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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第六部

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第十一話 始まりの場所

 聖地を訪れるのは久しぶりだと思っていたけれど、考えてみればニナが神子としてこの地を訪れるのに同行してからまだ一年も経っていないのだった。色々なことがあったものなぁ、と思わず僕は苦笑を漏らす。それは神子が行方不明になったことであったり、ルフィノと対面したことであったり、今回ネヴェイアで起きたことであったり。半年と少し前の出来事がまるで遠い昔のことのように思えても、無理はないのかもしれない。
 そういえば、シリル様とニナが婚約したと出発前に聞いた。正式にそうなったのは四カ月ほど前、ニナの誕生日に合わせてのことらしいけれど、それが決まったのは彼らがこの世界に帰ってきてすぐだったとか。彼らは予想通りニナの生まれ育った世界――つまりかつて僕らが生きていた世界へ行っていたそうだから、向こうで色々とあったのだろう。いずれにせよ、次期国王と神子が結ばれるというのはアネモスにとって歓迎すべきことだった。もちろん、二人の知り合いとしても、喜ばしいことだと思うけれど。
 あのとき調べていた神泉の異変の原因については何も分からないまま、ニナが帰還したときにそれも含めて全てが元に戻ったようだった。けれど元を辿れば彼女が、そしてそれに巻き込まれる形でシリル様やカタリナが向こうに行ってしまったのも、例の異変に関係があるのかもしれない。わざわざここに来たのには、その辺りのことも関係していた。突然僕の中に溢れ出してきたこの力と知識は本当ならもうこの世界には存在しないはずのもので、けれどだからこそ今なら、あのときは分からなかった何かが分かるかもしれない。あるいは、この世界とあの世界を繋ぐ方法とか。
 ニナの両親――つまりかつての僕の両親に、この姿で会う気はない。いくら僕にその記憶があろうと、加波慎は向こうの世界では死んだ人間なのだ。下手に真実を告げても惑わせるだけだろう。けれど彼らを大切に想う心がまだ残っているのも事実で、ニナが自由に世界間を行き来する魔法というのは、親不孝ばかり繰り返していた僕があの二人に返せる数少ないものだ。カタリナが見つけたという魔法は例えるなら一度開いて閉じた扉を再びこじ開けるようなもので、そのせいで扉は壊れてしまうから同じ道をそれ以上通ることは出来ない。ニナがまたあの世界に帰ろうとするなら新しい扉を作る必要があって、この世界の魔法の中で唯一それが出来そうなのが古代魔法だった。
 数か月前にここを訪れたときは神子の正式な訪問だったから中央神殿に滞在したけれど、個人的に来ているだけの今はわざわざ報告する必要はない。そもそも僕が行こうとしている場所は聖地の人々すら足を踏み入れたことが無いようなところなのだから、下手に告げた方が面倒なことになるのは考えるまでもなく分かっていた。だから、大神官たちは僕が聖地に来ていることも知らない。
 もっともシリル様は気付いていらしたようだけれど、と僕は僅かに笑みを漏らす。どこに行くつもりなのかと訊ねてきた彼の口調は、しかし答えを確信しているのがよく分かるものだった。当然だろう、僕はかつて――あの城で双子の教育係をしていた頃、それだけのことをシリル様に教えている。元々聡明な彼が、辿り着けないわけがないのだ。行先はリザにすら告げていないものの、万が一何かあったときのために、一人くらいはそれを知っている人がいた方が良いだろう。僕がどこで、何をしようとしているのか。シリル様なら僕の不都合になるようなことはなさらないだろうから、安心して託せた。
 そんなことを考えながら、僕は目の前の、一見ただの岩壁にしか見えないものに手を当てる。伝わってくるのは確かに石の感触だけれど、この向こうに何かがあるようだというのは、随分昔から言われていることだった。それは恐らく空間であるが、岩を越えてそちら側に行く方法は見つからず、ゆえに未だ謎は謎のままである。……けれど少し手に魔力を込めれば、最早見慣れてしまった金色の火花がぱちっと飛んで、岩はゆらりと実体を失くした。あまりにも呆気なく突破出来たことに思わず苦笑しつつ、一歩足を踏み出す。背後で再び岩が実体化したのが分かったけれど、そのときにはもう眼前の光景に目を奪われていた。
「……遺跡、かな」
 崩れかけた建物の群れは、現代のどの国の建物とも違った雰囲気を醸し出している。少し見て回れば、その違和感にはすぐに気付いた。現代どころではない。歴史ある国にはまだそれぞれの古語が使われていた時代の遺跡が残っているけれど、目の前に広がる光景はそのどれにも当てはまらなかった。恐らく、それより前に造られたものなのだろう。どこの国の、なんて考えるまでもない。古語すらも生まれていなかった頃、この世界は一つだったのだから。
 原初の国がここにあった、と示すものはただ、崩れかけた神殿のみである。だからここは聖地と定められたのだけれど、それ以外のものは何も見つかっていない。建物どころか、人の住んでいた痕跡さえも。『賢者』の魔法によって全て消失したのだ、と数少ない文献には記されているものの、それにしては不自然なことが多かった。だから余計にこの隠された空間の存在が信じられていたのである。失われた時代の遺物はここにあるのではないか、と。
 歴史を書物に記すという行為が始まったのは、原初の国の滅亡から続く戦乱がある程度収まった頃である。その頃には既にどの国も自分たちの古語を得ていたから、現存する数少ない本は皆それぞれの国の言葉で書かれ、最も古い言語は人々の記憶から失われた。古代魔法が失われた経緯も同じだろうと推測されてはいるけれど、それには疑問が残る。呪文も魔法陣も要らず、魔力の消費が少ない割に強力……そんな便利な魔法を、わざわざ捨てようと思うだろうか。原初の時代に関する研究は、信心の極めて薄いグリモワール以外ではあまり行われていない。それは神殿が語る、得られる情報の断片を繋ぎ合わせて作ったような神話が原因だった。信仰心の篤い人々はそれをわざわざ疑おうとはしないのだ。神話には、魔法の喪失は罰なのだとあった。『賢者』の裏切を許さなかった神が、彼が伝えた魔法を人々から取り上げてしまったのだと。
 違う、と叫ぶ声は、どこか遠くから聞こえたように感じた。
 それに気付いて、僕は息を呑む。どこかも分からないところから自分のいる場所まで細い糸が一本伸びているようなその感覚を、呼ばれているというのならそうなのだろう。その糸を辿るように足を進めて、そのついでに周りの建物の様子を窺う。やはり、神話や御伽噺の類が語るような……魔法によって壊れた痕などは見つからなかった。人が住まなくなって、長い時を経て劣化しただけだろう。
 導かれるままに建物の裏手に回ると、それは小さな洞窟の中に続いていた。躊躇いなく足を踏み入れれば、ぴりっと何かが一瞬だけ肌を震わせる。ここはさらに魔法で守られていたのだと察しても、それは引き返す理由にはならなかった。中は暗いだろうと思っていたけれど、奥の方で何かが光っているようで、金色の光がこちらまで漏れてきている。僕を呼ぶような感覚もそちらから来ていた。奥に行くにつれて空間は広くなり、光も強くなる。ちょうど行き止まりになっているところに、それは浮かんでいた。
「……本?」
 光に包まれた開きかけのそれに、恐る恐る手を伸ばす。危険かもしれない、とはほとんど思わなかった。見たこともないその本を、僕は知っている。例えるならずっと前に失くしたものを思いがけないところで見つけたような、そんな懐かしさにも似た何かを感じた。本に手が触れた瞬間、光は一層強くなって視界を埋め尽くす。ずきん、と脈打つような頭の痛みに思わず目を閉じた隙に、その光は形を変えていた。痛みに耐えて無理やり瞼を持ち上げれば、僕を取り囲むようにして金色の文字が浮かんでいる。よく見れば、それは未だ光を放つ本から飛び出しているのだと分かった。
 読もうとするまでもない。まるで魔法のように――いや、間違いなくこれも魔法なのだろう。ちらりと視線を向けただけで、その文字列は頭に入ってきた。

 ◆◇◆

 賢者の領域に繋がるここならば、魔法で守りさえすれば、騎士が入ってくることは出来ないだろう。正しい神ではないあの方にも、恐らく見つけることは出来ない。
 僕はもうすぐ死ぬ。姫はともかく、誰よりも僕に近い彼は、決して僕の裏切りを許さないはずだ。真実を告げるどころか、一言でも発する前に殺されるだろう。もし彼に許されたとしても、神は真実を知った僕を生かしはしない。その後で歴史が改竄されることも、予想出来ないほど愚かではないつもりだ。
 だからその前に……あの方の都合の良いように全てが歪められる前に、賢者としての知識を途絶えさせないために、全てをここに記す。
 いつか世界に訪れるであろう、滅びの危機のために。
 いつかここを訪れるであろう、何も知らない『僕』のために。
こんにちは、高良です。
いつの間にか随分久しぶりの投稿になってしまって流石に申し訳ないです。連載放置して書いてたものについてはそのうち活動報告にでも上げます。
さて、ここからしばらく説明回が続きます。ジルは今までばらまいてきた伏線を回収しに聖地にきたと言っても割と間違っていません。あと数話で第六部は完結なのですが、その数話はひたすら説明です。第七部からぐわーっと動かすのでご容赦願います。
今回の話が短かったので、年明けすぐくらいに更に短い話をもう一話更新する予定です。

それでは皆様、よいお年を!
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