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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第七部

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第四話 死んだ世界に凪ぐ瞳

「聖地に隠された空間があることは習ったか?」
 どうやら彼は、その疑問については説明してくれるつもりらしい。驚いているところに突然そう訊ねられて、私は慌てて頷いた。
「うん、一応。……でも、あくまでも噂だって教わったけど」
「ここがそうだ」
 なんでもないことのようにさらりと告げて、ルフィノさんは窓の外にちらりと視線をやる。そこから見えるのは、透き通るような冬の青空と、この建物と同じように崩れかけた古い建物の群れ。
「かつて、賢者はその死の間際に、持てる力の全てを投じてこの地を封じた。それは恐らく奴が自らの領域を閉じるためだけに行ったことだったが、その魔力が強すぎたがゆえに原初の国と呼ばれた地のほとんどがその中に巻き込まれ、また奴が使ったのが今は古代魔法と呼ばれるものであったがゆえに、後の世の人間たちがこの場所を見つけることは決してなかった。……今もそうだ。古代魔法無しに、ここに足を踏み入れることは出来ない。出るのも同じことだ」
 昔話を語り聞かせるような、静かな声色で淡々と紡がれるそれは、けれど教わった御伽噺とは随分と違っていた。
「原初の賢者は……その魔力で、原初の国を自分ごと吹き飛ばしちゃったんだ、って習ったけど」
 当時生きていた人たちはみんなその時には故郷を捨て旅立っていたから巻き込まれずに済んだものの、彼の仲間であった歌姫と騎士は、その爆発によって命を落としたという。神話や昔話の類は語り継がれる過程で細部が変わってくるものだ、と分かってはいるけど、それにしても変わりすぎじゃないだろうか。そんな私の疑問に対し、ルフィノさんはほんの僅かに目を細め、一瞬だけ沈黙した。
「……原初の国の痕跡として残り続けるあの神殿は、かつての国の外れにあったがゆえに、奇跡的に賢者の封印から逃れた」
 望んだ答えは返ってこない。それは例えるなら向こうの世界の映画や小説で、プログラムにないことをされたコンピューターが誤作動を起こして固まったような……そんな、不自然な沈黙だった。彼を最初に見たときから抱いていた違和感が、更に大きくなる。けれどそれについて訊ねても、やはり答えは得られないだろう。彼の様子でそれが分かってしまったから、代わりに別なことを訊いた。気になることならたくさんあるし、……恐らく彼が答えてもいいと思うことならば、この人は丁寧に教えてくれる。
「インウィディア、っていうのは……原初の国の名前?」
「あの国に名前はなかった。そこに存在する唯一の国であるならば、他と識別するための名など必要ないからな。ただ俺たちは時折、他の世界からの来訪者に対して、あの国をそう称した。それはこの世界そのものの名であり、……世界を作り給うた、神の御名だ」
 かみさまの、と小さく呟く。神子である私に優しくしてくれる人たちのほとんどは、そう呼ばれる存在に心から畏敬の念を抱いていた。けれどお兄ちゃんやお姉ちゃんが、彼らと同じように神様を信じられるわけがないのだ。私にだってそれくらいは分かるし、……立場的に言ってはいけないことだと知っていても、大切な人たちを苦しめた存在を、心から信じることはやはり出来なかった。
 沈黙した私に対し、ルフィノさんは小さく肩を竦めてみせる。
「今ではもう誰も知らない名だろう。覚えておく必要はない。……お前がそうしたくないのなら、無理に信じる必要も」
「神子なのに?」
「今はそう呼ばれている、というだけだ」
「でも……」
 神の子、神に愛された子、神に選ばれた子。諸説ある、ということはその呼び名はもう正しい由来が分からなくなってしまうくらい遠い昔から続くものなのだろうけど、どちらにしろ私が神を否定するようなことはしてはいけないと思っていた。
「面と向かって否定すれば面倒なことになるだろうが、お前が心の中で何を思おうと自由だろう」
「……そう、なのかな」
「クローウィンの祈祷魔法ならばともかく、お前の力は信仰心によって左右される類のものではない」
 そういうことじゃないんだけど、と小さく苦笑する。とはいえ、それを聞いて安心したのも事実だった。私が神様を信じなくても、私はアネモスを守れるのだ。……あれ、でも。
「クローウィンの魔法と私の力って、似たようなものじゃなかった? 確か祈祷魔法は、祈ることで神子の力に似た神性を帯びるからそう呼ばれるんだ、って」
「……よく覚えているな。アネモスは良い神子を得た」
 表情はほとんど動かないままに告げられたそれが、褒め言葉だと気付くまでに少しだけ時間がかかった。驚いて目を瞬く私に「自国以外にも目を向けるのは良いことだ」とルフィノさんは付け加える。
「似てはいるが、そもそもその二つは全くの別物だ。神子の力は古代魔法に近いが、古代魔法よりも自由なものだ。お前自身がこの世界に縛られることはない。……あのときお前だけが眠らなかったのも、俺が古代魔法を使ったせいだろうな。それに対し、祈祷魔法は神国の人間の信仰心に神が応え、制約の多い現代の魔法を作り替えた結果に過ぎない」
 全て理解できたわけではないけれど、私自身が縛られることはない、というのは実際に経験していたことだった。だって私が向こうの世界に帰っていた間、この世界は大変だったと聞くけれど、その間私は実家でのんびり過ごしていたのだ。苦しむのは神子を失った世界であって、いなくなった神子ではない。……私がこの世界の人たちを好きになっていなければ、彼らが苦しむことを何とも思わずにいられたら、あのまま向こうに残っていたのかもしれない。そうしたらきっとこの世界はもっと大変なことになっていたのだろうけれど、それでも私には何も起こらないのだろう。
 全て仮定の話だ。私は実際、この世界を愛してしまったのだから。そんな未来は想像できないなぁ、と小さく首を振って、別な質問に頭を切り替える。
「領域、っていうのは?」
「原初の国を率いていた三人は、それぞれ自分以外の人間には決して立ち入ることの出来ない空間を持っていた。原初の国が亡びたときにその空間は三つとも失われたが、そこに繋がっていた……入口とでも呼ぶべき場所は残っている。領域の魔力を帯びて変質したがゆえに、俺には一つしか見つけられなかったが」
「ええと、……どういうこと?」
「領域そのものほどではないにしろ、足を踏み入れることの出来る人間が限られている、ということだ」
 丁寧に答えてくれるルフィノさんに更に質問を返すのは何となく申し訳なくて、今ま聞いた説明を頭の中で整理する。原初の三人……賢者と歌姫、そして騎士の本人にしか入れないのが、彼の言う領域。その魔力を帯びて変質して、……騎士の再来、と呼ばれる彼には、一つしか見つけられなかった。
「神話の通りなら……この世界に生まれる人は、みんな原初の三人の血を引いてるんだよね。それで、何かの能力に秀でた人は、そのどれかの血が濃く出たんだろう、って」
「ああ、それは正しい。原初の時代に生まれた人間は、それによって三人のうち誰かを師としていた。分かりやすいのは歌守だな。あれは、かつて歌姫の周りに集っていた者たちの子孫だ」
「じゃあ、残った『入口』を見つけられるのは、そういう……それぞれの力を、継いだ人たち?」
 恐る恐る答えれば首肯が返ってきて、思わずほっと小さく息を吐く。
「全員ではないがな。そもそもここに辿り着ける人間自体がいなかったから確認しようもないが、恐らく見つけられるのは原初の時代に生まれた中でも古い魂だけだろう」
「古さが関係あるの?」
「経験は人を成長させるものだ」
 今度はすぐに言いたいことが分かって、私はああ、と頷いた。年の功、とも言うし。
「基本的には転生する際に記憶は消えるが、得たものは魂に残る。ゆえに、それが古ければ古いほど優秀だ。この世界では、天才と呼ばれる人間はそのほとんどが原初に生まれた魂の持ち主だな」
「そっか」
 私の周りにはすごい人たちばかりで、だから心当たりもいくつかあった。同時にずっと抱いていた疑惑が確信に変わって、私は小さく微笑む。
「だから、貴方たちは別格なんだね。世界で一番古い魂の持ち主だから」
 顔を上げて真っ直ぐに見つめれば、ルフィノさんは驚いた様子もなく、ただほんの僅かにその目を細めた。
「そうだ。俺だけがそれを覚えている」
 どうして、と小さく呟いても、彼はそれには答えてくれない。……何に対して、私はそう思ったのだろう。どうして、と、何を訊きたかったのだろう。どうして覚えているのか、どうして私にここまで話してくれたのか、どうしてかつて仲間であったはずのお兄ちゃんやお姉ちゃんを狙うのか、……そのどれに対しても、きっと答えは返ってこないのだろうけれど。
「今はそれくらいか。自由に出かけていていいと言ったが、夜はなるべくここで休んでほしい。ここに危険なものは何もないが、万が一ということもある。お前を守る精霊もいないのだから、あまり無茶はするな」
「え、……ああそっか、聖地だから」
 道理で静かなはずだ。こんなときにカタリナが出てこないなんておかしいと思っていたけれど、聖地では実体化を保つことすら困難だと、前に来たときに本人が言っていた。私の言葉に、彼は小さく頷く。
「表なら姿を現すことくらいは出来るだろうが、ここは更に原初の魔力の色濃い場所だ。お前の傍で話を聞いているだけでも、相当消耗するだろうな」
「もしかして、だから私をここに連れてきた……とか?」
「いや。そもそも俺が精霊を恐れる理由がない」
 ルフィノさんがそう言い切れるのは精霊が現代の魔法しか知らない以上、古代魔法に対抗する術が無いからだろう。城で周りのみんなが次々に眠ってしまったときも、私に異変を伝えたカタリナは調子が悪そうだった。本人が聞いてないといいなぁ、と思わず考えてしまう。
「それと、この中は暖かいが外はまだ寒さが残っているから、出かけるのなら上に何か着た方がいい。隣の部屋に着替えがあるから、好きに使え」
「え、……いいの?」
「お前を傷つけるつもりはないと言っただろう」
 傷つけるつもりがないのと気遣ってくれるのとは全く違うと、言ったらこの人は怒るだろうか。私がその言葉に従うかも分からないのに、自由に行動していいと言ってくれた。ありがとう、と言えばルフィノさんは小さく頷いて、それ以上何も言わずに部屋を出ていく。遠ざかる足音を聞きながら、私は「よしっ」と拳を握った。
 私は私が正しいと信じたことをする。それでいいと言ってくれる優しい人たちを守りたいと思うから、そのために私が出来ることを探すのだ。どこにいたって私は私で、だからやることだって変わらない。
 ここが原初の国だというのなら、彼らの悲劇を終わらせる鍵は、きっとここにあるはずなのだから。
こんばんは、高良です。

連れ去られたニナ、続き。また何か企んでいるようですよ。
この子が何か企むと大体なぜか上手くいきますが、さてどこぞの精霊のサポートがない状態でどうなるのか。……上手くいきそうですね、なぜか。

では、また次回。
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