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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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番外編・六 最期の願い事

「叔父様、いらっしゃいますか?」
「……カタリナ?」
 しばらく会っていなかった姪が部屋を訊ねてきたのは、その日の夜のことだった。一年ぶりに部屋に戻ってから、寝台に腰掛けてぼんやりと宙を眺めていた私は、そのままの視線を少女に向ける。確か来年には十歳になるのだったか、ティナによく似たその顔は、けれど硬く強張っていた。
 最後に顔を合わせたのは一年ほど前、私とティナが逃亡に失敗する少し前だったか。幸か不幸か、彼女は私のように『異端』ではなかった。ウィクトリアの人間の半分は物心ついた頃から狂い、残りの半分は後天的に狂気に呑まれるという。どうやら後者らしいこの少女は当時から稀にその兆候を見せていて、ゆえに私と会うことはほとんど無くなっていたのだ。
「どうかしたのですか? いくら貴女でも、私などに会いに来たと知られればまずいでしょう。兄に怒られますよ」
「……これを」
 カタリナは厳しい表情のまま、一通の手紙を差し出してきた。本来宛名が書かれるべき場所が白いままなのを見て、私は首を傾げる。
「これは?」
「母から、叔父様にです」
「っ! ティナが……?」
 思わず息を呑み、慌てて震える手で手紙を受け取る。裏返しても差出人の名は無く、封を切ろうとする私を遮るように、少女は口を開いた。
「内容は、大体分かっていますけれど……私がいるところで読むのは嫌でしょうから、先に言っておきますわ。叔父様がここに閉じ込められて以来、私も母に会ったのは一度きりでした。その時に、叔父様にどうしても伝えたいことがあるからと、母が。しばらく前から、母と会うときは紙とペンくらいは持っていくようにしていましたから」
 ああ、それは一度だけ、彼女からも聴いた。ティナが、そうするように言ったのだと。黙って続きを促すと、カタリナは僅かに顔を歪める。
「母は……自分の身に何かあったら渡してほしい、そう言いましたわ。それがいつになるかも分からなかった。だから、最初は断ろうと思ったのです。その時まで正気を保っていられる自信は、私にはありませんでしたもの。手紙を持ったまま狂気に呑まれれば、私は母と叔父様を、父に売ってしまうかもしれない」
 そう言えるということは、彼女はまだ正常な――この国にとっては『異端』なままなのか。そんな無言の問いには答えず、カタリナは弱々しく微笑む。
「けれど、母に言われたのです。私に母を愛する心がまだ一欠片でも残っているのなら、母が息を引き取るその日までそれを持ち続けなさい、と」
 その言葉を、ティナの最期の願いを、カタリナは聞き入れたのだろう。そして、見事にやり遂げてみせた。……この国で狂わずにいることは、この少女にとっては奇跡にも拷問にも等しいことだったのではないか。
「ねえ、叔父様。父は、狂っているわ」
「……ええ、知っていますよ」
「自分が王位に就くために実の両親を手にかけて、邪魔だからと叔父様のお母様も殺して、自分に反対する親族を皆殺しにして、挙句の果てに神子である自分の妻の命すら奪ったのよ。……きっとこのままならいつか、私も叔父様も殺されることでしょうね」
「いいえ、それは違いますカタリナ。貴女はあの男にとっては唯一の娘で、ただ一人王位を継ぐ資格のある人間です」
「……そうね。あんな男が、私の父親なのだわ」
 諦めたように嘆息すると、少女は私を見上げる。流石親子、と言うべきか。その顔に浮かぶ泣きそうな微笑は、あの時のティナによく似ていた。
「こんな狂った国は、存在してはいけない。母の言葉ですけれど、私も同意見ですわ。手紙に書いてあるのは、そんなことです。この国を滅ぼしてほしいと、そんな母の願い」
「ですが、私は……」
 かつて持っていた権力は全て奪われて、今はただ無力に過ごすことしか出来ない。王弟の名は、今となっては何の意味も持たない飾りに過ぎないというのに。自由に使える力は、それこそこの少女の方が強いのではないか。
「私では駄目ですわ。お母様の頼みがあったから、今までどうにか耐えてきましたけれど……正直、もう限界ですもの。叔父様、きっと次に会うときには、私もこの国の人間に相応しく狂気を纏って、父の側についていることでしょう。けれど約束致しますわ、何があろうと決して、今日のことは父には話さない。母の最期の願いも、この手紙のことも、決して口外はしない。それが、私に出来る精一杯で、母へ返せる愛です」
「カタリナ……」
「ああ、あまり長居しては、父に見つかってしまいますわね。それでは叔父様、お元気で。……ご武運を、と言うべきかしら?」
 悪戯っぽく微笑み、私の返事も待たずに部屋を出ていく少女を見送り、呆然と手紙に視線を落とす。そっと開封し、折り畳まれた紙を開くと、記されていたのはこの世界には存在しない言語だった。
 ティナの世界の、彼女の故郷で使われていたという言葉。神子であるせいだろう、彼女は学ばずともこの世界の言葉を理解していたが、元の世界の言葉を忘れたわけではない。そのことに私が興味を示すと、それからティナは私に故郷の言葉を教えてくれたのだ。だから例えこの手紙が私の手に渡らずとも、彼女と私以外に読める者はいない。
「流石に、そこまで予想していたわけでもないでしょうが」
 アドニス様へ、という言葉で始まる手紙を、そっと読み進める。出会った頃の弱気で怯えるばかりだった彼女からは信じられないような、けれど確かに彼女だと分かる、懐かしい文章。その最後に見つけた言葉に、私は思わず目を見開いた。
「ああ……」
 本当に、貴女は優しい。優しくて、そして残酷だ。手紙の中で、ティナは私が彼女の元へ逝くことを許してくれた。けれど同時に、それまで長い時を耐えろと、そう語った。
「……良いでしょう、ティナ。それが、貴女の最期の願いだというなら」
 ならば私は、生きよう。この国が亡ぶ、この手で亡ぼす、その瞬間までは。

 ◆◇◆

 ――伝えたいことはまだまだたくさんあるのですけど、多すぎてここには書き切れませんから、そろそろ本題に入りますね。
 ねえアドニス様、この国は、ウィクトリアは、存在してはならない国です。この一年で、わたしもそれを嫌と言うほど思い知りました。あの男は、生きていてはいけない。彼の言う『神に選ばれた』と言うのは、この国にとってそうであるだけで、きっと一般的には呪いと呼ばれるものだと思うんです。
 だから……この国を亡ぼすのに貴方の力を借りたいと、そう言ったらアドニス様は協力してくださいますか? なんて、貴方がこれを読んでいるとき、わたしは既に生きてはいないでしょうから、答えは聞きようがないですけれど。
 だから、ここからは想像です。わたしの死後、あの男はきっと周りの国を侵略して、国を大きくしていくことでしょう。随分前に話してくださいましたよね、風の国の、神童と呼ばれる子のこと。いつか、ウィクトリアが大国と呼べるほど大きくなる頃、きっとあの男は彼を欲すはず。カタリナと同い年だと聞きましたから、もしかしたらカタリナもまたその子に興味を抱くかもしれません。そのときには恐らくあの子はわたしのよく知る優しい子ではないかもしれないけれど、それでも。
 もし、アドニス様がわたしに手を貸してくれるなら、わたしと同じようにあの男を憎むなら、復讐を遂げる勇気がおありなら。その時が来たらどうか、機を逃さないでくださいね。
 そんなに上手くいくはずがない、とお思いですか? 実はね、アドニス様。それが私の神子としての力だったのでしょうね、少しだけ、そんな未来が視えたんです。結末までは視えませんでしたけど、でも私は『神に愛された子』なのでしょう? ならきっと、大丈夫。神は確かに微笑まないかもしれない、だけど神子を無視することは、きっと出来やしないはずです。
 ……これは書こうかどうか迷ったんですけど、もう一つだけ。大切な人を失って、自分だけ生きるのがどれだけ辛いか、私にも想像は出来ます。もしアドニス様に何かあったら、私は迷わず後を追うでしょう。……本当は、生きていてほしい。貴方には、私の分まで幸せになってほしい。だけど貴方が今生きているこの世界に幸せが無いというなら、私のいない世界で生きる意味はないと貴方が思ってくれるなら……私は、いつまでも待っています。一人きりで死ぬのは嫌、怖い。貴方が迎えに来てくれるその日まで、待ち続けます。……歪んでいるかもしれないけれど、それが、私が貴方に捧げられる最高の愛なんです。

 ……愛しています、アドニス様。何があろうと、永遠に。
こんにちは、高良です。テスト期間だから更新ストップしようと思ったけどノンストップでいけば十二月から第四部に入れる気がするので死ぬ気で書くのです。

というわけで、絶望に暮れるアドニスの元を訪れたのは彼の姪、カタリナ。過去編のカタリナさんは現在と違いすぎて書いてて面白いです。
彼女がティナに託されたという手紙、そこに書かれていたのは、明るいように見えてどこまでも後ろ向きな再会の約束と愛の言葉でした。

さて、最後に一つお知らせ。先日の仙台コミケで販売した『枯花』書籍版の通販を少し前に開始しました。第一部をそのまま収録しております。アリスブックス様にて販売しておりますので、お財布に余裕のある方は是非是非。→http://alice-books.com/item/show/1397-1

というわけで、また次回。
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