挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第五部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

138/173

第十七話 そして獣は目を覚ます

 二人の不在が明らかになったのは、その直後のことだった。僕にとっては予想は出来ていたことだ、そこまで驚きはしなかったけれど、他の人たちの受けた衝撃は決して小さくはなかったことだろう。王子と神子の不在がアネモスにとってどういうことなのかは、考えなくとも分かる。この異常気象は神子がいなくなったせいか、と勘付いた者も多かった。確信はなくても、そこを結び付けて考えてしまうのは当然だ。
 けれど異変が起きたのは、アネモスだけではなかった。確認出来るだけでもアネモスと交流を持つ全ての国が、自国で同じ現象が起こっていると明かしたのだ。ということは、世界中で同じ現象が起こっていると見て間違いない。それを知って僕が初めにしたのは、陛下に神国クローウィンに戻る許可を頂くことだった。かの国から受けた依頼はそのままなのだ、放っておくことは出来ない。そもそも神子が原因だというのなら、クローウィンか聖地に行った方が対処法を探しやすいだろう。最初の神子の降臨から今までこんなことは起きなかったし、そもそもあの国の資料は殆ど調べ尽くしていたのだけれど、それでも動かずにはいられなかったのだ。
 そうして久しぶりに見た神国は、アネモスと同じように、他の全ての国と同じように、異常気象に苦しめられていた。
「……でも、アネモスやクローウィンはまだ良い方よね」
「そうだね。異常と言っても、そこまで大きく環境が変わりはしないから」
 リザの言葉に、僕は顔を上げ、頷いてみせる。
 異常気象。夏の二の月とは到底思えない、まるで初冬のような寒さ。それも直前まで暑かったのに、あの短い時間でいきなり気温が下がったのだ。適応するのは確かに辛いけれど、元々穏やかな気候のアネモスやクローウィンであれば、いきなりだからといって耐えられない寒さではない。問題は、毎年しっかり冬に備える必要があるような極寒の国々だった。
「智の国はそこまで寒くもならないし、魔法もあるから大丈夫だろうけど……グラキエスからは使者が来ていたよ」
「言ってたわね。アネモスに援助を求めたい、だったかしら。陛下は頷いたの?」
「もちろん。氷の国が独立して以来の同盟関係で、王女の嫁ぎ先だよ。かの国に恩も売れるわけだし、拒否しようとは思わないだろうね」
 とはいえ、アネモスとて冬に対する備えがまるでなかったのは同じだ。援助なんてたかが知れている。今のグラキエス国王は愚かではないから、これでグラキエスが滅びるなんてことはないと思うけれど、場合によってはハーロルト様が即位後にかなり苦労することになるだろう。ハーロルト様やクレア様はきっと今頃大変な目に遭っているだろうな、とくすりと微笑み、僕は話題を変えた。
「そういえばリザ、神泉は見てきた?」
「見たわ。やっぱりアネモスと似たような感じになってたわね。一緒にいた神官が物凄い顔してたわ」
「ああ、僕についてきた神官もそうだったよ。顔面蒼白で、今にも死にそうだった」
 どこかの国に神子が降りると……正確には神子が泉に触れると、その瞬間から全ての神泉が光を湛えるようになる。神子が降りた証だとか、神の祝福とか呼ばれているその光は、けれどあの日から失われてしまっていた。神泉の様子がおかしい程度なら、軽い違和感程度で済んだだろう。もちろん僕に調査を依頼しては来たが、急かされたことはなかった。けれど、泉から神の力が失われたのを見てしまえば、彼らが冷静さを欠くのもおかしなことではない。
「やっぱ、下手に信心深いのも良いことじゃないわよね。自分たちの信じてきた神様って奴がこんなことするろくでなしだなんて、そうそう受け入れられるものじゃないでしょ」
「神が原因だと決まったわけでもないけれど……そうだね」
 こうなってしまっては最早意味を為さないことだったけれど、僕とリザは当初の神国の依頼――神泉に起きた異変の調査を再開していた。とはいえ、文献は殆ど調べ尽くしてしまった上、神子が不在の今、出来ることはないに等しい。精々日に一度神泉に足を運んで、異変が無いか確認する程度である。むしろこの異常気象への対応に力を貸してほしい、とクローウィンの国王は僕に言ってきたし、僕もそれを承諾していた。『風の国の賢者』として旅の途中で色々な国の問題に首を突っ込んできたから、各国の王や重役への発言力はそれなりに強いのだ。国同士がまとまらなければいけないこの状況で、そのまとめ役に僕が選ばれるのは、仕方のないことだろう。
「何にせよ、この状況がずっと続くと良くないことに変わりはないよ」
「でも、どうにかする方法も分からないじゃない」
「……そもそも神子の不在が原因だというのなら、分かったところで僕たちにはどうしようもないよ。シリル様とニナが早く戻ってくることを願うのみだ」
「そう、よね。……その間に余計なことが起こらないと良いんだけど」
 苦い顔で呟くリザに、同じような表情を返す。
 だって、僕たちは心のどこかで知っていたのだ。どこまでも冷酷で無情な神が、こういうときだけ優しいだなんて、そんなことは決してありえない。何も起こらないわけがない、と……そんな予感は、見事に的中してしまうのだった。

 ◆◇◆

 俄に部屋の外が騒がしくなったのは、そろそろ昼食も終わろうかという頃だった。リザが扉の方を振り返り、首を傾げる。
「何かあったのかしら」
「……変な、感じだね」
「ジル?」
 ちくちくと肌を刺すような、どことなく不快な感覚。僅かに顔を顰めれば、彼女は何も感じないのか、訝しげな視線が返ってきた。考え込もうとしたところで、不意に外から悲鳴が聞こえる。それも一つではなく、何人もの悲鳴が重なって。息を呑んだのは僕もリザもほぼ同時で、そのまま飛び出すように部屋を出た。どこに向かえばいいのかは、なおも断続的に続く悲鳴が教えてくれる。少し走ると神殿と城とを繋ぐ中庭に辿り着いて、一気に視界が開けた。
「これって――」
 血を流して倒れている神官たちと、逃げ惑う人々。彼らを襲う、黒い煙を纏った獣。どこかで見たような、と一瞬だけ考えて、すぐに思い出す。隣で絶句するリザに無言で近寄るなと合図し、僕は小さく古語を唱えた。同時に描いた魔法陣は、薄青く光る檻となって獣を包み、動きを止める。恐らく倒れている神官のうち誰かの物だろう、落ちていた杖をそっと拾い上げると、怪我人の様子を見ていたリザが訝しげに見上げてきた。
「それ、どうするの?」
「借りることにするよ。これが無いと、少し苦戦するから。……説明は後だね。とりあえず動ける人たちに言って、怪我人の治癒を。ああ、先にどこかに避難させた方が良いかな。どうして『あれ』がここに居るのかは分からないけど、放っておくと少しまずい」
 こっちは何とかするから、と微笑んでみせる。リザは諦めたように嘆息すると、周りの人たちに指示を出し始めた。
 周りに人がいなくなったところで、僕は檻に閉じ込めたままだった獣に目を向ける。檻は黒い煙に触れたところから、まるで腐食したように崩れかけていて、他の人たちが逃げるまでもって良かったと息を吐いた。魔力で出来た物が魔法以外で壊れるなんて本来ならありえないことだけれど、それについて驚くことはない。いわば、あれは魔法の更に上の存在なのだから。
「……こういう時こそ、ニナがいれば良かったのかな」
 けれど、よく考えれば彼女はまだ魔法を習っていないのだ、いたところで何が出来るとも思えない。そもそも、神子がこの世界に留まっていたならこんな事態は起こらなかっただろう。苦い思いを吐き出すように嘆息すると、僕は檻から解き放たれた『それ』を見据えた。

 ◆◇◆

 怪我人の治療は、無事な神官たちが驚くほどすぐに終わった。人数が多かったから、一人一人魔法で治すよりも歌守の力で一気に治癒してしまう方が早かったのだ。僅かな躊躇いこそあったけれど、それを理由に躊躇っていたら治癒を習った意味はない。けれど治し終わったとき、その場にいた人々に向けられたのは好奇心にも似た眼差しで、それは自室に戻った今もあたしを縛っていた。もちろん羨望や尊敬もあったけれど、そんなの慰めにもならない。だからこの力は使いたくないのだ。数か月前までアネモスで使いまくっていたのは、非常事態だったから仕方なくだし、それだって場所が風の国じゃなければ実行に移しはしなかっただろう。
 目立つのは面倒ではあるけれど、別にそれが苦手なわけじゃない。なら何が嫌なのかと問われれば、歌守の力を使うこと、それ自体だった。使うたびに、魂の奥底で何かがざわめくのだ。……何となく、それはジルから原初の国のことを聞いたときに感じたものと似ていた。けれど、一体どうして。
 思考を遮るように、ノックの音が響く。その主は、見なくとも分かっていた。
「開いてるわよ、ジル」
「よく分かったね。……治療はもう終わったの?」
「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってんのよ。ねえ、ちょっと訊きたいことが――」
「じゃあごめん、ついでにこっちも治してくれるかな」
 あたしの言葉を遮るように、彼は服に隠れていた肩の辺りを指差す。鋭利な牙に引き裂かれたような傷を見て、あたしは眉を顰めた。
「……ジルも、なのね」
 傷自体は、おかしいものじゃない。あの大きさの獣に襲われたなら、これくらいの怪我はするだろう。けれど神官たちもジルも、傷の周りが焼け爛れているのはおかしい。それに、異常はもう一つあった。早口で呪文を唱え、傷をいやせば、彼はにこりと微笑む。
「ありがとう。無傷で倒そうと思ったんだけど、流石に厳しかったね」
「目が覚めた神官たちに聞いたんだけど、痺れが残るって」
「うん、ここがクローウィンで良かったよ。時間はかかるけど、治せるから」
 ジルはあたしの横を抜け、静かに部屋の中に歩いていくと、椅子に腰を下ろした。促されるまま対面に座れば、彼は前置きもあたしの問いへの回答も無しに切り出す。
「あれは、魔物だよ」
「魔物? 神子に封印されたっていう、あれ?」
 その話は一ヶ月ほど前にこの国でジルとしたばかりだった。遠い昔、当時の神子によって各国に封印されたのだと。でも、そんなものがどうして。そんな疑問が表情に出ていたのだろう、あたしが訊ねる前に彼は頷いた。
「この間も話したけれど、クローウィンには特に魔物が多いんだ。アネモスや他の国にも何体か封じられているけれど、神国は桁が違う。さっきのは小さなものだったけれど、一体で国を一つ亡ぼせるようなものも、ここには複数存在する」
「……何で、そんなのが」
「断言は出来ないけれど、恐らく神子の不在によるものだろうね」
 そこで言葉を切り、ジルはさっきまで傷があった肩の辺りを撫で、嘆息する。
「これも、ニナがいたらもう少し話は早かったと思う。……呪い、というのが一番近いかな。僕も詳しいことは分からなかったんだけど、あの煙に触れると痺れて動かなくなるみたいだね。普通の治癒魔法は効かないけれど、神子の力ならすぐに治せる。それともう一つ、そこまでの即効性はないけれど、クローウィンの治癒魔法でも治すことは出来る」
「祈祷魔法、ってやつね……」
 神国に来たばかりの頃に一通り習って、あたしには合わないとすぐにやめたのだ。祈ることで神子が使う力にも似た神性を帯びるという、いかにもクローウィンらしい魔法。そのおかげで普通より少ない魔力で怪我を治せるとは言うけれど、それでも神に祈るなんて冗談じゃない。
「そっか、あの杖、祈祷魔法が使える神官が持ってるって言ってたわね。だから使ったわけ?」
「うん、あらかじめ神性を帯びているって聞いていたから。本来治癒に使うためのものだけど、その辺りは少し弄ればどうとでもなるからね。助かったよ」
 普通なら不可能なことを笑顔でさらりと言ってのけると、ジルは「だけど」と僅かに声を低くする。
「これで終わりだとは思えない。多分、同じようなことはこれから何回も起こるだろうね」
「魔物が何回も現れる、ってこと? 阻止出来ないの?」
「ニナが帰ってくれば治まるはずだよ。だけど、それ以外の方法は分からない」
 それはつまり、同じようなことが起こったらジルはまた戦う、ということだろう。咎めるように見上げれば、彼は困ったように微笑する。
「元々、神国の人たちはあまり争いには向かない性格だからね。僕が出ることで被害を抑えられるのなら、協力しないわけにはいかないよ」
「争いに向かない性格なのはあんただって一緒でしょうに」
「……そんなことはないよ」
 答えとは裏腹に、ジルの顔に浮かんだのは苦い表情だった。自分で分かっているのならまぁいいか、とあたしは苦笑する。どちらにせよ、ジルがこの国を助けるというのなら、あたしが取る行動もまた決まっていた。
こんばんは、高良です。

さて、ここからがある意味第五部の本番にして枯花の本当の始まり、なのかもしれません。第四部で誰かさんたちがひたすらいちゃついていた頃、ジルリザはまた厄介事に巻き込まれていました。それも、どうやら一つではないようで……。

では、また次回。
off.php?img=39

+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ