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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第一部

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第九話 親しき者だけが知る

「でも、意外だったなぁ。慎がそういうことにまで詳しいなんて。あ、そうでもないか。女の子誑かすのは得意だものね」
「……そういうこと言うなら、連れて行かないよ」
「あーっ、それは駄目! 冗談よ慎、ごめんってば!」
「良いけど」
 調子よく態度を変える少女に、僕は嘆息した。
 今朝のこと。昨日から元気の無かった咲月にそのわけを訊いてみると、気に入っていたネックレスが壊れてしまったが同じものが見つからないのだと話してくれた。見せてもらったそれはある店で見かけたことがあったため、こうして放課後に案内しているというわけだ。
「あー、それにしても寒いっ! もうあと一ヶ月と少しすれば、今年も終わっちゃうのね。何か実感無いなぁ」
「そうだね。高一でいられるのもあと四カ月くらいだ」
「言わないでよ慎、今凄く切羽詰まってるんだから」
 嫌そうに首を振る咲月。原因を知っているからこそ、僕はそれに嘆息を返す。
「だから勉強しなさいって普段から言っているのに」
「してるの! 出来ないだけで! あと私は真澄よりマシ!」
「いや、君の方が酷いと思う。……着いたよ」
 反論するため口を開きかけた咲月を遮り、立ち止まる。目の前に建っているのは、見慣れたアクセサリーショップだった。言うまでも無く、柚希が働いている店である。
「……大人っぽいとこね。やっぱり意外、慎がこういうところを知ってるなんて」
「はいはい、いいから入るよ」
 僅かに驚いた様子の咲月の腕を引き、中に入る。いつも通り、中にいた柚希が僕に気づいて声をかけてきた。
「また来たわけ? あんたも懲りないわね、慎……って」
 僕の隣にいる咲月に気づき、彼女は絶句する。同じように咲月もまた、柚希を見つめて目を見開いていた。
 少しして、柚希が忌々しそうに舌打ちする。
「ったく、余計なことすんなっつの」
「柚希、言葉遣い」
「うっさい馬鹿! あんたが良いからって他の奴も大丈夫だとか思ったら大間違いよ!」
「え、えっと……慎」
 叫ぶ柚希に怯えつつ、咲月が僕の方を振り返り、ぎこちない笑顔で訊ねてくる。
「……もしかして、宝城さん?」
 何しろ相手は学校中で有名な『不良生徒』である。柚希と僕たちのクラスは違うものの、その噂くらいは咲月も当然知っていたらしい。
「もしかしなくても、柚希。そんなに怖がらなくても大丈夫だよ? 良い子だから」
「とてもそうは思えないんですけどっ!」
「ほら柚希、君が怖がらせるから」
「知るかよ」
 吐き捨てる柚希に苦笑し、僕は咲月の背を押す。
「ほら、聴きたいことあるんだろ」
「し、慎が聴いてくれるんじゃないの!?」
「連れてくるとは言ったけど、そこまでやってあげるとは言っていないよ」
「慎の馬鹿! 鬼!」
 咲月はそう叫び、涙目で柚希を見る。
「あ、あの……宝城さん? ちょっと、聴きたいことがあるんだけど……」
「何よ」
 不機嫌さを隠そうともせず答える柚希。咲月はびくりと体を震わせながらも、壊れたネックレスを取り出した。
 ……蛇に睨まれた蛙っていうか、何というか。どちらかというとライオンに睨まれた兎みたいな。咲月が小動物に見えてくる。柚希が猛獣っぽいのはいつものことだから良いとして。
「うぅ……あ、あのね。これ、知らない? 壊れちゃって、どこの店にも置いてなくて」
 丸い枠組みに色々と小さなパーツの飾られた、アンティーク調のネックレス。それを一瞥し、柚希は目を細めた。
「この間まではうちでも置いてたんだけど、少し前に売り切れたわね。どこでもそんな感じだったんじゃないの」
「やっぱり……そう、なんだ」
「でも、それくらいならアタシでも直せるわ」
「へっ?」
 驚いたように顔を上げる咲月から、柚希はネックレスを取り上げる。不機嫌そうな顔を隠そうともせずに。
「直してほしいなら直すけど。すぐ出来るから、店の中で待ってれば?」
「う……うん、お願い! ありがとう!」
「……別に」
 満面の笑みで頭を下げる咲月に、柚希は不機嫌そうな顔のまま、戸惑うように赤面した。珍しい光景に、僕は思わず笑みを零す。
 十一月の終わり。咲月と柚希が親友同士とも呼べるほどに親しくなる、ほんの数時間前の出来事だった。

 ◆◇◆

「あれ、リオネル?」
「シリル様……お久しぶりです」
 思わず呼び止めると、青年は僕の方を振り返り、跪こうとした。僕はそれを慌てて止める。
「廊下でまで気にしなくても良いよ、そんなこと。誰もいないし」
「……では、そのように」
 立ち上がった彼を見上げる。灰色に近い、薄藍の髪。先生と同じ夜空の瞳。彼の兄であるから当然だけど、その顔立ちは師によく似ていた。
「それにしても、本当に久しぶりだね。最近来ていなかったみたいだけど、どうしたの?」
 僕よりずっと年上である彼に、しかし僕は敬語を使うことはしない。いずれ王となる僕にとって、いずれ公爵となる彼は『臣下』であるのだから、主らしく振る舞うべき……そう、先生に諭されたから。本当は先生にもそうするべきと言われたけれど、先生は僕にとって臣下である前に恩師なのだから、と押し切ったのだ。
「グラキエスの王子……ハーロルト様でしたか。それに関係することで、少々ジルに頼まれたことがありましてね。そのために、少々アネモスを離れていたのですよ」
「珍しいね。先生がリオネルに頼み事なんて」
 僕は思わず目を見開く。リオネルだけじゃない。先生が誰かを頼るなんて、滅多に無いことなのだ。例えそれが、実の家族であっても。
「ええ、ですから聴かないわけにはいかなくて。色々と、俺か父上でなければ出来ない根回しもありましたからね」
「根回し?」
「はい」
 意味ありげに微笑むだけで何も教えてくれないリオネルを見て、僕はすぐにその答えを知ることを諦めた。流石兄弟というべきか、こういうところは先生とそっくりなのだ。僕がどんなに頼んだところで、一度決めたことは曲げようとしない。教えないと決めたら、僕どころか父上にすら口を割らないだろう。
 態度から察するに、いずれ教えてくれるみたいだし。
「まぁ、リオネル様?」
「あ、マリルーシャ」
 背後から聴こえた声に振り返ると、見慣れた乳母がこちらに向けて歩いてきていた。
「こちらにいらしたのですか、シリル様。今日はジルが来ないとはいえ、勉強しなくていいとは誰も言っておりませんよ」
「うん、分かってる。書庫に行こうと思ってたんだけど、リオネルに会ったから」
「そのようですわね。改めまして、お久しぶりですリオネル様」
「ああ、久しぶりだな。元気そうで何よりだ、マリルーシャ」
 予想以上に気安く言葉を交わす二人に、僕は思わず首を傾げる。
「えっと、二人とも……もしかして、知り合い?」
「幼馴染ですわ」
 マリルーシャの答えに、ああ、と納得。
 ……そう、か。そういえばそうだった。乳母、なんていうから誤解されがちだけど、実際そこまで年を取っているわけじゃないんだよね、マリルーシャは。というか、リオネルよりも一つ下だったっけ。
 頭の上でまとめられた亜麻色の長髪に、澄んだ萌葱色の瞳。その顔立ちはとても……言ってしまえば主である僕ら双子なんかよりも余程整っていて、その上品な仕草も育ちの良さを感じさせる。それもそのはず、彼女も貴族――侯爵家の令嬢という立場にあるのだから。
「……どうして僕たちの乳母なんてやってるの、マリルーシャ」
 確かに王族につく使用人というのは身分が高い人間が多いけれど、それでも不思議に思って呟く。すると彼女は容赦なく僕の頭に拳を振り下ろした。こつん、と軽めではあったけれど、思わず頭を押さえて呻く僕を見てリオネルが苦笑。
「そういうことをするから、侯爵に追い出されるんだぞ」
「まあ、失礼ですねリオネル様。追い出されてなどおりませんわ。少々苦い顔で説教されまして、それならいっそ城で要職につけば文句も無いだろうと来てみたら……」
「偶然、王子と王女の乳母になってしまったと。いつ聴いても、凄い経緯だな」
「お褒め頂き光栄ですわ。ですが、ジルも似たような経緯だったかと」
「うちの弟と君を一緒にしないで頂きたい。弟は陛下がどうしてもというから――」
 二人の会話を聴いているうち、ふとあることを思いだす。他の人たちには聴けなかったことだけど、この二人なら。
「ねえ、その先生のことなんだけど」
 声をかけると、二人は殆ど同時に振り向く。続きを促す二つの視線に、僕は周りに誰もいないことを確認してから答えた。
「最近、おかしいと思わない? 先生の様子。あっ、リオネルは先生には」
「ついさっき会ってきました。確かに、俺も少々違和感は覚えましたが……」
 眉を顰めるリオネルの言葉に、マリルーシャも首肯する。
「ええ、確かに最近のジルはどこかおかしいですわね。わたくしたちに対する態度は普段と変わりませんが、どこか寂しそうといいますか」
「まるで何かを我慢しているようだったな」
 二人の言葉に、僕は頷いた。そう、先生は絶対、何かに耐えている。今までもクレアの前では寂しそうな笑顔を見せていたけれど、それを隠せなくなっているのだ。僕たちだけじゃない……親しい人間ならみんな、それに気づいてしまうほどに。
 でも、それだけではない。本題は、その先。
「……ハルが、来てからだよね」
「え?」
 首を傾げるマリルーシャを、そしてリオネルを見て、僕はずっと気になっていた疑問を放った。
「先生がおかしいのは、ハルが来てから――ハルと先生が出会ってから、だと思うんだ」
 僕の言葉に、二人は視線を宙にやって考え込む。やがて、リオネルが冷静な口調で訊ねてきた。
「心当たりでもあるのですか、シリル様。貴方が確証も無くそういうことを言うとは思えない」
 そんな彼の言葉に、僕は僅かに首肯。
「確証、と言えるほど確かでもないんだけど。先生がハルに初めて会ったとき、僕、その場にいたんだ。あの時の先生は、今まで見たことが無いくらい驚いた顔をしていた」
「驚く、ですか? ジルが?」
 マリルーシャが目を丸くする。先生を知っている人間なら、きっと誰だって同じ反応をするだろう。あの人が取り乱すことなんて、滅多に無いのだから。
「そう。だけどハルの方は先生のこと知らなかったみたいだし、仲が悪いわけでもなさそうだし」
「そうですね……確かに、ハーロルト様はジルを気に入っておられるようでしたわ。ジルの方はともかく」
 戸惑うように、マリルーシャが眉を顰める。
「その時に先生が何か呟いていたように見えたんだけど、何て言っていたのかは分からなかった。でも、ハルが原因なのは間違いないと思う」
 それを聴いて、二人は再び黙り込んでしまった。またしても、先に口を開いたのはリオネルの方。
「ハーロルト様とジルの関係についても気になりますが、それは今考えるべきことではありません。問題は、弟の性格だ。彼が本当に今の状況を辛く感じているのだとしたら」
「……確実に、隠そうとしてきますわね」
 二人の言葉に、僕は強く頷く。
「そう、だから二人に相談したんだ。先生は、辛ければ辛いほど無理をしてしまうような人だから……今回もそうなんじゃないかって、心配で」
「その可能性は高いですね」
 苦笑混じりに、リオネルが肩を竦める。
「弟が何かやらかすことはないと思いますが……一応、俺たちだけでも気を付けることにしましょうか」
「うん、お願い」
 彼の言葉に、僕は微笑んで頷いた。
 本当は、分かっている、相談したところで、僕たちに出来ることなどたかが知れている。ハルを追い出すことは出来ないし、先生もまたアネモスに無くてはならない人間なのだから。先生の様子がおかしい理由を知らない僕らには、それを取り除くことなど出来ないのだ。
 だけど。気にかけている人がいるだけでも、少しは違うはずだから。
こんばんは、高良です。そろそろストックが尽きそうで更新日になるたびに冷や冷やしております。今回はセーフ。

さて、前半はまた過去のお話。ずっと一人だった少女に、初めて同性の友人が出来るまでの物語。根は優しい子だと知っていたから、慎は彼女を放っておけなかったのでした。
後半は珍しい組み合わせ。こいつら脇役なのに目立ちすぎだろう。いつか第○部で主役はるんじゃないかと思ってしまうレベル(笑)

では、また次回。
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