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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第四部

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第三十五話 祖国の異変

 両親の目の前で転移なんてしようものなら、私はきっとまた泣いてしまうだろう。だから二人とは家で別れ、私たちはこの世界に戻ってきて最初にいた廃病院へと向かっていた。カタリナとしても、そちらの方がやりやすくはあるらしい。服は最初に来ていたものに着替えて、それだと目立つからとカタリナの魔法で隠れてはいるけれど、荷物の類は持っていなかった。私が向こうに行ったときそうだったように、転移の際に身に着けていなかったものはその場に残されるらしい。「それで」と宙を滑るカタリナを見上げ、私は首を傾げた。
「何回も訊いたけど、私が早く帰らないとたくさんの人が命を落とすかも、ってどういうことなの?」
「ごめんなさいニナ、戻るまでは私も断言出来ませんわ。予想通りではありましたけれど、こうもあからさまとは……あの世界は、私たちが考えているほど優しい世界ではないようね」
 昨日からずっとこうだ、一応質問に答えてはくれるのだけれど、その後で考え込んでしまって肝心なことは分からない。同じことを考えたのだろうか、シリルがこちらを見て苦笑気味に嘆息し、彼女を見上げた。
「もう少し分かりやすく説明してもらえるとありがたいのですが」
「ですから、出来ないと言っているのが聞こえないのかしら? 一番悪い予想が当たってしまえば、貴方たちにもすぐに分かりますわ」
「不吉な言い方するなぁ……」
 話しているうちに目的地に辿り着き、この世界に戻ってきたときに目覚めた部屋へ向かって階段を昇る。私が扉を閉めるのを確認し、カタリナは部屋の中央辺りにふわりと着地した。
「覚悟はよろしくて?」
「そういえば、再びこちらに戻ってくる方法については、分かったのですか?」
 シリルの問いに、彼女は意味ありげに首を傾げる。
「さぁ、向こうに帰らないことには何とも。見つからないということはないでしょう、何しろこの私が直々に調べているのですもの。いざとなればジルに手伝わせることも出来るでしょうし」
「うん、信じてるよカタリナ」
 微笑むと、信じられないものを見るような視線が返ってきた。……いや、前からそう言っているのに、まだそんな反応するかなぁ。けれどやがてそれは嘆息に変わり、カタリナは諦めたように首を振った。
「貴女に何を言っても無駄なのはよく分かりましたわ。……さて、お喋りはこの程度にして、そろそろ帰りましょうか。出来るだけ動かないでくださいな」
 カタリナの言葉に首肯を返し、何となくシリルの手を握って、その場でじっとする。訊き慣れない古語の呪文と共に、今まで見た中でも一番複雑なのが見ただけで分かるような大きな魔法陣が宙に描かれていった。それが大きさを増すのと同時に、見覚えのある光が私たちを包む。身構えてはいたのだけれど眩しいものは眩しくて思わず目を閉じると、僅かに体が引っ張られるような感覚と共に、ふっと意識も光に塗り潰された。

 ◆◇◆

 目が覚めて真っ先に思ったことは、寒い、だった。慌てて起き上がろうとしたところで、ニナと手を繋いだままだったことに気付く。とりあえず別々の場所に飛ばされるなんて事態にならなかったことに安堵しつつ、僕は彼女を軽く揺すった。
「ニナ。大丈夫?」
「ぅ……シリル? うん、平気。ここは……」
 二人で辺りを見渡せば、見慣れた神泉が視界に入る。どうやら全く同じ場所に帰ってきたらしい。分かりやすくて良いけれど、と苦笑したところで、ニナが眉を顰める。
「……寒い、ね」
「やっぱり、ニナもそう思う? 向こうの夏はアネモスよりも暑いから、そんなところにずっといたせいかとも思ったんだけど……いくら何でも、これは」
 三週間近く向こうの世界にいたとはいえ、アネモスで生まれてアネモスで育った僕が、異常に気付かないわけがない。秋の終わりから冬くらいだろうか、と一度思ってしまえば、夏の装いでは余計に寒く感じた。
「私たちが向こうにいる間に、こっちでは半年くらい経ってました、とか……?」
「いや、それはないはずだよ。時間の流れはほとんど同じだから。そうでなければ先生たちの年齢差に説明がつかないし、ニナが行方不明になっていた期間も同じだっただろう?」
「あ、それもそっか。でも、じゃあどうして?」
 首を傾げるニナに、沈黙を返す。彼女も答えを求めて言ったわけじゃなかったのだろう、僕と顔を見合わせると、不意に立ち上がった。
「考えてても分からないものは分からないよね。神殿の中なら誰かいるだろうし、訊いてみよっか。色々心配かけちゃっただろうし。……ああ、神殿だから出てこないんだ、カタリナ。静かだと思ったら」
「そうだね。……父上に怒られそうだ」
 苦笑と共に僕もまた立ち上がり、頷く。神泉に背を向け、一歩踏み出したところで、急に背筋に冷水を流し込まれたような寒気を覚えた。
 咄嗟に腰に手をやるが、普段ならあるはずの剣はそこにはない。代わりを探す暇もなく、隣のニナを押し倒すように地面に転がる。同時に、頭上すれすれのところを何かが過ぎていくのが分かった。ニナに怪我をさせるわけにはいかないと、ぶつかる寸前で体を捻る。勢いがあったせいだろう、どん、と思ったより強い衝撃が背中に伝わってきた。
「っ! ……つ、ぅ」
「シリル!」
 慌てて僕の上からどけるニナに「大丈夫」と微笑を返し、僕は立ち上がる。見れば黒い煙を纏った獣のようなものが、神泉の向こう側で僕らを威嚇するように牙をむいていた。どこかで見たような気がするのだが、何の動物であるかは分からない。
 近くに飾られていた剣を、半ば無理やりに台座から外す。飾りであっても鞘から抜けば普通の剣なのだ、使い慣れた物では無くても丸腰よりは遥かにマシだろう。あの影相手に物理的な攻撃がどこまで通用するかは分からないけれど、とにかく戦うしかない。あれが良くない物であるのは、こうして向かい合うだけで嫌というほど分かった。放っておいていいはずがない。
 こちらの敵意を感じ取ったのだろう、獣が前触れもなく神泉を越え、飛び掛かってくる。ニナを護るように前に出て剣で受け止めるが、予想よりずっと重い攻撃に一歩だけよろめいた。それでもどうにかすぐに体勢を立て直し、思いっきり剣を薙ぎ払う。獣は飛び退ったが、その弾みで僅かに流れてきた黒い煙が、ほんの一瞬だけ腕に触れてしまった。
「……っ!」
 瞬間、びりっと焼けるような、けれど冷たい痛みが走る。恐る恐る見れば、ちょうど煙の触れた部分に、まるで焼け爛れたような傷があった。駆け寄ってきたニナが、それを見て顔を歪める。
「痛い……よね?」
「いや、物凄く痛いけど、同じくらい冷たいというか……上手く動かない、というか。これくらいなら平気だけど、あの煙には触らない方が良いよ」
「そっか……シリル、手出して」
 言われるままに剣を持っていない方、つまりは無事な方の手を出すと、ニナはそれを両手で包み込んで目を閉じた。彼女が何事か呟くと、体中が暖かい光に包まれる。……ニナの神子としての力か、とすぐに分かった。向こうにいた間、カタリナさんが魔法の使い方を教えていたのだ。魔力を扱う方法さえ分かれば、神子の力も使えるようになる。僕の視線に答えるように、ニナは頷いた。
「実戦で使うのは初めてだから、どれだけ効果があるかは分からないけど……少しは役に立つと思う。ごめんね、武器があれば私も戦えるのに」
「十分ありがたいよ。……神官と、出来れば騎士を呼んできてくれる? 少しだったら食い止めておけそうだから」
「……うん、分かった。なるべく早く戻るから、無茶はしないでね」
「もちろん」
 僕だけを残して行くのは嫌だ、とその目が語っていたけれど、一方で人を呼ぶ必要は彼女も十分理解しているのだろう。僕が頷くのを確認し、神殿の中へと駆けていく。それを追うように、獣が地を蹴った。
「行かせないよ」
 移動速度は圧倒的に向こうの方が早かったが、ならばそれを利用してやればいいだけの話。獣の目の前に立ち塞がって剣を振り上げれば、狙い通り肉を切り裂くような感触が伝わってきた。顔を顰めつつ、転がった獣に剣の狙いを定める。いくら何でも、今ので戦いが終わったと錯覚するほど愚かじゃない。予想通り、獣は何事も無かったかのように立ち上がり、物凄い勢いで僕に飛びかかってきた。……うん、まぁ、今ので怒らない方がおかしいだろう。そんなことよりも、気になることが一つあった。
「傷が……治って、る?」
 かなり深く斬りつけたはずなのに、動きが鈍っていないどころか傷痕すら見当たらない。それについて深く考える前に、再び目の前に獣が迫っていた。また咄嗟に剣で受け止めると、さっき受けた傷に痛みが走る。
「っ、ぐ……」
 押し返そうとしても力が入らず、何とか横に受け流す。けれどそうなれば体勢が崩れるのは当然で、それを狙うように敵は飛び掛かってきた。……予想さえ出来ていれば、対処出来ないわけじゃない。すっと身をかがめて攻撃を避け、下から斬りつける。今度も確かにこちらの攻撃が当たった感触があったが、次の瞬間には敵は何事も無かったかのように立ち上がっていた。
 攻撃の際に煙が触れてしまったのだろう、気付けば腕を中心に、焼け爛れたような例の傷はぽつぽつと数を増していた。最初に比べて程度が軽いのは、ニナの力のおかげだろう。それでも最初の傷が治るわけではなく、体力は擦り減っていく。いつの間にか防戦一方になってしまったのは分かっていたが、攻撃しようにも力が入らないのではどうしようも無かった。実を言えば、敵の弱点は何となく分かっている。けれどそれはニナがいなければ出来ないことで、どちらにしろ彼女が戻ってくるまでどうにか持ちこたえるしかないのだ。
 そうこうしているうちに攻撃を避けそこない、左腕の肘の辺りに思い切り噛みつかれる。当然、掠ったのとは比べ物にならない激痛が走った。
「ああああああっ!」
 絶叫しながら、半ば自棄になって獣を振り払う。その拍子に煙が飛び散ったが、気にしてなどいられなかった。勢いに負けて獣が離れたところで、耐えきれず地面に膝をつく。ようやく露わになった腕を見れば、噛みつかれた部分は当然酷く出血していて、傷口の周りは他と同じように焼け爛れていた。
 必死になって顔を上げれば、駆けてくる獣が見える。……とどめでも刺すつもりか。そう気づいても、体は動かない。せめてもの抵抗に、と目の前に迫る獣を睨み上げたところで、愛しい声が響いた。
「シリルっ!」
 獣が弾かれたように飛び退るのと同時、地面に勢いよく弓が突き立つ。思わず振り返ると、こちらを睨むニナと目が合った。彼女の身長ほどもある弓を下ろし、ニナは涙目で叫ぶ。
「馬鹿、シリルの馬鹿! 無茶しないでって言ったのに!」
「……ごめん、でも」
「そういう時は素直に怒らせておくべきですよ、シリル様」
 いつの間に近づいてきたのか、すぐ隣から聞こえたのもまた懐かしい声だった。僕の脇に屈み込む彼を見上げ、僕は目を見開く。
「リオネル……? どうしてここに」
「少々用事がありまして、神殿に来たところだったのです。驚きましたよ、行方を眩ませたニナ様が突然駆け寄ってきたのですから。事情は後でゆっくり聞きましょうか。……酷いな。シリル様、立てますか?」
 最後の言葉は、腕の傷を見て、だろう。僕が首を横に振ると、リオネルは険しい顔で頷く。
「そうでしょうね。とにかくあれをどうにかしないことには、ここを離れることも――」
「……それで思い出した。ニナ、泉だ」
「泉? 神泉?」
 ちょうどこっちに歩いてきたニナを振り返ると、彼女はきょとんと首を傾げた。視界の端で獣が起き上がろうとしているのを捉えつつ、僕は頷く。神子の攻撃は流石に効いたようだが、それでも回復に時間がかかるだけで致命傷にはならないらしい。
「うん。この世界に初めて来たときみたいに、水に触れて」
「分かった」
 ニナはそれ以上何も聞かずに頷き、神泉に駆け寄る。躊躇いも無く彼女が手を水に突っ込むと、そこから白い光が溢れ出した。突然もがくように逃げだした獣に光が追いついた瞬間、獣は溶けるように消えていく。同時に、辺りが少しずつ暖かくなっていくのを肌で感じた。
「これは……」
 リオネルが神泉を見つめ、眉を顰める。予想が当たっていたことに安堵したところで、緊張が解けてしまったのだろう、ふっと体の力が抜けた。
こんばんは、高良です。……六月ですね。許してください。

ようやくアネモスに戻ってきた二人。カタリナさんの意味深な言葉の通り、帰還早々早くも一波乱あったようです。神殿とか聖地とか神の領域じゃあの人基本的に役に立たないんですよね。代わりにシリル君が大活躍してくれました。すぐ怪我するところまでジルに似てきたんじゃないかと思うと気が気でないです。
さて、第四部もいよいよ終わりに近づいてまいりました。後数話、お楽しみくださいませ。

では、また次回。
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