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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第六部

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第四話 壊れた鎧で強がる

 体中が重い。後頭部に感じる鈍い痛みが不快に思えて、アタシはゆっくりと瞼を持ち上げた。けれど視界は闇に包まれたままで、辺りの様子など知りようがない。そもそもここはどこだろう、と意識を失う前の記憶を辿って、……不意に蘇ってきた記憶に、身を強張らせる。
「あ、……っ」
 そうだ、殴られたのだ。だから今もこんなに頭が痛いのだろう。傷口を確かめるために手を持ち上げようとして、それが出来ないことに気付いた。鎖か何かによって頭上で纏められた腕は、どうやってもそれより下には動かせそうにない。無理やり左右に動かすことは出来るけれど、それをしても頭痛が酷くなるだけで、拘束は緩みもしなかった。体が重いと感じたのはこのせいもあったのか、と一人納得する。座り込んでいるような体勢だから、実際に感じているのは精々腕の重み程度だ。それでも、怪我のせいもあってか何となくふらふらするような感覚は消えなかった。
 立ち上がろうとすれば出来るだろうけど、わざわざ無駄に体力を消耗することもないだろう。何でこんなところに、と考えたところで、思い当たる理由は一つだけだった。最悪だ、とアタシは唇を噛む。こんなことなら来実の忠告を素直に聞いて、さっさと警察に届けておくんだった。ただのストーカーと侮ったアタシが馬鹿だった。今更後悔しても遅いけど。
「……それで、アタシをどうする気」
 唸るように呟けば、気を失う前に聞いたのと同じ、低い笑い声が返ってきた。いくら周囲が暗くても、しばらくすれば目は慣れる。部屋の隅に感じていた人の気配の正体は、アタシをここに連れてきた張本人以外ありえないだろう。その予想は正しかったようで、笑い声から一拍おいて、突然部屋の中が明るくなった。
「っ」
「どうする、だと?」
 暗闇に慣れた目には眩しすぎて、思わず目を瞑る。その隙に近づいてきたのか、答えはすぐ目の前から返ってきた。無理やり目を開けると同時、ぐいと顎を掴まれる。男の顔に浮かぶ薄い笑みに、背筋が凍った。口元は笑っているのに、その目の奥は冷え切っていて、心が少しも伴っていないように見えて。無駄に整った造形なのが、余計に恐怖を煽るのだろう。
「自分が置かれた状況が分かっていないのか? この後何があるか、想像出来ないような子供でもないだろうに」
「このっ……変態」
 馬鹿にするような嘲笑に対し、睨みつけることしか出来ないのが悔しかった。足は両方とも自由だけど、俗に女の子座りと呼ばれるようなこの姿勢じゃ、咄嗟に奴を蹴ったりなんて出来るはずもない。それでも僅かに足を動かしたのを悟られたのか、体勢を変える前に左の太腿を掴まれた。食い込む指に、思わず「痛っ」と顔を歪める。けれどその指はそのまま足の間へと進んできて、さっと血の気が引いたのが自分でも分かった。
「な、どこ触って――」
「何だ。お前、まだ処女なのか」
「ひっ」
 誰にも触られたことのない場所に奴の指が入り込んでくるのが分かって、無意識のうちに小さな声が漏れた。彼の言う通り経験も無い、しかも少しも濡れていない状態で気持ちいいわけもなくて、ただ僅かな痛みと不快感だけがあった。けれどそれを認めるのはこの男に負けるのと同義に思えて、無理やり恐怖を抑えつける。
「……だから、何よ」
 自分の声が震えているのは、アタシ自身がよく分かっていた。それでも、……アタシは何も悪いことなんてしてないのに、こんな男に屈する必要なんてない。弱さを見せるのは、アタシが傍にいることを許してくれた慎への裏切りだ。それは、出来ない。それをしてしまったら、慎がいなくなってから生きてきた意味が無くなってしまうから。強くなければ、慎の傍にはいられないから。
「さっさとやることやって、殺すなら殺せばいいでしょ? その程度で屈したりしないわよ、アタシ。どうなろうと、あんたが死ぬまで呪ってやるわ!」
「呪いか」
 まるで面白い冗談でも聞いたかのように、男は喉を鳴らす。けれどその目の奥には確かに、嘲るような冷たい色が見えた。
「生憎、互いに既に呪われている身だ。呪うだけ無駄だろうな。……そうやって、いつまでも虚勢を張っていればいい」
 表情だけじゃない、声にもはっきりと浮かぶ無機質な色に、アタシは思わず息を呑む。
 着ていた服の引き裂かれる音が、何重にも響いて聞こえた。

 ◆◇◆

 部屋中に響いた絶叫に、思わず跳ね起きる。乱れた呼吸を必死に整えて、一拍遅れて自分自身の悲鳴に起こされたことに気付いた。背中を伝う嫌な汗もそのままに、あたしは震える体を抱き締めた。
「違う……違う」
 あたしは宝城柚希じゃない。あれは夢で、性質の悪い悪夢で、今この世界に生きているあたしとは関係ない、もう終わった過去むかしの夢で、……だけど、手足に感じる鎖の重みは、紛れもなく現実だった。
 柚希の時とは違って、起き上がって少し動く分には何の支障もない。精々、鎖が重くて邪魔な程度だ。それでも寝台から降りることは出来なくて、あたしにとってこの部屋は牢と変わらなかった。この広い寝台は、見えない小さな檻だ。あの扉がいつ開くのかとずっと身構えて、扉の向こうから現れる相手に怯え続けて過ごすしかない。地獄のようなあの日々と、一体何が違うだろう。
「……っ」
 ふと視線を下げれば、無理やり着せられた薄い服の隙間から、赤い痕が覗いて見えた。意識を失う前に何があったのか思い出して、その事実から逃げるように目を強く瞑る。けれどそうすれば瞼の裏に蘇るのは柚希の悲惨な最期で、小さく、殆ど吐息に近い悲鳴が漏れた。一度は治まりかけていた体の震えが、また蘇る。
 正確な日数なんて知りようがないけれど、ここに閉じ込められてから、もう数日が経っていた。ジルがあたしにかけていた魔法は、発動すればするほど効果が薄れていくようなものだ。城主もすぐにそれに気付いたようで、毎晩のようにあたしの体を弄んでいた。発動はある程度あたしの意志で操作出来るから、魔法が少しでも長続きするように、本当にやばいと思った時以外はなるべく耐えている。だから最後の砦こそ破られていないものの、文句無しに貞操が無事とは言い難かった。……魔法が解けたら、きっとそれすら奪われるのだろう。
 それだけじゃない。今はまだ性的な嫌がらせに留まっているけど、それが命に関わるような拷問に切り替わらない保証はどこにもないのだ。それがどうしようもなく恐ろしくて、けれど意地になって強がってしまうのも柚希の時と変わらない。彼以外に涙は見せないという誓いはまだ続いていて、だから壊れそうになりながら必死に耐え続けていた。柚希も、あたしも。
「ジル……」
 あたしは、弱くなった。宝城柚希の持っていた強さを、全部ジルにあげてしまったみたいだ。いつそうしたのかは分からないけれど、心当たりはいくつかあった。だって前世むかしなら、耐えていられた。この程度で怯えて震えたりしなかった。恐怖を抑えるだけの強さが、かつてのあたしには確かにあったはずなのだ。
 それが良いことだとは言えないけれど、でもあの時と酷似した状況に置かれれば話は別だった。恐怖を恐怖のまま抱え続けて、耐えるなんて出来そうにない。柚希は最期まで強がり続けたけど、あたしはそのうち折れてしまいそうだった。
「……助けて」
 だから、数か月前にようやく言えるようになったばかりの言葉を、小さな小さな声で呟く。ジルが傍にいなければ何も出来なくなってしまったけれど、それでも彼が生きているという事実が、僅かに残った柚希の強さを呼び起こしていた。大丈夫、こんなの柚希が受けた拷問に比べれば何ともない。助けが来ないと分かっていたあの日々とは状況が違うのだ。ジルは絶対に助けに来る。だから、それまでなら、きっと頑張れる。
 こんな絶望的な状況でも、彼を信じると決めた自分の心は裏切れないから。
こんばんは、高良です。

リザ回というか変態回というか何というか。あれですこの子本当そういう相手に好かれる体質ですよね、いえ実は違うんですけれども。多分読者の皆様も薄々勘付いていらっしゃると思うんですが全部元凶は同一人物です。
果たしてリザの強がりは報われるのでしょうか。

では、また次回。
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