挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

53/173

第七話 価値観の相違

「もうわけわかんない! 慎も柚希も何考えてるのよー!」
「……荒れてるね、クレア」
 胸元で拳を握りしめて叫ぶ妹に、嘆息。前世の記憶とやらを取り戻してから彼女が夜に僕の部屋に来ることは殆ど無くなっていたのだけど、今日はどうやら例外らしい。記憶が戻っても僕のことは変わらず兄と慕ってくれる、それは嬉しいけど……今の叫び声が聴こえなかっただろうか、と廊下に注意を向けつつ、僕は呆れ顔で口を開いた。
「で、何が気に入らないのさ」
「全部よ全部!」
 怒りに顔を歪め、クレアはダンッ、と勢いよく机を叩く。……その直後に「いったぁ~」としばらく悶絶していたのは、見ないふり。
「慎が相変わらず自己犠牲の塊なのももちろんだけど、柚希だってそうだわ! この間会ったときからずっと様子がおかしいっていうか、私たちのこと避けてるし、会話するとしても本当に最小限しかしないし、いつも通りなんだけどどこかよそよそしいし」
「……そんなことないと思うけどな」
「そうなの! 私と真澄だけなの!」
 シン、ユズキ、マスミ。部屋には僕しかいないせいか、彼女は隠すことも無く、前世で彼らの名前だったらしい単語を次々と放つ。それに少しだけ眉を顰めるものの、クレアに悟られる前に表情を戻した。
「君たちが何かしたんじゃないの?」
「四カ月くらい会ってなかったのにどうやってするのよ」
 不服そうに頬を膨らませ、妹は不意に表情を変えて僕を見る。
「ねえシリル、本当に大丈夫なの? ウィクトリアとの戦争が始まってまだ三週間だけど、アネモスは劣勢に立たされてるって……ウィクトリアの動きが良すぎる、って。それくらい私でも何度か聴いたわ。それって、慎が向こうにいるから……なんでしょ?」
「……そう、だね。リザさんが言っていたよ。先生は心からアネモスを裏切ったわけじゃないけど、ある意味リザさんやアネモスを人質に取られているようなものだから、逆らうことも出来ないだろうって」
「それなのに、勝てるの?」
 不安そうに僕を見つめる妹に、僕は静かに首を振った。
「正直、今のままじゃ無理だね。だから、父上は本当に危なくなったら先生を犠牲にしてアネモスを救うつもりみたいだ」
「そんな!」
「だから僕らが必死になってるんだろ。僕と、リザさんと、リオネル」
 嘆息交じりに答えると、クレアはきょとんと僕を見つめる。
「どういうこと?」
「僕らは先生を助けようと必死なんだから邪魔するなってこと。……直訳すると、こうやって睡眠妨害するのは止めてほしいかな」
 時刻は既に、城の人間すらほとんどが寝静まり、起きているのは見回りの騎士たちだけという真夜中。恨みがましく見ると、クレアは「あ」と声を上げ、気まずそうに笑みを浮かべた。
「あはは……ご、ごめんねシリル?」
「分かったらさっさと寝る。もう子供じゃないんだよ? 来年には成人だ」
「私の常識では二十歳で成人するからまだまだですぅー。おやすみシリル」
「……うん、おやすみ」
 複雑な顔で頷き、僕は隣の部屋に消える妹を見送る。彼女の部屋から物音が消えたところで、そっと嘆息した。
 記憶を取り戻してからのあの子は、僕が知っている妹ではないのかもしれない。最近、クレアやハルと話す度にそう感じていた。当然だろう、彼らは僕の知らないことを当然のように話して、僕の知らない名前で呼び合う。僕の知らない時間を、共有しているのだ。
「……いつまで『それ』を続ける気なのか、か」
 クレアたちと再会したとき、リザさんは二人にそう訊ねたという。その意味が、今なら分かる気がした。

「二人とも、前世と今世を混同している。そういうことですね」
「……驚いたわ、まさかあんたからそういう話が出てくるなんて」
 次の日のこと。訊ねると、リザさんは言葉の通り驚いたように、ほんの少しだけ目を瞬かせる。次いでその目を訝しげに細め、彼女は僕を見た。
「で、それを知ってどうするのかしら? 言っておくけど、好奇心とかそういう馬鹿げた理由に付き合ってられる余裕はないわよ、あたし」
「それが先生の負担になるなら、どうにかしようと思って」
 笑顔で答えると、リザさんが一瞬固まる。やがて、彼女は疲れたように深く嘆息した。同時に、部屋の入り口から押し殺したような笑い声が聴こえて、僕は振り返る。
「最近は少し治まったかと思っていたのですが、相変わらずですね。シリル様」
「全くだわ。……遅かったわね、リオ様」
「ああ、途中でハーロルト様に捕まってしまってな。話を聴いた限り、どうやらクレア様と殆ど同じことを仰っていたようだが」
「……あいつら、揃いも揃って」
 リオネルの言葉に、リザさんは不快そうに顔を顰めた。そして再び溜息を吐き、僕とリオネルを見る。
「そうね、さっきシリルが言った通りよ。あの二人は、今の人生が『前世まえの続き』だと思ってる」
「違うんですか? ……いえ、違うんですね」
 思わず出た言葉を、すぐに否定する。そうだ、少し考えれば分かること。そんな僕に対し、彼女は首肯した。
「ええ違うわ、違うに決まってるでしょ。あんたたちが知ってるあたしたちは、この世界で生きてきたあたしたちのはずだわ」
「ああ、そうだな。ジルが普通よりずっと賢いのは分かっていたが、それが前世の記憶があるせいだとは思わなかった」
 どこか考え込むように、リオネルが答える。対し、リザさんはどこか苦い表情で、吐き捨てるように言葉を続けた。
「あいつらにとっては、同じなのよ。自分たちがそうだからって、前世まえのあたしたちと今世いまのあたしたちが同じだと信じて疑おうともしない。いえ、本来ならあいつらだって同じじゃいけないはずだわ。違う世界で、違う人生を歩んできたんだから」
「前世の記憶、のせいですか?」
 彼女の言葉を聞いて、無意識にそんな言葉が漏れる。対し、二人は同時にこちらを振り返った。リオネルは訝しげに、リザさんは意外そうに。
「そうね。その通りよ」
「どういうことだ?」
 訊ねるリオネルに、リザさんは苦く笑う。
「あたしは、宝城柚希が……前世まえのあたしが死んだことを知ってる。毎晩それを夢に見て、嫌というほど分かってる」
 その言葉に、僕とリオネルは息を呑んだ。リザさんが何を言いたいのか、それは察することが出来たけど、そこまでは考えられなかった。僕たちの反応に、リザさんは驚いたように目を瞬かせる。
「言ってなかったかしら」
「聴いたことがありません」
「初耳だな」
 何でも無さそうに首を傾げる彼女に、僕たちは同時に嘆息する。それを見て、リザさんは納得したように苦笑を浮かべた。
「ジルは話さなかったの? ……いや、二人ともジルに直接聴いたわけじゃなかったわね。そもそもジルがそんなこと話すわけないか」
「ああ、俺は父上から聴いたし、シリル様に話したのも俺とハーロルト様だ。……前世のことを夢に見る、というのは知っていたが」
「死ぬ瞬間までそうだとは思わなかった?」
 苦い顔で頷くリオネル。それはそうだ、その言葉が本当なら、先生が抱えていた苦痛は僕たちが考えていたよりずっと大きなものなんじゃないか。そこで、僕は一つの違和感に気づいた。
「あの、リザさん。クレアとハルは、その夢を見ないんですか」
「……あんたは本当、そういうところがジルみたいだわ」
 僕の言葉に、彼女は形容しがたい表情を浮かべる。一番近いのは呆れ、だろうか。しかし彼女は首肯し、すぐに答えた。
「あいつらは前世の夢を見ないわ。そうね、そもそも自分たちが一度死んだんだっていう実感すらあまり無いのかも。あたしはその場にいたわけじゃないけど、あいつらは即死だったっていうから」
 それを聴いて、僕は思わず黙り込む。先生とリザさんはそうではなかった、彼女はそう言っているのだ。もちろん先生のことは聴いているし、確かに溺死というのは死を実感するには十分だと思う。リザさんについては詳しいことは知らないけど、恐らく彼女が父上に答えられなかった『あること』とはそれに関することなのだろう。これだけ精神的に強いリザさんが隙を作ってしまうようなことなら、それは相当――
「余計なことは考えなくていいわ」
「あ……すみません」
 表情に出ていたのか、リザさんが不機嫌そうに僕を見る。慌てて謝ると、彼女は諦めたようにまた息を吐いた。
「あいつらがどう思うかは勝手だわ。それでもあたしは『柚希』として扱われるのは耐えられないし、ジルにとってもそれは苦痛なはずよ。普段だったらまだ許せたけど、今は『あんなこと』があった後だし。だけど、多分言ったところであいつらには伝わらない。だったらこっちから距離を置くしかないでしょ。それだけよ」
 一気にそれだけを話すと、リザさんはリオネルの方を見た。言外に、この話はもう終わりだと滲ませながら。
「で、わざわざ呼び出したってことは何かあったんでしょ、リオ様?」
「うん、それは僕も気になっていたんだ。それも、この第八書庫に」
「ここには滅多に人が来ませんからね」
 リザさんの言葉に付け足すと、リオネルは素知らぬ顔で頷く。……だからハルもあんなことをしたんだろうけど、まぁリオネルが同じことをするはずもないか。
「それで、どうしたの?」
 訊ねると、リオネルは僅かに苦い表情を浮かべ、しかし首を横に振った。
「現状報告程度です、大したことではありません。……ですが、俺たちのやろうとしていることを考えると、そうも言っていられないかと」
「……そうだった」
 リオネルの言葉に、今度は僕が苦笑する。僕たちは国王である父上に逆らおうとしているわけで、それは今は『かもしれない』でしかないけれど、ウィクトリアが――先生が本格的に動き出せば十分すぎるほど現実になりえるもの。用心するに越したことは無い、そういうことだろう。
「アネモスとウィクトリアではかなり距離があります。ゆえに、今までは互いの国に……もちろんどの国も村や町には防御の魔法をかけてありますから、正しくはその辺境の何もないところに、ですね。そこに転移するための魔法陣を造り上げる作業に勤しんでいたようです」
「ああ……そう、離れているのにどうやって戦うのかと思ったけど、その手があったのね」
 リオネルの言葉に、リザさんが目を細める。彼女がかつて生きていた世界ではどうだったのか、と不意に好奇心が顔を出すが、今訊くことでもないだろうと無理やり押し込める。
 数百人から数千人が一度に移動するため、魔法陣を描くのも、それに魔力を付与するのも……そもそも転移魔法を使える魔法使いを集めるだけでも一苦労。それが出来る大国同士でなければ、離れているのに戦争など出来やしないのだ。
「ということは、もう魔法陣は完成したんだね」
「はい。既に両国の辺境には互いの国の騎士が……いえ、あの国では傭兵が大半でしたね。それらが何度か小さな戦闘が行ったようです。もっとも小競り合い程度で、双方死者はおろか重傷者も殆ど出なかったという話でしたが」
「じゃ、これからあたしたちの仕事は増えるわね」
 疲れたように息を吐くリザさんに、僕は笑みを向ける。
「治癒の塔の魔法使いたちがとても感謝していましたよ、リザさん。貴女がいると救える人数が倍になると」
「……重傷の奴らばっかり押しつけといて、よく言うわよあいつら」
 口では文句を言っているものの、彼女は僅かに微笑んでいて、心なしかその頬は少し赤くなっていた。そう、照れたような、という表現が一番適切だろうか。その表情にリオネルも気付いたのか、面白そうに笑っているものの何かを言うことはしない。そんな僕らを軽く睨み、リザさんは唐突に立ち上がった。
「話がそれだけなら、あたしは行くわよ。何か用があれば部屋か治癒の塔にいるわ」
「ああ、恐らく一番連絡が取りにくいのは俺だろうな。いつ城にいるか、すら断言は出来ない」
 彼女の言葉に、リオネルが苦笑を浮かべる。
 そう、毎日こうして集まれるわけではないのだ。忙しいのはリザさんだけではない。リオネルは公爵という身分の上、僕が無理を言ったせいであちこちを飛び回っているし、僕だって仮にも第一王子なのだ。やらなければいけないことはたくさんある。
「でも、ちゃんと屋敷には帰らなきゃ駄目だよ、リオネル。マリルーシャは怒らせると怖いから。最近マリルーシャもまた城に来てくれるようになったけど、絶対会えるってわけじゃないだろ?」
「ええ、それはもちろん。……あれが怒らせると怖いのは、俺が一番よく知っていますよ」
 ……そうでした。
「まぁ、とにかくお互いやれることをやりましょ。何かあったらその時に」
 僕と同じような苦笑を浮かべ、リザさんが部屋を出ていく。足音が聴こえなくなったところで、僕はそっと呟いた。
「強い人だね」
「ええ、伊達に俺たちより長く生きてはいないということでしょうね」
「あ……」
 そういえば。彼女は前世では先生と同い年で、その記憶を持って転生してきたのだ。精神年齢だけを見れば、僕たちよりも大人なのは当然だろう。
 ふっと笑みを浮かべ、リオネルは頭を下げた。
「ではシリル様、俺もこれで」
「うん」
 リオネルを見送り、僕は笑みを浮かべる。そうだ、クレアとハルのことは後でいくらでも考えられる。今はリザさんの言う通り、僕たちに出来ることをしよう、と。
 ――秋の一の月が、終わりを迎えようとしていた。
こんばんは、高良です。最近〆切続きで泣きたいです。更新の方は三日は無理でも五日おきにはしっかりしたいのですが、はてさて。

さて、そんなわけで前回に引き続きアネモス王城にて。前話でリザの様子がおかしかったのには、こんな理由がありました。ですがそれを気にせず「やるべきこと」に集中できるのが彼女の凄いところ。ジルのため動き出す三人ですが、同じ頃……

では、また次回。
off.php?img=39

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ