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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第五部

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第二十二話 運命は手招く

「リザ、起きて」
 誰かにそっと体を揺すられて、いつものように夢に落ちていた意識はふわりと浮上した。誰に、なんて見るまでもない。あたしが、ジルの声を聞き間違えるわけがないのだ。目を開けば予想通り、真っ先に視界に入るのは見慣れた彼の顔。
「……どうしたのよ」
 寝台の上に起き上がって辺りを見れば、まだ夜中だろうというのはすぐに分かった。何かあったのだろうか、とジルを見上げれば、彼は申し訳なさそうに微笑む。
「ごめんね、こんな夜遅くに。疲れているだろう? でも、今しか時間はないから」
「それは……あたしは平気だけど、ジルこそ大丈夫なの?」
 気候が元に戻ってからもしばらく警戒は続いていたけど、あの後魔物が現れることは無かった。それで神子の帰還を確信したからだろう、祝宴は夜遅くまで続いて、神国に貢献した人間は色々なところから引っ張りだこだったのだ。その賛辞は前に出て戦っていたジルやルフィノ、それに神殿の騎士たちだけじゃなく、傷を負った騎士を治癒しまくっていたあたしたちにまで及んだ。あたしは元々あまりああいう場が得意じゃないから確かに疲れたけど、終始大勢の人に囲まれていたジルよりはマシなものだったのだろう。そう思って訊ねるが、ジルは首を横に振った。
「僕は何と言うか、ああいうのは慣れているからね。数年前までは公爵家の一員だったから。舞踏会なんかも、あまり気は進まなかったんだけど、出ないわけにはいかなかったし」
「ああ、そっか……そうよね。それで、時間がないって、何が?」
 そういえばこいつはそういう家の出だった、と思い出す。あたしがジルと初めて出会ったときには既に彼は前の名を捨てた後だったから、そういう目で見たことは無い。だけどアネモスの人間にとっては、そして他国の有力者にとっても、ジルは未だにそういう存在なのだろう。ならばあの場であれだけ大勢が群がっていたのも納得だし、ジルがそれに動じていなかったのも頷けた。本題に戻って訊ねれば、彼はその表情をどこか悪戯っぽい微笑に変える。
「もちろん、逃げるんだよ」
「……逃げ、る?」
「そう。この国から――ルフィノ=ウルティアの監視下から。動くなら、早い方が良いだろう?」
「ま、待ってジル、それは」
 足を引っ張るのは嫌だ、あたしはそう言ったはずだった。慌てて咎めるように見ても、ジルは涼しい顔で微笑んだまま首を振る。
「平気だよ」
「どこが平気なのよ! だって――」
「あの祝宴の意味はね、リザ。神子の帰還と異常の終焉を、神国クローウィンが公式に認めたということなんだ。だから、僕が受けた異変をどうにかするという依頼もおしまい。国王陛下からちゃんとそう言われたわけではないけれど、ね」
 そこは緊急事態だし分かってもらおう、と彼は笑った。……目の前にいるのが慎ならありえないことだ、と思わず息を呑む。ジルは、確かに変わった。そう言ったらきっと彼は、あたしが変えたのだと笑うのだろう。
「うん、リザが変えてくれたんだよ」
「……何も言ってないわよ、あたし」
「前世からの付き合いなんだ、顔を見れば分かるよ。そういうわけだから、今の僕たちはもうただの旅人だ。今夜黙って行方を眩ましても、咎める人はいない。戸惑いはするかもしれないけれどね。でも、このクローウィンで僕たちがすべきことは、全て終わった」
 だからね、と青年は目を細める。
「絶対に何とかすると、僕は言ったはずだよ。あれは嘘じゃない。君が逃げたいのなら、早く逃げてしまおう」
 それはかつて柚希を救ったあの笑顔によく似ていたけれど、慎のそれよりずっと明るかった。誰にでも向けられていた、けれどどこか陰鬱としていて自虐的だった慎の優しさではなく、あたしだけに向けられた、労わるようなジルの微笑。それが嬉しくて、……嬉しいと思ってしまった自分の弱さに気付いて、あたしはそっと唇を噛む。それに目ざとく気付いたのか、ジルは苦く笑った。
「僕がそうしてしまったのは、分かっているんだけれど……君は、もう少し弱くなるべきだね。強くあろうと頑張りすぎると、いつかきっと折れてしまうから」
「あんたが言うと洒落になんないわよ」
「……僕は、弱いよ。弱かったから、ここにいるんだ」
 自嘲気味に首を振るジルに、あたしは顔を顰めてみせる。確かに慎は誰よりも弱かったけれど、同時に異様なほど強かった。弱さを隠し通すという強さを、最期まで貫き通した。自己犠牲は決して褒められたものじゃないけれど、他人のために自分の身を投げ出すその行為も、確かに一種の強さではあるのだ。
 結局それは彼から何もかも奪っただけだったけど、とジルを見上げる。右目を覆う眼帯をあたしが見ているのに気付いたのだろう、彼は「ね」と苦笑する。矛盾してるわ、とあたしは黙って苦笑を返した。頼れと言ったその口で、自分は弱いと繰り返す。
 ああ、だけどきっと今なら、あたしは彼を信じられるだろう。自らの弱さを認め受け入れた、その上であたしを護ると言ってくれた、ジル、貴方なら。
「……たすけて」
 呟いた声は、小さく掠れていた。柚希だった頃から、ずっと言いたかった言葉。ずっと言えなかった一言。
「助けて、ジル。あたし、あんな奴と同じ場所になんて、いたくない」
「うん」
 それを聴いて、ジルは満足気に微笑む。
「じゃあ、逃げようか。リザ」
 あたしを置いて逝くのではなく、自分を犠牲にしてあたしだけを逃がすのでもなく、二人で、と。ずっと願ってきた言葉に、僅かに視界が滲む。そうしてあたしはようやく、差し出された彼の手を取れた。

 ◆◇◆

 神国クローウィンの王城から、二つの気配が消える。ルフィノ=ウルティアはそれを、彼に与えられた部屋の寝台の上で感じ取っていた。横になったまま視線だけを窓に向ければ、開け放たれた窓の外には月が煌々と光っている。窓は他でもない、彼が開けたのだが、ルフィノはその明るさに顔を顰めた。しかしわざわざ閉めるために起き上がる気にもなれず、黙って目を閉じる。暗闇の方が遥かに落ち着くのは彼の性質がそうなのか、それとも長い年月がそうさせたのか。間違いなく後者だろう、とルフィノは僅かに唇を歪めた。遠い遠い昔、まだ彼が『彼』であった頃は、確かに違っていたはずなのだ。……そう、彼らにとって、彼女こそが光だったのだから。
「……俺が動く前に逃げられたのは、久しぶりだな」
 その言葉は正しくはない、と彼自身が知っている。この城を訪れて間もない頃、自分は一度だけ動いた。だから二人は逃げたのだろう。彼らはそうするだろう、と分かっていてああしたのだから、動揺は皆無だった。
 前回はそもそも見つけるのに時間をかけすぎた、とルフィノは思い返す。彼女の隣に彼の姿はなく、ゆえに自分はすぐに行動に出た。だから逃げられる以前に、知り合いすらしなかったのだ。……思えば今回は珍しいことが重なっている。自分と出会う前にあの男が命を落としている、それ自体は何度かあったことだが、それが彼女の精神にああも影響を与えるとは思わなかった。そしてその記憶を、まさか二人とも引き継ぐとは。片方だけが覚えているというのなら、全く無かったわけではない。それは悲劇を呼ぶだけで、ルフィノにとっては面白いことだった。両方が覚えていても、きっと更なる悲劇が起こるだけに過ぎないと、そう思っていた。だが、彼らの様子を見るに、どうやら自分の予想は外れたらしい。
「それも、よりによってこの世界で、か」
 だが、それも必然なのだろう。自分たちはこの世界で生まれたのだから。神子でさえ生まれた世界に還るというのに、廻り続ける自分たちにそれが許されないわけがないのだ。むしろ前回のように他の世界に転生する方が稀で、運命とは常に、彼らを生まれた世界に縛り続ける鎖であり続けた。――薄々と気付いていながら、彼は目を逸らす。自身の犯してきた罪、重ねてきた矛盾。正気でいると常に纏わりついてくるそれから、目を逸らすために狂気に身を委ねて、ルフィノは彼女を想う。
 逃げた二人を追うつもりは、今はまだ無かった。直接でなくとも、使える手駒ならある。最終的に彼らが運命に屠られる前に、全て奪うのが自分であれば、それで良いのだ。焦る必要はない。
「……間に合いさえ、すれば、構わないんだ。姫」
 彼は知っていた。自分すら例外ではないことを、時間をかけすぎれば自分もまた世界に殺されるという事実を、誰よりも知っていた。だが、ルフィノにとってそれは終わりではない。永遠を与えられた彼は、ただ一人『彼』のままで、廻り続けるのだから。
 彼らの神は決して微笑まず、ただ嘲笑うのみである。遠い遠い昔、彼が誰よりも信頼していた、けれど全てを裏切った青の賢者の言葉から、ルフィノは目を逸らし続けた。
あけましておめでとうございます、高良です。今年最初の更新が第五部最終話になるとは予想外でしたが、今年も枯花を、そして作者をよろしくお願いします。

第四部でも語られていたジルリザの逃亡。かつて柚希を殺した彼の目的は、果たして……。

そんなわけで、前述の通り第五部はこの話で終了。前世から続いていた、ジルリザ双方が抱えていた心の問題については、これで互いに(ひとまずは)解決と言うことになるでしょうか。まだくっついてすらいないけれども。浮上してくるのは第四部からカタリナさん辺りが語っていた、そしてニナも懸念していた『世界』の問題、それとルフィノの抱える闇ですね。全八部となる予定の今作も、ようやく終わりが見えてきました。完結は……何年後でしょう。
第六部ではどうやらジルリザの関係に色々と変化が訪れるようですが、その前にお馴染みの番外編を挟ませて頂きます。誰が主役かはまだ内緒。

では、また次回!
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