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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第五部

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第十六話 開幕

 トゥルヌミール領にある実家の地下には、屋敷と王都にある別邸とを繋ぐ魔法陣があらかじめ用意されている。家族全員が魔法を使えるわけではないが、代々公爵家に仕えてくれている魔法使いの一族がいて、他の家よりずっと楽に王都と自分の領を行き来できるようになっているのだ。その魔法陣は王都以外には繋がっていないのだけれど、何もないところに転移するよりやりやすいのは確かで、だから僕にとってそこを転移先に選ぶのは自然なことだった。
 魔法陣のある部屋を出て階段を昇れば、見慣れた使用人たちが僕たちに気付き、笑顔で声をかけてくる。
「お帰りなさいませ、ジル様。御三方はようこそいらっしゃいました」
「ただいま。兄様は起きているかい?」
 驚いた様子がないということは、話は既に聴いているのだろう。訊ねれば、その侍女は笑顔で頷いた。
「ええ、もちろん。奥様とご一緒に広間でお待ちです」
「……マリルーシャさんまで起こしてしまったかな。兄様に怒られそうだ」
 かつて住んでいた世界ほど細かく調べられるわけではないけれど、それでもそろそろ生まれそうなのだと前に来たときに聞いた。愛妻家である兄様のことだから、きっと彼女が大丈夫だと言っても過剰に心配しているのだろう。苦笑を返すと、僕は後ろにいたシリル様とニナの方を振り向いた。
「僕たちは少し僕の部屋に寄ってきますので、シリル様とニナは先に行っていて頂けますか? 案内は彼女が致しますから」
「はい、先生。……そうか、奥様、なんですね」
 意外そうに呟くシリル様を見て、僕とリザは顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべる。マリルーシャさんをよく知る彼にとってはとても新鮮な響きなのだろうけれど、少々素直に驚きすぎだ。君が言えば、と無言で促せば、リザはからかうように言った。
「マリルーシャに告げ口してやろうかしら」
「やめてください」
 未だに彼女に叱られるのは恐ろしいのか、彼はぞっとしたように首を振る。最近はあまり見ないけれど、僕が城にいた頃にはよくあった光景だった。変わったように見えて変わっていないんだな、と笑いを堪えつつ、彼らと別れて自室へと足を向ける。少し歩いたところで、リザが訝しげに見上げてきた。
「何か部屋に用事でもあるわけ?」
「少しね。うちの書庫にも神子に関する本はいくつかあったはずだから、この間帰ったときに部屋に移しておいたんだ。まだちゃんと目を通してはいないんだけど、すぐにクローウィンに戻ることになるなら、確認しておこうと思って」
「ああ、そういうこと。……いつも思うけどジル、使用人に対してはちゃんとそれなりの態度取れるのね」
 半眼で見上げてくる少女に、僕は思わず苦笑を返す。前世むかしの僕を知っている彼女からすれば、確かにそれは意外なことなのだろう。
「シリル様に散々言い聞かせたことだからね。僕自身がそれをしないのは……」
「教育に悪い?」
「それはちょっと意味が違うんじゃないかな」
 そもそも昔ならともかく、今の彼に対して教育に悪いも何もないだろう。かつて生きていた世界なら高校一年生、そういうことに対して積極的でもあまり怒られない年頃だ。あいにくとぼくはそういったことに目を向けようとはしなかったのだけれど。
 そういえば、とあることを思い出す。聖地を発ったときから、シリル様とニナがどこかぎくしゃくしているように見えた。恐らく、昨日僕とリザがした話のせいだろう。昨日はあのまま解散するように言ったから、二人がゆっくり話す機会はまだ得られていないはずだ。同じことを考えていたのだろう、リザが面白そうに微笑む。
「あの二人なら大丈夫でしょ、誰かさんと違って素直だから」
「……誰、だろうね」
 苦い顔を隠すように彼女から目を逸らしたところで、自室の前へと辿り着いた。扉を開けて中に入りながら、「でも」とリザの方を振り向く。
「僕はそれが無ければきっと、シリル様に忠告することは出来なかったよ」
「それはそうでしょうけど……そういうのを、言い訳って呼ぶと思うわ」
 呆れるような彼女の言葉に、僕は黙って苦笑を返した。

 ◆◇◆

「それにしても、陛下もお人が悪い」
「傍についていながら神子を危険な目に遭わせたのだ。他ならぬお前の頼みであるから強く叱りはしなかったが、この程度は許されよう」
 アネモスへ帰国してきてから、今日で三日が経つ。確かに陛下は僕の言葉通り、シリル様を叱りはしなかったけれど、その代わり彼に大量の政務を押し付けたのだ。最近頑張っていらっしゃることは聞いていたけれど、それでも流石にあの量はまだ辛いだろう。けれど僕の言葉に、陛下は楽しそうに喉を鳴らした。そんなやり取りを黙って見ていた兄様が、不意に目を細める。
「シリル様を苛めて遊んでいる場合ではありませんよ、陛下。こちらはこちらでやらなければいけないことがたくさんあるのですから」
「……お前は本当にドミニクそっくりだな、リオネル。少しはジルを見習え。公爵家には主君に対して敬意を払うなという家訓でもあるのか?」
「俺の主君はシリル様であって、陛下ではございませんので」
 不敵に笑う兄に対し、陛下は諦めたように首を振った。その目が、ふっと真剣な色を灯してこちらを向く。
「セザールを投獄して三日、か。侯爵家の方に動きはあったか?」
「僕や兄が感知出来る範囲では、何も。当主ほど愚かではない、ということでしょうね。下手に動いても事態を悪くするだけだと理解しているようです。裏で何かしているのだとしたら、僕たちが気付けないわけがありませんから」
「むしろ、本人の方が出せと喚いていると報告を受けております。……仮にも侯爵の位を賜ったものが現状把握も出来ないとは、嘆かわしい」
 僕の言葉に頷きながらそう付け足し、兄様は不快そうに嘆息した。陛下やシリル様はもちろんそうだけれど、兄も愛国心というものは相当に強い。国や公爵家への誇りを胸に生きる彼にとって、自分の家を貶めるなど絶対にありえないことで、同時に理解も出来ないことなのだろう。
「して、奴への処罰はどうする気なのだ? お前たちに一任してあっただろう」
「そのことで少々相談があって参りました。これを承認して頂きたい」
 陛下の問いに、兄は持っていた書類のうち、一番上にあった一枚を差し出す、そこに書かれているのは、分かりやすく言ってしまえばでっち上げた罪状だった。誰の、なんて言うまでもない。
 ネルヴァル侯は愚かな真似をしでかしたが、証拠の隠滅はとても上手かった。あの事件は間違いなく彼が仕組んだものだと、そう推測出来るだけの材料は揃っているのに、断言するに足る最後の一押しが存在しないのだ。兄様が侯爵の他の罪も集めはしたけれど、それでもこの間彼が言った通り、下される刑は爵位の剥奪程度だろう。もう少し頑張ればどこか辺境に軟禁することも出来るかもしれないけれど、彼という汚点はこの国に居残ることになる。それでは困るのだ。
 けれど、そんな事情を分かっていても、陛下はそう簡単には動けない。
「……これが何を意味するのか分かっているのか、トゥルヌミール公リオネル」
「もちろん」
 アネモスに明確な法という物は存在せず、貴族が事件を起こした場合は国王と要人が話し合って処分を決めることになっているが、当然最終的な決定権は国王にある。だから、こういうときだけは、彼らは貴族に対して公平でいなければいけないのだ。嫌いだから刑を重くしてくれ、などという頼みは、絶対に聞き入れてはいけない。陛下の反応は当たり前と言えば当たり前で、国王としては正しいものだった。けれど、僅かに声を低くした陛下に対し、兄様は悪びれた様子もなく口の端を吊り上げてみせる。
「俺が何のためにジルを連れてきたと思っているのですか、国王陛下。貴方を説得出来る人間など、亡き父を除けば弟くらいだ」
「……兄様、そのためだけに連れてきたと断言されるのは、流石に」
「事実だろう。もちろん、それで陛下に不要な手間をかけさせるような愚は犯しません。貴方が承認したことすら、他の貴族は知り得ない」
 彼の言葉は、正しいとは言えなかった。正確に言えば、知り得ないことになっている、だ。他の貴族とて、偽装には気付くだろう。気付かないはずがない。けれど、それにトゥルヌミール公爵が関わっていると知れば、彼らは間違いなく口を閉ざす。王家に忠実な家ほどネルヴァルの行いに辟易していたから、本来なら問題視されるべき陛下の行為をも見逃すはずだ。それが王の意思ではなく、公爵家の意志であるならば、なおさら。
 国王に与えられた権力は強いけれど、その分制約もずっと多い。建国以来アネモス王家に次ぐ権力を持ち続けてきたトゥルヌミール家は、王よりも身軽であるからという理由で、こうしてたまに王族より優位に立つことがある。そうやって王の影として動くのが、王に次ぐ権力を与えられた公爵家の最大の役目だった。父も兄も、その役目にどこまでも忠実に生きてきたのだ。
「先ほどの言葉だが、お前は少々謙遜が過ぎるな、リオネル。その言葉だけで十分説得になり得るだろう」
「それは失礼。確かに、こうも早く陛下が陥落するとは予想外でしたね。ジルには無駄な時間を過ごさせてしまったようだ」
「……本当に父親そっくりだな、お前は」
 苦い顔で嘆息すると、陛下は筆を取って兄が渡した紙に署名し、疲れたように兄様に突き返す。彼は満足気な顔で紙を受け取ると、隙のない動作で優雅に一礼した。
「感謝致します、陛下。後はお任せを」
「うむ、任せたぞ。シリルが頼りないというわけではないが、余の代で全て潰すに越したことはあるまい」
「ええ、俺もそう思います。……そういうわけだ、ジル。行くぞ」
 意味ありげな笑みを交わすと、兄は僕をそう促す。その後に続いて退室し、少し歩いたところで、ふっと二人同時に笑い出した。
「父上が生きていたら大目玉を喰らうところだな」
「それは、兄様がですか? それとも陛下が?」
「両方に決まっているだろう」
 面白そうに答える兄様に、やはり考えることは同じかと首肯を返す。主君たる国王陛下に対して何たる態度だ、と兄様を叱っておきながら、家臣にあっさり屈して自分の役目を捻じ曲げるなと陛下にも説教するのだろう。父はそういう人だった。ひとしきり笑ったところで、兄は手に持った書類を見下ろし、笑みの質を少しだけ変える。
「あそこまであっさり陛下が承諾してくださるとは思わなかったが、この調子ならセザールが問題を起こす前にどうにか出来そうだな。お前が先に貴族を説得してくれて助かった」
「……正直、厄介なのは陛下よりも他の公爵の方々ですからね」
「違いないな。だが、これで――」
 彼の言葉を遮るように、不意にぴしりと空気が張り詰める。僕たちが身構えた次の瞬間、ぐにゃんと聞こえるはずのない音を立てて、世界が歪んだような錯覚が襲い来た。
「……兄様、あれを」
 眉を顰める兄に対し、すぐ近くの窓を指し示してみせる。視界が元に戻れば、そこからは城の敷地内に作られた神殿――ニナが降りたというその場所が、白い光に包まれているのが見えた。二人でそれを見下ろしていると、光は徐々に治まっていく。
 異変は、その光が完全に消えたところで訪れた。
「何だ?」
「っ……」
 寒気は決して精神的な恐怖などから来たものではない。周囲の気温が、肌で感じられるほどはっきりと下がっていく。それは僕たちだけではないのだろう、見回せば他の使用人たちも仕事の手を止めて立ち止まり、戸惑いながら身を震わせていた。アネモスは元々気候の変化が緩やかな国だ、かつて住んでいた世界ほど差が激しいわけでもないけれど、それでも突然の変化にすぐ対応出来るわけがない。何故こんな事態になっているのか、それすら分からないならなおさら戸惑うだけだ。
「……まさか」
 そう、恐らく原因に気付いているのは、この城では僕とリザだけなのだろう。ようやくそこに思い至り、僕は顔を蒼褪めさせる。
 いることで幸福を、いないことで災いを。神子が国を、世界を離れたことでアネモスに降り注ぐ災いが、これだというのなら。……シリル様とニナは目的を達成してしまったのだと、知ってしまった。
こんばんは、高良です。

絶対に敵に回してはいけない公爵家の兄弟。王様脅すとか普通なら不敬罪なので良い子は絶対にやっちゃいけませんよ。ネルヴァル侯爵の一件が片付きそうなちょうどそのとき……第四部をお読みくださった方ならもうお分かりですね。

では、また次回。
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