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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第五部

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第十話 封筒の重さ

「そう……」
 予想は出来ていたことだけれど、僕から話を聴いたリザの表情は、どこか暗いものだった。けれど僕の視線に気付くと、彼女は僅かに微笑んでみせる。
「何よその顔。別にあんたは悪くないでしょ。むしろ感謝してるわ、ニナと話す機会を作ってくれて。これで、あたしだって逃げずに済むもの」
「……ごめん。勝手なこと、だったよね」
「謝るなっての」
「でも、リザにとっては歓迎すべきことじゃないんだろう?」
 それは確信していた。見つめれば案の定、深い紫の瞳がハッと揺らぐ。けれどそれは一瞬のことで、彼女はすぐにいつもの笑みに戻ると、首を横に振った。
「そんなことないって言ってるでしょ。ジルの判断ももっともだと思うし、あたしだって――」
「……この間も言ったけど」
 無意識のうちに、少しだけ声が低くなるのが自分でも分かる。それはどうやら気のせいではなかったようで、リザは驚いたように僕を見つめてきた。そんな彼女に、どこか縋るように訊ねる。
「僕は、そんなに頼りにならないかな」
 言われて初めて気付いたように、少女は息を呑んだ。僕自身が嫌というほど分かっていた事実ではあるが、それでもその反応が何よりの答えに思えて、僕は目を伏せる。
「辛かったら言うと、君は言ったはずだよ。今のリザが辛くないようには、僕には思えない。僕には君が強がることを止める資格は無いけれど、無理して欲しくないと願うことは出来るはずだ。君が僕に対してそうしてくれたように」
「それは」
 僕の言葉に、リザは迷うように俯いた。少しして、彼女は「そうよ」と呟くと、キッと顔を上げて僕を睨む。
前世むかしのあんたの悩みも、どうして死んだのかも全部知ってるのに、頼れるわけないじゃない! ジルは優しすぎるのよ、あたしが頼ったらきっと、あたしを助けようとするでしょう? 言えないわよ助けてなんて、ちょっと変わったくらいで……それであんたがまた自分を犠牲にしないって、言い切れるわけ?」
「痛いところを突いてくるね」
 答えは否だった。他ならぬリザに助けを乞われれば、僕は何としてでも彼女を助けるだろう。そのために僕が危ない目に遭うことを、彼女自身が嫌がったとしても、だ。分かっていたから曖昧に笑ってみせれば、リザは泣きそうに顔を歪めた。そんな彼女を宥めるように、「それでも」と続ける。服の下に隠れてはいるけれど、リザがくれた薄紅の石の存在を、あれ以来忘れたことはなかった。……忘れない。君がくれた言葉を、あの日僕が言ったことを、忘れたりなんかしない。
「君が背負っているものを一緒に背負うくらい、してみせるよ。『僕』は慎じゃない。それで僕の方が潰れたりはしない。リザを裏切るようなことは、もうしたくない」
 返ってきたのは信じられないとでも言いたげな、呆然とした表情だった。けれど僕の言葉を、例え全部ではなくとも、少しくらいは信じてくれたのだろう。やがて、彼女はそんな顔のまま、震える小さな声で呟く。
「今は、まだ大丈夫。本当よ。でも、ニナの話を聴いちゃったら、多分無理」
「そう。僕に出来ることはある?」
「傍にいてくれれば良いわ。あたしだって、ニナの前では強がりたいもの」
 そう答えると、彼女はようやく、いつも通りの強気な笑みを浮かべた。……それはまだ、どこか強がるようなものではあったけれど。

 ◆◇◆

「ニナ。それで、話したいことって?」
「あ……」
 黙り込んでいた少女にそう声をかければ、彼女はハッと顔を上げた。けれど同時に顔を上げたリザと目が合うと、二人ともまた俯いてしまう。ニナが部屋にやってきてから何度目か分からないその光景に、僕は苦笑した。
「君もリザも、あまり遅くならないうちに部屋に戻らないといけないだろう? 話がどれだけ長いものかは分からないけれど、そろそろ話し始めた方がいいんじゃないかな」
 リザはともかくニナは神子で、表向きには僕と知り合って間もないことになっているのだ。陛下やシリル様を始めとした一部の人間は僕の前世のことも知っているけれど、城の使用人の多くは何も知らない。夜遅くに神子が賢者の部屋にいたとなれば、あまり望ましくない噂が立つ可能性も皆無ではないのだ。
「そ、それは分かってるんだけど、その……」
「あたしは別にここに泊まっても良いんだけど」
「……リザ、野宿でも宿に泊まるのでもないのにそういうこと言うのは、色々とまずいから」
「どこが?」
 ニナとは対照的に不満気に睨んでくるリザに嘆息を返せば、彼女は素知らぬ顔で微笑んできた。その顔がどこか勝ち誇っているように見えて、僕はまた息を吐く。確かに、旅の間は同じ空間で寝ることも多い。そこに『そういったこと』は一切存在しないのだけれど、それでも誤解は受けてしまうだろう。
 そんな僕たちのやり取りを見て、ニナは不意に吹き出す。どこかおかしいところがあっただろうか、とリザと二人で見れば、ニナは慌てて笑いを堪えるように首を振った。
「ごめん、何ていうかその、二人とも仲良いんだね。良かった。何ていうか、もうちょっとぎくしゃくしてるのかと思ってたんだ。ほら、カタ……あの子に、何があったかは聞いてたから」
 それは違う、と心の中だけで苦笑する。壁が壊れた世界には、未だに慣れない。慎だったときからずっと僕と周りとを隔てていた壁。ニナの言う通りぎくしゃくしていることも多いのだけれど、わざわざそれを指摘する必要もないだろう。リザは別なことが気になったようで、ニナの言葉に顔を顰めた。
「よりによってウィクトリア帝国の狂王女をあの子呼ばわり出来る人間なんて、世界中探してもあんたくらいだわ」
「良い子なんだよ? あれでも」
「その『良い子』とやらに、こっちは散々苦労させられたのよ」
 苦労、で済むことだろうかと少し前のことを思い出せば、眼帯で覆われた右目がありもしない痛みを訴える。カタリナと顔を合わせたときにも実感したことだけれど、あの日々は僕にとって、そう簡単に克服出来るものではなかったらしい。それについてはニナも聞いているのだろう、曖昧に笑った。
「えっと……それじゃ、本題に入るね。その……柚希お姉ちゃんが、死んだときのこと、なんだけど」
「っ」
 躊躇いがちに放たれたその言葉を聴いた瞬間、リザが隣でびくりと体を強張らせた。その顔は酷く青ざめて、見開かれた瞳には僅かに恐怖のような色すら見える。ニナにもそれが分かったのだろう、彼女は申し訳なさそうに表情を歪めた。けれど彼女は彼女で話す覚悟を決めていたのだろう、話を止める様子はない。それは僕も同じで、リザの意志を無視してまで話を止めさせることは出来なかった。
「あのとき、私は何も知らされなかったんだ。もちろん、今思えばそれはお父さんやお母さんが私を気遣ったからなんだけど……それでも、私は知りたかった。何がお姉ちゃんを奪ったのか、お姉ちゃんの身に起きた全てを知りたかった」
「そう……でしょうね。あんた、昔から好奇心強かったもの」
 あえてそうしようと努めているのだろう、淡々と紡がれるニナの言葉に、リザはぎこちなく頷いてみせる。その視線は斜め下、机の上を彷徨ったままで、ニナと合わさろうとはしなかった。
「最初は自分で調べようとしたんだけど、新聞とかじゃ当たり障りのないことしか書いてないし、雑誌は面白がるような書き方ばっかりで、本当のことかどうかなんて分からなくて。ねえお兄ちゃん、来実さんって、お兄ちゃんの友達だったんだよね?」
「来実……冬哉のこと? 知り合いなの?」
 まさかこちらに話が振られるとは思っていなかった上、ニナからその名前を聞くことになるとは流石に予想外で、僕は目を見開く。遠い昔、加波慎だった頃の友人の名だ。冬哉もニナも同じ世界で生きていて、住んでいるところも近いのだから、二人が知り合う可能性は零ではないのかもしれない。けれど、どうして今ここでその名前が出てくるのか。驚く僕に視線を向け、ニナは首肯を返してきた。
「事件のことを一番よく知ってるのは、犯人を除いたら警察くらいでしょ? 教えてもらえるわけないとは思っていたんだけど、駄目元で行ってみて、そこで会ったの。話しているうちに、お兄ちゃんの知り合いだって分かって……本当は駄目なんだけど、色々教えてもらったんだ。妹ってやつには弱いんだ、って」
「そう……知夏ちゃん、まだ見つかっていないんだ。そうか、だから警察に。冬哉らしいな」
 警察に対して酷く憤っていた友人を思い出し、僕は目を細める。その中に入ってでも自分の手で妹を探そうとする辺り、本当に変わっていないようだった。彼は今でも知夏ちゃんのことを大事に想っていて、今でも彼女を探し続けているのだろう。手伝うよ、と言ったすぐ後に僕自身があの世界を去ってしまったけれど。
 ニナは別なことを考えたのか、僅かに不安そうな表情を浮かべると、リザの方に視線を戻した。僕たちのやり取りを真っ青な顔で見ていたリザは、それでもニナと目が合うと強がるように首を傾げる。
「それで? 色々って、どこまで聞いたのよ」
「全部。何があったのかの推測とか、どんな状態で発見されたかとか。……それで、ね」
 恐らく、ここからが彼女にとっての本題なのだろう。ニナは懐から何かと取り出すと、すっと机の上に置いた。見ればそれはこちらの世界には無い、けれど向こうではよく見かける、どこにでもあるような無地の茶封筒。それだけでは何なのかは分からず、僕とリザは首を傾げる。けれどニナの硬い口調と表情から、良いものではないのは察しがついた。
「その時に、来実さんに受け取ったのがこれ。お姉ちゃんが発見された時の写真と、その状態についての詳しい説明だって言ってた」
「っ!」
 それを聞いた瞬間、リザは勢いよく立ち上がり、さっき以上に蒼白な顔で封筒を見つめる。そのまま何度か唇を震わせるが、言葉は出ないようだった。僕の、そしてニナの視線にも気付いていないらしい。
「お姉ちゃんの死の瞬間と本気で向き合う覚悟が出来るまで、これを開けてはいけない。そう、来実さんと約束したの。多分、私にその覚悟は出来ない。絶対に、出来ないと思う」
 それはそうだろう。ニナが柚希のことを本当に慕っていたのは、見ていればよく分かる。遺体の惨状を聞くだけでも、この少女にとってはかなり辛いことだったに違いない。そんな彼女が、自らの目でそれを確かめられるとは思えなかった。
「だから、リザに?」
「お姉ちゃんと、お兄ちゃんに」
 僕の問いに、ニナは小さく頷く。
「ごめんね、話すべきじゃなかったのは分かってる。二人の傷を抉るだけだって分かってたけど、でも二人に会っちゃったらもう、私はその重みに耐えられなかった」
 その小さな封筒は、少女にとってはとても重いものだったのだろう。きっと、もう二度と会えないと思っていたから、それを持っていられたのだ。僕とリザに打ち明けた理由は、彼女の性格を考えれば推測出来た。
「中を見ろなんて言わないし、言えないよ。もちろん見るなとも言えないけど……お姉ちゃんが見たくないなら、燃やしちゃっても構わない」
 そんなニナの言葉に、リザは「そう」と掠れた声を返す。封筒を見下ろすその顔からは表情は消え失せていて、彼女が何を考えているのかは分からなかった。やがてリザは深く嘆息し、椅子に座り直す。
「ありがと、ニナ」
「……怒らないの?」
 彼女が笑顔すら浮かべていることに驚いたのか、ニナは目を瞬かせる。リザはおかしそうに微笑むと、そんなニナの頭を撫でた。
「あんたが余程のことしない限り怒んないわよ」
「その割にはビシバシ叱られてた気がするんだけど……」
「小さい頃のあんたはろくでもないことばっかりしでかしてきた、ってことじゃない?」
 悪戯っぽい笑みを浮かべ、彼女はごく自然な動きで封筒を自分の方へと引き寄せる。けれど、その手は僅かに震えていて、リザが無理をしているのはすぐ分かった。ニナの前では強がりたい、そんな言葉を思い出し、僕はそれに気付かないふりをしてニナに視線を移す。話したいことというのはこれで全部のようだし、彼女がリザの様子に気付く前に話を逸らした方が良いだろう。
「そういえば、聖地訪問の日取りが決まったんだって?」
 それが決まったのは今日で、僕が話を聴いたのも当然今日の昼間のことだった。神子である以上、神殿との繋がりは切ろうとしても断ち切れない。聖地や神国なんかの主要な神殿を訪れるのは、言わば歴代の神子の義務だった。それはニナとて例外ではないし、大神官長との関わりは持っておいた方が色々と動きやすいだろう。僕の問いに、ニナは首肯する。
「ああうん、再来週くらいに出発して、来月頭にはこっちに戻ってくるって。っていうか情報早いね、お兄ちゃん」
「これでも『風の国の賢者』だからね。心配だから僕たちも同行させてもらおうか、ってリザと話していたんだけど……」
「一緒に来てくれるの?」
 僕の言葉に、ニナはほっとしたような顔をする。それはそうだろう、ニナにとってここは『異世界』だ。その中で更に見知らぬ土地に行くと言うのに、頼れる人間がシリル様だけ、というのは流石に不安だろう。ニナの反応を見て、どうやら落ち着いたらしいリザは苦笑した。……封筒の上に置かれた手はまだ震えていたけれど、この様子ならニナが気付くことはないだろう。
「あたしもジルも信仰心は薄いし、聖地なんて近づきたくもないんだけどね。ニナが行くなら話は別だわ」
 シリル様が頼りないわけではないけれど、状況が状況だ。王子という身分にある彼が神殿で自由に動き回ることは難しいし、何かあったときに一人で対処しろと言うのも酷な話だろう。もちろん同行者はシリル様だけではないけれど、神殿というのは厄介なところだ。貴族としての名を捨てた僕や元々貴族の生まれではないリザのような、立場に縛られない人間がいた方が良い。それと、もう一つ。
「それに、こっちにも色々と事情があるんだ。僕たちがこの間までクローウィンにいたのは知っているだろう? 向こうで請け負っていた仕事は、まだ続いていてね。少し、聖地で調べたいことがある」
 神泉についても、聖地なら何か分かるかもしれない。僕の言葉に、ニナは「じゃあ……」と瞳を輝かせる。
「明日、僕からシリル様に言っておくよ。一緒に行こう」
「うんっ!」
 微笑んでみせれば、ニナは嬉しそうに頷いた。
こんばんは、高良です。

作中でも一、二を争う精神の強さを誇るリザ、本領発揮といったところでしょうか。じわじわ崩れ出してはいるけれども。
予想はしていたことでも、突然思い出したくない、けれど毎晩思い出す最期を突きつけられたリザ。ニナの前では強がっていられたようですが……。

では、また次回。
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