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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第七部

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第三話 神話に続く物語

「まず、柚希を殺そうとした時点で、彼にそれ以前の記憶が一つ以上あったのは間違いないでしょう。今リザを狙っているのは、その両方の記憶を持っているからだ。一つ前の記憶があるのはこの世界ではたまに起こり得ることだけれど、二つ以上覚えていることは滅多にない」
「だから、全部覚えてるんだろう、って?」
「合間に抜けている記憶もあるのかもしれないけれど、彼にとってはそちらの方が珍しいんじゃないかな」
 そんなことがありえるのか、と思うものの、そうだとすればいくつか納得がいくこともあった。例えばかつて柚希が殺される前に聞いた、いくつもの不可解な言動だとか。あたしが覚えているのは柚希の生だけだが、あの男はその前から、ずっと繰り返していたのだろう。そう、きっとさっきまで見ていた悪夢は、直感した通りに、全部あたしなのだ。
「それだけじゃ、原初の記憶があるとまでは言い切れないんじゃないの?」
「数日前にこの城に来たとき、彼は当たり前のように古代魔法を使っていたよ。僕が使ったのがそうであることも、すぐに見抜いていた」
 ああ、と小さく呻く。だったら間違いないのだろう。失われて久しい古代魔法を見てそうであると分かる人間なんて、この世界中を探してもほとんどいないはずだ。
 だけど、それならやはりおかしい。裏切ったという賢者ならともかく、歌姫と騎士が袂を分かつような描写は、神話にはなかった。……いや、それを言ってしまえば、そもそも原初の国が亡びたのは賢者が魔力を爆発させたからで、残る二人もそれに巻き込まれて死んだんじゃなかったか。ジルの話し方では、賢者だけが先に死んだように受け取れる。あたしが考えていることを察したのだろう、彼は困ったように微笑んだ。
「賢者は裏切りが発覚した後、騎士によって殺されている。彼が見たのはそこまでだから、僕もその後で何があったかは分からないんだ。彼らと神との間に何かがあったのだろう、とは思うけれど」
「……それで、賢者は一体何をしたの?」
 残りの二人を裏切ったのでなければ、正しいのは神を裏切ったという記述の方なのだろう。だけどどれほどのことをすれば、それまでずっと共に生きてきたはずの騎士に殺されることになるのか。さっきは上手く話を逸らされたけれど、もう彼にも誤魔化す気はないようだった。
「神の、……神と呼ばれていたものの、秘密を暴いたんだよ。そしてその言葉に背いたから、秘密が他の二人に漏れることを恐れた神は、賢者を殺すよう騎士に命じた」
「秘密って?」
「それが実はこの世界の神ではないこと」
 涼しい顔で告げられたのは、小さい頃から聞いて育った神話や御伽噺の類を全部まとめて否定する言葉。神殿関係者にでも聞かれてたらただでは済まないだろう、とあたしでも分かる。けれどその顔を見れば、嘘ではないのは間違いなかった。いや、そもそもここでジルがあたしに嘘を吐くわけがないのだ。
「世界が一つではないことは、リザも知っているでしょう? 神と呼ばれるものは僕たちには見ることも出来ない場所に、世界の数よりも多く存在するんだ。……本来、世界というのはそれを創造した神の庇護下にあるものなのだけどね。この世界は創られた直後に、別な存在に横取りされた、ということになるのかな」
 今もそうだよ、と彼はその笑みを曇らせる。
「聖地や神国クローウィンが……他の国も、そうだね。世界中の人々が祀り、祈りを捧げている神は、本当ならこの世界とは何の関わりもないものだった」
「でも、今この世界を護ってるのは、そっちの神でしょ? ……護ってる、のよね?」
 あたしは奴を信じていないし、救ってもくれない神に祈ろうなどとはもう思えないけれど、みんながみんなそうではない。祈れば救われる、と信じている人間がこれだけ大勢いるのは、信じるに足る何かがあるからだろう。例えば神子の降臨のような。だけど一方で、前から感じていた疑問は徐々に大きくなっていた。神は本当に人の味方なのか、というあたしの問いに対して、あのときのジルは肯定も否定もしなかったけれど。今もそう、付け足したその言葉に、彼は何か言いたげに少しだけ沈黙して、そっと頷いた。
「護っているのでなければ、この世界はもっと早くに亡んでいたと思うよ」
 ジルの嘘を見抜けないほど浅い付き合いはしていない。その言葉は確かに真実なのだろうが、あたしの問いに対する答えではなかった。だけど追及したところで、彼は口を開きはしないだろう。だから「そう」と小さく嘆息して、話を切り替える。
「後でまた訊くわ、一気に聞いても訳が分からないもの。それで、あれからどれくらい経ったの? あの後どうなった?」
「今日で五日目になるよ。……リザが気を失ったすぐ後に、ニナがあの場に現れてね」
「ニナが? でも、――っ」
 あのとき、あたしたち以外の人間は魔法で眠らされていたはずで、だからそれは本当ならありえないことだ。どういうことか、とジルを見上げた拍子に、変に捻ってしまったのだろう、背中の傷が引き攣るような痛みを訴えた。気遣わしげな視線に大丈夫、と首を振って返せば、彼は安堵したように嘆息する。けれどその顔はすぐに、どこか苦い色を浮かべた。
「何故ニナだけ魔法が効かなかったのかは分からない。……ルフィノが使ったのが現存する魔法ではなく古代魔法だったのなら、推測は出来るけれどね。問題はその後で、彼はニナを連れて城から逃走したんだ」
 な、と小さく声が漏れる。今度はもう背中の傷なんて構っていられなかった。
「何でそれを早く言わないのよ!」
「君がそういう反応をすると思ったから」
 無理はさせられないでしょう、と続ける涼しい声色に、う、と言葉を詰まらせる。最近のジルはこういうことを顔色一つ変えずに言うから恐ろしい。いや、それにしたってニナが心配じゃないのか。あたしの視線に対し、彼はどこか複雑そうに目を細めた。
「ニナなら大丈夫だよ。ルフィノは僕たち以外の人間を殺せないから」
「殺さない、じゃなくて?」
 一瞬覚えた違和感は、そのまま口から零れ出る。殺さないようにしている、ならまだ分かるのだ。いや、実際殺された記憶があるから納得は出来ないけど、少なくとも数日前にこの城に来たとき、奴は城で働く無関係の人間を傷つけはしなかった。騎士の再来と謳われるあの男なら、わざわざ城の人間全員を魔法で眠らせるなんてことしなくたって、出会った人間を片っ端から切り捨てることも出来ただろうに。あるいは、それを煩わしく思ったのかもしれないけど。
 あたしの問いに、ジルは意外そうに一度だけ目を瞬いて、小さくその首を横に振る。
「殺せないんだ。彼が僕とリザ以外の人間を直接殺すことは出来ない。……原初の時代から続く制約だよ。原初の騎士は、人を殺すことを禁じられていた。世界を護るために与えられた力を逆の方向に振るうことがないように、ということなのだろうね」
「騎士だけ?」
「賢者や歌姫には、そういう制約はなかったようだよ。……ほら、僕も、人を殺せたでしょう」
 ずっと浮かんでいた微笑に、はっきりと影が差した。自嘲気味なその声色に、嘆息交じりに「馬鹿」と返す。
「今はその話はしてないわ。……じゃあ、あいつは何で、ニナを連れていったわけ?」
「またここに戻ってくる、という彼なりの意思表示じゃないかな。流石に神子の誘拐を放置しておくわけにはいかないから、そろそろ捜索も始まるだろうけど」
「そう、……戻ってくる、ね」
 ジルはあえて言わなかったのだろうけれど、その意味は嫌でも分かっていた。あたしを殺すために、ということだろう。ジル、と小さくその名を呼べば、彼は覗き込むように視線を合わせてくれる。夜空の瞳に浮かぶ色は穏やかなままで、……まもってくれるひとがそこにいるのだと、あのときとは違うのだと、あたしに教えてくれていた。
「あたし、死にたくない。もう殺されたくないの、ジル。……だって」
 そう、違うのだ。大好きだった人を喪って、それでも生きようと必死に足掻いていた柚希とは、違う。あたしは弱くなった。あの頃のように強がることは、もう出来なくなってしまった。だけど貴方はそれでも良いと、隣で微笑んでくれるから。ずっと伸ばし続けて、ようやく届いたこの手を、放すなんて絶対に嫌だ。
「あたしは、……ジルと、この世界で、生きていきたいもの」
「うん」
 呟くようなその声は、けれどこの距離で聞こえないわけがない。柔らかく微笑んだ彼は、そっとあたしを抱き締めた。
「絶対に、リザを死なせたりしないよ。だからといって自分の身を投げ出したりも、もうしない。……僕も、君と生きたいんだ」
「殺してくれ、って言ってきたくせに?」
「それを叱ったのはリザでしょう」
 悪戯っぽく見上げれば、小さな苦笑が返ってくる。どちらからともなく、自然と唇が重なった。ああ、と噛み締めるように目を閉じる。幸せだ。きっとこれを、幸せと呼ぶのだ。柚希がずっと欲しかったもの。長い時間を経て、ようやく得られたもの。
 ……今度こそ、守らなければならないもの。

 ◆◇◆

「起きたのか」
 そんな声を聞き取ったのは、目を開けるよりもほんの少しだけ先だった。あれ、と小さな違和感を抱えながら体を起こして、何度か瞬きをする。どうやら私が今いるのは、見慣れない装飾があちこちに施された、……廃墟、のようだった。窓からだけじゃなく崩れかけた壁の隙間からも外の光の覗く、そんな部屋に置かれた寝台の上。部屋の中はその状態の割には埃一つなく清潔で、どこか死んだような静謐さを湛えていた。その部屋の入り口から、深い緑の髪の少年がこちらを見ている。橙と紫の混じり合う不思議な色合いの瞳は、何の感情も宿らず凪いでいた。夕闇のような、という説明を聞いたときには、夜空の瞳と称される兄の目や日が沈み切った直後の空のような姉の紫の目を連想して、その繋がりを不思議に思ったものだ。もっともそれを本人たちに言えば彼らはあまり良くは思わないだろうから、口に出して言ったことはなかったのだけれど。
 とにかく私の知る限り、そんな瞳を持つ人物は一人だけだった。彼に視線を合わせ、小さく首を傾げてみせる。
「ルフィノ=ウルティア、……さん?」
「……お前は敵に敬称をつけるのか」
 僅かに目を細める以外、その表情には殆ど変化がない。けれど呆れられているのは何となく分かって、私は「だって」と首を傾げた。
「何ていうか、凄く年上みたいで……あ、お姉ちゃんと同い年なんだっけ」
 その辺りの事情は二人から聞いている。前世の記憶もあるようだ、と言っていたから、精神的にも彼らと同じかもっと上くらいなのだろう。それにしても何となくおかしな感覚があってじっと凝視すれば、彼は一度だけ瞬いた。
「お前が思うよりもずっと年上なのは確かだろうな。話したいように話せばいい。……体は何ともないか?」
「え? うん、全然。どこも痛くないし、むしろ調子が良いくらい」
「そうだろうな。何があったのかは、覚えているか」
「……大体は」
 その問いに、思わず苦い顔で頷く。お兄ちゃん辺りはまた自分を責めそうだけど、あれは完璧に私の失態だった。そもそもあの時の雰囲気から察するに、私が現れなければお兄ちゃんは一度この人を見逃して、それで一旦終わりだったはずなのだ。周りがみんな眠っていて状況が分からなかったとはいえ、考えなしに飛び出すような真似は絶対にしちゃいけなかった。やっちゃったなぁ、と小さく嘆息する。
「つまり、私は人質?」
「少し違う」
 意外なことに、返ってきたのは否定だった。驚いて見上げれば、ルフィノさんはやはり表情一つ変えず、静かに続ける。
「広義の意味ではこれも人質と呼ぶのだろうが、お前が考えているようなものではないだろうな。俺は自分を有利にするためにお前を利用する気はないし、奴らがどう動こうと、お前に対して危害を加えるつもりも一切ない」
「そうなの? だって、お姉ちゃんのことは……」
 殺したくせに、とは流石に言えなかった。けれど声の響きで責めるような感情は伝わってしまったのだろう、「そうだな」と首肯が返ってくる。
「彼女のことは、殺さなければならなかった」
「……どういうこと?」
 反射的に問い返しても、今度は答えてはくれなかった。少し沈黙して、彼はふいと顔を背ける。答える気がないのか、それとも答えられないのかは、その無機質な表情からは読み取れない。
「お前を連れてきたのは、またアネモスに戻る、という奴らに対する意思表示だ。……あの場から安全に逃げるためでもあった。お前がいなければ再び城の守りを突破するのが難しいのも事実だから、人質というのは、まったくの間違いではないだろうな。お前のことは、しばらくすればアネモスに返す。それまでは……不自由に感じるだろうが、大人しくしていてくれると助かる。食事はここに運んでおくから、休むときはこの部屋に戻るように。それ以外の時間は、基本的に自由に出かけていていい」
「いいの?」
 それは……人質と呼んでいいものなのだろうか。部屋から出るなとか、もうちょっと行動を制限されるだろうと思っていた。そんな私に対し、彼は表情一つ変えず、「退屈だろう」と肩を竦めてみせる。
「どうせお前一人では、『表』には出られない。ならば神子は神子らしく、この世界を知れ」
「表って? ……そもそも、ここはどこなの?」
 本当なら最初にこれを訊いておくべきだった。自分に呆れながらそう訊ねれば、ルフィノさんは「言っていなかったか」と小さく瞬く。
「原初の国インウィディア。今は聖地と呼ばれている」
「……聖地?」
 聞き慣れない単語を不思議に思うよりも早く、彼がその言葉を口にしたことに、何故かどうしようもなく安心してしまっていた。
こんばんは、高良です。

主人公とヒロインがいちゃいちゃしてるシーンを自分が書いている事実に驚く日が来るとは思っていませんでしたが、何気に初キスシーンです。……いえ、別にキスすること自体は初でも何でもないと思うのですが(それ以上のこともしてるし)、本編中で書くのは初です。リオマリとかシリニナとかめっちゃしてるのにね?
そして後半はその糖分担当、違ったニナ。この子が出てくるだけで謎の安心感がありますね。裏切りません。……裏切りませんってば。

では、また次回。
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