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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第五部

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第九話 神子の願い

 廊下から聞こえていた足音は、僕の部屋の前でぴたりと止まった。辺りの魔力を探れば、自然とそれが誰であるかも分かってしまう。ノックの音に対して僕は黙って立ち上がると、部屋の入口へと歩いて行って扉を開けた。予想通りそこに立っていた黒髪の少女に、僕はそっと目を細める。加波慎の死後に生を受けたという、初めて会った妹。
「どうしたの、ニナ。こんな夜遅くに」
「……どうして、私だって分かったの?」
「昼間に会ったときに、君の魔力がどんなものかは分かったからね」
 僕の質問には答えず、彼女は驚いたように目を瞬かせる。僕は微笑したまま一歩下がり、彼女を部屋に迎え入れると、視線で椅子に座るよう促した。そんな彼女を背に僕は棚の方に向かい、予備のカップを手に取る。自分の分を淹れたときの湯はとっくに冷めているけれど、魔法があるから時間はかからない。
「魔力って、目に見えるものなの?」
「目には見えないよ、魔力は基本的に感じ取るものだから。ただ、意図的に魔力を体外に出せば誰にでも見えるし、人の体内にある魔力も見ようとすれば見ることは出来るけれど」
 今が夜であることを考え、眠りを妨げない香草茶を選びながら、僕は肩を竦めた。さっきの、カタリナに触れられそうになったときに僕が起こしてしまった現象も、その一つと言って良いだろう。あの光だって、僕の魔力が表に出てしまっただけだ。カタリナを弾いたのは、僕が無意識のうちにそうしてしまっただけに過ぎない。盲目の魔法使いは魔力で物の場所を感じ取るというし。魔力とは、そういうものだ。
 淹れたお茶をことりとニナの前に置くと、彼女は慌てるように僕を見上げた。そんなニナに微笑を返し、僕はさっきまで座っていた椅子に再び腰を下ろす。目の前に開かれた本は神子と神泉について書かれたものだったが、ここでも新たな情報は得られそうになかった。けれどそれを見て、ニナは申し訳なさそうに見上げてくる。
「ごめん、その……私、邪魔しちゃった?」
「大丈夫、特に急を要するようなことでもないから。それで、どうしたの?」
 遠慮がちな問いに微笑を返せば、彼女は迷うように瞳を揺らした。けれどそれはほんの僅かな間のことで、ニナはすぐに顔を上げ、「あ、あの!」と切り出す。
「お兄ちゃんって、呼んでも良い?」
「……そんなことを訊きに来たの?」
 少女の言葉に、僕は思わず目を瞬かせた。何を言われるかと身構えていただけに、それは予想外だったのだ。僕の反応を見て何を思ったのか、ニナは慌てて首を横に振る。
「違うの、いやそれだけじゃないんだけど、でも訊いておきたくて! 何ていうか、私にとってお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだけど、会ったことないし、今は厳密に言えば違うわけだし、何ていうか……」
「良いよ」
 あっさりと口から出た言葉に驚いたのはニナだけではなく、僕もまた同じだった。以前の僕なら決して許しはしなかっただろうに、と苦笑する。
「少し前だったら拒否していたかもしれないけれど、今はそれほど気にしなくなったからね」
 確かにリザの言う通り、僕は変わったのだろう。自分がその変化をあっさり受け入れていることが、少し意外だった。無意識のうちに零していた笑みに気付き、僕は少しだけ意識を切り替える。自分の変化を自覚した今なら、訊ねることが出来た。昔は誰にも訊けなかった、訊くことも許されないと思っていた、答えられる人もいなかった、だけどずっと気になっていた、大切な人たちのこと。
「父さんと母さんは、元気?」
「うん、元気だよ。元気、だと思う。……私がいなくなってからは、どうか分からないけど」
 浮かべた微笑をすぐに曇らせ、ニナは俯く。どこか予想通りのその答えに、僕は「そう」と目を細めると、そっと嘆息した。それはそうだろう、彼らは加波慎を――親不孝なことばかり考えていた、欠陥だらけで人を愛することも出来なかった僕を、とても愛してくれていた。同じように……いや、きっとそれ以上に、ニナを愛しているのだろう。息子を失った上に娘まで行方不明になればどうなるか、想像するのは決して難しいことではなかった。
 そんな僕の反応を見て、彼女は何かを決意したように顔を上げると、神妙な顔つきで切り出した。
「……ねえ、お兄ちゃん。私ね、元の世界に帰りたいって、そう思ってる」
 それもまた、予想通りの言葉だった。彼女は、僕たちのように一度死んで転生したわけではない。突然見知らぬ世界に飛ばされて、家族の元に帰りたいと思わない方がおかしいのだ。歴代の神子も必ずそう口にしたと、記録にも残っていた……けれど。
「それが出来た神子は一人もいない。そう習わなかった?」
「習ったよ。でも、帰る方法が無いって決まったわけじゃないでしょ? お兄ちゃんなら何か知ってるかもしれないって、シリルが」
「シリル様が? 彼に、それを話したの? ……いや」
 彼は為すべきことを誰よりもよく分かっている。僕がそうしろと教えたのだ、今まではシリル様がそれに背くことなど無かった。けれどニナの言葉はそうではないことを物語っていて、僕は目を見開いたまま呟く。
「シリル様は、君に協力しているんだね?」
「……そんなに意外だった?」
「シリル様に限って、それを許すはずがないと思っていたからね」
 僕の問いに、ニナは目を瞬いた。訝しげに見上げてくる彼女に、僕は苦笑を返す。今となっては懐かしい、あの日々を思い出して。
「僕があの方の教育係だったのは知っているだろう? 王子として、王として何をすべきか、どう振る舞うべきか。常にアネモスを最優先に考えるようにと、常に王たれと、そう彼に教えたのは僕だ」
「ああ、それで最初の頃のシリルは、あんな……でも、それならどうして、シリルは私に協力してくれたんだろう?」
 何か心当たりがあったのだろう。ニナは苦笑すると、そう呟いて首を傾げた。
「むしろ、わたしが帰りたいって言ったときにそれを止めなきゃいけなかったはずだよね。だって、神子がいなくなったらアネモスは困るでしょ?」
「ああ、そうだね」
 だから神子は、婚姻によってこの世界に繋ぎ留められるのだ。手に入れた幸運を、降ってきた神の力を、どの国も失うことを恐れるから。シリル様は昔から、恋愛に関してはどこか諦めきっている節があったから、ニナの意志に関わらず彼女を娶ることに抵抗は無かったのだろう。それがアネモスのためだと判断すれば、彼は間違いなくそれを貫く。けれど一つだけ、例外があった。
「恐らくその時点で、シリル様は既に僕とニナの関係を悟っていらっしゃったんだと思う」
 確証がなくても、僕の前世に関する話は知っていたのだ。ニナの言葉を聴いていれば、その繋がりに気付くのは聡い彼にとってはそう難しいことでも無かったはず。僕をとても慕ってくださっている彼がニナの意志を尊重してくれるのは嬉しかったけれど、今回に限ってはそれが厄介でもあった。
 神国で知ってしまった神子の秘密を思い出す。そこにいることで幸福を、いないことで災いを。目の前に座る少女とて、それは同じ。
「質問に答えても良いかな? 残念だけれど、君を返す方法は僕も分からない。……それに、これ以上君をシリル様に協力することも出来ない。君は、元の世界に帰るべきではないんだ」
「どうして?」
「……ごめんね。今は、言えない」
 言える日が来るのかどうかも、分からない。だってそうだろう、僕のこの判断はつまり、僕は前世での両親よりもアネモスの平和を取ったのだと、そう告げることに他ならないのだから。父さんと母さんが心配なのは事実だ。もう二度と帰れない『慎』の代わりに、ニナだけでも帰してあげたいと、それもまた本心。けれど、それがアネモスに災いを呼ぶと言うのなら、僕はシリル様とニナの企みを阻止しなければならない。例え国を離れても僕は風の国の賢者なのだと、そう言ったのは他ならぬシリル様なのだから。
 僕の言葉に、ニナは「そっか」と引き下がる。けれどその瞳は、確かに不満気に揺れていた。僕が口を開く前に、彼女は露骨に話題を逸らす。
「そういえば、ちょっと変な感じだね」
「変?」
 このままこの話を続けていても、互いに得るものは無い。自分からあえて空気を悪くする必要もないだろう。そう判断し、僕はそれに乗って首を傾げてみせる。
「私に取ってお姉ちゃんは小さい頃に色々教えてくれた先生みたいなもので、それでお兄ちゃんはシリルの先生だったんでしょう? そのお姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に旅をしてて、私とシリルがこの世界で出会って、それって凄いことなんじゃないかなって」
 確かに、偶然とは思えなかった。僕は運命という言葉があまり好きではないのだけれど、それを信じる兄夫婦辺りに言わせれば、僕たちの出会いもまたそういうものなのだろう。けれどそれよりも気になることがあって、僕は目を細めた。
「そうだ、それで思い出した。リザがいないときを狙ってここに来たのは、どうして?」
「へ?」
 僕の問いに、少女は驚いたような声を上げる。その表情から察するに、誤魔化せているつもりだったのだろう。けれどこの部屋に来てから、ニナが彼女の話題を出したのは今が初めてだった。ニナがリザのことをまだ姉と慕っているのは一目瞭然で、その彼女について何も訊いてこないのはおかしい。意図的にその話を避けているのは、何となく分かった。
「この時間ならリザはもう自分の部屋に戻っている。それを知っていて来たんだろう? リザがいたら困るようなことでも話したかったのかと思ったけど、違うみたいだし」
「あー……えっと」
 目を泳がせるニナを、笑顔で見守る。彼女は何度か深呼吸すると、いくらか落ち着いた様子で僕を見上げた。
「その、ね。……お姉ちゃん、私を避けてるような気がして」
「リザが?」
 驚いた。どうやらこの少女は、予想以上に聡いらしい。確かにそれはそうなのだけれど、恐らくニナの危惧しているような理由ではないはずだ。僕はくすっと笑うと、首を横に振った。
「安心して。それは無いよ」
「本当? でも――」
「戸惑っているだけだと思うよ。僕もだけどリザも、まさかこんなところで君に出会うとは思わなかったから」
 正しくは、そんな予感はしていたし、戸惑いだけでもないのだろうけれど。でもリザだって、本心からニナに会いたくなかったわけではないのだろう。さっきまでの彼女の様子から、リザが何を恐れていたのかも何となく分かっていた。そして、それが避けられないことなのも。……突然切り出されるよりも、こちらからその方向に誘導してしまった方が良いかもしれない。
「リザに話したいことがあるんだろう? 明日の夜、またここにおいで。彼女には僕から話しておくから」
「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」
 微笑してみせれば、ニナはほっとしたように息を吐く。その手が胸元で握りしめられたのを見て、僕は自分の予想が当たってしまったことを悟り、苦く笑った。
こんばんは、高良です。

第四部だと二十話辺りでしょうか。ジルが王子と神子に協力できなかった理由は、つまりは彼らが神国で知ってしまった真実のせいでした。
さて、読者の皆様もご存知でしょう、ニナはリザに『話』をします。ですがリザが恐れていることも、ご存知の通り……

では、また次回。
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