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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第四部

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第八話 二度目の出会い

「おねーちゃんだ!」
 自分の家同様に見慣れた玄関の扉を開けると同時、舌足らずな声とぱたぱたという足音が聴こえた。毎日のことだ、靴を脱ぎながら駆け寄ってくる幼子を見る。……あ。
「ちょっと待ちなさいニナ。それ危な――」
 言い終わる前に床に放置されたぬいぐるみに躓き、派手にこけるちびっこ。びたん、と痛そうな音が耳に届いた。言わんこっちゃない。
「……馬鹿」
「ふぇ……ひっく」
 みるみるうちに目を潤ませるニナに嘆息し、靴を揃えて上がる。泣くのを堪えようとしているのは見れば分かったが、この間二歳になったばかりの子供にそれはきついだろう。とりあえず、倒れたまま立ち上がらないのはいただけない。
「ほら、転んだら起きる。痛くない?」
「……うー!」
「……痛そうね」
 涙目で叫ぶ幼女に苦笑を返し、ぽんぽんと頭を撫でる。それで遂に我慢出来なくなったのだろう、ニナはダムが決壊したように、声を上げて泣き出した。……それでいい。泣きたいときは素直に泣きなさいと教えているのだから、我慢されちゃ困るのだ。
「あら、柚希ちゃん? いらっしゃい。……どうしたの?」
「お邪魔してます。それに躓いて派手に転んだのよ」
 ニナが躓いたぬいぐるみを指差すと、義母さんは全て理解したようで、呆れ混じりの笑みを零した。
「だから片付けなさいって言ったでしょう、ニナ?」
 その言葉から逃げるように、ニナはますます強くアタシにしがみつく。こちらに歩いてくる途中でぬいぐるみを拾い上げ、義母はアタシたちの隣にしゃがみこんだ。
「ほら、この子にごめんなさいは?」
「…………ごめん、なさい」
「よく出来ました」
 義母さんはにっこりと微笑み、ニナの頭を撫でる。それを眺めていると、小さい頃はこういうの駄目だったなアタシ、などと嫌でも昔を思い出した。精神年齢が異常に高かったのは自覚しているが、それよりも原因は人間不信の方だろう。常に反抗期だった、と言っても間違ってはいないかもしれない。……どっちかっていうと黒歴史に分類されるか。
「とにかく、中に入りましょうか。もう十月だし、冷えるでしょう。あ、そういえば柚希ちゃん、仕事の方はどう?」
「特に何も。高校のときから働いてたとこでちゃんと働くようになっただけだし、むしろ学校が無いだけ余裕出来たわ」
「ああ、それでうちに来る頻度も増えたのねぇ」
 元々毎日来てたけどね、と返せばそのままからかわれるのは予想出来るので、義母の面白そうな笑顔にも反論はしない。
「おしごとー? になは?」
「あんたの仕事は寝ることと遊ぶことでしょうに」
 やる気があるのは良いけどね、とニナの頭を撫でる。彼女の身長は今も同年代の平均には及ばないが、これは単に遺伝とか、そっちの問題だろう。義母さんも小柄な方だし。ちなみに慎の身長は平均より高かったが、あれは単に父親から受け継いだだけだろう。身長差といい年齢差といい、なかなか個性的な夫婦だ。
 そんなことを考えていると、つんつんと服の裾を引っ張られた。
「どうかした?」
「んと、あのね、おねーちゃん」
 その表情は最近ではもう見慣れたもので、いつものような質問攻めが来ないことを祈りつつ続きを待つ。流石慎の妹というべきなのか、年齢よりずっと賢い彼女は、同時に好奇心の塊でもあった。いや、この年頃の子供はどちらにしろ好奇心が強いけど、そういう問題じゃなく。
「なんで、おたんじょうびはおめでとうなの?」
「誕生日?」
 うん、と彼女は頷く。
「になね、こないだおたんじょうびで、みんなおめでとうっていってくれたよね。どうして?」
 また難しいのを、と内心答えに迷う。ぶっちゃけてしまえば慎と出会う以前のアタシにとっては誕生日なんてめでたくも何ともなかっただけに、余計に答え辛かった。いや、今も実は自分の誕生日を祝う気にはなれないけど。彼らをおいて自分だけ成長する感覚には、いつまで経っても慣れそうにない。
「……昔は今と違って、誕生日が来る前に死んじゃう子がたくさんいたの。ニナはちゃんと、元気に二歳の誕生日を迎えられたでしょ? だから、無事に成長できて良かったね、っていうおめでとうなのよ」
「かぜとか、いっぱいひいたよ?」
「今は元気でしょ。後はそうね、生まれてきてくれてありがとう、の意味もあるかしら」
「うまれてきてくれて、ありがとう……」
 ふっと俯き、ニナは考え込むような表情でアタシの言葉を繰り返す。少しして唐突に顔を上げると、彼女は真っ直ぐにアタシの目を見上げた。
「ゆずきおねーちゃんは? おねーちゃんのたんじょうび、いつ?」
「アタシ? まだまだ先よ。三月」
「じゃあ、そのときは、にながおめでとうっていうね! おねーちゃんに、よかったねとありがとう、する!」
「……そう」
 くすぐったい。真っ直ぐで、純粋で、兄そっくりな善意の塊。慎と違って暗い感情が一つも無いだけに、余計に性質が悪い。けど、決して嫌じゃなかった。
「ありがとうニナ、楽しみにしてるわ」
 抱き締めた腕の中、義妹は嬉しそうに笑う。
 その約束が果たされることは決して無いと、そんなすぐに訪れる未来も、何も知らないままに。

 ◆◇◆

「貴女も物好きですわね。あんな話を聴いたら、普通は二度とここへは降りてこないでしょうに」
「だって気になるもん。それと、ニナね。貴女でも神子でもなくて、加波仁菜」
 呆れを滲ませたその声に、少しだけ頬を膨らませて反論する。
 シリルから聴いた話は、あの日地下牢で出会った、封じられた女の人から聴いたのと殆ど同じ内容だった。彼女こそが、今は亡きウィクトリア帝国の最後の王族。かつてこのアネモスや他のたくさんの国に戦争を仕掛け、世界に混乱を招いた、全ての元凶たる狂った王女だと。戦争が終わった後はいくらか改心していたものの、犯した罪までは消えず処刑されたのだと。
「それで、どうしてその処刑されたはずの王女様が、こんなところで呑気に寝てるわけ?」
「これが呑気に寝ているように見えるなら、その脳はもう使い物になりませんわね」
 皮肉げな笑い声を上げ、彼女は不意に沈黙する。答えを促すように見上げると、呆れたような嘆息が聴こえた。もちろん、今の彼女に吐く息などあるわけがない。だから当然それも音だけで、その不思議な光景にも慣れてきた私がいた。
「こうして話している間にも、私が貴女を操ろうとしているかも、とは思いませんの?」
「んー……思ったことなかったなぁ。だって、そのつもりなら最初に会ったときにやってるでしょ? あの時は王女様、私のこと追い返そうとしただけだったし。自己紹介しといてもう来るなとか意味が分からないよね」
「追い返そうとしているのは今も変わりませんわ」
 とか言いつつこうして会話してくれている辺り、説得力に欠けるよね。ちなみに敬語を使わなくなったのも、話しやすいように話せばいいと彼女が言ったからである。彼女は私より年上だけど、この世界に来てからそういうのにも慣れてしまった。
「精霊については、ご存知かしら」
「殆ど知らないけど、少しなら聴いたよ。物凄い魔力を持ってて、年を取ったりすることも無くて……あ、あと、元は人間なんだっけ」
「ええ、それだけ知っていれば十分ですわ。もっとも、『精霊だから膨大な魔力を持つ』のではなく、『膨大な魔力を持つ者が精霊と成る』のが正しい答えですけれど」
「じゃあ、王女様――カタリナだっけ? カタリナは、精霊なんだ?」
「ご名答。死と同時に精霊になったは良いものの、生前の行いが行いでしょう? 居合わせた賢者に封印されてしまった、というわけですわ」
 その言葉に、ふとアドリエンヌさんやシリルから聴いた話を思い出す。ちょっと待って、賢者様って、確か。
「……カタリナ、賢者様のこと脅して閉じ込めてなかった?」
「あら、ご存知でしたの? お父様も協力してくださったけれど、主犯は私よ。もっとも彼の性格からして、私を封印したのは決して復讐などではないでしょうね。最初はそう考えもしましたけれど、単に私がこの国に害を及ぼしかねないからという、それだけの理由だわ。まだ復讐の方がマシというものですわね」
「どうして?」
「愛憎は裏表でしょう。愛が人を支配するのと同じくらいに、憎しみもまた人を縛りますわ。それほど強い感情を私に対して抱いたのなら、私がしたことにも意味はあったでしょうに。国のため、そこに私という存在の介入する余地などありませんもの」
「……なんだ」
 怒られるかな、と思いつつ、私は口を開いた。彼女も自覚してはいないのかもしれない。だけど、拗ねたように言う彼女の口調は、確かに。
「カタリナって、思ってたのと全然違うね。身構えて損しちゃった。ただ不器用だっただけじゃない」
「不器用? 私が?」
 眠るような表情は動かない。けれどその声は、心底意味が分からないと告げていた。彼女の言葉に含まれた色すら理解出来るようになってきた、そんな自分がおかしくて、私はまた笑う。
「賢者様のこと、好きだったんでしょ?」
「ええ、もちろん。そうでなければあんなことはしないわ。彼は人に愛されることを異常なほど怖がっていましたから、それを利用すれば脅すのも――」
「そう、多分そこだよ。余計なこと考えないで真っ直ぐ賢者様と向き合っていれば、きっと違ったのかもしれないね。愛は道具なんかじゃないもの、人の心を弄んだり操ったり、そんなこと、本当は誰にも出来ないんだよ」
「それが分からなかったから、『不器用』ですの?」
「うん」
 笑顔で頷けば、沈黙が返ってきた。やがて、彼女は苦い声で呟く。
「……神子というのは、みんなそうなのかしら。痛いところばかり……いえ、むしろその言い方は、あのおちびさんにそっくりですわね」
「おちびさん?」
 いや、私も身長が低い方なのは自覚しているけど、私のことじゃないだろう。
「何でもありませんわ。それで、ニナだったかしら。暇なときで構いませんわ、見張りの目を盗んで、またここへいらっしゃいな」
「良いの?」
「ええ、私もいい暇潰しになりますもの。アネモスのお馬鹿さんたちが答えられないようなことも、教えて差し上げられるかもしれませんわ」
 くすくす、と楽しそうな笑い声。もう、彼女を恐ろしく思うことは出来なかった。
こんばんは、高良です。二〇一二年も残すところ三時間半、今年最後の枯花をお届けします。

前半は幼女ニナとお姉さん柚希。書いていてくすぐったかったのは内緒です。柚希が命を落とす、三ヶ月ほど前の出来事。
後半は成長したニナと封じられたカタリナ。打ち解けにくい相手とも打ち解けられる性格は兄譲りです。第三部番外編で株を急上昇させたカタリナは、何をしようとしているのか……

来年も定期更新を続けていきたいと思いますので、皆さんどうぞしばらく登場していないジルリザの、そしてシリル君とニナの恋も、見守っていてくださいませ。
良いお年を!

では、また次回。
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