に乗せ…



「ケイト!!」



ケイトは信じられなかった。
一日も欠かすことなく見ていた、けれど会うことなどできないと思っていた幼馴染が今、空を見つめることしかできなかった塔の窓からケイトを見つめていた。

「こーだ…さん」

久しぶりに、誰かへと放つケイトの声は、情けなくも震えてしまっていた。
ケイトを見つめるコーダの瞳は、先程の厳しいものとは打って変わって蕩けるような優しいものだった。
窓から入ってきたコーダがケイトに近付いてくる。
思わずケイトが一歩下がれば、その足首に繋がれた鎖がシャラリと音を立てた。
コーダはそれを見て、眉間に皺を寄せた。

「ケイト、俺と一緒にここを出よう」

伸ばされる手を、望んだことは数え切れないほど。
けれどケイトは、その手を掴めなかった。

「嫌、です」

コーダの瞳が驚愕に見開かれる。

「…何で?」

だって、と答えるケイトの声は震えていた。

「だって、コーダさんは勇者ですよ。折角、皆から慕われる勇者になれたのですよ。なのに、なのに私を連れ去ったら、国にいられなくなってしまって、コーダさんが、私のせいで悪者にされるだなんて、私は…嫌です」

じわりと滲む涙に気付かない振りをして、ケイトはコーダに笑顔を見せた。

「私は大丈夫です。コーダさん、幸せになってください」

ケイトがコーダを見ることはできるけれど、コーダがケイトを見ることはできないから、だからコーダの記憶に取っておきの笑顔を残せるように、ケイトは満面の笑みを浮かべた。
けれど…涙で滲む視界に映ったのは、眉を下げ、情けない顔をするコーダだった。

「幸せになんてなれないよ」

ぽろりと、コーダの瞳から涙が溢れる。

「ケイトが居ないと、幸せになんてなれないんだよ」

コーダの瞳から流れ落ちる涙はまるで金色の瞳が溶け出していくようで、ケイトは初めて見るコーダの涙にどうしようもなく動揺した。

「俺はケイトが思うような人じゃないよ。強くなったのはケイトを取り戻すため、勇者になったのはケイトを探すため。だから、ケイトを犠牲に得る平和も、その平和にしがみついて手放せない国もクソ喰らえだ」

コーダは言葉を紡ぎながらケイトに近付いてくる。
ケイトの目の前で座り込んだコーダは、ケイトの瞳を真正面から見つめ、手を握りしめた。

「俺は万人を救うことができる勇者よりも、たった一人を救う悪者ヒーローでありたいよ」

その瞳の優しさに、掌の温かさに、ケイトは仕舞い込んでいた言葉をつぶやいてしまった。

「助けてって、言っても良いのですか…?」

「一生守るって、信じてなかったのかよ。なぁ、ケイト。俺、お前が居ないと駄目なんだよ。お前が居ないと、心が死んじまいそうだよ。ケイト、俺がお前を守るから、お前が俺を守ってよ。」







ーーーある日、一人の男が聖剣に認められ、勇者になりました。
勇者の名前はコーダ。
城下町では白銀の勇者コーダ様と呼ばれ、その明るい性格と人柄の良さで親しまれておりました。
綺麗な白銀色の髪と金色の瞳の端正な顔を持つ彼に憧れを抱く人も少なくはなく、誰もが理想の勇者様だと口にしていました。

勇者コーダは町を襲う魔物の群れを退け、人を食らうドラゴンを従わせ、魔物の王を倒しました。
しかし、勇者は平和になった世界で魔の黒を纏う魔女に唆され、国を裏切ってしまいます。
国は勇者を救うため、兵を出しましたが、魔女に操られた勇者に返り討ちにされてしまいます。
国は諦めずに何度も兵を出しますが、何度やっても結果は同じです。
国は、勇者を奪った魔女を恨みました。

けれど何故でしょうね?
国を裏切った筈の勇者が、心底幸せそうな顔で暮しているのは。
未だ、聖剣に見放されていないのは。
真実を知らないのは、勇者の生まれた国の国民達だけ。

本当は勇者は、国に囚われていたお姫様を助けただけ。
勇者とお姫様は、遠く離れた別の国でいつまでも幸せに暮らしました。

めでたしめでたし
ーーー

同じ世界観で「私は囚われの姫君…らしい。」という小説を書きました。
ケイトとコーダがいなくなったあとの国の話です。
少しだけケイトとコーダも出てきますので、よろしければそちらも是非!
http://ncode.syosetu.com/n8492dv/

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