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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第六部

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第八話 愛に帰す

 近づいてきた彼が触れた瞬間、ばちっと一度だけ金の火花が散ったかと思うと、今までずっとあたしを縛っていた鎖はあっさり弾け飛ぶ。破片はあたしに当たることもなくそのまま消えて、軽くなった手首を擦りながら呆然とジルを見上げた。
「今の……魔法、なの? でも魔法陣は、それに呪文だって」
「それについては、後でゆっくり話そうか」
 魔法を使うには古語による呪文と魔法陣が絶対に必要で、熟練した魔法使いであってもそれを省くなんて出来るわけがない。けれどジルは予備動作も何もなく、唐突に鎖を消し去った。それを指摘すれば、困ったような苦笑が返ってくる。いつの間に脱いだのか、ふわりと肩に上着をかけられた。見上げれば彼はあたしを安心させるように頷いて、あたしの頬を濡らしていた涙をその指でそっと拭う。指に巻かれた包帯に気付いたのか、その目が痛ましげに細められた。
「ごめんね、少しだけ待っていて」
「っ、でも、ジル」
 意識せずとも魔力が視認出来るということは、つまりそれだけの魔力が体の外に出ているということだ。思い出すのはウィクトリアで、彼の元へと駆けつけたときのこと。あのときもその体は薄青の光を放っていて、魔力を体外に出しすぎたジルは死にかけていた。今その中に時折混ざる金色の火花については何も分からないけど、どっちにしろ下手をすれば命に関わることに変わりはないだろう。そう思って声を上げるも、「大丈夫」とジルは微笑んだ。
「ふざけるな……どこでその力を手に入れた!」
「貴方のおかげですよ」
「何だと?」
 怒りを露わにする城主に対し、ジルはどこまでも落ち着いている。穏やかな微笑はそのままだったけれど、男に向けられた瞳に滅多にないほど冷たい色を浮かべているのは、ここからでもよく分かった。
「どこで……という問いに答えるなら、ずっと僕の中にあったのでしょうね。ですがリザの身に危険なことが起こらなければ、恐らくこの力は眠ったままでした。その点については、感謝しているのですよ」
 そこで一旦言葉を切ると、彼は纏う雰囲気を僅かに変える。ばちっ、と一際大きく金色の火花が散った。「ですが」と続く声は、普段よりほんの少しだけ低い。
「リザをここまで追い詰めた貴方のことを……僕は、許せない」
 その言葉を聞いて、ようやく違和感の正体に気付く。ジルがここまで怒りを露わにしたことが、果たしてあっただろうか。少なくとも、前世むかしの彼には決して出来なかったのだと思う。嫌われることを極度に恐れたせいなのか、それとも彼がずっと感じていたはずの孤独がそうさせたのかは分からないけど、とにかく怒るという行為自体を滅多にしなかった。叱ったり諭したりするのが、きっと彼にとっての限界だったのだ。そもそも慎は他人を恨んだり嫌ったりすることすら、自分に許してはいなかった。
 ウィクトリアでのあの出来事以来、彼のそういう悪癖は改善されつつある。それでも、あの王女のことさえも、ジルは憎んではいないのだ。苦手意識はかなりあるみたいだけど、ニナを守る存在としての奴のことは許容していた。そんなジルが他人に対して許せないとはっきり言い切るなんて、直接聞いていなければ信じられなかっただろう。……何よりも、その理由があたしであるというのが、信じられない。期待してしまうから、そうして落胆するのは嫌だから、その言葉を信じるのが怖い。
「貴様の許しなど要るものか……どこまで私を馬鹿にする気だ! 我が主の命令以外の物に価値はない!」
「……主というのは、ルフィノ=ウルティアのことですか」
 その名を聞いた瞬間、条件反射のようにびくりと体が強張った。さっきの城主の言葉から予想は出来ていたけど、それでも恐怖が薄れるわけじゃない。そんなあたしの反応に気付いたのだろう、ジルが宥めるように背を撫でてきた。
「だったら何だ? 貴様如きがあの方の名を口にするな、不愉快だ」
「そう……やっぱり、か」
 顔を顰めた城主に対し、ジルはどこか苦い声色で、ぽつりと呟く。不意に上がったその手から放たれた金の光が、城主を縛るように絡みついた。あっさり奴が捕まったのが意外で思わず目を瞬くと、ジルがその理由を囁く。
「彼が使った魔法道具には随分苦しめられたけれど、エイヴァリー自身が魔法を使えないことは変わらないよ。魔法無しで武器を使って戦うのならともかく、それ以外の条件で彼に勝ち目はない。だから最初に僕の魔法を封じたんだろうね」
「……殺す、の?」
 彼がウィクトリアに囚われていた頃、アネモスの騎士を手にかけたのは知っていた。それ以外でも、治安の悪い国に行けば自分の身を守れるのは自分だけだから、この世界はかつて生きていたあの場所よりも殺人が身近にある。だけどそれとこれとは話が別で、あたしのせいでジルがその罪を犯すなんて、絶対に嫌だった。たとえこの男が奴の手先でも、あたしとジルに対して酷いことをした相手であっても。けれどあたしの問いに、ジルは苦笑して首を振る。
「彼の身分がネヴェイアの領主であることに変わりはないから、この国の法で裁かれるべきだと思う。このまま連れて行って、こちらの国王陛下に事情を――」
 その言葉を遮るように、狂ったような哄笑が耳に届いた。ぎょっとして視線を向ければ、拘束されたままの城主が見開いた目をこちらに向けて笑っている。その足下に複数の魔法陣が現れたのを見て、ジルが息を呑んだ。
「……まさか」
「あの方の手足となれないのであれば、最早この体に用は無い……!」
 揺さぶるような衝撃と共に、爆音が耳を劈く。けれどそれとほとんど同時にジルが覆い被さるように抱き締めてきたおかげで、何が起こったのかは全く分からなかった。
「何てことを……」
 頭上から聞こえた呟きはどこか呆然とした色を帯びていて、彼がそんな感情を表に出すのは珍しい。「何があったの?」と身じろぎすれば、ジルはあたしを離すのではなく、逆に腕の力を少しだけ強めた。
「見ない方がいいよ、リザ。エイヴァリーが自爆したんだ。恐らく、そういう魔法道具を隠し持っていたんだろうね。ルフィノの下にいるのなら、死を恐れないのも不思議じゃない……失念していたよ」
 自爆、ということは城主はかなり悲惨な状態になっているのだろう。僅かに見える部屋の隅の辺りはぱらぱらと天井が崩れていて、それが爆発によって引き起こされたのなら部屋は半壊に近いはず。その中心にいたあの男が生きているわけもない。ならジルがあたしを抱き締めたのは爆発から身を守るためだけじゃなく、その光景を見せまいという意図もあるのかもしれない。
 あたしやジルにとって、死というのは生まれたときからずっと身近にあるものだった。あいつ……ルフィノも前世の記憶を持っているのなら、その影響を受けているらしい城主にとっても、死は終わりではないのだろう。いざとなったら死ね、というのは、もしかしたらそんな考えを抱いているルフィノの指示だったのかもしれない。……命は、生は、もっと重いものであるはずなのに。
 それを考えて黙り込んだところで、不意に建物が再び揺れた。同時に、下の階の方から二度目の爆音が聞こえる。ジルがまずい、と呟いて、いきなりあたしを抱きかかえた。そのまま、あたしが部屋の惨状を見る前に廊下へと飛び出して走り出す。けれど階段が見えたところで、不意に彼は足を止めた。
「……駄目だね、転移の方が早いかな」
「ジル?」
「城中に同じ魔法具が仕掛けられていたのか、それとも彼が死んだら城が崩れるようになっていたのか……そこまでは分からないけれど、とにかく巻き込まれるわけにはいかないからね」
 言い終えるなり、ジルから放たれていた薄青の光がその強さを増して辺りに広がる。いわゆるお姫様抱っこという状態では床は見えないものの、恐らくそこには魔法陣が描かれていることだろう。本当なら両手が塞がっている状態で魔法を使うなんて歌守の癒しの歌を除けば不可能なはずだけど、今のジルならやってのけてもおかしくはない。辺りを飛び交う金の火花は、ばちばちと勢いを増していた。大丈夫、と彼はさっき言ったけど、それでも不安になる。手に力が入ったのに気付いたのか、ジルはあたしを見下ろして穏やかに微笑んだ。
「平気だよ。……ネヴェイアの国王陛下に事情も説明しないといけないし、向こうの城まで転移してしまおう。この力については、その後でね」
 言われてみれば確かに、あたしたちが領主の元を訪れていることは別に隠してはいないわけだから、国王が知っていてもおかしくない。その状況で領主がこんな死に方をしたと知られれば、疑いはこちらにかかるのだ。そんな面倒は、出来るだけ避けたい。
 もっともジルがいるのだから、それについては彼に任せてしまって大丈夫だろう。頷くのと同時に、視界が薄青の光に覆われた。

 ◆◇◆

 国王陛下への謁見は、驚くほどすんなり終わった。風の国の賢者、という僕の立場というのはこういうときに便利で、普通ならそう簡単には会えないはずの存在に対して、簡単に目通りが叶う。貴方の国の領主に殺されかけました、という言葉は普通なら信じてもらえず放り出されるか、下手をすると投獄されかねないようなところだけれど、そこは僕の話し方次第だった。決定的な証拠は無いとはいえ怪我や城の爆発は事実であるわけだから、何も無い状況で説得するのに比べれば楽なものだ。
 謝罪と共にしばらく城で休んでいくと良いというありがたい言葉をいただき、勧められるままに体を清めてから与えられた部屋に戻ると、リザがベッドに倒れ込むようにして眠っていた。僕が王に謁見している間に服を見繕ってもらうように、離れることを嫌がる彼女を説得したのだ。僕も心配ではあったけれど、そういう場に男がついていくわけにはいかないし、何かあればすぐに駆けつけるからと。
 そのままの体勢では寝にくいだろう、と近付いて抱き上げれば、彼女も湯浴みした後なのか、赤い髪が僅かに濡れているのが分かる。寝台に再びその体を下ろしたところで、リザは「ん」と小さく声を上げた。その目が薄く開いて、ぼんやりと僕を見つめる。
「……ジ、ル?」
「ごめん、起こしたかな。疲れているだろうし、まだ寝ていても――」
「嫌」
 白い包帯に覆われた手が、力なく僕の服の裾を掴んだ。ゆっくりと体を起こし、いや、と震える声でもう一度呟く少女に、僕は苦く笑ってみせる。同じ寝台に腰かけ、その手にそっと自らの手を乗せれば、彼女はびくっと肩を震わした。着替えたときに包帯も交換したのか、今はそれは真っ白だけれど、助けに入ったときは指先の方に血が滲んでいたのだ。だから、どこに傷があるのかは分かっている。
「痛かったでしょう」
「……今は、痛くないわ」
「だけど、もっと早く助けに行くべきだったのに」
「それでも間に合ったじゃない。助けに来てくれるって信じてたわ。だから、大丈夫」
 大丈夫であるわけがないのだ。だってあのとき、彼女は泣いていた。僕以外に涙は見せないと言った、柚希の頃からずっとその誓いを守り続けてきたリザが。それがどういうことか、分からないほど愚かではない。彼女が強がって微笑んでみせるのは僕のせいだと、それもよく分かっていた。
「お互い、文句なしに無事とは言えないけれど……それでも、間に合って良かった」
「ジル?」
 傷に障らないようにとはいえ、手に力を込めたのが分かったのだろう。訝しげに僕を見上げるリザに、僕は弱々しい微笑を返す。言わなければいけないことはたくさんあるのに、それを一言でも口に出すのはとても勇気がいることだと知った。
「誰にも渡したくないと、そう思ってしまったんだ。君を喪うのはとても恐ろしいことで、リザのいない世界で生きるなんて僕には耐えられないと。これを愛と呼ぶのなら、僕はきっと君を……リザのことを、愛している」
 それを聞いた瞬間、深い紫の双眸が零れそうなほどに見開かれる。少しして、彼女は信じられないとばかりに首を振った。
「嘘」
「こんなときに嘘は吐かないよ」
「だって、……本当に? 同情とか慰めるためとか、そういうのじゃなくて……本気で、言ってるの?」
 もちろん、と頷けば、リザは僕から逸らすように俯く。その膝の辺りに掛けられていた布団に、ぽたぽたと雫が落ちては消えていった。慌てて覗き込むと、彼女は僕に見せまいとばかりに空いている片手で目を覆い隠す。それでも肩が震えている時点で、泣いているのは隠しようがなかった。恐る恐る抱き締めれば、小さなその体は逃げることなく、僕に体重を預けてくる。
「……遅い、のよ。ずっと、前世むかしからずっと、待ってたのに」
「うん。ごめんね」
「謝らないでよ」
 どっちが悪いとかじゃないんだから、とリザは顔を見せないまま呟いた。じゃあどうすればいいのかと思わず苦笑して、彼女を抱く腕に少しだけ力を込める。どうしても伝えなければいけない言葉が、もう一つあった。
「ありがとう、リザ。待っていてくれて……僕を、愛してくれて」
 僕にとってただ恐ろしいだけだったものを、そうではないと教えてくれた。何も言わずとも本当の僕に気付いてくれた、臆病な僕をそれでも愛してくれた彼女にしか、それは出来ないことだった。だから、ありがとうと。
 それを全て言わずとも、リザにはちゃんと伝わったのだろう。表情は見えなくとも、彼女が微笑んだのは分かった。
こんばんは、高良です。

長かった……!(ぐったり)
話数にして百五十六話。周りがバカップルばかりなのに主人公カップルはくっついてすらいない、と散々ネタにしてきましたが、ようやくです。本当に長かった。
愛してくれてありがとう、と、ジルに言わせたかったのです。ずっと恐れてきたものを彼が受け入れるのに、相応しい言葉はこれしかないと思っていました。根っこの部分がヘタレな賢者様なので心配でしたが、ちゃんと言ってくれてよかったよかった。
あ、サブタイは「かえす」じゃなくて「きす」です。
次から第六部後半戦です。

では、また次回。
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