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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第一部

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番外編・三 歪んだ関係

「……寒っ」
 城から少し離れた位置にある書庫。本を何冊か抱えてそこから出たところで、通り過ぎた冷たい風に僕は身を震わせた。もう秋の三の月も終わろうとしているのか、と実感。あと一週間ほどか。
「そっか……あと一ヶ月もすれば、一年か」
 書庫の扉の前で立ち止まったまま、吐いた息はまだ白くはない。けれど体に当たる風に、何か羽織ってくれば良かったかと少しだけ後悔する。……いや、荷物もあるし、歩いていれば温かくなるかな。
 早く城の中に入ろう、と少し急ぎ足で歩きながら、頭の中では別のことを考える。
 賢者が国を去ってから、一年が経とうとしていた。先生は僕たちの教育係という仕事以外にも色々としていることがあったようで、最初の頃は城内も慌ただしかったし、彼がいなくなったことを寂しがる人間もかなり多かった。けれど今ではそれも落ち着いてきて、僕たちも先生がいない生活に慣れつつある。……ごく一部の例外を除いては。
「っ、わ」
 考え事をしながら歩いていたせいか、角を曲がってきた影に気付けなかった。伝わる衝撃に、転びこそしないものの数歩後ずさる。抱えていた本が、音を立てて床に散らばった。
「申し訳ございませんシリル様、お怪我は?」
「リオネル?」
 本を拾い上げながら見上げると、金粒の散る濃藍の瞳と目が合った。僕は僅かに笑みを浮かべ、拾った本を抱え直して立ち上がる。
「僕は大丈夫。リオネルこそ、怪我はない?」
「お言葉ですが、十四歳の子供にぶつかられた程度で怪我をするような鍛え方はしておりませんので」
 肩を竦めるリオネルに対し、僕はそれもそうかと頷く。するとリオネルは少し目を細め、言葉を付け足した。
「それに、シリル様は少し痩せられたようですから」
「え?」
「いえ、どちらかと言うと『やつれた』と言うのでしょうね。ご自分では気づかれませんでしたか」
 リオネルの言葉に、少しだけ考え込む。……自覚してはいなかったものの、心当たりはあった。最近勉強ばかりしすぎて、先生がいた頃は勉強の無い日に通っていた騎士たちの訓練場にも、滅多に足を運ばなくなっていたから。
「……やっぱり、勉強ばかりは良くない、かな?」
 顔見知りの騎士に言われた言葉を思い出し、嘆息する。そんな僕を見て、彼は僅かに苦笑を浮かべた。
「いずれ仕えることになる王が賢くなって下さるのは、我々としては嬉しいのですが……やはり、ご自分の身を守れる程度には強くなって頂きたい、と言う意見もあるでしょうね」
「リオネルは、そうは思わないんだ」
「ええ」
 不思議に思って訊ねると、彼は当然のように首肯。
「その必要が無いよう手を回すのは我々の仕事で、貴方を守るのは騎士たちの仕事です」
「そっか」
 微笑んだところで、彼は「そうは言っても」と言葉を付け足す。
「いつか貴方に心から守りたいと思える女性ひとが出来たとき、護れなくて悔しい思いをするのはシリル様かもしれませんが」
「……意地悪だよねリオネル、先生みたい」
「お忘れのようですが、ジルは俺の弟ですよ」
 顔を顰める僕に対し、リオネルは少し誇らしげな笑顔を浮かべる。
 ――軽い仕返しのつもりで、その言葉は意図せず零れ落ちた。
「リオネルは、いないの?」
「俺、ですか?」
 僅かに目を見開く彼に、僕は首肯を返す。
「そう。君には、いないの? 心から守りたい、って思える女性ひと……恋人、とか。あ、でもリオネルは公爵家を継ぐんだし、婚約者とかいるのかな? その辺り、聴いたことないよね」
「……いいえ」
 僕の問いに、彼はゆっくりと首を振る。……僅かな空白に、僕が気付いていると知らず。
「残念ながら、今の俺にはそう思える相手はいませんよ」
「マリルーシャは? 仲、良さそうだけど」
 遠慮がちな僕の問いに、彼は微笑む。
「俺たちはただの幼馴染です。小さい頃から顔見知りだから気心の知れた仲ではありますが、それ以上には決してなりえません」
「でも」
 更に問い詰めようとする僕を遮るように、リオネルは立ち止まった。気付けばいつの間にか僕の部屋の前で、彼は軽く頭を下げる。
「では、俺はこの辺で」
「あ……送ってくれたんだよね、ありがとう」
「いえ。また転ばれては、かないませんからね」
 立ち去る間際、彼が浮かべた苦笑はいつも通りのもの。なるほど、確かに彼は先生の兄だ。二人とも感情を押し込めることだけは得意なんだから、と一人嘆息する。
 けれど、確かに見たのだ。マリルーシャとの関係を否定する彼の目の奥に宿る、冷たい憎悪の色。その更に奥、押し込められた愛情の色。先生ほどではないけれど、僕だって人の感情を読み取るのは得意だ。だから、恐らく見間違いや気のせいではないのだろう。
「そういえば……マリルーシャがこの城に来る前のことも、聴いたことは無かったっけ」
 彼女が僕たちの乳母になったのは、マリルーシャが十六歳、僕とクレアが八歳の頃。あの頃も今も、どちらかというと乳母というより話し相手という表現の方が近いか。リオネルが頻繁に城を訪れるようになったのは先生が僕たちの教育係になったのとほぼ同じ頃だから、マリルーシャより一年ほど後のこと。
 乳母になってからは彼女も城に住んでいる。つまり、それ以前に二人の間に何かあったのだとしたら……
「……少し、調べてみようかな」
 二人には、幸せになってほしいから。誰もいない部屋の前、僕は静かに微笑んだ。

 ◆◇◆

「守りたい、か」
 城の廊下を歩きながら、俺はたった今別れたばかりの少年王子の言葉を思い返していた。流石ジルの教え子と言うべきか、彼もまたかなり賢く、そして聡い。別れた時のあの表情は、明らかに俺の言葉を怪しんでいた。
 だが、彼に語った言葉は真実。かつて一人の少女に抱いた、命に代えても守りたいという想いは、あの時反転してしまったのだから。否、反転したというのは違うか。彼女を愛しく想う気持ちは、あの時以上に強い。ずっと傍にいてほしい、今だってそう思っている。それでも……
「あら、リオネル様」
 聴こえた声に、振り返る。予想通り、今まで考えていた相手がそこにいた。
「マリルーシャ。一人とは珍しいな」
 幸か、不幸か。今、俺たちが立つ廊下には他に誰もいない。それを知っていたから、自然と俺の口調は皮肉げな、冷たいものになった。そして彼女もまた、普段の彼女を知るものが見たら驚くだろう冷たい微笑で答える。
 ……二人きりで会うのは、何年ぶりだろうか。
「あら、わたくしとて常にクレア様と一緒にいるわけではございませんわ」
「それは驚いた。お前が猫を被るのには、あの方の傍が一番だろう。何も知らずにお前を慕っていらっしゃるクレア様に感謝するんだな、マリルーシャ」
「……クレア様を、侮辱なさるのですか」
 マリルーシャの声色が、僅かに低くなる。しかし俺は構わず、嘲るような笑みを浮かべた。
「何故俺がクレア様を侮辱する必要がある? お前の話をしているんだ」
「あら、わたくしだって貴方に責められるようなことはした覚えが――」
「黙れ」
 笑顔で受け流そうとする彼女を遮るように、俺は言葉を発した。そのまま彼女を壁に押し付けるように、片手を壁につく。驚いたように見つめてくるマリルーシャを、無表情で見つめ返した。
「婚約を解消してから城に来るまでの一年で、お前は一体何人に抱かれた?」
「っ!」
 これ以上無いほどに大きく目を見開く彼女を、俺は冷たい目で見下ろした。
 知らないとでも、思ったのか。あれ以来彼女が恐ろしい勢いで浮名を流し始めたことを、それを見かねた侯爵に半ば追い出される形で王城に来たことを、知らないと思ったのか。
 そう。その噂を聴くまでは、彼女を信じなかったことを、後悔すらしていたのに。
「……リオネル様こそ、八つ当たりで一体何人の貴族を潰しましたの? 婚約者に振られたからとはいえ、情けないにもほどがありますね」
 冷たく微笑み、マリルーシャは俺の腕を押しのけた。もちろん少し力を入れればそれも抑えられただろうが、俺は黙って彼女を見逃す。そんな俺から離れ、マリルーシャは違う笑みを浮かべた。城の住人たちの前で幼馴染として接するときの、完璧な笑顔。
「では、わたくしは失礼させて頂きますわ。お気をつけてお帰り下さいね、リオネル様」
「ああ」
 だから俺もまた、普段の笑顔で微笑む。たった今まで浮かべていた冷たく歪む嘲笑ではなく。そのまま立ち去るかと思った彼女は、しかし数歩歩いたところで立ち止まり、振り返った。
「そうそう、わたくしは確かにたくさんの男性と愛を交わしましたが、リオネル様の仰るように閨まで共にしたことは一度もございませんわ。……そう言ったところで、貴方は信じてはくださらないのでしょうけれど」
 悲しげに微笑む彼女が、僅かに震えているのが分かる。目を見開く俺に背を向けて歩いていくマリルーシャを見送り、俺は力無く呟いた。
「信じられなくさせたのは、誰だ」
 信じたいと、そう思っていたのに。彼女でなければ駄目なのは俺だけだったのだと知ったときの、あのときの絶望は、そんな幽かな想いすら覆い隠してしまったのだ。今の俺には彼女を憎み、傷つけることしかできない。
 きっとあのとき、俺たちは一度狂ってしまったのだろう。愛というものが何なのか、分からなくなってしまったのだ。
 ああ、それでも。
「…………愛している、マリルーシャ」
 呟いた言葉が、彼女に届くことはなかった。
こんにちは、高良です。

リオマリ編第三話。本編中でも語っている通り、第一部終了から一年近く過ぎています。
前半は久しぶりにシリル君。ジルと別れた時に宣言した通り、今まで以上に頑張っています。次の話から活躍する予定。
後半はリオマリ。二人とも(特にリオが)かなり酷いことを言っていますが、その辺りには理由があります。

では、また次回。
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