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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第七部

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第一話 彼女の不在

 僕たち三人の関係について語るのであれば、まず『僕たち』の説明をしなければならないだろう。遠い昔に、確かにここに生きていた、『彼ら』の物語を。
 最初は自分たちが何のために作られたのか疑いもせず、ただ与えられた役目に忠実に、今のこの世界の全てに続く原初はじまりの国を作り上げた。けれど、人は増えれば心を触れ合って、そこから新たな感情を学ぶ生き物である。そうして生まれたある感情が、後に賢者の裏切と呼ばれる出来事に続く、全ての始まりだったのだろう。
 一人は未来を見据え、一人は現在を見つめ、残る一人はそんな二人を心配そうに見守っていた。……三人とも、ただ三人で幸せになりたかっただけなのだ。けれどそれぞれが抱いていた理想は噛み合わず、それをそのままに動こうとしたから、あの日の悲劇は起きてしまった。
 そうして、僕たちはようやく、再び向かい合う。
 道を違えたまま歩き続けていたことにずっと先で気付いて、振り返って途方に暮れているような、そんな遠い未来の愛しい世界で。
 引き返すことの出来ないその道がいつか再び交わることを期待して、けれど絶望するのを恐れて立ち止まったまま。

 ◆◇◆

「先生!」
 いつもと同じように声をかけたつもりなのだけれど、口から出た言葉はほんの少しだけ強張っているのが自分でも分かってしまった。三日ぶりに顔を合わせた師は、彼も忙しかったのだろう、どこか顔色が悪く見える。けれど「どうかなさいましたか、シリル様」と微笑むその表情は見慣れた涼しげなもので、……普段通りに、なんて出来るはずもなかった。なぜ、と呟いた言葉は、僅かに震える。
「どうして、僕を止めたのですか、先生。……いえ、僕が国を離れてはいけないというのは分かるんです。でも、先生なら彼を追うことも、居場所を探ることも出来たでしょう? どうしてこんな状況で、何もしないで、いつも通りに笑っていられるんですか!」
「え? ……ああ、ニナのこと、ですか」
 一瞬だけ、師は何のことか分からないとでも言いたげに目を瞬かせた。普段ならとても珍しい、彼が滅多に見せないその表情が何を意味しているのか、気付く余裕は今の僕には無い。むしろ、それでも微笑を絶やさない師に、怒りすら覚えた。
 城の人間を全て眠らせた力に、何故ニナだけが抗えたのかは分からない。突然訪れた眠りから目覚めたとき、ニナが連れて行かれたことを知らされて、どれだけ自分を責めただろう。聖地に行ったときだってそうだった。肝心なときに何も出来ないのなら、この地位や権力に、口先だけの護るという言葉に、何の価値があるのか。
 先生はこの数日、城の混乱を治めるために父上やリオネルの補佐をしていたのであって、決して何もしていなかったわけではない。それは僕だって、よく分かっている。だからこれは、子供じみた八つ当たりに、師を付き合わせてしまっているだけだった。
「いくらカタリナさんがついているといっても、彼女すら知らない魔法を使うような人が相手では、意味がないでしょう?」
 ……きっと、攫われたのがニナでなければ、僕はもう少し落ち着いていられただろう。神子が害されるようなことがあればこの世界自体に何らかの異変が起こるのだから、それがない限り大丈夫だと、冷静に判断できたはずだ。けれど、彼女に関することだけは、駄目だった。ニナに何かあったらと、不吉な考えばかりが浮かんで、どうしようもなく怖くなる。彼女がいなくなるのだけは、どうしても耐えられなかった。
 僕の言葉に、先生は「大丈夫ですよ」と目を細める。
「カタリナの存在に関わらず、ルフィノがニナを傷つけるようなことは、絶対にありません」
「どうしてそう言い切れるんですか! だって彼は――」
 向こうの世界で、かつてのリザさんを殺した相手でしょうとは、流石に言えなかった。今も彼女の命を狙っているのでしょう、とも。
「……言って、いませんでしたか?」
 不自然に切れた言葉の続きに、先生が気付かないわけはないだろう。けれどその反応は、予想とは異なっていた。一瞬だけ間を置いて、彼はどこか呆然と、見えている左の目を瞬く。何を、と見上げてようやく、彼が何かに耐えるように微笑んでいることに気付いた。
「駄目ですね……どうも、一度に色々と起こりすぎて、流石に追いつかなくて。これではシリル様がお怒りになるのも無理はありませんね、申し訳ありません」
「……先、生」
 ついさっき、彼に言ったばかりの言葉を思い出す。いくらニナが心配でも、そのせいで周りが見えなくなっていても、……いつも通り、だなんて、どうして思ったのか。先生がそういう振る舞いを得意としていることは、よく知っているのに。
「ルフィノ=ウルティアが直接その手にかけるのは、僕とリザだけです。彼が彼である限り、それが覆されることはありません」
 ……数日前の襲撃で負傷したのはリザさん一人だったと、僕は確かに、聞いていたはずなのに。
「ニナは神子ですから、ルフィノはむしろ、全力で彼女を守り抜くでしょうね。彼は他の誰よりもこの世界を守ろうとしている人間ですから、神子を害するようなことは決してしないでしょう。僕たち以外の人にとって、彼の傍というのは、ある意味この世界で最も安全な場所かもしれません」
「リザさんは……怪我、は? 未だ目覚めていない、と聞きました」
 彼らの関係についても気になるけれど、先生がここまで話すということは、いずれ全て教えてくれるつもりがあるのだろう。もっと大事なことを震える声で訊ねれば、先生は穏やかに微笑んだまま「大丈夫ですよ」と繰り返した。
「深い傷ではありましたけれど、命に別状はありません。目を覚まさないのは……熱を出してはいるのですが、毒の類でもないそうですから、何か別な原因があるのでしょうね」
「そんな、……ならどうして、先生はこんなところにいるのですか」
「僕がいたところで、何も出来ませんし……今のこの城の状況で、陛下や兄だけに全て任せておくわけにも」
「駄目です!」
 師の言葉を遮って反射的にそう叫べば、彼は驚いたように首を傾げる。……こうしてちゃんと向き合えば、先生の様子がおかしいのはよく分かった。普段なら、僕が何か言う前にその先を察してしまうような人だ。そもそもこんなときにリザさんを放っておくなんて、普段の彼なら絶対にありえない。
「こんなときだからこそ、先生はリザさんの傍についているべきでしょう? 父上やリオネルだって、先生がそうしたいと思ったら、きっと反対しないはずです」
「ですが……」
「シリル様の仰る通りだ、ジル」
 背後から突然聞こえた声に、僕は思わずびくりと肩を震わせる。対し、先生はその姿に気付いていたのだろう、驚いた様子もなく「兄様」と首を傾げた。
「……あまり驚かさないでほしいな、リオネル」
「少し普段の調子を取り戻されたようですね、シリル様。それにうちの弟が関わっている、というのは……ジルを褒めるべきか貴方に呆れるべきか、判断に迷うところですが」
 振り返って見上げれば、彼は悪びれた様子もなく笑顔で話を逸らす。彼の鋭さは昔からよく知っているから、勘付かれていたことを驚きはしない。僕がそれだけ露骨に無様を晒していたのも自覚している。
「自分は関係ないみたいに言ってくれるけど……君だって、マリルーシャに何かあったら同じくらい焦るだろう?」
「おや、おかしなことを仰いますね。そもそもそのような事態になるまで、俺が放っておくとお思いで?」
「兄様が言うと冗談に聞こえませんよ」
 言葉を失った僕の代わりに先生は苦笑すると、「それで」と目を細めた。
「一体どこから聞いていたのですか?」
「シリル様がお前に声をかけた辺りからだな」
「それは……最初からと言うのでは?」
 先生の言葉に、リオネルは「仕方ないだろう」と肩を竦める。
「この方がお前と意見を違えるのを見るのは初めてだ」
「……実際、数年ぶりだからね」
 前に似たようなことをしたときは、まだ彼が僕の教育係になる前だった。より正確に言えば、あの出来事があったから、僕は先生の凄さを知ったのだ。
 そういえばあのときも廊下のど真ん中で、色々な人に目撃されたせいで後で大変だったっけ。成長していない自分に苦い思いを抱きつつ答えれば、先生は同じことを思い出したのだろう、懐かしそうに微笑んだ。
「もうすぐ八年になりますか。あの頃の貴方は昔の自分を見ているようで、放っておけなくて」
「流石に先生は、あんなに聞き分けのない子供ではなかったでしょう。……何か用があったんじゃないの、リオネル?」
 小さな苦笑をそのままに視線を移せば、彼は「ええ」と頷く。
「先ほどの話ですよ。ジルにあまり無理をさせないでいただきたい、と陛下に申し上げたのですが、あの方もそれはよくお分かりのようで。リザが目覚めるまでついていてやるように言ってこい、と」
「……兄様、ですが」
「お前が抜けた穴くらいシリル様が埋められるだろう」
 先生が躊躇することは予想していたのだろう、リオネルはちらりと僕に視線を向けた。放たれた言葉に、僕は思わずえ、と声を漏らす。対し、彼は呆れたように目を細め、「当然でしょう」と息を吐いた。
「そもそもジルは、厳しい言い方をすればこの国とはもう関係のない人間なのですから、私的な感情を殺してまでアネモスのために動く必要は無いのです。そういうことは陛下や俺、それにシリル様の役目なのですから」
「……僕が腑抜けていたから先生に余計な手間をかけた、とでも言いたげだね、リオネル」
「おや、そう聞こえましたか?」
「否定はしないんだね……」
 実際、そうなのだろう。本来なら僕がすべきことを、先生に押し付けてしまっていたのは確かだ。ニナのことに気を取られて、それ以外の全てを放棄していた。その程度のことで――親しい人間に何かあった程度のことで揺らいではならないと、僕は教わってきたはずなのに。場合によっては、それは国が揺らぐのと同義であるから、と。
「そういうわけだ、ジル。こちらは心配しなくていいから、リザについていてやれ。ただでさえあんなことの後なんだ、目覚めたときにお前がいた方が、リザも安心するだろう」
「……はい。すみません、失礼します」
 先生は小さく頭を下げると、そのまま僕たちに背を向け、足早に去っていく。走り出しこそしなかったものの、本心ではリザさんが心配で堪らなかったのだろうというのはよく分かった。僕の視線に気付いたのか、リオネルが呆れ混じりに苦笑する。
「責任感が強すぎるのも考え物ですね」
「そうだね。……失敗したなぁ」
「失敗、ですか?」
 首を傾げるリオネルに、僕は「うん」と頷いてみせた。
「先生に教わったことを全部放棄して、よりによって彼自身に八つ当たりだなんて、みっともないにも程があるだろう? 失望された、かなぁ」
「あれは自分には厳しいくせに周りには甘い人間ですから、それはないかと。それに、失敗したと思われるのでしたら、これからいくらでも挽回出来るでしょう」
 自嘲してみせれば、彼は何でもなさそうに肩をすくめる。続いて告げられたその言葉に、思わず変な声が漏れた。そんな僕の反応を見て、リオネルはおかしそうに目を細める。
「冗談です。城内もだいぶ落ち着いてきましたからね。シリル様にすべきことをしていただきたいのは事実ですが、そう忙しくはないと思いますよ。ジルの方に余裕が出来れば、ニナ様のことについても相談できるのですが……」
「うん、それはリザさんが目覚めるまで待とう。言えば先生はこちらを優先してくれるだろうけど、そこまでさせるのは申し訳ない」
「貴方が仰いますか」
 呆れるようなその言葉から逃れるように目を逸らす。いや、僕だって、どの口でとは思うけれど。
「反省はしているよ。……ニナのことは心配ないと先生は言っていたから、最悪の事態にだけはならないと思う。あの人は、僕に対してそういう類の嘘は絶対に吐かないから」
「そうですね、それは俺も聞きました。信じても良いと思います。……ルフィノ=ウルティアをではなく、ジルの言を、という意味ですよ」
 付け足された言葉に、「分かってるよ」と苦笑する。先生はああ言っていたけれど、やはり僕たちにとってルフィノは襲撃者なのだ。いや、それを言ってしまえば先生にとっても彼は前世でも今世でもリザさんを傷つけた敵のはずなのだけれど。……やはり『そういうこと』なのかなぁ、と、少し前に先生とした会話を思い出す。どこに行って、何を確かめたいのか。彼が帰ってきてから、その答えを確かめる時間も余裕もなかったけれど、予想は当たっているだろうと半ば確信していた。なら、先生がルフィノ=ウルティアについて語るときのあのどこか複雑そうな表情にも納得がいく。
「……リザさん、大丈夫かな」
 案じたところで僕たちには先生やリザさんの負担を出来るだけ減らすことと、彼らの幸福を祈ることくらいしか出来ないのだけれど。
 小さく僕に対し、リオネルは答える代わりのように小さく肩をすくめてみせた。
こんばんは、高良です。オフ活動のあれこれしてたら更新する時間が全然無くなっておりました。そちらについてはサイトやブログの方でお知らせしております。

さて、そんなわけでようやく第七部を開始いたしました。
それは今まで語られてきた「前世」の更にずっと昔、確かにそこにいた「彼ら」の人生と、彼らが迎えた結末の物語。
悲劇を終わりに繋ぐ、唯一の可能性。

では、また次回。
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