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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第五部
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第十二話 古の地へ

「……馬車って時点で、十分に大所帯だと思うんだよ」

「僕もそう思うけど、聖地に行く神子のお供としては少ない方だよ」

 呆れたように呟くニナに、シリル様が苦笑を返す。その言葉は事実で、恐らく僕とリザがいなければ更に人数は増えていたことだろう。彼も同じことを考えているようだったけれど、シリル様はそれには触れず、「とはいえ」と続けた。

「流石にこれだけの人数で転移の魔法を使うのは厳しいからね。ニナには悪いけど、国境の辺りまでは我慢してもらえるかな」

 主要な国や聖地の間は、要人が行き来することも多いからと、あらかじめ転移の魔法が組まれている。そういった魔法陣を利用すれば負担はかなり軽減されるから、城では出来ない大人数での転移も不可能ではなかった。それも説明は受けているのだろう、特に訝しむことも無く頷くニナを見ていると、リザが面白そうな顔を僕に向けた。

「ジルなら出来たんじゃないの? 大勢引き連れて転移」

「出来なくはないけど、非常事態でもないのにそんな無茶をする気にはなれないよ。シリル様やニナとゆっくり話をするのも楽しそうだったからね」

「無茶、でもないでしょうに」

 そんなリザの言葉を、曖昧な笑顔ではぐらかす。確かに無茶ではない。やろうと思えば、アネモスの王城から聖地へ直接全ての馬車を飛ばすことも出来なくはないだろう。それでも、二人と話をしたいのは本当だった。リザも分かっているのか、それとも同じ気持ちなのか、それ以上追及してはこない。

 ニナはどこか嬉しそうな笑顔でそんなやり取りを見守ると、ふと思い出したように訊ねてきた。

「そう言えばシリルもお兄ちゃんも、夜はどうするつもりなの? 一緒に寝るのは色々とまずい、っていうのは分かるけど、流石にずっと起きてるわけにはいかないでしょ?」

 なるほど、考えていたのはそのことか。

 僕たちが乗っているのは、周りを併走する物よりも大きく豪華な、しかし王族が使う中では比較的小さめの馬車である。ゆえに横になって眠れるくらい広くはあるのだけれど、当然夜になればそれはニナと、同性であり彼女が最も信頼しているリザが使うことになっている。ニナは広いのだからと僕やシリル様にも勧めてきたが、それは二人で断った。流石に衆人環視の中でそんなことをするわけにはいかないだろう。あれ以来リザが僕の部屋で寝るようになったのとはわけが違うのだ。次期国王と神子の名に、傷はつけられない。

 さておき、そんなニナの問いに、まずシリル様が頷いた。

「うん、僕は他の馬車で眠るつもりだよ。先生は――」

「野宿ですね。見張りも兼ねて」

「……それ、本当にちゃんと眠れるの?」

 言葉の続きを引き取れば、ニナはぎょっとしたように目を見開く。当然と言えば当然の反応に、僕は微笑を返した。

「大丈夫だよ、慣れているからね。それに人目が少ない方が、色々と魔法が使いやすいし」

 魔法というのは時代や人々の暮らしに合わせて変化してきたもので、中には旅人が自分たちの使いやすいように改良したものなんかも存在する。僕はそれを更に自分で使いやすいように変えているわけだから、恐らく普通なら考えられないほど楽な旅になっているのだろう。普段の光景を思い出したのか、リザが呆れたように嘆息する。

「ジルと旅してると、野宿は大変なんだっていう一般常識を忘れそうだわ」

「……何するつもりなのかは分からないけど、それならまぁよし」

 その言葉を聴いて納得したのか、ニナは素直に引き下がった。これ以上その話を続ける気が無いのを示すように、彼女は「それにしても」と話題を変える。

「意外だったね。この面子で聖地行きなんて」

「僕も予想外だったよ」

 ニナに対し、シリル様が疲れたように嘆息する。

「リオネルと協力して、せめてネルヴァル侯くらいは外せないか頑張ってみたんだけどね。神子と同行して聖地を訪れられるほどの身分で暇な人間は彼くらいしかいなかった。皮肉なことにね」

 僕たちがアネモスに帰る前に色々あったらしいことを思えば、彼の苦々しい口調も納得出来た。ネルヴァル侯セザールはアネモスの貴族としては珍しい性格の持ち主で、幸か不幸か表立って問題を起こしたことはまだないため侯爵の地位にいるが、それでも王族に対する敬意などまるで持ち合わせていないのは少し話せば分かる。僕がアネモスを発った後もそれは改善されなかったようで、出発前に顔を合わせたときも、あまり仲良くしたいとは思えなかった。兄様ともかなり仲が悪かったっけ、などと思い出していれば、僕の隣でリザが顔を顰める。

「あたし、あいつ嫌いだわ。大っ嫌い」

「……そういえば彼、リザのことも変な目で見ていたね」

 ほんの僅かに目を細めれば、シリル様が「怖いです、先生」と表情を引き攣らせた。それでも、僕だって大切な友人がそういう扱いを受けて黙っていられるほど冷酷ではないのだ。そう言えば、リザはまだ友人止まりなのかと怒るかもしれないけれど。いや、彼女のことだから呆れるだろうか。

 そんなやり取りを楽しそうに見ていたニナが、こくりと頷く。

「お兄ちゃんやお姉ちゃんもいるし、何もしてこないとは思うんだけど……」

「言っておきますけれど、今回に限ると私は何も出来ませんわよ?」

 不意に聴こえたそんな声に、僕は僅かに顔を顰めた。その姿を見上げるまでもない、声の主は嫌というほどよく分かっている。それには気付く様子もなく、ニナは驚いたように首を傾げた。

「わ、カタリナ起きてたの?」

「あら、ニナにとって私の存在が不都合なとき以外、私は常に貴方の傍についていますわ。そういう契約だもの」

「何も出来ないというのはどういうことですか? カタリナ」

 声が硬くなるのを隠そうともせず訊ねれば、彼女もまた妖艶な微笑を浮かべたまま僕に向き直る。……直視すると色々と思い出すから、ほんの僅かに目を逸らした。

「ジルならご存知ではなくて? それと、話をするときには相手の目を見て、というのが礼儀ではないかしら」

「……貴女に礼儀を問われるとは思いませんでしたよ」

 見抜かれていたことに対する苦い思いを押し殺し、皮肉を込めてそう返す。面識のない相手を罠に嵌めて脅して手に入れて、毒を盛って抵抗出来ないようにしていた相手に言われても、それは性質の悪い冗談にしか思えない。

「もちろん僕もカタリナ以外に対してはそうしますが、貴方と目を合わせるとろくなことがありませんから」

 抉られたりとか。

「まだ引きずっていますの? しつこい男は嫌われますわよ」

「処刑されてもなおしぶとくこの世界に居座るような女性ひとには言われたくありませんね」

 呆れたようにそう返してくる彼女に対し、誰のせいだと微笑してみせる。僕たちの間に流れる空気に気付いたのだろう、ニナが慌てたように「そ、それで」と声を上げた。

「カタリナ、さっきの……何も出来ないって、どうして?」

「……ああそうか、ニナのこの度胸はリザさん譲りなんですね、そういえば」

「何よいきなり。あたしだってまさかここまで怖いもの知らずになるとは思わなかったわ」

 それまで黙っていたシリル様とリザが、不意にそんな言葉を交わす。その言葉に対してか、それとも僅かに顔を顰めたニナを見てか、カタリナは面白そうに笑い声を上げた。

「言っておきますけど、この子は怖い物を知らないわけではないようですわよ? ニナの恐ろしさはむしろ、恐怖を恐怖と知りながらそれでも向かってくるところにありますわね。そう、それと私が力になれない理由ですけれど、一言で言ってしまえば『私が精霊だから』ですわ」

「精霊だと、まずいことでもあるの?」

 そうだろう、と納得したのはどうやら僕だけのようで、ニナが首を傾げる。しかし王女は答えず、意味深な笑みを僕に向けた。……お前が説明しろ、ということだろう。深く嘆息すると、僕はニナに首肯を返す。

「聖地という場所は、少し特殊でね。母様からは、どれくらい習った?」

「アドリエンヌさんから? 中央神殿があるところだって……確か世界が出来たばかりの頃、一番最初の国が存在していた場所なんだよね。その国はずっと昔に亡びちゃったけど、クローウィンが出来たのと同じ頃に降りた最初の神子が、そこを聖地と定めて神殿を作ったんだっけ」

「うん、大体正解」

 彼女がこちらの世界に降りてからまだ数か月しか立っていないことを考えれば、かなり優秀と言えた。これは母様も教えがいがあるだろうな、と微笑み、少しだけ補足する。

「正しくは神国クローウィンの成立時期と聖地成立の時期は少しずれているんだけど、その辺りは今は気にしなくても大丈夫。聖地と神子の繋がりというのもそれくらい深くて、だから僕たちはこうしてかの地に向かっているわけだ」

 そこまでで一旦言葉を切ると、僕はちらりとカタリナを見た。すぐさま続けろと言いたげな視線が返ってくる。どうやら彼女が話す気はないらしい。

「その原初の国というのが少し厄介でね。何しろ太古の昔のことだから、生活習慣も言語も魔法形態も、現在いまとは何もかもが異なっていたんだ」

 続く戦乱の世の中で、それは殆ど失われてしまった。今となってはそれは神話でしかなく、言語や魔法形態に至っては僅かに残された文献にその存在が記されるのみで、どんなものなのかすら分からない。……昔からそのことを考えるたび、頭の中で何かよく分からないざわめきがあったのだけれど、今はそれは無視する。

「それは……まぁ、そうだろうけど。でも、ならどうしてカタリナが?」

「使われる魔法が違えば、その地を満たす魔力の質もまた変わってくる。それは本当に些細なことで、普通なら異国の空気という言葉で片付けられる程度のものだけど、聖地だけは別格なんだ」

 失われたのは文化の話。あの地は今も原初の時代の魔力を纏っていて、魔法使いが足を踏み入れれば何となく違和感に襲われるという。僕やリザのように元の魔力が強ければ強いほど、その違和感も大きくなるのだろう。それも、僕たちが聖地に行こうとしなかった理由の一つだった。

「生身の人間ならそれにも適応できるだろうね。でも、精霊というのは言ってしまえば魔力の塊のようなものだから……」

 そこまで話すと、当の本人はようやくその先を引き取る。

「そういうわけですわ、ニナ。精霊にとって、聖地というのは実体化を保つことすら困難な、出来ることならもっとも避けて通りたい土地ですの。ですから、私は聖地にいる間は殆ど姿を現せませんし、現しても出来ることはせいぜい助言程度ですわね。そのつもりで行動なさいな」

 彼女と意見を同じくするのは非常に複雑なものがあるのだけれど、それについてはもっともだった。ニナもその辺りは分かっているのだろう、真面目な表情でこくりと頷く。

「うん、気を付けるよ。……ネルヴァル侯も流石に、聖地で問題を起こすほど馬鹿じゃないと思うし」

 いや、それはどうだろうか。かの侯爵を散々に言っていた兄の姿が思い出される。彼女は気休めのつもりで言ったのだろうけれど、誰もそれに同意することは出来なかった。


こんばんは、高良です。


第四部第二十二話辺りでしょうか。聖地に向かう馬車の中。やり取りはそのままながら、ニナが気付きえなかったジルの心の中が明かされます。聖地に対する彼の考えは、何やら複雑な様子。

カタリナさんに対するトラウマは多分一生ものでしょう。


では、また次回!

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