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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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番外編・七 その目には同じ絶望を

 賢者がこの国に来たと聞いたとき、真っ先に浮かんだのは、どこか暗い喜びだった。ああ、彼女の言葉は正しかった。それはティナが神に愛されているからか、それとも今もなおこの城に縛られ続ける彼女の神子としての力が、この国に与えた幸運なのか。どちらでも構わない、ただ一つ……ティナの願いを叶えられる、それだけが私に必要な事実だ。
 十年、待ったのだ。いつか来るこの時のために、ただ兄に気付かれぬよう、策略を巡らせ続けた。私に従う『異端者』の多くは兄によって投獄されていたが、何とかその手を逃れて過ごす残りを再び集め、反逆を持ちかけ、信用出来るものにはある程度を打ち明けてティナの居場所を探らせた。
 ……地下の、地下牢の奥深く、かつて彼女が幽閉されていたよりもさらに奥の、魔法使いたちを集めて特別に作らせたという部屋。詳しい場所が聴ければ良かったのだが、やはりというべきかその部屋に少しでも関わった者は全員が兄の命令で処刑されていて、それ以上の情報は得られなかった。その程度のことは予想の範疇だ、驚くようなことでもない。時が来れば、彼女の居場所は分かるだろう。神子としての力がまだこの世に残っているというなら、彼女の方から私を呼んでくれるはずだ。
 薄い微笑と共に、賢者が軟禁されているという部屋の扉を叩く。彼を軟禁している張本人である姪はあれでも王の一人娘で、当然暇ではないのだ。ほんの僅かな時間でも彼女が部屋を離れれば、それだけで十分だった。カタリナがかけている魔法は賢者をあの部屋に閉じ込めるものと彼に魔法を使わせないもの、その二つだけだと分かっている。いくら膨大な魔力を持つ神子の実子と言えど、常に神経を遣う類の魔法を乱用することは出来ないだろう。二つ一緒に使っているだけでも彼女の魔法の才の凄まじさが知れた。
 自分の魔法を余程信用しているのか、それとも城の人間が信頼に値しないのか、部屋の前に兵士の類は立ってはいない。城の最奥だけあって巡回している兵士は多いが、毎日城で暮らしているのはこちらも同じだ、その目を盗むことなど容易かった。
 辺りに誰もいないことを確認し、そっと扉を叩く。息を呑むような微かな音と少しの間を置いて、ようやく声が返ってきた。
「っ……どう、ぞ」
 どこか驚いたような、戸惑うような、けれど確かに恐怖を含んだ声。僅かな同情を覚えるものの、私がやろうとしていることは変わらないのだ。扉を開けると、右目を包帯で隠し、疲れたように寝台に横たわる青年が視界に映った。……確か、カタリナに抉られたのだったか。隠されていない方の目を、彼は驚いたように見開く。
「貴方は……」
「無理はなさらないでください、賢者殿。横になったままで構いません、起き上がるのは辛いでしょう」
「いえ、そういうわけには」
 青年は苦笑交じりに体を起こし、こちらを見た。辛そうな表情を隠す余裕までは流石に無かったのだろう、それでも彼はにこりと微笑むと、口を開いた。
「それで、王弟殿下が僕に何の用でしょう」
「……驚いた。流石は賢者殿、ですね」
 こちらは彼のことを調べていたし、何度か姪に連れ出された彼と城内ですれ違ったときも、彼がそうなのだと分かっていた。だがその逆、賢者が私のことを知っているというのは、考えなかったわけではないが予想外だったのだ。風の国の賢者、そう呼ばれる青年を、私は侮っていたということだろう。故郷と敵対する国の王族を、彼が知らないわけがない。
「既にご存知だとは思いますが、念のため。私はアドニス=リヒト=フェルステル=ウィクトリアと申します。ウィクトリアの国王の異母弟に当たりますね。初めまして、賢者殿」
「ええ、よく知っていますよ。ジル=エヴラールです、初めまして」
 一瞬、探るような視線が交わった。
 ……ああ、同じだ。彼は、私と同じだ。この世界が厭で、この世界に自分が無様に生き延びているのが辛くて堪らない、今すぐにでも逃げ出したい、なのにそれは許されない。諦観と絶望に満ちた、瞳の奥の暗い色。似ている、と感じたのは、恐らく彼も同じなのだろう。少しして、私は微笑を浮かべた。
「貴方とは話が合いそうなのですが、本題に入らせて頂きますね、賢者殿。あいにく、時間が無いもので。私が兄に疎まれていることは、ご存知ですか?」
「ええ、ですが貴方を慕う者は多いと。……協力の申し出、ですか?」
 私が本題に入る前に、彼はその先の言葉を奪った。思わず目を見開き、ゆっくりとそれを苦笑に変える。ああ、私は何を驚いているのか。
「その通りです。アネモスにも使いをやるつもりなのですが、貴方にもと。私を慕ってくれる民の殆どは、現在異端者として捕らえられています。私自身にも兄の監視の目があるため、彼らを逃がしてやることは出来ません。ですが、私の監視よりも重要な出来事があればどうでしょう?」
「……例えば、敵国が攻め込んで来たり?」
「はい」
 本当に、聡い青年だ。微笑と共に頷くと、私は話を続けた。
「僅かな隙さえあれば、彼らを助け出すことは可能です。その後は我々もアネモス側に加勢するから、その隙をアネモスに作って頂きたい。……ここまでが、アネモスへの使者に託す内容です」
 まだ兄の手から逃れ投獄されずに済んでいるうちの一人、確実に信頼できる者に。アネモスに怪しまれて失敗してはいけないから私とティナのことは話していないが、それでも彼を疑うつもりはない。必ずアネモスに届けてくれると、援軍が来ると断定した上で、賢者への依頼が生まれる。
「では、僕は違うと?」
「ええ。賢者殿には、カタリナを抑えていて頂きたい」
 賢者殿の表情こそ変わらなかったものの、一瞬彼の息が止まったのが分かった。……我ながら酷い無茶を言っている、とは自覚している。だが彼以外にあの姪を抑えられる人間は思い当たらず、姪が自由に動ける状態で反乱を起こして成功するとも思えなかった。そう、それにティナの手紙を思い出せば、私たちの復讐には彼が必要だと言わんばかりの口調だった。
 説得の言葉を考えているうち、青年は深く息を吐く。一瞬取り乱しかけたのが嘘のように、さっきまでのような冷静な口調で訊ねてきた。
「一つだけ、訊いてもよろしいですか?」
「構いませんよ。一つと言わず、いくつでも」
 僅かに身構えながらも、私は首肯する。例えウィクトリアの機密を訊かれても素直に答えるつもりでいたし、ティナとのことを訊かれても彼にはある程度話すつもりでいたが、放たれたのは予想外の問いだった。
「何故、まともなはずの貴方たちが、『異端』なのですか?」
 本題とはまるで関係のない、彼の表情を見れば恐らく純粋な疑問。予想外ではあるがもっともな言葉に、私は苦く笑った。ああ、確かにウィクトリアの狂気は、他国の人間には理解し辛いことだろう。
「周りが全て狂っていれば、まともな方がおかしいとされるのは道理でしょう。ウィクトリアは、そういう国なのです。生まれるべくして異常者が生まれ、集うべくして集うことを、約束された国なのです」
「……その、紅い瞳ですか」
 呟かれた一言に、また首肯を返す。
「兄や姪からすれば、これは神に選ばれた証であり、祝福なのだと。ええ、確かにそうでしょう。この目が私たちに、ウィクトリアの王族に他国には無い力を与えてくれるのは確かです。ですがこれは、呪いです。紅い髪ならば歌姫の祝福の証ですが、紅い瞳は神の呪いなのです」
「っ」
 世界に伝わる二つの創世記、少しだけそれに絡めて答える。彼が知らないわけがない、そう思っての言葉だったが、青年は大きく目を見開き、息を呑んだ。
 ……少しして、失言に気付く。ああ、どうして忘れていたのか。彼と共にいたという少女は、驚いたことに生身でこの城から逃げおおせたあの少女は、鮮やかな紅の髪だと何度も聴いていたのに。
「あ……申し訳ありません、賢者殿。失念していました。貴方は――」
「いえ、……もう、会うことは無いでしょうから」
「っ!」
 今度は私が驚く番だった。会うことは無い、彼はそう言ったのか。
 ……それは、つまり。
「貴方は……死にたいのですか?」
「はい」
 震える声で問いかけると、青年は躊躇いも無く頷いた。さっきまでの動揺はどこへ行ったのか、穏やかな微笑すら携えて。……ああ、だけど見間違えようもない。最初に彼の瞳の奥に見た昏い色は、明らかにその強さを増している。予想は出来ていたのだ、彼が私と同類であることも、自己犠牲の傾向がいささか強いということも、調べさせた中にあったからこそ、利用しようと決めたのだ。それなのに。
「ですから、アドニス様。先ほどのお話、引き受けましょう」
「……感謝します、賢者殿」
 これは……成功、なのか? 私は、崖の淵に立っていた彼の背を、押してしまったのではないか。押してしまった、だけではないのか?
 死なせるわけにはいかない。死なせてはいけない、耳元で、そんな声が聞こえた。ああ、これは彼女の声だ、狂おしいほどに愛しい、鈴のような声。
 あいにく、彼をこちら側に引き戻せる人間を、私は一人しか知らない。否、直接知っているわけですらない。だが、その少女以外の言葉は、恐らくあの青年には届かないのだろう。
 浮かんだのは、一つの賭けだった。

 ◆◇◆

「あらあら、叔父様。こんなところで何をしていらっしゃるんですの?」
 そんな声をかけられたのは、仲間に指示を追加し、自室へ戻る最中のことだった。姪はこんなところと言ったが既に賢者殿の部屋からはだいぶ離れている、勘付かれた可能性は低いだろう。そう考え、私は彼女に向き直る。
「貴女に同じ問いをしたら正直に答えるのですか、カタリナ」
「いいえ、まさか。それは質問自体がおかしいですわ、私と叔父様では置かれている状況が違うもの。何も出来ない暮らしにはもう慣れたかしら?」
「……そんなどうでも良いことを言うために、わざわざ呼び止めたのですか?」
 くすくすと嘲るような笑みを零す姪に、私は嘆息を返した。カタリナは答える代わり、唇をにいと歪ませる。その瞳に灯る残忍さと狂気の色は、流石親子と言うべきか兄によく似ていて……同じ親子であるはずのティナの面影は、最早どこにも無かった。
「母は愚かだわ」
「っ!」
「そして叔父様、貴方も。どうしようもないほどに愚かで、哀れだわ」
 不意に笑みを消し、恐ろしいほどの無表情で、彼女は「それだけです」と呟く。話を続ける気など無いのだろう、そのままくるりと反転すると、姪は去っていった。ああ、今の表情はよく知っている。ティナの手紙を私に届けたあの時、似たような顔をしていたはずだ。
 あの時以来、カタリナは自分の言葉の通り、狂気に呑まれていった。本当に、ティナから手紙を託された時点で彼女は限界だったのだろう。むしろ抑えつけていた反動と言わんばかりに、その狂気は通常以上に彼女を侵食した。やがて姪は精神を操る類の魔法に手を出し始める。その膨大な魔力を使い、古語の存在しないウィクトリアの民でもそれらの魔法を使いやすいよう改造したのだ。人の心をあらゆる意味で弄ぶのが得意な国民性に、その魔法はすんなりと馴染んでしまった。
 それだけを見れば本当に、彼女は心の底から狂ってしまったと言えるのだろう。
「ですがカタリナ、それなら貴女は何故、手紙のことを誰にも話さないのです」
 姪が先ほどのようにティナのことを話題にすることは稀にあったし、彼女を悪く言うこともまた同じ数だけあった。だが、彼女が最後の一線を越えたことは無い。悪く言いはしても、ティナの存在自体否定せず――どうやらあの時の言葉の通り、ティナの最期の願いも、彼女に託された手紙のことも、誰にも話さずにいるらしい。
 ならば、彼女は。
「……いえ、余計なことを考えるのは止めましょう」
 この狂った国を亡ぼす。全て終わらせて、ティナの元へ。その決意は揺るがない。深く息を吐いて全て追いやると、私は歩みを進めた。
こんばんは、高良です。……ええテストです本当なら更新してる場合じゃないんです←

そんなわけで本編のあの場面、具体的には第三部第十九話。境遇は違えどよく似た傷を抱えた賢者と王弟は、ここでようやく相見えました。
後半はその直後、本編では描かれなかったカタリナとの会話。本編でも第三部の終盤は少し様子が違っていた彼女。本当に狂っていたのか、それとも……真相を知る者は、まだいません。

恐らく次話で番外編は終わるはず、です。
では、また次回。
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