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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第二部

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第二話 彼女と出会った日のこと

 智の国、と呼ばれる国がある。僕がアネモスを出て最初にしたことは、その国に渡って本格的に魔法を学ぶことだった。
「……っていうと、簡単に聴こえるんだけどね」
 周りに聴こえないように呟き、僕は僅かに苦笑を浮かべる。
 またの名を『魔導書グリモワール』。世界中から様々な書物が集まったその国は、正式には国という形ではない。国をまとめる者も無く、ただ知識を求める学者や研究者が大勢集まっているため国と呼ばれているだけの、知識に支配された地域。そこが魔法研究に対しても優れていることは、アネモスにいたときから知っていた。自分の知的好奇心が最優先の人間の集まりでもあるため、学びたいものがあれば全て独学で身に着けなければいけないことも。
 もっとも、独りで学ぶことには慣れていたから、他の人間ほど苦労したわけでもないのだけど。
 賢者と呼ばれるほどの知識ゆえか、転生したせいか、それとも何かほかに原因があるのかは分からないけれど、僕の魔力は通常よりずっと高く、ありがたいことに魔法の才能の方にも恵まれているらしかった。そのためある程度の扱いは身につけ……旅を再開したのが、今から三ヶ月ほど前のこと。
 そして今いるこの国の名は、メルカートリア。商人と職人の国と呼ばれる、長い歴史を持たないにも関わらず大国アネモスにも劣らない規模と少々特殊な権力を誇る大国である。人混みを縫うように歩きながら、僕はそっと溜息を吐いた。
 ……夏の二の月にこの人混みは、正直に言ってしまうと辛い。というか、暑い。日本の夏と同じくらいの暑さではあるけれど、比較的過ごしやすい気候のアネモスで十七年も過ごした後にこれはなかなかきついものがある。
 昼間にここに来たのが間違いだったか、と苦笑し、一度宿に戻ろうと決める。
 その時、視界に鮮やかな紅が飛び込んできた。
「――っ!」
 そちらに視線を向けた途端、息が止まる。
 そこにいたのは、まだ十歳かそこらであろう、恐ろしいほどに整った顔立ちの少女だった。さっき視界に映ったのは、後頭部でまとめられた癖の無い紅髪か。周りと同じように何かを売っているらしい彼女は前に立つ客と話をしているらしく、ここからは表情を伺うことは出来ない。
 けれどその横顔に、もう一つの顔が重なる。『ジル』として生まれてから、見るのは三度目となる現象。
 かつて、『慎』だった頃によく一緒にいた、金髪の少女。何でも出来るくせに不器用で強がりな、大切な友人。加波慎が弱音を吐くことの出来た、数少ない相手。同時に浮かんでくるのは、クレア様やハーロルト様のときにも感じた疑問だった。何故彼女がここに、この世界にいるのか。転生してきたということは、かつての彼女は――
 いつの間にか自分が立ち止まって彼女を見つめていたことに気づき、僕は苦笑混じりに嘆息した。それを気にしたところで、本人に訊くわけにはいかないというのに。彼女に前世まえの記憶があるとは限らない。どころか、無い可能性の方がずっと大きい。前世の記憶が無いのなら、彼女もまたこの世界の人間として、今は違う人生を生きているのだから。
 クレア様に出会ったとき、そしてハーロルト様に出会ったとき、幾度も繰り返した言葉を再び思い出す。干渉しないこと。前世の記憶を呼び起こさないこと。それが、互いにとって最善。たとえかつての知り合いであろうと、今は偶然擦れ違っただけの他人なのだから。
 彼女に背を向け、宿に戻るため歩き出す。しかし、少し歩いたところで僕は再び立ち止まることになった。
 不意に背後から聴こえてきた怒号、ざわめき。振り返ると、彼女が座っている場所からそう遠くないところで、同じように店を出していた男性を柄の悪い男たちが囲んでいた。揉め事か、とぼんやりと見ているうちにそれはエスカレートし、やがて男たちの一人が突然男性の胸元を掴む。
 流石に目の前で人が殴られるところを見たくはない。僕は止めようと彼らに駆け寄るが、それよりも先に動いた小さな影があった。
「近くで騒がれると迷惑なのよ、営業妨害は止めてくれる? いい年して、恥ずかしいと思わないのかしら」
「あぁん? ガキは引っ込んでな」
 近くまで来たせいか、会話の内容も、彼らの表情もよく分かる。男性から手を離し、紅髪の少女を睨む男。しかし彼女は怯えることなく、それどころか余裕そうな笑顔で男を見上げた。
「少しは自分の心配でもしたらどう? あんたたち、今からそのガキに負けるんだから」
「……舐めた口ききやがって」
 最初の獲物だった男性からはすっかり興味を失くしたように、男たちは怒りの形相で少女を取り囲む。
「後で泣いて謝っても聞かねえぞ、このクソガキ!」
「大人に逆らうとどういう目に遭うか、教えてやろうじゃねーか!」
 男たちの一人が、突然少女に殴りかかる。しかし少女は動じることなく、鮮やかにそれを避けた。
「まったく……最近多いわね、こういう輩。騎士団は何やってるのよ」
 呆れたように嘆息し、少女は自らを囲む男たちを一瞥する。そこから先は、あっという間だった。
 体格差、年齢差、力の差。あらゆる不利を全く感じさせず、瞬く間に男たちが地に伏す。その鮮やかな捌き方は彼女が喧嘩慣れしていることを感じさせて、同時にそれは僕に強い疑問を抱かせた。
 ……だって、あれは。かつて、僕が慎だった頃にも見たことがあったはず。その外見のせいかやたらと絡まれることの多かった、それゆえに喧嘩も強かったあの子の戦い方と、酷似していたのだから。
 もし、そうだとしたら。彼女は、全てを――もしくは一部を、覚えていることになる。
 迷う僕の視界に、不意に小さく煌めく何かが映った。少女の首元で揺れる首飾り。丸い枠組みに小さなパーツの飾られたそれは、記憶にあるものとよく似ていた。
 それは、幼馴染だった少女と金髪の少女を引き合わせたときのこと。幼馴染が直してほしいと差し出し、彼女が受け取ったもの。異世界であるせいか細部は異なるけれど、似せて作ったのは明らかである。それに気づいた瞬間、僕は彼女に近づいていた。まるで、過去に引き寄せられるように。そんな僕に気づき、少女は訝しげに僕を見る。
 さっきの出来事のせいか、辺りに人は少なくなっていた。もっとも恐らくそれは一時的なことで、しばらくすればまたたくさんの人がやってくるだろう。
 その前に、と僕は彼女の片腕を掴む。驚いて見上げてくる少女に対し、僕は口を開いた。そうして、一言だけ投げかける。
 ――ようやく見つけた希望に、縋るように。
「柚希」
 呟くような僕の言葉に、少女はハッと目を見開いた。何でそれを、と呟き、彼女は僕を凝視する。しばらくして、信じられないように訊き返してきた。
「………………慎?」
 その言葉に、僕は僅かに微笑を浮かべた。
 ……ようやく見つけた本当の意味での理解者に、泣き出しそうになるのを堪えながら。
こんばんは、高良です。
ストック尽きてて更新が辛いんですがこの辺りはどうしても早く出したかったんだ……。

というわけで、時系列は半年ほど戻り、ジルリザの出会い。または慎と柚希の再会。
慎が生きていた頃、柚希は彼にとって数少ない――というか唯一弱音を吐ける相手でした。そして柚希にとっても、慎は特別な相手だったのですが……?

では、また次回。
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