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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第四部

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第三十六話 黒き獣の正体は

 目覚めると同時に、ここが十六年を過ごした自分の部屋であることに気付く。見慣れた、けれど数週間ぶりに見上げる天井が懐かしい。そんなことを考えながら体を起こそうとすると、左腕にびりっと痺れるような感覚と激痛が走った。
「いっ……」
「無理はあまりなさらない方がよろしいかと」
 そんな言葉と共に、横から手が差し伸べられる。その手に引っ張られるようにして寝台の上に起き上がり、声のした方向に顔を向けると、予想通り夜空の瞳と視線がぶつかった。
「おはようリオネル。状況を教えてくれるかな」
「ええ、おはようございますシリル様。丸一日気を失っていらっしゃいましたが、怪我はどうですか?」
「一日?」
 告げられた言葉に、思わず目を丸くする。精々数時間程度だろうと思っていたのだけれど、思ったより消耗は激しかったらしい。僕は先生と違ってこういう事態に慣れていないというのも大きな原因だろう。それでもすぐに衝撃から立ち直り、リオネルの問いに答える。
「良い、とはあまり言えないかな。あの黒い煙が触れたところが痺れて上手く動かないし、腕が凄く痛い」
「……痺れ、ですか」
 僕の言葉に、リオネルはほんの僅かに眉を顰めた。けれど何を考えているのか読み取るよりも早く、彼は表情を元に戻す。
「事情は大体ニナ様から聞きました。ニナ様の世界に行っていたと。……この国に異変が現れたのは、お二人がいなくなられた直後です。こちらに戻ってきたとき、寒いとは感じませんでしたか?」
「思ったよ、まるで冬が近いみたいだった。……そういえば、今は普通だね」
「ニナ様が泉に触れると同時に、夏本来の気候に戻ったようですね。その異常気象が現れて間もなく、ジルとリザがアネモスを発ちました。異常気象はアネモスだけでなく世界中で起きていましたから、クローウィンも同じくらい深刻な事態に陥っていたようで……神国から受けた依頼はそのままであるから放っておけない、と」
「ああ、それで」
 包帯を巻かれた腕を見下ろし、僕は頷いた。おかしいとは思っていたのだ。つまりそれは傷がまだ治っていないということで、リザさんがこの国にいる間はそんなことはありえない。先生の傷すらも完治させられる彼女が、僕程度の傷を治せないわけがないのだ。僕の言葉に、リオネルは僅かに頬を緩めた。
「昔なら治癒の塔の魔法使いにもシリル様を治せる者が大勢いたのですが、魔法を学び始めてから貴方の魔力もかなり高くなられたようですね。傷をある程度軽くすることは出来るが完治には時間がかかると。……それと先ほど仰った痺れについては、恐らく呪いの類と思われますが、どうにかする方法はこれから調べていくしかないでしょう」
「うん、そうだろうね。上手く動かないのは左腕くらいだし、命に関わらないなら大丈夫だと思う」
 これが利き腕だったら困るけど、と付け足すと、苦笑が返ってくる。どこか呆れに近い色もかなり含まれているのが、見ただけで分かった。
「しかし、こういった面でもジルの真似をするのは、今後はなるべく控えて頂きたいですね」
「……努力はするよ」
 確かにそれは僕も思ったし、自分から進んで危険に飛び込んでいく気もさらさらない。けれどそこにニナが絡んでくれば、と考えると断言は出来なくて、僕は曖昧に頷く。そんな僕の心中は見抜いているのだろう、リオネルはまた呆れたように嘆息した。
「俺もあまり人のことは言えませんが、あまり怒らせると後々厄介ですよ」
「リオネルが言うと重みがあるね……そういえば、マリルーシャは大丈夫?」
 僕たちが向こうに飛ばされたとき、彼女は出産を控えていたのだ。恐らく心配をかけてしまっただろう、と思って訊ねると、予想に反してリオネルは嬉しそうな笑みを浮かべる。
「そのことで一つ報告を。一週間ほど前に、長男が生まれました」
「……本当に? おめでとう! じゃあ、二人とも元気なんだね?」
「ええ。シリル様とニナ様も帰還なさりましたし、落ち着いたら連れてきましょう。多少の説教くらいは覚悟しておいた方がよろしいかと。陛下も、シリル様が目覚めたら事情を聴きたいと仰っていましたから」
「う……」
 とりあえず父上とマリルーシャからは絶対に説教を喰らうだろうと予想していたから、それ自体は別に驚くことではない。それでも、改めて予告されると気が重くなった。そんな僕を見て、リオネルは僅かに表情を引き締める。
「それと、例の獣のことですが――」
「シリルっ!」
 彼の言葉を遮ったのは勢いよく扉が開く音と、今にも泣きそうなニナの叫びに近い声だった。分厚い本らしきものを両手で抱えた彼女は一目散にこちらに駆け寄ってきて、寝台の隅に本を置くと、しがみつくように僕に抱き着いてくる。
「良かった……シリルの馬鹿、凄く心配したんだから!」
「君も少し前に似たようなことをやらかしたけど」
「私は良いの!」
「良くないよ! ……でも、心配かけてごめん」
 右腕をそっと彼女の頭に乗せると、ニナはようやく微笑を返してくれた。面白そうに静観しているリオネルを横目で睨み、僕はニナが持ってきた本に視線を向ける。
「ニナ、それは……そうか、君も気付いたんだね」
「うん、リオネルさんに説明しようと思って持ってきたんだ」
 顔を見合わせ、二人で頷き合う。あの獣は確かに見たことがないものだったけれど、それでも初めて見るものではなかったのだ。ニナから本を受け取り、開く。すぐに見つかった目的のページを、僕はリオネルの方に向けた。
「これだよ。僕たちが戦ったのは、多分この獣で間違いないと思う」
「……アネモス語、ですか」
 絵ではなく、その下に書かれた文字を見て、リオネルが眉を顰める。僕は頷くと、その一行目を指でなぞった。
「魔物の存在は、リオネルも知っているだろう?」
「遠い昔、神子によって封印されたという話なら。……あの獣が、そうだと仰るので?」
「うん、間違いないと思う。アネモスに封印されている魔物は何体かいるけど、その中じゃ弱い方だよ」
 中には一体で国を一つ亡ぼせるようなものもいたと読んだことがある。そこまで強いものはアネモスにはいなかったはずだけど、それでもあれより強いものと戦う羽目になっていたら、左腕くらいでは済まなかっただろう。僕の言葉に合わせるように、ニナが頷いた。
「シリルがあんなに苦戦したのも、逆に掠っただけだった私の攻撃があんなに効いたのも、多分あれが魔物だったからだと思います。魔物にとって、神子の力は天敵だから。だから昔、魔物を封印出来たんです」
「では、神泉については?」
「……ニナがアネモスを離れたせいで泉に宿っていた神の力が失われたのだと、だから魔物の封印が解けたのだと、そう仮定して……ならニナが神泉に触れれば、再び泉は祝福されるんじゃないかと思ったんだ」
 神子は、神子であるという判別のために神泉に触れる。けれど同時にその行為によって神泉が神の力を帯びるなら、失われた祝福を取り戻すためには再び神子が神泉に触れれば良いのではないか、と。幸いなことに、その予想は当たっていた。僕の言葉を効いて、リオネルは納得したように頷く。
「恐らく、異常気象も神子の不在によるものだったのでしょうね」
「うん、その可能性が高いと思う。この痺れも、多分理屈は一緒だ。神子の力である程度はどうにかできると思うよ」
「もうちょっと力を使いこなせるようになったらね」
 嘆息交じりに呟くニナに、僕は黙って微笑を返した。そんなやり取りを見守っていたリオネルが、不意に呟く。
「……お二人とも、何かあったのですか?」
「え?」
 首を傾げると、リオネルは「いえ」と首を振った。……心なしか、その目が面白そうに細められたような気がする。いや、それは気のせいでも何でもなく事実だと、僕は続く彼の言葉で思い知った。
「互いに向ける視線が以前とは違うように思えたので。シリル様、とりあえず陛下には早めに報告しておいた方がよろしいでしょう」
「何で君たちは兄弟揃ってそんなに鋭いのさ!」
 先生といいリオネルといい、人間離れしている。思わず叫んでしまった僕に、リオネルは更に笑みを深めて言い放った。
「おや、正解とは思いませんでした」
「主を堂々とからかう家臣なんて君くらいだよ!」
「落ち着いてシリル、傷に障るよ?」
 ニナの言葉でどうにか我に返り、呼吸を整える。それでも頬の熱は冷めなくて、ふと窺い見ればニナもまた僅かに頬を染めていた。そんな僕らを楽しそうに眺め、リオネルは再び爆弾を投下する。
「うちの息子が仕えるのは、どうやらお二人の御子で間違いなさそうですね」
「リオネルっ!」
「……っ」
 気が早いにもほどがあるというか、それ以前に僕も一応いい年をした男であるという事実を考えてほしかった。思わず叫び、同時に一瞬だけ頭に浮かんでしまった不埒な想像を振り払う。隣ではニナが、真っ赤になって絶句していた。僕たちの反応を楽しんでいるのだろう、リオネルは反省した様子もなく、それどころか抑えようともせず笑い出す。……後でマリルーシャに言いつけてやろうと、情けないことにそんな人任せな仕返ししか思いつかなかった。
こんばんは、高良です。

目覚めたシリル君。怪我はそのままですが、異常気象についても解決して、アネモスにも平和が戻ってきた様子。……カタリナさんのあの言葉は、単なる警告で終わったのでしょうか? そして同じ頃、ジルとリザは? それについては、第五部以降で語らせて頂きましょう。
ところでリオネルさんその辺にしてあげてください。

そうそう、異様に長かった第四部も、ようやく次話で完結となりそうです。

では、また次回。
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