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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第三部

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第二話 招かれざる訪問者たち

 不意に感じた妙な気配に、あたしは目を覚ました。辺りはまだ暗く、眠りに落ちてからそれほど時間が経っていないことが窺い知れる。少し離れたところで、夜空の瞳の青年がこちらに気づき、僅かに微笑んだ。
「ごめん、起こしたかな?」
「……違うわ、何か変な感じがしたから」
 昨日、かどうか分からないが寝る前のやり取りを思い出し、僅かにぎこちない口調で返す。ジルはいつも通りの……さっきのことなんかまるで覚えていないような口調で、それが少しだけ腹立たしかった。
「そう、僕と同じか。魔力みたいだけど、これは――っ」
 ジルが首を傾げたところで、唐突に辺りに満ちる異様な気配の質が変わる。例えるなら、今まで静かにじっとしていたものが、突然暴れ出したように。
 驚いたような表情は一瞬で、ジルはすぐさま警戒の色を浮かべ、辺りに視線を走らせた。彼が何かに気づいたようにこっちを振り返るのと同時に、頭上の月や星が一斉に消えた。
「っ!」
 息を呑みはするが、動きはせずじっとその場に留まる。……夜空が消えたのではなく、周囲が夜闇よりも一段階暗い闇に覆われた、と考えるべきだろうか。自分の姿すら見えない空間は、起きる直前まで見ていた夢と相まって、なかなか精神的にきついものがあった。
「リザ? 大丈夫?」
 姿こそ見えないものの、隣から聴こえる声は聴き慣れた青年のものである。あたしは僅かに頷き、それが彼には見えないことを思い出して口を開いた。
「ええ。これ、幻覚ね」
「そうみたいだね。動かないでいればそのうち消えると思うけど、消えるまでにどれくらい……っ!」
 ジルの言葉が途中で途切れる。その理由は、あたしにもすぐに分かった。真っ暗だった視界が、突然真っ赤に染まったのだから。
 明るくなったことで隣にいたジルの姿が見えるようにはなったが、それでも目に痛いその色にあたしは顔を顰める。
「良かった。怪我は?」
 彼もまたあたしの姿に気づき、安心したような微笑と共に訊ねてくる。それに対して首を横に振りはするものの、何かを言う暇もなく、幻覚は次々とその色を変えていった。原色から虹のように移り変わり、やがてそれはもやもやと何かを形作る。
 そして、不意にそれは明確な形を取った。
「これは……針?」
 幻覚とは思えない輝きを放つ、無数の小さな針。それを見て、ジルが訝しげに眉を顰める。
 ――ああ、それはあたしにとってはまさしく追い打ちだった。ジルとのやりとりで揺らいだ心が見せてきた悪夢は普段の何倍も鮮明で、目覚めてからそれほど時間が経っていないのだから、まだそれは脳裏に焼き付いているに決まっている。それを小さく鋭い銀色の光が、再び呼び起こしてしまったのだ。
 針は、凶器だ。こんなにたくさんある必要もない、たった一本でも十分すぎるほどに恐ろしい、紛れもない凶器なのだ。
 大丈夫。『柚希』は耐えた、耐えられた。慎以外の前で泣くわけにはいかなかったから、どんなに痛くても苦しくても辛くても、耐えようとした。
 それなのに……普段なら、この程度で動揺なんかしないのに。前世むかし今世いまの境界が揺らぐ。柚希がかつて味わった痛みが、リザに取っては夢の中の、過去のものだったはずの耐えがたい苦痛が、鮮やかに蘇った。
 嫌、怖い。針は怖い。痛い。もう痛いのは嫌だ。あんな死に方をしても、まだ足りないというのか。もう解放されたと、今度こそと、そう思ったのに。
「…………ひっ」
 ぴくり、と僅かに動いた針が、光を反射して一斉に煌めく。
 押し殺そうとした悲鳴が、僅かに漏れた。

 ◆◇◆

「リザ?」
 突然小さく悲鳴を上げて蹲った彼女を見下ろし、慌ててその傍に膝をつく。指先が真っ白になるほど強く体を抱いて、同じように蒼白な顔に怯えるような表情を浮かべて、けれど見開かれた目は無数に浮かぶ針を見つめていた。そんな彼女の姿を見るのは初めてで、僕は恐る恐るリザの背に手を添える。触れた瞬間、リザは僅かに体を震わせたが、僕の手を拒否することは無かった。
「リザ。大丈夫、あれは幻覚だよ。襲って来たりしない。大丈夫だから」
 小刻みに震える彼女を落ち着かせようと、そっと背をさすりながら声をかける。何があったのか、とは訊けなかった。恐らく柚希の最期に関連することだろうと予想はつくけれど、彼女をここまで怯えさせるようなことだったのか。
 ……いや、例えそうだとしても、普段の彼女ならここまで怯えはしないだろう。リザだって前世のことは毎晩夢に見ているはず。これはきっと、僕のせいなのだろう。
「ち、が……違うのジル、平気、何でもないからっ」
 怯えた表情のまま首を振るリザに、僕は嘆息した。
「何でもないわけ――っ!」
 背後から迫る気配に気づき、リザを押し倒すようにして覆い被さる。次の瞬間、頭上を何かが勢いよく通り過ぎた。同時に、今まで辺りに広がっていた幻覚が霧散するように消える。
 戻ってきた夜闇に紛れるように、僕たちを黒い人影が囲んでいた。少なくとも二十……いや、三十人はいるか。僕もリザも、複数相手だろうと負けることは無い。けれどこの人数に一斉にかかって来られれば、流石に厳しいだろう。これだけの人数の接近に、僕たちが気付かないわけがない。そう思ったけれど、感覚を乱す方法なんていくらでもあるのだ。たった今、敵がしたように。
「今までの幻はこのためか……リザ、立てる?」
「……平気よ」
 訊ねると少女は頷き、差し出した僕の手を取って立ち上がる。その表情は普段通りに戻っているように見えるけれど僅かに強張っていて、まだ顔色が悪いのは辺りが暗くてもよく分かった。だからこそ、僕はさっさと片付けてしまおうと右手を持ち上げる。
 そこで、違和感に気づいた。辺りに満ちるこれは、さっきまで幻覚系の魔力だったはず。それがいつの間にか、別なものに変わっている。その予感が外れていることを願いながら、呪文となる古語を呟く。同時に描いた魔法陣は、しかし普段の半分にも満たないほど弱々しい光を放った。
「っ……」
 やはり。魔法を使いにくくする、結界のような……いや、どちらかというと近いのはガスや霧だろうか。幻覚と同時に展開していたのか、それはこの辺りを包み込んでいた。幸い僕も魔力はかなり高い方であるため、全く魔法を使えないわけではない。それでも、威力が弱まるのは避けられなかった。
 僕は唇を噛み、再び魔法陣を描こうと構える。
「ジル!」
 しかし次の瞬間、切羽詰まったようなリザの叫び声。気付けば敵のうちの一人が、すぐ傍に近づいてきていた。目の前に迫っていた刃を慌ててかわし、反動で地面を転がる。再び襲ってきた剣に当たらないよう頭を下げ、低い姿勢から敵の手元を蹴りつける。取り落とされた剣を拾い上げようとするが、それを悟った別の敵が剣を踏んだ。
 一瞬だけ出来た隙を好機と見たのか、ふっと背後に人の気配が現れる。殆ど条件反射のように後ろに思いきり肘を突き出し、僕は同時に振り返った。咄嗟に魔法陣を描き、相手を眠らせる言葉を唱える。
 普段ならこれで全員眠らせることも出来たかもしれないけれど、妨害されている今はそうもいかない。倒れたのは目の前にいた二人だけで、むしろ他の敵を煽ってしまうことになった。
 ……人を眠らせる魔法は簡単な部類に入るにも関わらず、思ったより魔力の消費が激しい。僕に魔力を使わせまいとしているのは、かなり優秀な魔法の使い手なのか。一人ずつ無力化していくしかないと思っていたのだが、さっさと片付けなければいけないだろう。
 ふと、少し離れたところで戦うリザが視界に映る。僕と同じように一人ずつ倒していたけれど、一目見ただけで劣勢なのが分かった。当然だろう、いくら前世の記憶があっても、どれだけ彼女自身の戦闘力が高くても、リザはまだ十二歳の少女なのだ。顔こそ隠されているけれど、敵が殆ど男なのは見れば分かった。……体格も、力も、違いすぎる。ただでさえ、今の彼女は本調子ではないというのに。
 そんな心配どおり、剣をかわした彼女の体が、不意にぐらりと傾いだ。
「っ!」
 考える間もなく、体が動いていた。言うことを聴かない魔力を無理やり込めて勢いよく地を蹴り、彼女に襲い掛かろうとしていた数人の敵に体当たりして全て突き飛ばす。もちろん僕も彼らと共に地面に転がる羽目になったけれど、それでも敵より僅かに回復は早い。僕はすぐさまリザに駆け寄り、倒れた彼女を抱き起こした。
「リザ?」
 声をかけるものの、どうやら意識が無い彼女からの返事はない。大きな怪我こそ追っていなかったが、それでも攻撃全てを避けきることは出来なかったのか、リザの手足には剣で切られたのであろう無数の傷があった。
 僕は僅かに眉を顰め、そのまま僕らを取り囲む男たちを見据える。今ので咄嗟に魔力を使ってしまったから、最早この空間の中で再び魔法を使うだけの力は残っていない。それが攻撃や防御など到底出来ないような、弱々しい魔法だったとしても。
「それでも……君は、護るから」
 じりじりと近づいてくる敵から目を離さないまま、腕の中の少女にそっと呟く。リザもまた、大切な人間であることに変わりはないのだから。……だけど、どうすればいい? もう魔法は使えない。いくらなんでも、この人数を相手に一人で戦うのは、無謀に過ぎるというものだ。
 僕が迷ったのを察したのか、敵のうちの何人かが一斉に切りかかってくる。避けようにも、四方から同時に攻撃されては避けようがない。リザを傷つけさせるわけにはいかない、と彼女を抱く腕に力を込める。目の前に迫る、いくつもの刃。……今度こそ、と胸をよぎる僅かな期待。
「ぎゃあああああああああっ!」
「……え?」
 けれど痛みは訪れず、代わりに聴こえた悲鳴に僕は顔を上げた。続いて、目の前にあったものに目を見開く。
 僕たちに襲い掛かろうとしていた数人、彼らの腕が例外なく地に転がっていた。同じ数の剣が落ちているから、剣を持っていた方の手だろうか。他の敵も突然の出来事に混乱しているようで、当然その意識は僕たちから逸れていた。
 ――ぞくり、と背中に感じた悪寒に振り返る。少し離れたところに、一人の女性が立っていた。波打つ黒い長髪、血のように赤い瞳。身に纏う高級そうなドレスもまた深紅で、後ろにたくさんの武装した人間を率いていることからも、彼女がかなり高い身分の人間であることが分かる。
 僕と目が合うと、彼女はその赤い唇を艶やかに緩ませた。
「すぐに終わりますわ。少しだけ、眠っていてくださいませ」
 同時に描かれる魔法陣。それは見慣れた、僕もさっき使ったもの。しかしそれが普通に強い光を放つのを見て、僕は目を見開く。
「……どうして、魔法が」
 妨害されているはずの魔法を、何故容易く使えるのか。その疑問もまとめて一緒に、暗闇に沈んでいく。
 無理やり一瞬だけこじ開けた瞳には、欲しかった玩具を手に入れた子供のような、獲物を捕らえた猛獣のような、そんな笑顔が焼き付いていた。
こんばんは、高良です。……ぎ、ギリギリセーフ。

ようやく垣間見えたリザの過去。他のメンバーより酷い、彼女が話そうとしない『柚希』の人生の終焉。それは、あのリザを今も怯えさせるほどに悲惨なものだったようです。
ピンチに陥った二人の前に現れた、謎の女性。二人を助けたのであろう彼女ですが、ジルが感じたのは……?

では、また次回。
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