挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

文官ワイト氏と白き職場。

文官ワイト氏、出世する。

作者:漆黒の豆腐
文官のワイト氏が国家の陰謀に巻き込まれて少し(の間)だけ出世するお話。
「お盆だな」

「お盆ですね」

 近年、国民の休日なる制度が増え、労働階級から高い支持を得ている王国。その城の一角にある事務室にて、野良死霊すら引き寄せる魔界のオーラを発しながら、まるで機械のようにデスクの書類に向かう文官の面々、それがワイト氏の配属されている会計課である。
 魔王の脅威のおかげで後回しにされた国民教育。そのせいで生れた圧倒的なまでの知識人の不足。すなわち、人員不足によって、魔王の脅威からの復興予算やら新たなる直轄領の開拓やらで動く金を司る会計課は、日夜デスマーチの様相を呈していた。

「はっはー、お盆は寝るんだ………俺………」

「私は愛犬達と極東の国に旅行に。ははは、それを思えばこんな書類なんて何のその………」

 と同時にあからさまに水増しされた請求を見付けたワイト氏が、文官長のデスクにその書類を置く。文官長は無言でそれをワイト氏に返し、笑顔で告げた。

「見なかったことにしよう。監査委員に送る資料、作りたくないだろ?」

 言外にどうしてもと言うのなら自分で資料を作れとワイト氏に宣告する文官長。ワイト氏も無言で手下の動く白骨死体スケルトンに、水増しされた請求の過去記録の資料を持って来させ、いずれ自動で文字を書く道具が生まれることを願いながら資料作成に移った。

「と言うかワイトさん、お盆空いてるんですね」

 そう呟くのは、活力ポーションがあれば二日は寝ずに作業できることを発見した文官A氏だった。

「そうだな。てっきり姫様と予定があるのかと」

「せっかくのお休みを今年も私が拘束するのも申し訳無いので、宰相殿を通して殿下と社長に極東の国への慰安旅行を提案したところ、殿下が是非にと仰ってくれたので」

「ついにお前に殿下とのパイプができたのか………極東って国交無いからどんなところか知らないんだが、どんなところなんだ?」

「独特の文化がある国ですよ。そのくせ異文化にも寛容で、基本的に黒髪の民族なんですが、うちの愛犬達が去年のお盆に愛人達になった時に行ったんですが、髪色肌色が違っても『美幼女トリオ………尊みがしゅごぃぃ………』と言って歓迎してくれました」

「やべえ民族じゃないか? それ?」

「まあ、基本的に楽しい国ですよ。今は英系美四十八エイケイビしじゅうはちやら桃色白詰草絶兎ももいろしろつめくさゼツト等の踊り子が大変流行っていて、漫画という画集もとても面白いんですよ」

「へぇー、踊り子かぁー。見てみたい気もするなぁ。つーか、大丈夫なのか? 国交の無い国に王族が行って」

「海洋貿易の中継地点として交渉があるとか無いとか」

「仕事じゃねえか! それあれだろ。お前が極東の国の話したら、けっこういい感じの立地に国があった感じだろ。うっわ………交渉纏まったら仕事増えるやつじゃねえか………」

「社長に関しては完全な休暇ですよ。宰相殿が交渉を担当されます」

「知ってるか………? 世の中には休日接待というものがあってだな………」

「知ってますよ………! こっちは最下級のワイトだっていうのにワイバーン討ちに行こうなどと切り出す取引先………! 手抜けば死。手抜かなくても手抜いていたことがバレて徴兵されて死。敵前逃亡も死………どうしろと………!」

「お、おう………趣味の狩猟に誘う感じでワイバーン狩るんだな。魔族(お前ら)。それの王に勝った勇者様やっぱりすげえわ」

「ですね。やはりヒト族とは敵対しないに限る………」

 ワイト氏は、長い永い死人生の中で、歴代の聖女にもエルフ族の聖樹の守護騎士にも竜人族の姫武将にも殺されかけた経験がある。しかし、歴代の勇者にだけは、接触すらしたことが無かった。
 勇者の邪を払う力は払いきれないほどの邪悪そのものであるワイト氏に目敏く反応し、下級アンデットの見た目でも容赦なく攻撃を加えられるため、接触そのものが死に繋がるのだ。

「お前も一応魔族だもんなあ………それが何で聖女でもある姫様と………」

「不思議な縁もあったものです。聖女の手にかかれば一瞬で浄化されてしまうような矮小な死霊を雇ってくださる社長には感謝しかありません」

「知り合いの神官がお前浄化しようとしたら聖霊が泣いて拒否ったって言ってたぞ」

「聖霊って泣くんですね。千年生きてますが初めて知りました」

「死んでるだろうが」

「ですね」

 会計課の事務室に笑いがこだまする。しかし、そこに朗らかな雰囲気などは一切なく、砂漠のように乾いた、もはや笑うことしかできなくなった廃人のような笑い声だった。
 しかし、そんな会計課に、唐突に光が差しました。事務室の扉を丁寧に、それでいて勢いよく開いて現れたのは、袋を二つ携えた王女様でした。

「失礼します! 六時の鐘がなりました! 皆様、帰宅時刻です」

「おー! 野郎共、楽しい楽しい残業タイムだぁ!」

「「「いやっはー! ここからが本番だぁ!」」」

「で、社長。何のご用でしょうか?」

「え、いや、皆様に帰宅時刻を伝えに来たのですが………」

「はい。社長、お疲れ様でした。我々はもう三刻ほど業務がありますので………」

 その言葉に、王女様以外誰も違和感を抱きません。会計課では、出勤記録帳に退勤時間を書き込んでから業務を再開するのが日常茶飯事です。特に生産活動や労働活動が盛んになる夏場においては、定時帰宅は裏切り者のすることです。

「そんなに業務があるのですか………?」

「いえ、明日仕事が増えるともわかりませんし、今日できる仕事は今日片付けて、明日できそうな仕事の用意をするのです。税の集計など、間違えてないまたは水増しされていない報告なんて国宝ものですから………ははっ」

「そんなに忙しいなら総務の方々に………」

「王女様、総務の素人共に任せたら、水増しやら何やら完全無視でざっと眺めて大きなミスだけ修正して提出するんですよ………その結果に予算圧縮を迫られるのはこっちだってのに………」

 文官長の言葉に全員が頷きます。総務課はだいたいが出世軌道に乗ったエリートです。下手に水増しを告発して出世軌道から外れるのを嫌い、ある程度は無視して効率よく作業を進めてしまいます。

「………………社長命令です。ワイト、理由を聞かず、今すぐこの場所に行ってこのキュウリで馬を作って寝てください。迅速に。体に変化が出たら、すぐに自宅に戻るように」

「この場所ですか………? 国の端の離島に何が………いえ、わかりました。皆さん、先に帰ります」

 ちょうど書き終えた監査委員に送る資料を文官長のデスクに置き、帰宅準備を整えたワイト氏は、使いなれた「長距離座標移動ロングポイントムーバ」の魔法で家に飛ぼうとします。

「他の皆さんも、王命です(・・・・)。帰りなさい」

「「「ッカァ! 王命なら仕方無いですねぇ!」」」

 一斉に帰宅用意。無駄なく、迅速に。あっという間に空になった会計課の事務室にて、ワイト氏の転移を見送った王女様は、ポツリと呟いた。

「法整備の前に、普通に労働環境を何とかした方がいいかもしれませんね………」








 翌日、きっちりしっかりと肉を取り戻したワイト氏は、極東に向かう時間まで愛人達となった愛犬達と戯れていようと思っていると、何故だか王女様の乗った凄まじく豪華な馬車に乗るように言われ、その中であれよあれよと荘厳華麗な白い法衣を着せられていた。

「あの、社長? これは………」

「ワイト、貴方は宮廷魔導師のワイト=ワーカーホリックです。わかりましたね?」

「いや、財務部会計課のニイト=フリイタですが………」

「宮廷魔導師のワイト=ワーカーホリックです。良いですね? これは王命で社長命令です。貴方は勇者様と私と共に魔王を倒した我が国最強の魔法使いです」

「そ、そんな恐れ多い! 勇者様と共に魔王を倒したなど、私には重すぎる! 自慢ではありませんが、私の精神的骨密度は鶏並みです!」

「これが王命の書状。これが宰相の要請書。そして、私個人としてお願いします。我が国は、大陸においては最大。極東の国の何倍もの国力を誇りますが、それは極東の島国にとっては大した肩書きでもありません。目に見える看板………貴方が必要なのです! ついでに、宮廷魔導師の肩書きがあれば周囲の文句も封殺できます! これが終われば会計課の仕事を続けて結構ですし、今日の休みは補填します」

「休みは魔国時代に潰れるのは当たり前だったので構いませんが………本物の宮廷魔導師のお方は………」

「随分前に最下級アンデットに負けたからと武者修行に出て以来連絡が取れません!」

「引き受けましょう。どうやら私が原因だったようなので………」

 項垂れるワイト氏を、然り気無く馬車で隣を陣取ったジョンが撫でる。愛犬の優しさに、これからやって来るであろう心労に立ち向かう覚悟を決めたワイト氏ですが、当のジョンは鬼の形相で王女様を睨んでいました。
 ワイト氏は今日はジョン達と遊ぶはずだったので、それを邪魔した王女様は敵です。例え相手が自分の天敵である聖女であろうと、刺し違える覚悟でした。

 馬車は何かと体に触れようとする王女様を、ジョン・ポチ・ミケが息を合わせて牽制しながら進んでいき、王城に到着しました。
 王城では正装に身を包んだ王様や宰相がいて、畏れ多くもワイト氏に挨拶をして下さりましたが、ワイト氏はそれどころではありません。
 例えるならそう。ダメもとで契約を持ち掛けた大企業との社運がかかった商談に、入社二年目の新人が連れて来られているような気分でした。

 緊張しながら、少し時間をかけて「長距離範囲移動ロングエリアムーバ」の魔法で極東の国に転移したワイト氏を待ち受けていたのは、基本的に低身長で肌の黄色さが特徴の極東の民族でした。
 王様が将軍と握手を交わし、宰相も地位の高そうな相手と握手する中、自分も握手を求められていることに気が付いたワイト氏は、震えを抑えながら相手と握手をかわします。

「ふむ、随分と変わった気を持たれる方だ。陰気を表面で陽の気で覆っているような、いやはや南蛮の方々というのは面白い」

「それはどうも。私も陰陽師頭と会えて光栄です」

「いや、ご存知でしたかな?」

「はい。オダの時代からこの国には来ていたので」

 言ってからワイト氏は気付きました。自分が第六天魔王という噂を耳にして、この国にも魔王がいるのかと極東から逃げ出したのは三百年ほど前だったことを。

「………随分と、長寿なようだ」

「………ええ、まあ」

 正直ワイト氏は震えが止まりません。陰陽師頭と言えば、極東の聖女様です。触れたくもありません。見た目は親戚の餓者髑髏がしゃどくろ氏のようにヒト族に喧嘩を売る度胸はありませんでした。
 そこから、ワイト氏の受難は始まりました。鎖国体勢の厳しい島国に港を開くように交渉する席で、ワイト氏はよく話し合いに出されました。
 何故か現地人よりも極東の事情に詳しく、歴史的な背景を当時から生きているように知っているワイト氏は、双方にとって都合のいい橋渡しでした。
 ただ、愛犬達と極東文化で戯れて、将棋を指して、良いお茶を飲んで温泉に浸かって帰ろうと思っていたワイト氏は、もう二度と宮廷魔導師なんて引き受けないと決意しつつ、数々の難所を乗り越えて、ようやくその日の責務から解放され、この日泊まることになる宿の部屋に至りました。

「ご苦労様です。ワイト」

「ご心配なさらず………ただ、肉体というのは不便ですね。酷く、疲れます」

 これを持って自分と似たことのできる文官長が、実は肉を持ってるタイプのアンデットではないかとワイト氏は疑い始めました。

「こういうことも増えるやも知れないので、慣れてください」

「ふ、増えるのですか!?」

「ええ。場合によっては、ですが」

 そんな場合になった場合、ワイト氏は自分の心骨が折れる未来しか見えませんでした。ワイト氏は魂度レベルが810あっても、コボルトの魔王様に殴られると一瞬で骨粉になるほどの脆さなので、折れるときは普通に折れます。

「その………宮廷魔導師は、嫌でしたか?」

「嫌………と言うよりも、私には荷が重すぎます。宮廷魔導師とは、最高位の魔法使いがなる者です。白骨死体がなるのはどうかと………」

「ワイト、謙遜は美徳ですが、あなたのそれはいささか度が過ぎています。魔王を倒した魔法使い、それは事実なのですから、胸を張ってください」

 ワイト氏には胸などありません。あるとすれば乾いたあばら骨です。若干カビ臭いです。骨なので。湿気で脆くなります。骨なので。

「それに、それでは、王女の降嫁先は、勤まりませんよ?」

「………………はい?」

「何でもありません。ワイト、今日一日をよく頑張りました。この国と国交が成立すれば、我が国は更なる成長を遂げるでしょう。よりいっそうのあなたの頑張りに期待します」

「は! 粉骨砕身の覚悟で励む所存です!」

「その粋です。なので、もう一日頑張ってみましょう!」

「ええ! もち………ろん………?」

 もう一日。つまり、明日の交渉にも参加しろということです。明日になれば、ワイト氏は元に戻ります。最近になって王女様が思い付いた死人の姿なら問題ないのであれば、吸血鬼の姿に変身すれば良いというのを採用するにしても、顔色真っ白の病人になってしまいます。

「ワイト。あなたは時差というものを知っていますか?」

「時………差………? ええ、場所によって変わる時間のことだと………」

「ええ、そうです。ちなみに今日の日付は?」

「13日………いや、まさか………!?」

 目を見開くワイト氏に、王女様はまるで残業代無しの残業を告げる上司の笑顔で宣告しました。

「貴方が肉体を得た島と、この国では一日近い時差があるようですね。明日の今頃には戻るでしょうから、明日も一日、公務に励みましょう!」

 その日、ワイト氏は千年ぶりに浴びるほど酒を飲んで不貞寝した。


王女様(ごめんなさいワイト………去年と違ってしっかりキュウリで馬を作ったから、時差も含めるとお盆は5日続くの………)
ワイト(降嫁とか冗談でも言われたどうしよう………)




文官長「え、あいつ5日休むって? ふざけろ! し、ご、と! どうすんだよぉおお!? !?」

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
感想を書く場合はログインしてください。
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ