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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第四部

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番外編・四 長き愛の物語

「爵位を?」
「ああ、年明けと同時に譲ると言われた」
「あと一ヶ月じゃないですか」
 私の言葉を聴くとアドリエンヌは本から顔を上げ、僅かに驚いたような表情を浮かべて私を見る。それももっともだろうと、私は苦い思いが顔に出るのを隠しもせず、深く嘆息した。
 私がアネモスに帰国し、代わりにアドリエンヌがこっちにやってきて、一年と少し経つ。彼女がこの国で上手くやっていけるか心配していたのは私だけだったようで、あの両親とも、それどころかフェリクスや他の貴族たちとも、アドリエンヌは驚くほどすんなりと打ち解けた。グリモワールであれだけずけずけ物を言っていた遠慮も可愛げもない少女はどこに行ったんだ、と問いたい。否、彼女は別に社交性に欠けているわけでもなければ可愛げがないわけでもないのは私自身がよく知っているし、相手が国王や貴族であろうと遠慮のない物言いに変わりはなかったのだが、さておき。
 アドリエンヌの言葉に答えようとすると、自然と言葉の端に苛立ちが滲み出た。
「私も来月には二十歳だ。父上の考えていることは理解出来るし、もっともだと思う。だが、父上はいつも急すぎるだろう!」
「グリモワール行きの話をされたのは留学する三日前だったのでしょう。それより良いのでは?」
「あれと一緒にされても困る」
 顔を顰める一方で、もう五年以上前のことになるあの日を思い出す。もちろん、父上に宣告された日ではなく、初めてアドリエンヌに出会ったときのことだ。……あのときの私がこの光景を見たら、一体何を思うだろう。女なんて吐き気がするほど嫌いだったのに、こうして一人の女性を深く想っている自分を。あまり感情を顔に浮かべることをしなかったはずなのに、普通の少女のようにくすくすと笑みを零すようになったアドリエンヌを。アドリエンヌと智の国で過ごした四年は長かったし、ここに帰ってきてからの一年も長かった。けれど気付けばあっという間に、今に辿り着いていた。
 どこか楽しそうな彼女をちらりと見て、再び嘆息する。
「だが、私にも色々と、心構えというものがだな……」
「何ですか、その顔は。言いたいことがあるならはっきり言ってください」
「ああ、そうだな」
 不満そうに目を細めたアドリエンヌに苦笑を返し、私は彼女に向き直った。心構えが必要、そうは言ったものの、まったく出来ていなかったわけではないのだ。留学の話とは違って、予想はしていたことだったのだから。爵位を継ぐのは間違いなくいずれ訪れることで、あまり考えたくはないが父に何かあれば、突然公爵にならなければいけなくなる可能性すらあった。フェリクスがそうだったように。むしろ、一ヶ月与えられただけありがたいと、そう思うべきなのだろう。
 それは今から彼女に告げる言葉だって同じことで、いつその日が来ても良いようにと、心の準備は出来ていたはずだった。……ああ、それなのに何故、この手は僅かに震えているのか。しっかりしろ、と拳を握りしめ、けれど表面上は平静を保ち、僅かに微笑すら浮かべて、口を開く。
「そう言うわけだから、アドリエンヌ。結婚しよう」
「はい?」
 返ってきたのは一年前に告白したときに見て以来の、本気で驚いたような……それどころか信じられないものでも見るような視線で、私は思わず眉を顰めた。
「……まさか、完璧に予想外だったわけではないだろうな?」
「いえ、そのうち言われるだろうとは……一応そういう関係ですし、ドミニク様の身分からして結婚しないのはまずいでしょうし」
「なら良いだろう。私はお前が受け入れてくれるまで何度でも言うぞ。結婚してくれ」
 目を細めて笑い、アドリエンヌを真っ直ぐに見つめる。彼女は戸惑うように見つめ返してくると、不意に疲れたように嘆息した。
「何故貴方はそう……いつもそうやって、何でも無いことのように言ってくるのですか」
「そうでもないぞ。さっきから手が震えっぱなしだ。アドリエンヌがさっさと答えてくれないから」
「私のせいですか?」
 恨みを込めて見上げてくるアドリエンヌに促すような視線を返すと、彼女は僅かに瞳を揺らす。滅多に見られない表情が面白くて黙って待っていると、ようやく小さな声が返ってきた。
「断るわけがないでしょう。ドミニク様が私を愛してくださるのと同じくらい、私も貴方を愛しているんです。そうでなければ、アネモスまで追いかけてきたりはしません。その、どう答えたら良いか、分からないのですけれど……喜んで」
 恥ずかしそうに頬を染めて微笑み、アドリエンヌはそっと囁く。その意味を理解した瞬間、私は思わず彼女を抱き上げていた。「きゃっ!」という悲鳴を無視し、強く抱き締める。
「ど、ドミニク様! 重いでしょう、下ろ――」
「これから一生背負っていくんだ、重いものか!」
 そっと彼女の唇に口付け、至近距離で覗き込めば、アドリエンヌは今までに見たことのないほど真っ赤な顔で、けれどどこか不安そうに訊ねてきた。
「……一応訊いておきますけれど、本当に私で良いのですか? アネモスのことも、貴族のことも、何も知りませんよ。ドミニク様に迷惑をかけてしまいませんか?」
「散々馴染んでおいて何を言っているんだ、お前は。第一、生憎だがそれくらいで傷つくような安い名は持っていない。何かあったら私が何とかしてやる。……本当なら屋敷の奥に閉じ込めて、誰にも見せたくないくらいだがな」
「ドミニク様らしいです」
 半ば本気で言った言葉に、アドリエンヌは苦笑交じりに微笑む。そんな彼女に私は再び、誓うように口付けた。

 ◆◇◆

 僅かに身じろぎするような気配に、ふと顔を上げる。夫が目を覚ましたことに気付いて立ち上がり、寝台に近づくと、ドミニク様は薄く目を開いた。しかし光の灯らないその目がもう殆ど見えていないのは互いによく分かっていて、だから私は彼の手に触れる。耳に届いた声は掠れていて、どこか弱々しかった。
「アドリエンヌ、か?」
「はい。あまり無理はなさらない方がよろしいですよ、ドミニク様」
「……失ったのが光で良かった。お前の姿が見えないのは辛いが、声が聞こえないのは耐えられん」
「ええ、私もですよ。貴方と言葉を交わせないなんて、耐えられません」
 浮かべた微笑は彼には見えないだろうからその代わり、握った手にそっと力を込める。それで伝わったのだろう、彼は口元を僅かに緩ませた。
「懐かしい夢を見た」
「夢、ですか?」
「ああ。アドリエンヌと出会ってから、結婚するまでの数年の夢だ」
「それは……本当に懐かしいですね。三十年は前のことでしょう」
 思わず少しだけ目を見開くと、彼は「あの頃はお互い幼かったな」と呟く。その口調は本当に楽しそうで、けれど言っていることは確かにその通りだった。私は苦笑し、「ええ」と頷く。
「本当に。あの頃の私たちが今ここにいたら、きっと驚くでしょうね」
「違いない。……だが、短かったな。あの四年は長かったが、この三十年はあっという間だった」
「色々なことがありましたけれど、ね」
 息子たちが――リオやジルが生まれてからは、特にそうだ。彼らがたくさんの失敗を繰り返して成長していくのを二人でそっと見守って、時に手助けしてきた。
「……そういえば、リオがジルに連絡したそうですよ。例の鳥を使ったようですし、あの子は転移魔法が使えるでしょうから、遅くても明後日には到着するでしょうね」
「ジルか……今更無様に足掻いて生に執着する気も無いが、あれをあのまま遺して行くのだけが心残りだな」
「だから、私とリオに全てを打ち明けたのですか?」
 ジルに前世の記憶があること、ゆえにあの事件が起こったこと。恐らくあの子に口止めされている事実をドミニク様が家族に明かしたのは、倒れた直後のことだった。私の問いに、彼は苦笑する。
「私が死ねば、あのことを知るのは再びジルだけになってしまう。そうなれば、奴は今度こそ隠し通そうとするだろうからな。……ジルを頼んだぞ、アドリエンヌ」
「ええ、もちろん」
 前世の記憶があろうと、あの子が何を考えていようと、ジルが私たちの大切な息子であることに変わりはない。母親として子を想うのは当たり前のこと、それをあの子だけが理解していないのだ。「とはいえ」と、私は悪戯っぽく付け足す。
「あの子を心配しているのは私だけではありませんから、また見守るだけになるかもしれませんね」
「ああ、周りの人間には恵まれているからな、ジルは」
 不幸にも恵まれているようだが、と冗談にならない言葉を付け足し、彼は目を閉じた。
「……そう考えると、シリル様には感謝しなければな。この上リオの方にも問題が残っていたら、死んでも死にきれん」
 心からそう思っているのだろう、その表情を見て、私は思わず苦笑する。けれど、考えていることは私も同じ。リオが婚約を解消したときは静観したけれど、本当は二人でとても心配していたのだから。
 穏やかな空気を壊すように、不意にドミニク様が咳き込む。慌てて彼の体を起こし、背を擦っていると、すぐにそれは落ち着いた。ほっと息を吐き、彼の顔を覗き込む。
「少し話しすぎましたね。今日はもう――」
 休みましょう、と言いかけた私を遮るように、ドミニク様が抱き締めてきた。……腕を上げるのだって辛いはずなのに、どれほど無理をしているのか。慌てて顔を上げることすら許さず、彼は私の耳元で囁いた。
「……すまない、アドリエンヌ」
「え?」
「お前が嫌いそうな言葉だが、まだ声の出るうちに言っておきたかった。哀しむなとは言わないが、強く生きてほしい。私が――俺が愛したのは、夫の死を引きずって塞ぎ込むようなか弱い女じゃない。…………最期まで共にいられなくて、すまない」
 付け足された言葉に、ハッと目を見開く。
 実感してしまった。彼がいなくなれば、私は独りだ。もちろんこの国にも親しい人はいるし、家族が誰もいなくなるわけでもないけれど、それでも独りだ。二人では、なくなるのだ。……だけど、それが貴方の望みならば。
「もちろんですよ、ドミニク様。……この愛が本物ならきっと、また廻り逢うのでしょうから。少し離れるだけです」
 そっと抱き締め返し、囁けば、彼は安心したように微笑む。
 ……ドミニク様が息を引き取ったのはその数日後、ジルが帰ってきた直後のことだった。
こんばんは、高良です。人は過ちを繰り返すと罪の意識が薄れていくものなんですね。なんて壮大な話してる暇あったら反省します。

さて、前半は本作三組目となるプロポーズ。主人公カップルはまだくっついてすらいないのにこの恋愛シーンの多さときたら! 各カップルの個性が出ていると嬉しいのですがさてどうなのでしょう。
後半はがらりと変わってシリアス風味。時系列的には第二部開始直前ですね。書いてて泣きそうになったというかちょっと泣きました。何で私ドミニクさん殺したんでしょうね……!

さて、これにてドミアド編もようやく完結。やっとお待ちかねの第五部開始させて頂きます。再びメインはジルリザに戻り、第四部でシリニナがいちゃついていた頃彼らは何をしていたのか、とかその辺り。ようやく物語の根幹に迫っていきます。

では、また次回!
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