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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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第六話 彼のために手を組もう

「どういうことですか、父上! 先生が――」
「声が大きいぞ、シリル。落ち着きなさい。部屋に入るときはノックをするように」
「……はい」
 父上に諌められ、大きく深呼吸することでどうにか気持ちを宥める。しかし、内心で激しく渦巻く、焦りに近い感情は消えなかった。どうにか表面上だけでも落ち着こうと一つ息を吐き、一度執務室をぐるりと見渡す。自分と父の二人しか部屋の中にはいないことを確かめ、僕はキッと父を見据えた。
「父上もお聴きになったはずです。僕の何倍もの情報網をお持ちなのですから」
「聴くも何も、ウィクトリアから正式に知らされた。殆ど宣戦布告に近い形で、な」
 父の言葉に、僕は思わず息を呑む。……それじゃあ、やはり真実なのか。そんな僕の表情に気づいたのか、父もまた苦虫を噛み潰したような顔で言葉を続けた。
「その顔では、お前も同じことを聴いたようだな。……ジルが、ウィクトリアの側についたと。そうだ、つい先ほど、ウィクトリアが帝国中に触れ回ったらしい。同時にこちらにも使者をよこして、勝ち誇った顔で告げてきた。賢者はアネモスを見限ったのだ、とな」
「そんな」
 父の言葉に、僕はぐっと強く拳を握る。不意に、先生がアネモスを去ったときのことを思い出した。もう二年近く前のことになるけど、それでも鮮明に。
「……先生が、アネモスを裏切るはずがありません」
 そう、だって彼は、僕にそう誓ったのだ。決してこの国を捨てないと、アネモスを離れても『風の国の賢者』の名は捨てないと、先生はアネモスの人間だと、そう言ったのだ。先生は滅多に嘘を吐かない。クレアやハルが絡むとそうも言い切れなくなるみたいだけど、僕に対して嘘を吐いたことは無い。だから、先生が裏切るなんて、ありえないのだ。
 呟いた僕に対し、父上も苦い顔のまま頷いた。
「ああ、それは間違いあるまい。だが、ならば何故ウィクトリアがあのようなことを言ってきたのか……あの狡猾な国が、そう迂闊なことを口走るとも思えん」
「先生が裏切った、などと吹聴するならば、そうするだけの『何か』があった……そういうことですか」
「恐らくは、な。それが何であるかは、余にも分からん。……この話は、今はこの国の人間には伏せてある。もちろんウィクトリアがあれだけ大っぴらにしている以上限界はあるし、現にお前には漏れてしまったようだがな」
 厳しい表情を崩さない父を前に、僕もまた考え込む。ウィクトリア、と言われて真っ先に思い出すのは、数カ月前の、クレアが殺されかけて先生が死にかけたあの事件のこと。前公爵であるドミニクを暗殺したのもあの国だ。その後、先生とリザさんが再びアネモスを去ってからも、アネモスとウィクトリアの睨み合いは続いていた。それこそ、いつ本格的な戦争が始まってもおかしくないほどに。
「……父上」
 ならばこれは、ウィクトリアからの宣戦布告は、十分『きっかけ』となり得るのではないか。そう訊ねようとしたとき、不意にノックの音が響いた。
「陛下、トゥルヌミール公爵が、至急お話したいことがあると。如何なさいますか」
「リオネルが?」
 部屋の前に立っている護衛の騎士の言葉に、父上が眉を顰める。
「僕は退室していましょうか、父上」
「いや、構わん。……良かろう、入れ」
「失礼します」
 扉が開き、見慣れた灰藍の髪の青年が頭を下げる。その後ろから現れた一人の少女に、僕は思わず目を見開いた。
「リザさん? どうしてここに」
「ほう、久しいな」
「……お久しぶりです、陛下」
 目を細める父上に対し、リザさんは特に表情らしい表情を浮かべず頭を下げる。……いや、それは少し違うだろうか。彼女がいつも浮かべている不機嫌そうな表情、それはどこか強張っているように見えた。
 そんなリザさんからリオネルに視線を移し、父上が厳しい顔で口を開く。しかしそれを待たず、先に言葉を発したのはリオネルの方だった。
「陛下、お話したいことがあります」
「ジルのことか」
「……やはり、ご存知でしたか」
「ついさっき知ったばかりだ。その様子だと、お前はその前から知っていたようだが」
「あたしが話しました」
 硬い表情のまま、リオネルの後ろにいたリザさんが一歩だけ前に出る。彼女の服の裾から覗く無数の包帯に気づき、僕は思わず息を呑んだ。父もまたそれを見て訝しげに眉を顰め、リザさんを見据える。
「何があった、リザ? ……ジルが裏切ったという噂は、真か」
 父上の問いに、リザさんは辛そうに、躊躇うように目を閉じた。しかしすぐにその目を開き、彼女は睨むように父を見返す。
「彼がウィクトリアの側についた、という意味であれば、事実です」
「……何?」
「ですが陛下、ジルは、アネモスを裏切ったわけではありません」
 顔を顰める父に、リザさんは静かに語り出した。
 ウィクトリアの国王と王女に脅され、先生はあの国に留まらざるを得なくなったらしい。彼女もまた捕らえられそうになったが、先生が危険を冒して逃がしてくれたのだ、と。まるで自分を責めるようなリザさんの表情は今までに見たことが無いもので、しかしそれに追い打ちをかけるように、父は語り終えた彼女に問うた。
「一つ、訊ねたい。謎の集団に襲撃を受けたときから、お前たちはぎくしゃくしていて、お前は本調子ではなかった。そこに、『あること』が重なって、お前が隙を作ってしまった。そう言ったな、リザ」
「はい」
「あることとは、何だ」
 父の問いに、リザさんは僅かに顔色を変える。静かに俯く彼女を見て、父上は僅かに目を細めた。
「言えぬか」
「……言っても、ご理解頂けないかと」
 今にも倒れそうなほど蒼白なリザさんの表情に、僕は思わず父上を見る。黙って聴いていたけれど、この辺りで良いだろう。そう提案する前に、父は軽く頷いた。
「ならば良い。ジルが本心からアネモスを裏切ったわけではない、それが分かっただけでも収穫だ。感謝する、リザ。……全員は無理でも、せめて城の一部の人間には真実を伝えねばなるまいな。対策は、追って考えよう。二人とも疲れているだろう、今日はもう休め。シリル、お前も色々話したいことがあるだろう」
「……はい、父上。失礼します」
 父上の表情、その裏に隠された真意は一瞬で読み取れた。反論しても無駄だ、そう感じて素直に頭を下げ、リオネルとリザさんに目配せして共に退室する。執務室から数歩離れたところで、僕は勢いよく振り返った。
「リオネル、アネモスの友好国に秘密裏に使者を送ることは出来る? アネモスと共に戦えとは言わない、ウィクトリアについてはいけない、そう言ってどれくらいの国を抑えられるかな」
「シリル様の御名前を使わせて頂けるなら、殆どの国は説得出来るかと。……何をなさるおつもりで?」
 眉を顰めるリオネルとは対照的に、リザさんは僕のしようとしていることが分かったのか、黙って僕を見ている。そんな二人に対し、僕は僅かに語気を強めた。
「父上も先生を信じている、それは間違いないよ。だけど、このままじゃ父上は、状況によっては先生を見殺しにすると思う」
 もちろん、父上を責めることは出来ない。国のため、私的な感情は殺して判断を下さなければならないのが、王というもの。そう僕に教えてくれたのは、先生なのだから。
 父上がそうせざるを得ないからこそ、代わりに僕たちが動かなければいけないのだ。
「父上よりも先に回って手を打たないと、先生を助けることなんて出来ない。……少しで良いんだ、その代わり腕の立つ人間を何人か、戦線に送らず留めておくことは?」
「……数人でよろしければ、俺の名を使えば可能かと」
 僕たちがやろうとしていることが分かったのか、リオネルもまた笑みを浮かべる。今の彼の肩書は公爵、それも国王に次ぐ権力を持つ古い家の当主なのだ。その程度のことはこなしてくれるだろう。
 リオネルの答えに軽く頷き、僕はリザさんの方を向いた。
「父の本心はともかく、事実としては国王に反旗を翻すことになります。それでも、僕は先生を助けたいんです。……協力してくれますか、リザさん」
「……むしろ、あたしの方からそれを頼もうと思ってたところよ」
 僕の問いに、リザさんは苦笑を浮かべる。
 先生と同じ、前世の記憶を持つという彼女。僕より年下でありながら、その表情は外見に似合わない大人びたものだった。

 ◆◇◆

「なーんか、ピリピリしてない?」
 城の廊下を歩きながら、私は首を傾げてそう呟く。そんな私の傍にいるのは一人だけで、当然返ってきたのは彼の言葉だった。
「やっぱ咲月もそう思ってたか。陛下とかシリルとか、その辺りだろ。さっき見かけたけど、声かけらんなかった」
「真澄も? そうなのよねー、私もさっきシリルと会ったんだけど、まともに相手もしてくれなかったわ」
「……ブラコン」
「違いますぅーっ」
 ジト目で見てくる真澄に対し、私は頬を膨らませる。
「そういえば今日よね、マリルーシャが戻ってくるの。城には来るのかな、リオネルと結婚してからずっと公爵家の屋敷にいるようになっちゃったから、しばらく会ってないわ」
「調子良いのなー、あれだけ逃げ回ってたくせに」
「あれは私じゃなくて『クレア』がやったことだもの」
 悪戯っぽく笑ってはみるものの、その違いは正直、私にもまだよく分かっていなかった。今でもたまに思うのだ、こうして笑っている『私』は誰なのだろうか、と。前世むかしと違って長く伸びた髪を手に取れば、それは青みがかった銀髪で、顔立ちだって『咲月』とは似ても似つかない。
 何も知らない城の人間が傍にいるときは、私は真澄のことをハルと呼ぶし、真澄だって私をクレアと呼ぶ。だけど二人きりのときは今のように前世むかしのままで、それが余計に私を混乱させていた。
「咲月?」
「ふぇっ」
 訝しげな真澄の声に、私は我に返る。そんな私を見て、真澄は訝しげに眉を顰めた。
「どうかしたのか?」
「な、何でも無いっ。ちょっと考え事してただけよ……あれっ?」
 視界に映ったあるものに、思わず立ち止まり、目を見開く。見間違いじゃなかったことに気づいて、私は笑顔で『彼女』に声をかけた。
「柚希!」
「……げ」
 横で嫌そうに顔を顰める真澄に構わず、柚希に駆け寄る。
「久しぶり柚希、元気だった? いつの間にアネモスに来てたの、慎は――柚希?」
 そこでようやく、彼女の様子がおかしいことに気づいた。柚希を覗き込むようにして問いかけると、彼女は不快そうに顔を歪める。それはすぐにいつもの不機嫌そうな表情に変わって、どこか見下すような色すら浮かべて彼女は私たちを見た。
「で? いつまで、『それ』を続ける気なのかしら」
「……柚、希?」
「……分からないなら、良いわ。元々、あんたたちに期待なんてしてなかったから」
 嘲るように目を細め、これ以上話す気はないとばかりに去っていく柚希。それを呆然と見送って、私は真澄と顔を合わせ、首を傾げる。
 父から全てを聴かされたのは、その日の夜のことだった。
こんばんは、高良です。最近本格的に執筆する時間が、というか体力がありません。まずいまずい。頑張ります。

さて、前半は久々に国王とシリル君。賢者を味方につけたウィクトリアの、挑発とも取れる宣戦布告。第一部から妖しい動きを見せてきた帝国が、遂に本格的に動き出しました。ジルを想う三人の決意は、果たして……
後半はこちらも久々に幼馴染組。理不尽にも思えるリザの拒絶、その真意は、鋭い読者の方なら分かってしまうかもしれません。

次こそちゃんと更新! したい!
というわけで、また次回。
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