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枯花廻りの籠の中 作者:高良あおい

第一部

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第十話 水面に投じられた石

「ほら、咲月。起きて」
 声をかけると、机に突っ伏していた彼女は目を擦りながら顔を上げた。
「ふぁ……慎?」
「……おはよう、咲月」
「おはよ……今、何時?」
 寝ぼけたように訊ねてくる咲月に、僕は思わず嘆息する。
「九時」
「嘘っ」
「すっげーぐっすり寝てたよな」
 真澄が顔を上げ、からかうように彼女を見る。予想通り、咲月は頬を膨らませて真澄を睨んだ。
「何よ、真澄だって中学のときテスト中に爆睡して先生に叩き起こされてたじゃない! 忘れたとは言わせないわよ」
「ばぁか、今だって寝てるっつの!」
「……自慢げに言うことじゃないんだけどね」
 呆れながらも、僕は真澄の前に置かれたノートを見る。
「でも、真面目にやっているだけ今日は真澄の勝ちかな。咲月はやっぱりまだ一問も終わっていないみたいだし」
「ほら見ろ!」
「勝ち誇らない。十分で終わる問題に一時間かかっているからね、君」
「いや、だから学年トップと一緒にされても困るっつの……」
 苦々しく呟く真澄に続きを促し、それでも勉強を再開しようとしない咲月に軽くデコピン。
「痛っ! ちょっ、慎、暴力はんたーい!」
「小さい頃は真澄と殴り合いの喧嘩をしていた君がそれを言うんだ?」
「真澄だから良いのよ」
「良くねえよ!」
「真澄は課題に集中する!」
「「慎が叫んだ!?」」
 流石は恋人、と言うべきか。声を揃えて驚く二人に、僕は僅かに苛立ち混じりの息を零した。
「もう高二なんだから、少しは頑張らないと、二人とも。そろそろ進路だってちゃんと決めなきゃいけないし。いつまでも僕が隣にいてあげるわけには、いかないんだから」
「いてくれないの、慎?」
 不満そうな咲月。僕は苦い想いを抑え、笑う。
 だって、そんな。
「いられない、だろ?」
 君たちの傍に、ずっと。幼い頃の願いは、けれど決して叶わないと、今なら分かる。恋人同士の二人にとって僕は邪魔なだけだろうし、それに……きっと、耐えられない。大好きな少女が親友と結ばれて幸せになっていくのを、ただ暖かく見守るだけなんて。僕は、聖人ではないのだから。
「それは……」
 なおも不満気に俯く咲月を見やって、不意に真澄が眉を顰めた。
「何か慎、機嫌悪いな、今日」
「……そう、かな」
「絶対不機嫌だって! 一体何が――」
 不意に下で聴こえた物音に、真澄の声が止まる。窓の方に目を向けて、彼は首を傾げた。
「誰か来た、っぽいな」
「みたいだね。今日は母さんがいるし、大丈夫でしょ」
 予想通り、下で話し声。真澄を勉強に戻らせつつも意識をそちらに向けていると、話し声が止み、代わりに階段を上ってくる音が聴こえた。
 視線を向けた瞬間、ノックも無しにドアを開けた柚希と目が合う。
「ゆ、柚希!? びっくりしたぁ……」
 突然の乱入者に驚く咲月を、そして同じく驚く真澄を一瞥し、彼女は普段通りの顔で、何でもなさそうに僕を見る。
「邪魔するわよ」
「うん、いらっしゃい」
「少しは驚けよお前ら!?」
 叫ぶ真澄は全員無視。柚希はそのまま部屋に入ってくると、ふと気づいたように手に持っていた袋を差し出してきた。
「そうだこれ、食べる? 下でおばさんにも渡してきたけど」
「……本当仲良いよね、母さんと柚希」
 呟くと、彼女は意味深な笑みだけを返してくる。差し出された袋を見て、咲月が声を上げた。
「何それ、お菓子?」
「ガトーショコラ」
 目を輝かせる彼女に、柚希は特に表情も浮かべず答え、彼女の目の前に広げられたノートを覗き込む。さっきよりは少し進んだようで、いくつかの計算式が書かれている……ものの、明らかに苦戦している様子。見た瞬間、彼女は呆れたように目を細めた。
「……公式から間違ってちゃ意味無いわよ、咲月」
「えっ、どこ?」
「一行目かな」
 口を挟むと、咲月は怒ったように僕を見る。
「何で教えてくれないの、慎」
「こういうのは自分で気付かなきゃ」
 肩を竦めると、柚希が頷いた。
「そうね、言わなきゃ良かった」
「酷っ!」
 叫ぶ咲月を無視し、柚希は僕の隣に座る。そして、袋からお菓子の入った容器を取り出すと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「じゃ、あんたたちはこれ、要らないわよね。勉強中みたいだし」
「あ、手作りなんだ」
「文句ある? 買うより楽だし、安いし」
 その中身を見て、僕は思わず笑みを零す。本当に、普段の態度からは考えられないくらい器用だ。店でのアクセサリー作りもそうだけど、料理だって下手すると店で買うより美味しいし。
 それを知っている咲月が、慌てた様子で叫ぶ。
「い、いる! いりますー!」
「だったらさっさと終わらせる。あんたたち、流石にもうちょっと勉強するべきだわ」
「てめぇがそれを言うなよ」
 恨めしげに柚希を睨む真澄。
 幼馴染たちと柚希に互いを紹介したのが、去年の冬のこと。時間はかかったものの、咲月と柚希は次第に打ち解けて、今ではかなり仲良くなっていた。けど……真澄の方は、そうはいかず。
「アタシはあんたより頭良いし」
「うっぜぇ! 何様だよお前! 超偉そう!」
「あんたよりは偉い」
「……ストップ。クラスメイトなんだから、仲良くしなさい」
 ヒートアップしそうな二人を制止。進級すると同時に行われたクラス替えで、四人とも同じクラスになったのだ。実は柚希と真澄は去年も同じクラスだったけど、真澄の方はそれを知らなかったことも二人の仲の悪さに関係している。
 まぁ、柚希が真澄より頭良いのも事実だけど。成績良いもんなぁ、柚希。前回の試験ではギリギリ僕が勝てたが、それでも難なく学年二位である。運動神経も良いし、これでちゃんと学校に来れば完璧なんだけど。
「そういえば、二年生になってから割と学校に来るようになったわよね、柚希」
「あんたは勉強しろっつの……」
 僕と同じことを思ったのか、嬉しそうに顔を上げる咲月に、彼女は呆れた目を向ける。
 ちなみにうちの学校では二年から三年に上がる際はクラス替えが無いため、残りの高校生活はこの三人と一緒に送れるわけで。そう考えると、咲月が喜ぶのも分からなくはない……のかな?
 二人が勉強に集中し始めたところで、柚希は僕に視線を移した。
「で、あんたは何でそんなに不機嫌なわけ?」
「君までそういうこと言うんだ。そんなことないんだけどなぁ」
 彼女の問いに、思わず苦笑混じりに嘆息。誤魔化そうとするが、柚希は全て見抜いているように目を細める。
「アタシをそこの馬鹿どもと一緒にしないでよね」
「うん、そうだね。ごめん」
「お前は否定しろよ!?」
 真澄の叫びは二人とも無視。答えようとしない僕を見て、彼女は僅かに勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「……そ。良いわ、予想は出来てるし」
「予想って……」
 唐突に立ち上がり、僕の机の方まで歩いていく彼女を目で追う。柚希は迷いなくその脇に置かれた僕の鞄を手に取り、中から一枚の紙を取り出した。
「ほら見ろ。やっぱ何も書いてないじゃない、まだ悩んでるんだ」
「……人の鞄を勝手に漁るのはどうかと」
「隠したいならもっと厳重に隠しなさい。大体まだ二年の最初でしょ、別にこれで決定ってわけじゃないのに何迷ってんの」
 その言葉に、僕は嘆息する。……確かに、その通りなんだけど。
「それって、進路希望調査? 明日提出じゃなかったっけ」
 柚希が取り出した紙を見て気づいたのか、咲月が僕を見てくる。同時に、同じくそれを見ていた真澄が眉を顰めた。
「何も書いてないじゃん、慎」
「……うん。ちょっと、ね」
 流石に隠し通せないか、と観念し、首肯。誰とも目を合わせないように、苦く笑う。
「普通に、こっちの大学に行こうと思っていたんだけど……上京して、もっと上を狙ってもいいんじゃないかって、薦められて」
「そっか、それでさっきあんなこと……」
 咲月が納得したように頷く。あんなこと、というのはさっきの会話のことだろう。ずっと一緒にはいられないだろう、という。
『加波の成績ならどの大学でも楽に入れるんじゃないか? 地元が悪いとは言わんが、有名な大学に挑戦しても損は無いと思うぞ』
 今日の放課後、進路について相談した時の教師の言葉。元々不安定だった決意が、更に揺らいだのが分かった。
 だって、上京するということは、つまり。
「でも、私は嫌だな。慎が遠くに行っちゃうのは、寂しいわ」
「俺もそう思う。今までずっと三人一緒だったのにさぁ」
 ……そう。この二人と離れてしまえば、もうこんな辛い思いをしなくても済む。そう、心の奥で囁く声があった。
 不満げな二人を見て、呆れたように柚希が嘆息。
「最終的に決めるのはあんたたちじゃなくて慎でしょ」
「それを君が言うのもどうかと思うけどね」
 苦笑混じりに彼女の手から紙を取り上げ、僕は笑った。
「気にしないで。心配しなくても、ちゃんと自分で決めるから。君たちに迷惑はかけないよ」
 相談した方が良い、と心の中で囁く声。それを無理やり押し込めて、微笑む。
 彼らの意見を聴いたら、更に揺らいでしまいそうで。そんなことを考える時点で既に揺らいでいるのだけれど、それでも最後に決めるのは自分でありたかったから。

 ◆◇◆

「それにしても、ジルも可哀想にねぇ」
 ハルと二人で歩いていると、そんな声が聴こえた。思わず二人で顔を見合わせ、物陰に隠れて様子を伺う。声の主は何度か見かけたことのある侍女で、どうやら何人かで集まって雑談をしているようだった。
「可哀想に、は失礼じゃないの?」
「だって、本来今のハーロルト様の立場にはジルがいるはずだったのよ」
 その言葉に僕は思わずハッとなり、ここから離れようとハルの袖を引く。しかし彼は聴かず、結局二人で盗み聴きを続けることになってしまった。
「あんたはジル応援派だものね」
「貴女もでしょ? というかうちの城でそうじゃない人間はいないじゃない」
「そうねー、私もびっくりしたわ。あの二人、どう見ても両想いだとばかり思っていたのに」
「え、実際今でも両想いなんじゃないの?」
「うそっ」
「嘘じゃないわよ、あの二人を見りゃ分かるわ。ジルなんて見てらんないわよ、ずーっと様子がおかしいじゃない」
「あれってそういうことだったの? ……まぁそれでも、クレア様の方は露骨よねえ」
「そうそう。ハーロルト様とも打ち解けてきてるみたいだけど、それでもジルが大好きなのが丸分かりだわ。王女様と言っても、まだ十三歳の子供でいらっしゃるものね」
「あんたそういうこと言うと捕まるわよ。それにしても、大丈夫かしら、ジル」
「むしろ周りのが心配よね。クレア様が戦線から外れると、みんなジルを狙い始めるわよ。今までは王女様が敵だから諦めてただけだもの」
「それもそうか。まぁ当然よねえ、あれだけ何でも出来れば……っと、忘れてた。そろそろ行かないと」
「あっ、まずい……急ぎましょ」
「そうね、また怒られるのは嫌だわ」
 ぱたぱたと、駆けていく足音。それが聴こえなくなったところで、僕は恐る恐るハルの顔を伺った。
 彼は戸惑ったような、険しくなろうとしてなりきれていないような微妙な顔で、侍女たちが話していた方を眺めている。
「今の、本当か? シリル」
「どの話が?」
「……クレアが、ジルのこと好きだって……その逆も」
「本当だよ」
 僕は隠すことなく頷くと、ハルは呆れ顔で僕の方を見た。
「ちょっとは誤魔化せよ」
「そんなことをしたって、意味は無いからね」
 少しだけ笑って、ハルを見返す。
「確かに、クレアはずっと先生のことが好きだった。今回の婚約だって、最後まで抵抗していたんだ。それを知っているから、父上だって本当は乗り気じゃなかった」
「なら、何で……」
 顔を歪めるハルに、僕は笑みを返した。
「でも、先生が無理やり押し切ったんだ。そちらの方がアネモスにとっては良いはずだ、って。先生だって、ずっとクレアのことが好きだったはずなのに、それでもだよ?」
「……ジルはクレアを狙ってない、ってことか」
「そういうことになるだろうね。だから、クレアを振り向かせられるかどうかは君次第。時間はたっぷりある、そういうことだ。この答えじゃ不満?」
 訊ね返すと、ハルは呆れ混じりに苦笑し、首を横に振る。
「いや、十分だ。ちょっと驚いたし、整理したいことも色々あるけど。にしても、よく見てるのなお前」
「人の本質を見抜くのも必要だからね」
「……やだな、将来こいつと張り合わなきゃいけないのか、俺」
 二人で顔を見合わせ、僕らは笑った。
 ……僕らの未来を、そしてアネモスをも変えてしまう事件の始まりが、そこまで迫っているとも知らずに。
こんばんは、高良です。ついに話数が二桁になりました。やっぱりストックがつきそうです。

前半はだいぶデレた柚希がメインのようなそうじゃないような。高二ともなるとそろそろ進路のことも考えなければいけない時期ですが、柚希は慎の迷いを見抜きます。
それでも平和に終わった前半に対し、後半は何やら不穏な空気。一番聴いてはいけない会話を、一番聴いてはいけない人間が聴いてしまいます。
最後のシリルの言葉の意味は、一体……

というわけで、また次回。
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