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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第一部

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第十四話 濁流に沈む想い

「もう嫌、あんな奴別れてやるわ! 本当信じられない! 最低!」
「……落ち着いて、咲月」
 僕はその日もまた、真澄と喧嘩して荒れている咲月を宥めていた。高二になってしばらく経ったけれど、最近の二人は喧嘩ばかりである。元々よく喧嘩するカップルだったけど、今年になってからその回数は増え続けていた。もっとも、仲直りしてしまえば普通のカップルよりも仲良くいちゃついているという、よく分からない関係なのだけれど。
 そして真澄と喧嘩するたび、咲月は逃げるように僕の家に来て愚痴っていた。小さい頃からよくあったことではあるけれど、でも流石にそろそろ警戒心とか危機感というものを持ってほしい。僕だって、耐えるのには限界があるのだから。
「ねえ、聴いてるの慎!」
「もう聴き飽きたよ」
 皮肉を込めて嘆息すると、彼女は不服そうに僕を睨んだ。
「今回は悪くないんだからね、私。そりゃちょっとだけ言い返しちゃったりはしたけど、でも全部真澄が悪いんだから」
「わざわざ僕に宣言しなくていいから、さっさと仲直りしなさい。こっちが居心地悪いから。少しでも言い返したなら咲月にも非はあるよ」
「う……」
 返す言葉を失う彼女に説教を続けながらも、心のどこかでは分かっていた。僕のこの言葉すら――いや、この言葉こそ、八つ当たりなのだと。
 僕がずっとずっと欲しかったものを手に入れておきながらぞんざいに扱う、真澄への。
 僕よりも真澄を選んでいながら彼と喧嘩ばかりしている、咲月への。
 こんな自分が嫌いだった。どう足掻いても叶わない恋をいつまでも引きずって、彼らが二人で幸せになることを心から願えない自分が。何も思うことなく、ただ彼らの道を応援できたらと、何度思ったことか。それが出来ないならいっそ咲月を奪い取ってしまう勇気があればと、何度思っただろうか。
 そう。そのどちらかが出来ていたら、きっと何かが変わっただろうに。

 数日後。もう冬の初めだというのに、僕たちの住む地域では豪雨が降り続いていた。夜からだろうか、その量は時間と共にどんどん増していって、テレビに目を向ければ荒れ狂う濁った川が見られる。外を出歩くことすら出来ない、というほどではないけれど、川の傍なんかは絶対に危険だろう。
 その日は日曜日だったけれど、ちょうど両親は不在。僕は家で読書や勉強なんかをして過ごすつもりでいた。
 玄関のチャイムが鳴ったのは、そんな時のこと。急かすように何度も鳴る電子音に慌ててドアを開けると、そこにはびしょ濡れの親友がいた。
「ま、真澄? どうしたの、それ……そのままじゃ風邪引くよ、とりあえず拭いて」
「そんなことしてる場合じゃない! なあ慎、咲月来てないか」
「咲月?」
 彼の口から出たもう一人の幼馴染の名に、僕は首を傾げる。
「今日は来てない、けど」
「マジかよ……くそっ」
 焦るようにそのまま雨の中へ駆けていこうとする真澄。そのただならぬ雰囲気に、僕は思わず彼の腕を掴んで引き留めていた。
「待って、咲月に何かあったの? また喧嘩した?」
「ああ、喧嘩した……それは良いんだ。けどよりによって、あいつ」
 顔を歪める真澄。嫌な予感に、黙ったまま先を促す。真澄は一瞬だけ逡巡するようなそぶりの後、必死の表情で僕を見た。
「慎、咲月を探すの手伝ってくれ。……あいつ、逃げてったんだ。俺がまた酷いこと言っちまったからだけど、でもこの雨だってのに、傘もささないで」
 それを聴いた瞬間、頷く間もなく体が動く。
「って、慎!?」
 真澄の制止など聴かず、気付けば僕もまた豪雨の中へと飛び出していた。

 ◆◇◆

 冷たく強い雨が、刺すように肌を叩き付けてくる。出てくる間際に玄関にかけてあった上着を取ってきたにも関わらず、この寒さ。だというのに、僕らの幼馴染は一体何をしているのか。
「せめて、建物の中にいてくれたらいいんだけど」
 呟いた声も、雨音に掻き消される。この雨では、闇雲に走り回っても体力を持って行かれるだけだろう。いや、見当をつけて最低限の距離を探したところで、相当消耗するだろうけど。
 探すのは、真澄がまだ探していなさそうな場所で、しかし咲月が行きそうなところ。心当たりはいくつかあったけれど、その中でも特に……
「本当に切れると自暴自棄になるからなぁ、あの子」
 辿り着いた先は、増量した川の岸。さっきテレビで見たときと同様に荒れ狂うその川は、しかしまだ注意報や警報などは出ていない。それでも、こんな大雨の中、濁流に近づく命知らずは普通いないものだけど。
 雨に視界を奪われながらも必死で探していると、ぽつんと佇む小さな影が目に入った。
「咲月!」
 彼女の名を呼びながら、傾斜を駆け下りて傍に行く。僕に気づいた咲月は、一瞬だけその顔を悲しそうに歪めた。しかしそれも一瞬のことで、すぐに彼女は悔しそうに笑う。
「慎。よく分かったね」
「何やってるのさ、こんなとこで……危ないだろ。傘も差さないで、風邪引いたらどうするの」
「風邪、かぁ」
 僕の言葉に、彼女は自嘲気味にまた笑った。
「風邪引いたら、真澄もちょっとは優しくしてくれるかなぁ」
「……凄く心配してたよ、真澄。血相変えて、びしょ濡れになって君のこと探し回ってた」
「そっか」
 咲月は嬉しそうに笑うと、しかし再びその顔を歪める。どこか泣いているような、笑顔。
「でも、私のこと見つけたのは慎だったね」
「それは」
「ごめんね、気にしないで。別に慎のこと責めてるわけじゃないもん。……だけどちょっとね、ちょっとだけ、期待してたのかも。こういう危ないところにいたら、真澄が心配して飛んできてくれるんじゃないかなって。真澄なら分かってくれるかも、って」
「咲月……」
 ……まだ、真澄なんだね。そんな言葉を、どうにか飲み込む。
 その期待を裏切られても、それでも君が愛するのは、もう一人の幼馴染の方なのだ。こんなに冷たい雨の下、凍えながらも咲月が待っているのは、僕ではなく真澄なのだ。
 分かっては、いたことだけれど。やっぱり、日に日に苦しくなっていく。
「とにかく戻ろう、咲月。本当に風邪引くよ。帰ろうとは言わないから、せめて建物の中にいよう」
 僕の言葉に、彼女は不服そうに俯く。少ししてこくんと頷くが、同時に何かを決意したように僕を見つめた。
「……私、今回は絶対に謝らないからね。真澄が謝るまで、絶対許さないんだから」
「そう」
「だって、私は悪くないもの! 真澄が酷いこと言うから、でも私、私は今回は何も言わなかったのに、今日は頑張って我慢してたのに、真澄がっ」
 いつの間にか、彼女は泣きじゃくっていた。涙は瞬く間に雨と同化して分からないけれど、それでも震える声で、肩を上下させて。
 ……僕だったら、泣かせたりしないのに。湧き上がる黒い想いを抑えつけて、僕は僅かに彼女に微笑んだ。
「言い返さなかったんだね、今日は」
「う、ん……もう慎に迷惑かけたくなかったし、このままじゃ駄目だって、だから私、それなのに」
「そっか」
「っ、ひっく……ねぇ慎、真澄は私のこと嫌いなのかな、だからあんな、あんないじわるばっかりっ」
「……それは無い、かな」
 そう。そうだったら、僕だって遠慮などしないのだ。真澄が咲月を嫌っていたら、二人を両想いにさせようと色々と協力することも無く、僕の方を振り向かせようとしていた。
 だけど、それは出来なかった。
「嫌いだったら、あんなに必死になって君を探したりしないよ。しかも、こんなに寒い雨の中で」
 真澄も、咲月のことが好きで好きでたまらないのだと――僕は、知っていたから。
 二人にとっては、相手と一緒にいることが一番幸せなのだと、僕だけが知っていたから。
「ねえ咲月、本当は君だって分かっているんだろう? 真澄は、少し不器用で天邪鬼なだけだ。本当は、誰よりも君が大好きなんだよ」
「……でも、私」
「うん、今回は僕も、謝れなんて言わないから。だから、せめてちゃんと話してごらん、真澄と。酷いことを言われると悲しい、って真澄にちゃんと言ってごらん」
 僕の言葉に、咲月は少しだけ微笑んで頷きかける。その時、視界に走ってくる一つの影が映った。
「いた、咲月っ!」
「真澄?」
 駆け下りてくる彼を、咲月は不安そうに見る。彼は僕の目の前で止まり、怒った顔で僕越しに咲月を睨む。
「お前、何やってたんだよこんなところで! この寒いのに勝手に飛び出して、俺だけじゃなくて慎にまで迷惑かけて! そんなんだから――」
「……何それ」
 彼の言葉に、咲月は泣きそうな顔で真澄を睨み返した。
「見つけて、一言目がそれなんだね。謝るどころか、心配すらしてくれないんだ」
「は!? 今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ! とにかく帰ってから」
「嫌っ!」
 咲月は大きく首を横に振り、後ずさる。その少し後ろに流れる濁流に気づき、僕は慌てて彼女を止めようとした。
「咲月」
「嫌、絶対嫌っ! 慎に頼まれたってお断りよ、もう真澄なんて――っ」
 言葉を切り、咲月が目を見開く。その体が、後ろに向かって倒れるように傾いだ。彼女が後ずさると同時、そのすぐ近くの地面が削られたのだ。連動するように崩れた地面を、咲月が踏んでしまったのだろう。
 背後には濁った濁流が、彼女を飲み込もうと口を開ける。
「咲月っ」
 真澄の叫び声。それよりも先に、僕の体は動いていた。
 一瞬、遅くなる周りの動き。助けを求めるようにこちらに伸ばされた腕を掴み、引っ張る。もちろんそれだけでは、二人とも落ちて終わってしまうだろう。分かっていたから、僕と彼女の立ち位置を入れ替えるように体を反転させた。真澄の方へと投げ飛ばすように、咲月を掴む腕に力を込める。
 重力には逆らえず、僕の背後に迫る水。親友が目を見開きながらも彼の恋人を受け止めたのを確認して、僕は微笑んだ。
 ……気付いてしまったのだ。僕がいれば、二人とも僕に甘えてしまう。僕がいなくなれば、きっと二人とも幸せになれるのだと。だから、君たちは、どうか。
「慎っ!」
 叫んだのは、どちらだったか。
 それを知るより先に、冷たく荒れた川に飲み込まれた。
こんばんは、高良です。

今回はずっと前世のターン。第一話の冒頭でも少しだけあった慎の死について、詳しく触れてみました。
喧嘩ばかりの二人を、しかし応援し続けたまま命を落とした慎。かつての記憶を取り戻してしまった少年王子は、この事実をどう受け止めるのでしょうか。

お知らせ。
作者がテスト期間に入るため、テストが終わるまで更新を停止させていただきます。次回の更新は早くて二月の最終日、遅くとも三月二日までのどこかになるかと。
少し間が空きますが、待っていて頂けると嬉しいです。

では、また次回。
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