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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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第四話 少女の逃亡劇

少しだけ流血表現があります。
「嫌な天気ね」
 窓の外で降りしきる雨を軽く睨み、アタシは嘆息した。よりにもよってこの季節に、こんなに降ることないだろうに。夏ならばこの程度の雨は気にしないで出かけるが、今は冬の初め。寒いだろう、と分かっているのにわざわざ外に出ることもない。
 幸い、やることならたくさんあるのだ。今は一人暮らしだから家のことだって片付けなければいけないし、店で売るアクセも作らないと。
「……どこが幸いよ、馬鹿」
 思いの外やらなければいけないことが多かったことに、僅かにげんなりする。もう良い、今日は家事だけ終わらせたら適当にだらだらと過ごすことにしよう。雨さえ降っていなければ慎のところにでも行くのに、と嘆息しながら作業を始める。
 慎も今日は家で過ごす、と昨日言っていたけれど、咲月と倉橋はどうだったか。家も隣同士だし、奴らのことだから一緒に過ごして喧嘩してそうだ。それを見るたびに慎が傷ついていることを知っているこっちとしては正直殴りたいが、そうもいかないか。せめてあいつらが毎日のように言い争うことを止めれば、少しは慎の苦しみも和らぐだろうに。
「っ!」
 そこまで考えたところで、不意に――例えるなら電流のような、もしくは稲光のような悪寒が背筋を走った。それは一瞬のことで、我に帰ればアタシは何事も無かったようにその場に立っているだけだった。不気味なほど静かな部屋に、雨音だけが響く。
「何よ……今の」
 目を見開き、アタシは宙を見つめる。けれどそこに答えが書いてあるはずもなく、代わりに得体の知れない不安に襲われた。
「…………慎?」
 確信は無い。けれど、とにかく嫌な予感がする。気付けばアタシは上着を引っ掴み、傘も差さずに外へと駆け出していた。
「気のせい、とかなら良いんだけど」
 いや、むしろそうでなければ駄目だ。気のせい以外の何だというのか。慎に何かあった、なんて……そんなの、気のせいに決まっている。彼の家に向かって雨の中を走りながら、頭の中で必死にそう繰り返す。
 そんな願いすらも空しく、アタシには何も出来ず……全てを知ったのは、彼を失ってしまったことをアタシが知ったのは、彼の家に着いた直後のことだった。

 ◆◇◆

「ジル……?」
 目の前で勢いよく閉まった扉を、呆然と見つめる。しかし遠くから聴こえたばたばたという足音に、そんなことをしている場合じゃないと我に返った。周りに立っていた護衛や侍女たちは、恐らくジルの魔法によってか例外なく倒れていて、意識はない。けど、こんなに大きな城に他に人がいないわけがないのだ。追いつかれる前に、逃げなきゃいけない。
 ここに来たときのあたしは気を失っていたから、この城の構造なんて分からない。適当に人の気配がしない方向に向かって走りながら、あたしはそっと唇を噛んだ。
 あたしは、一体何をしているのか。彼を助けると決めたのに、足を引っ張ってばかり。ジルは否定したけど、今だってそう。あたしがいなければ、彼はあんな脅しに屈しはしなかっただろう。
 ジルにアネモスを裏切らせたのは、あたしだ。離れてもなおあの国のことを考えて、あの国のために動いていた彼に。あの国王と王女はきっと、本気でジルにアネモスを攻撃させるつもりだろう。あたしやアネモスのことを出せば彼が逆らうことは出来ないと、奴らは気付いていたはず。
 ……ジルが、耐えられるはずがない。誰よりも優しくて、誰よりも強くて、けれど本当は誰よりも寂しがりで、臆病で、弱くて。そんな彼が、『自分が大好きな人たちを裏切る』という事実に耐えられるはずがないのだ。それなのに、あたしは。
「いたぞ!」
「っ」
 目の前に現れた数人の兵士に、あたしは足を止める。思わず背後を振り返るが、そもそも向こうから走ってきたのだ。ここまできて引き返すわけにもいかないだろう。
「捕らえろ!」
「絶対に逃がすな!」
「……させないわよ」
 苛立ち混じりに舌打ちし、走ってきた数人と対峙する。武器を持っているのは一人だけで、それも城内であるせいか剣ではなく小さなナイフだった。……ちょっと行き過ぎた不良か、あんたたちは。言ったところで、意味は伝わらないだろうけど。
 襲い掛かってきた一人をかわし、続いて向かってきた男の腹を思いっきり膝で蹴り上げる。男が蹲ったのを見もせず、落ちたナイフを拾って、もう一人に対して勢いよく突き出す。治癒魔法の使い手として、命まで奪うことは抵抗があった。即死するようなところは、なるべく避けるべきだろう。狙い通り肩に刺さったナイフを抜き、翻すように最初の男に切りつける。
 三人の動きが止まったところで、あたしは振り向き、再び駆け出した。長々と戦って他の奴らにも追いつかれる、なんて馬鹿なことはしていられない。とにかくこの城から出なければ。ジルから受け取った転移の魔法球はどこでも使えるが、ここは王の住まう城なのだ。侵入者に、そして逃亡者に対する罠は、幾重にも仕掛けられていることだろう。城内から転移したところで、追跡されて終わる可能性が高い。せめて城の敷地から出なければ。武器を手に入れられたのは幸運だったが、ナイフ一本でどこまで立ち回れるか。出来るだけ人と会わないように、と願いながら、道も分からないまま駆ける。
 ……彼は、こうなることを予想していたのだろうか。
「予想してなかったら、こんなもの渡してこないわね」
 服の上から魔法球に触れ、嘆息する。賢者と呼ばれる彼のことだ、その程度は容易かったはず。ということは、ジルはあの時点で既に自分だけが残ることを決めていたのだろう。だからあんなことを言った……変わらない、彼の行動。『自分』の優先順位が、とんでもなく低いのだ。自分を過小評価している……というわけでもないのだろうが、自分のことが嫌いなのはよく知っている。
「……駄目よ。そういうのは、後」
 ぎり、と歯を食いしばり、走ることに専念する。余計なことを考えている暇はない。上手く逃げ出せれば、その時間はいくらでもあるだろうから。
 背後から迫る足音は次第に増えていて、つまりそれはあたしにかかる追っ手がそれだけ増えているということなのだろう。目の前に現れる人影を、片っ端から切りつけて逃げることの繰り返し。所詮は浅い怪我なのだから、回復すれば追ってくるに決まっている。
 あたしは半ば飛び降りるように階段を駆け下り、二階まで来たところで思いっきり窓に体当たりしてぶち破った。勢いで外に躍り出て、よろめきつつも何とか着地する。……骨の一本や二本なら折れても構わないと思っていたけど、そうはならなかったことに安堵の息を吐く。
 視界の端に映った城門を見据える。かなり離れたところにあるそれは開け放たれていて、辿り着くことさえ出来れば……そして両脇に立つ衛兵さえ何とか出来れば、後は魔法球を使って逃げ出すことが出来るだろう。しかしやはり入口付近だからか、そこに至るまでの道にはかなりの人がいた。
 その中の数人があたしに気づき、武器を構えて向ってくる。あたしはぎゅっとナイフを握り、ただ城門だけを見て地を蹴った。
「どけっつってんのよ……っ!」
 同時に、向かってきた奴らを切り捨てるようにナイフを振り回す。……ああ駄目だ、人数が多すぎてキリがない。
 無力化することは考えない方が無難、か。とにかく城門に辿り着くことだけを考え、襲い来るいくつもの攻撃を必死に潜り抜ける。いくつかかわしきれずに掠ったものもあるが、その程度は気にしない。
「……っ!」
 あと少し、というところで、敵が投げたナイフが左の足首を掠る。思わずよろめいたところで、まるで追い打ちをかけるように、同じ足の太腿に矢が突き刺さった。
 足を止めて堪るか、と歯を食いしばる。大丈夫、この程度の痛みなら、耐えられる。柚希だった頃に味わったあの激痛に比べれば、大したことは無い。力の入らない足を無理やり動かし、速度を落とさずに駆け抜ける。
 そんなあたしを見て怖気づいたのか、城門の前に立ちはだかる衛兵たちが僅かに怯んだのが見えた。そんな彼らに対して僅かに唇を歪め、転移の魔法球を取り出す。そんな動作にすら彼らが怯えてくれることに感謝しつつ、あたしは門の外に向かってそれを叩きつけるように放り投げた。
 地面に当たって砕けたそれが、青く光る魔法陣に変わる。衛兵たちに向かってナイフを投げつけ、その間を縫って魔法陣に飛び込んだところで、タイミングよくそれが光を放った。



「……っは、ぁ」
 光が治まったことを感じ、疲れ切ったせいか既に重い瞼をこじ開ける。どうやら森の中のようで、辺りに何の気配もしないことに少しだけ安堵した。無理やりついてくる奴らもいそうだと一瞬思ったのだが、どうやらいなかったらしい。
「安心してる場合じゃない、わね……」
 飛び込んだ弾みで倒れていた体を、ゆっくりと起こす。右肩に走った鈍い痛みに視線を向けると、思いっきりナイフが突き刺さっていた。恐らく、転移した直前に投げつけられたのだろう。ご丁寧なことに毒まで塗ってあったらしく、傷口は毒々しい紫に変色していた。血を流しすぎたにしてもこんなにふらつくのはおかしい、と思っていたが、このせいか。
「……ぐろ」
 その惨状にぽつりと呟き、躊躇うことなくナイフを抜き取る。溢れる血を止めようと傷の近くを圧迫し、同時に魔法で解毒する。傷も治せたら良かったのだが、治癒魔法は制約が多い。自分より魔力の多い人間には治癒が効きにくいように、自分に対してはそれ以上に効き目が薄いのだ。殆ど効き目が無い、と言い換えても良いかもしれない。代わりに自然治癒力は常人に比べてかなり高いが、致命傷を追ったりすればアウトだ。
「誰か……人を、探さないと」
 肩を押さえたまま、あたしは立ち上がった。左足の二か所の傷がどくどくと脈を打つように痛んだが、そっちは無視。とにかく誰かに会えなければ、治療も出来やしない。
 ここがどこか、というのすら、あたしには分からないのだ。恐らくウィクトリアからは出ただろうが、ウィクトリアの属国の可能性は十分にある。あの国はここ数年で周りを次々と呑み込んで大きくなったのだ、属国も相当の数に上ったはず。
「……まさか、流石にそこまで情報が行き渡ってたりはしないわよね」
 よろよろと歩きながら、不意に浮かんだ恐ろしい考えを打ち消す。大丈夫、逃げ始めてどれほどの時間が経ったのかは分からないけど、流石に一日も二日も過ぎたわけではないだろう。そんな短時間で逃亡者の情報を属国中に流すなんて、ネットどころかテレビもラジオも無いこの世界じゃ不可能なはず。……ああそうか、前世だとそれくらい当たり前に出来てしまったのか。今考えると恐ろしいわ、あの世界。
 不意に、ぐらりと視界が傾いだ。駄目だ、と思うものの体は言うことを聴かず、その場に膝をつく。辛うじて倒れはしなかったが、立ち上がろうとしても足に力は入らず、視界もぶれてちかちかと白黒に瞬く。
 まずい、と思ったところで、目の前の……少し離れたところにある茂みの向こうから人の足音が聴こえた。向こうにもあたしが倒れた音が聴こえたのか、その気配は突然目の前で止まる。
「っ!」
 あたしは思わず息を呑み、体を硬くしてそっちを見つめた。人を探そうとしてはいたが、もし追っ手だったら。もしくは、猛獣やなんかだったら。今のあたしには抵抗はおろか、逃げることすら出来ないのに。
「誰かいるのか?」
 訝しむような、警戒するような男性の声。しかしそれに聞き覚えがあったあたしは、今度は別な意味で目を見開いた。
 聞き覚えがある、どころではない。何度も聴いたことのある声だ。ジルにとてもよく似た、けれど彼よりも低い声。
 それに縋るように、あたしは声を絞り出した。
「リオ様?」
「……まさか、リザか?」
 予想通り、現れたのは彼によく似た、灰藍の髪の青年だった。あたしの傷を見て目を見開く彼に、ジルのことを告げようと口を開く。けれど知り合いにあったことでずっと張り詰めていた何かが切れたのか、あたしは崩れ落ちるように倒れた。
「リザ!」
 叫ぶ声は当然、ジルのものではない。けれど視界に映ったのは、彼と同じ色の瞳。急速に沈んでいく意識の中で、ああやっぱり兄弟なんだ、と呑気なことを思った。
こんばんは、高良です。二日遅れの更新となります。……い、いいえ違うんですこれには文芸部の方の〆切とか睡魔と頭痛にやられてぶっ倒れていたとかそういう深いわけがごめんなさい。

さて、今回は終始リザ回でした。主人公出てないね。
前半は少しだけ前世の話。ちょうど慎が咲月探して見つけて濁流に呑まれていた辺りです。慎の死に関しては、柚希は本当に何も出来ませんでした。
そして後半はジルがリザを逃がした後のこと。どれほど傷を負ってもただ走り続け、何とかウィクトリアから脱出出来たリザ。しかし倒れてしまった彼女の元に現れたのは、リザもよく知るあの人でした。

では、また次回!
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