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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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第三話 辿り着いた針の筵

 体を苛む激痛に、ああこれは夢かと気付いた。
 ……珍しい。普段ならそんなことは知らずに耐えて、耐えきれずに声を上げて、喉が嗄れても叫び続けて、やがて何も分からなくなって、そうして命が尽きたところでようやく目が覚めて、それが夢であった事実に気づくのに。見ているのが過去の出来事だと気付く、そんな残酷なことは滅多に無かった。
 そう、残酷なこと。『柚希』が死ぬまで拷問が終わらないと、分かってしまっているのだから。
 不思議なことに叫んでいる『柚希』とこうして冷静に考えている『リザ』は別物で、それなのに痛みだけは狂いそうなほどにはっきりと伝わってきた。十年以上この夢を見続けてきたのだから、痛みに対する耐性はかなりある。それでも、四肢を捻じ切られる痛みは、我慢などという範疇を超えていて――
「っ!」
 いつも通りに、そこで目が覚めた。勢いよく起き上がって、息を整える。普段よりずっと早い鼓動、それが止まっていないことに安堵したところで、聞き慣れた声が聴こえた。
「リザ? 良かった、目が覚めたんだね」
 窓際に立つ青年に視線を向ける。彼は浮かべていた微笑を僅かに強め、あたしの傍まで歩いてきた。
「うなされていたみたいだけど、大丈夫? 起こせば良かったかな」
「平気よ。いつものことだから。あんただってよく知ってるでしょ」
「そう」
 あたしの答えに、ジルは心配そうに目を細める。躊躇いがちに口を開き、けれど彼は何も言わずに小さく首を横に振った。
 ……ああ、また。そうやってあたしのことばかり気遣って、自分を苦しめるのか。前世むかしの夢を見たのかと、どうして死んだのかと、あたしに訊けばいいのに。あたしがそれを思い出したらとか、そんなことは気にせずに訊ねてしまえば、そうやってジルだけが心を痛めることも無いのに。
 そんな苦い思いを一旦心の奥に押しやり、あたしは部屋の中を見渡す。見慣れない白い部屋。ベッドと呼ぶには少し簡素な寝台が並ぶ様は、病室や保健室なんかを連想する。どうしてこんな場所に寝ていたのかと少し考え込むと、徐々に記憶がはっきりしてきた。
 ああ、そうだ……倒れたのだ。あろうことか、敵と戦っているその最中に。理由は、何となく分かっている。ジルに拒絶されて、揺らぎに揺らいだ心が限界を迎えた、それだけの話だろう。だけど、よりによってあの時力尽きるなんて。
 ここがどこだかは分からないけど、さっき……あたしの方を見る前の一瞬だけ、珍しく険しい顔をしたジルが見えた。つまり今の状況は、あたしたちにとってあまり良くはないのだろう。その原因は、恐らく。
「……ごめん、ジル。あたしのせいね」
「リザ?」
「まだ言わないって、決めてたのに……あんたに気を遣わせて、それだけじゃなく自分まで勝手にショック受けて、そのせいであんな幻覚を怖がって。迷惑かけてばっかりじゃない」
 かけられていた薄い布団を握りしめ、俯く。一滴だけ涙の伝った頬に、そっと何かが触れた。
 顔を上げればそれはジルの手で、僅かに微笑む彼をあたしは呆然と見つめる。
「君が泣いているところを見るのは、初めてだね」
「……あんたの前以外じゃ泣かないって、決めたから」
「そう」
 ジルは優しく頷き、あたしの涙を拭う。そのままあたしを見つめ、彼は少しだけ目を細めた。
「君は悪くないよ、リザ。君が優しいのは知っているけれど、自分を責めちゃ駄目だ」
「でも」
「リザは、そうやって自分を責めるのは嫌いだと思っていたんだけどな」
「……っ」
 それを言われてしまえば何も返せず、あたしは唇を噛んで黙り込む。そんなあたしに、彼はなおも微笑した。……どこか痛々しい、今にも壊れそうな笑顔。
「そうだ、今のうちに渡しておこうと思ったんだ。リザが持っていて」
 ジルの髪や瞳と同じ、深い藍色の小さな球。掌で包めてしまうほどの大きさのそれを見て、あたしは眉を顰めた。
「これ……転移の魔法?」
「うん。その大きさじゃ恐らく一度しか使えないし、行く場所も選べない。その程度の魔力しか込められなかった。けど、きっとここにいるよりはマシなはずだ」
 ここにいるよりはマシ。それは一体どういうことか。ジルは、ここがどこなのか知っているのか。そう訊ねようとしたあたしの唇に、彼はそっと指を当てる。
「ここがどこかは、すぐに分かるよ。僕たちがとてもまずい状況に置かれていることも。……大丈夫。君のことは、何があっても護るから」
「ジル!? 何を――」
 思わず目を見開いたあたしを遮って、彼はどこか困ったように苦笑した。
「ごめんね、リザ」
 何のことか、と訊ねる前に、ノックの音が響く。答えを返す前に扉は開かれ、侍女らしき人間が一人、恐ろしいほどの無表情であたしたちを見た。
「お目覚めでしたらこちらへ。貴方がたを助けたお方がお呼びです。ついてきてくださいますね」
「ええ、もちろん。立てる? リザ」
「……大丈夫よ」
 ぎこちなく頷き、寝台を降りて立ち上がる。
 ごめんね、と謝った彼の言葉が、頭の中で繰り返される。ついていってはいけないと鳴り響く警鐘に、けれど従うことは出来なかった。

 ◆◇◆

 僕とリザが連れてこられたのは、豪華な城の中でも特に凝った装飾のなされた、俗に謁見の間と呼ばれるような広い部屋だった。
 案内してきた侍女に無言で促されて部屋に入ると、正面の椅子に座る初老の男性がニヤリと唇を歪める。その隣には、僕たちを助けた黒髪の女性が、楽しそうな笑顔で立っていた。どちらにも気付かないふりをして、僕は二人の傍に歩み寄る。……部屋の両脇には、数人の兵士が控えていた。少ないのではと疑問も抱くけれど、この部屋に入ることを許される程度となれば相当の実力の持ち主だろう。
 男性から少し離れたところで、警戒を隠そうともしないリザを背に隠すようにして立ち止まる。そうして僕と目が合うと、目の前の男性はようやく口を開いた。
「大きな怪我が無くて安心したぞ、風の国の賢者よ」
「貴方が僕のことを心配してくださるとは思いませんでしたよ。……ウィクトリア国王陛下」
「っ!」
 笑みと共に放った僕の言葉に、隣のリザが目を見開く。対し、目の前の男性は面白そうに喉を鳴らした。
「アネモスが独占していたが、本来この世界の宝とも言うべき人間だ。心配しない道理はあるまい」
「それは光栄ですね」
 にっこりと微笑み、僕は僅かに目を細める。国王の傍らに立つ女性に視線を向けると、彼女は踊るような足取りで僕に近寄り、抱き着くように僕の頬に触れる。
「貴方が無事で安心しましたわ、賢者様。間に合って良かった」
「……ええ、助けて頂いてありがとうございます。王女殿下」
 そっと彼女を引き離し、僕は再び国王を見る。
「名乗るのが遅れて申し訳ありません、陛下。ジル=エヴラールと申します。助けてくださったことは、感謝しております。……ですが、貴方がたが僕たちの国に何をしたか、忘れたとは言わせません」
「はて、何かしたかな」
 とぼけるように笑みを強める国王に、僕もまた微笑を向けた。
 ……指示をしたのが彼なのは、疑いようが無いだろう。クレア様を利用してハーロルト様を殺そうとして、それが出来ないと分かればクレア様を殺そうとした。僕の父を、殺した。ウィクトリアとアネモスが今にも戦争を始めそうなほど危うい関係であることは、他国にも知れ渡っている事実なのだ。
 だからこそ、いつまでもこの国にいるわけにはいかない。
「そのことについては、今は問いません。ですが、僕たちは本来ここにいてはいけない人間のはずです。ですから――」
「あら、賢者様は恩を仇で返すような人間だったのかしら」
 僕の言葉を遮るように響いたのは、ぞくりと悪寒の走るような、冷たい声だった。その声の主である王女に視線を向けると、彼女はにっこりと笑みを浮かべる。
「一目惚れ、という言葉をご存知かしら? それにあの『風の国の賢者』様ですもの、手放すのは惜しいですわ、お父様」
「ふむ、それもそうか」
 考え込む国王に笑みを返し、彼女は頷く。
「貴方を助けたのは、この私なのよ? 感謝しているというのなら、私たちの側についてはくださらないのかしら」
「……僕に、アネモスを裏切れと?」
「そういうことになりますわね」
 ぐっ、と拳に込めた力に気づいたのか、リザが何か言いたげに僕を見る。そんな彼女に微笑し、僕は王女を真っ直ぐ見つめ返した。
「申し訳ありませんが、殿下。お断りします。それだけは、出来ません」
「……そう。それなら、仕方ありませんわね」
 僕の答えに、王女は薄く笑う。やけにあっさりしているな、と疑問に思ったのは一瞬だけ。彼女が指を鳴らすと同時、両脇に控えていた兵士のうち二人が、リザの喉元に武器を突きつけた。
「っ!」
「リザ!」
 硬直するリザを見て、思わず叫ぶ。そんな僕に、王女は再び楽しそうな笑顔を向けてきた。
「もう一度お願いしますわ、賢者様。ウィクトリア側についてください。……その少女を、大切だと思うならば」
「っの……卑怯者! 駄目よジル、アネモスを裏切っちゃ駄目!」
「貴女には訊いていませんわ。さぁ賢者様、答えを」
 動けば刃が突き刺さる、そんな状態でなお駄目だと繰り返すリザ。その声も、最早耳に届いてはいなかった。
 僕なんて、どうなっても良いのだ。それで大切な人たちを護れるのなら、この身なんていくらでも差し出してみせる――加波慎が、そうやって死んでいったように。
 諦め混じりに嘆息し、王女の紅の瞳を見つめて、僕はそっと頷いた。
「貴方たちに、従いましょう。……リザの安全を、約束してくださるなら。それだけではありません、例えアネモスと戦争になっても王族の命は奪わないと、そう誓ってくださるなら」
「ジルっ!」
 戦争で負けた国の王族ともなれば、普通は処刑されるもの。だからこそ付け足したその言葉に、王女は考え込むような表情を浮かべる。しかし彼女が口を開くよりも前に、国王が薄い笑みと共に頷いた。
「良かろう。それで賢者が手に入るのならば、安いものだ」
「では、決定ね。連れて行きなさい。賢者様を繋ぎとめるための、大事な人質ですもの」
 楽しそうに目を細め、王女が兵士たちに命ずる。リザに刃を突きつけていた二人が武器を下ろし、彼女の腕を掴んだ。
 ……今しか、無いだろう。
「なっ!」
「きゃっ」
 そのままリザを取り押さえようとした兵士に思いっきり体当たりし、地面に転がりそうになるのを堪えて、小さく声を上げたリザを抱き締める。片手で魔法陣を描きながら、僕はそっと囁いた。
「耳を塞いでいて、リザ」
「耳?」
 戸惑いつつも彼女が言う通りにしたのを見て、呪文を唱えて魔法を起動させる。超音波に近い音を放つだけの、単純な魔法、僕たち以外が耳を塞いで蹲ったのを確認して、僕は彼女の手を引いて王座から離れた。
「捕らえなさい!」
 響くのは王女の声。……やはり。彼女が魔法に精通しているのは、一目見ればすぐに分かった。その予感が、確信に変わる。魔力が高ければ高いほど、魔法に対する耐性も高くなる。王女が真っ先に回復するのも当然だろう。
 煙幕に似た効果の魔法を使い、視界を眩ませる。部屋の入口まで来たところで、僕はリザに囁いた。
「逃げて、リザ。何とか逃げきって、アネモスの人たちに――」
 言いかけた言葉を呑みこむ。かの国を裏切ろうとしている僕が、一体何を伝えろと言うのか。軽く首を振り、僕は再び微笑んだ。
「いや、何でもない。とにかく逃げて。大丈夫、連絡手段が無いわけじゃないのは君だって知っているだろう? 何とか機会を見つけて、連絡するから」
「ジルは――」
 心配そうに僕を見るリザから目を逸らし、とん、と彼女を突き飛ばす。彼女も動揺しているのか簡単によろめき、開け放たれた扉から部屋の外に出る。それを確認して、僕は扉に手をかけた。
「大丈夫。僕は、大丈夫だから。心配しないで」
「ジルっ!」
 叫ぶリザを無視して、勢いよく扉を閉める。廊下にいる人間を魔法で眠らせたけれど、今の一瞬では視界に入った範囲にしか魔法は効かなかっただろう。同時に扉が開かないようにする魔法もかけたけれど、僕の魔法が届いていない範囲からは、彼女が一人で兵士たちと戦わなければいけない。彼女が不安定なことは、僕が一番よく分かっている。……無事に、逃げ切ってくれれば良いけれど。
 そこまで考えたところで、突然強い衝撃に襲われる。気付けば僕は回復した兵士たちによって地面に組み伏せられていて、無理やり上げらせられた顔の目の前には笑みを浮かべた王女がいた。
「やってくれましたわね? どうせすぐに追っ手がかかるわ、あんな幼い子供に逃げ切れるわけがありませんのに。そうそう、貴方まで逃げられるとは思わないことね。人質があの少女では足りないというのなら……そうですわね。貴方が言うことを聴かなければ、私たちはアネモスを攻め滅ぼしますわ」
「ええ、分かっていますよ。王女殿下」
 どこか冷たいその瞳に、僕は微笑を返す。
 アネモスを護るために、アネモスと戦うための知恵を貸す。その矛盾に気づいてはいたけれど、それ以外の方法など見当たらなかった。見れば国王は満足気に笑っていて、こちらは完璧に最初から僕だけが目的だったのだろうと嘆息する。
 ……僅かに浮かんだ強い諦めを、必死で覆い隠した。
こんばんは、高良です。

ジルとリザを助けた謎の女性の正体。それは、彼らにとって決して良くはないものでした。
珍しく自分を責め、涙まで見せたリザ。ジルもかなり精神的に参っているはずですが、そんな彼らに敵国の王は容赦のない提案をしました。
危険を冒してリザだけを逃がそうとしたジルですが……

では、また次回。
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