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枯花廻りの籠の中  作者: 高良あおい
第一部
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第一話 賢者と双子

 夜は嫌いだ。

 眠っている間に見るのは、いつも決まって悪夢だから。それがデッドエンドであることを、痛いほどよく知っていたから。

 叶わなかった恋の物語。夢の中で僕が恋した少女は、僕の親友に恋をしていた。

 それでもただ、彼と彼女の幸せだけを願って、二人に協力した。二人が恋人同士になった時は、誰よりも先に祝福した。

 幼馴染だった三人は、いつも一緒にいたから。自分の恋心さえ押し殺せば、その関係はとても心地よかった。

 けれど夢はいつも、三人が高校二年生だった冬の始めに、唐突に終わりを迎える。

 豪雨の中。増量した冷たい川に向けて、傾く彼女の身体。

 自分の想い人を、死なせるわけにはいかなかった。

 親友の想い人を、死なせるわけにはいかなかった。

 だから駆け寄って、その手を引いた。岸に立つ親友に、投げるように。代わりに自分の身体が、川に投げ出されたけれど、それでもなお――

 濁流に沈む意識の中、最後まで彼女を想い、最後まで二人の幸せを祈った、一人の少年の最期。

 眠るたび、それを夢に見た。


 ◆◇◆


「何をしていらっしゃるのですか、クレア様」

 城の中庭で、探していた少女を見つけた僕は、背後から静かに声をかける。葉っぱや花びらだらけのドレスを着て、彼女はびくっと肩を震わせ、振り返った。

 クレア=ネスタ・ラサ=アネモス。この国――風の国アネモスの王女であり、僕の生徒の一人である。……本当はもう少しだけ僕と彼女は複雑な関係なのだけど、さておき。

 クレア様は声の主が僕だと分かると、僅かに不満そうな表情を浮かべる。

「どうして分かったんですか、先生。みんなにはちゃんと口止めしておいたはずなのに」

「おや、シリル様は快く教えてくださいましたよ」

「またシリルですか……もう、何でわたしのいるところが分かるのかしら。シリルにだけは教えないようにしてるのに」

 納得がいかない、とでも言うように呟く少女。蹲っていた彼女を引き起こすため、僕は無礼を承知で手を差し伸べる。彼女は素直にその手を握り、立ち上がって葉っぱを払い始めた。

 ……手を放す瞬間、少しだけ見えた少女の寂しそうな表情には、気付かないふり。

「双子というのは、不思議な繋がりを持つものですからね。そのような物語も、時折見かけますよ」

「本当? 聴きたいです、先生!」

「ええ、いくらでも話して差し上げますよ。……ただしお説教の後で、ですが」

「ふぇ?」

 気の抜けたような少女の声。僕はそれを無視して振り返り、いつの間にか背後にいた一人の女性に一礼する。王子と王女の乳母であるその女性は、優雅な礼を僕に返すと、クレア様を見てにっこりと微笑んだ。

「クレア様、またこんなことをして。仮にも一国の王女殿下である貴女が慎みの無い行動を取るのはおやめくださいと、先日もお話したばかりでしょう?」

「ま、マリルーシャ……違うの! これには深いわけが」

「言い訳はお部屋で聴きます。ドレスを駄目にしたのは今月に入ってから何着目ですか」

「だからドレスじゃなくてもっと動きやすい服装が良いっていつも」

「そういう問題ではありません! ご自分が王女であるという自覚をお持ちなさい!」

「あぅ」

「まったく……」

 まるで、実の母か姉かと錯覚するほどの気安さで。見事にクレア様を黙らせた彼女は深く嘆息し、思い出したように僕の方へ視線を向けた。

「ごめんなさいね、ジル。今日のお勉強はシリル様だけでお願いしますわ。クレア様は、わたくしがきつく叱っておきますから」

「そう言うと思いましたよ、マリルーシャさん。分かりました」

「酷いです、先生……見捨てるなんて」

 涙目で見上げてくる彼女を、笑顔でばっさりと切り捨てる。

「クレア様。自業自得、という言葉を教えたはずですが」

「……うぅ」

 打ちひしがれる彼女。流石に可哀想だったので、僕は少しだけ身をかがめ、彼女の耳に囁く。

「勉強の時間が終わる頃に来てください。さっき言っていた物語、お話しますよ」

「本当!?」

 十三歳の少女らしく、彼女は顔を輝かせる。その隣で、乳母が呆れを顔に浮かべた。

「ジルはお二人に甘すぎますわ」

「厳しくするのは、貴女がやって下さいますから。僕はその分までお二人に好かれようと必死なわけです」

「まぁ狡賢い。これだから『賢者様』は困りますわね」

 冗談混じりの僕の言葉に、彼女は大げさに嘆息すると、クレア様の腕を引いて去っていく。それを見送り、僕は苦笑した。

「賢者様、か……」

 ……そう呼ばれることに慣れてしまった自分を、少し恐ろしく思いながら。




「遅くなって申し訳ありません、シリル様」

「先生!」

 城の書庫はいくつかに分かれている。王族と一部の者しか立ち入ることが出来ず、機密書類や他国に渡ってはいけない類の本が置かれた第一書庫。同じく王族と一部の者しか入れないが、普通の本も数多くあり、どちらかというと王子や王女が勉学に励む場となっている第二書庫。そして、第三書庫以降は城に仕える者ならば誰でも出入り出来るようになっていた。

 僕は第二書庫に入ると、中にいた一人の少年に頭を下げた。しかし彼はそんなことはお構いなしに立ち上がり、嬉しそうに僕の方へと駆け寄る。

「クレアは見つかりましたか?」

「はい。シリル様が仰った通り、中庭にいらっしゃいましたよ」

「やっぱり」

 はにかむように、彼は笑う。

 後ろで一つに括った、僅かに青みがかった長めの銀髪。深い青の瞳。クレア様とよく似た顔立ちの少年――シリル=ネスタ・ラサ=アネモス。国王には彼の他に跡継ぎは無く、彼は生まれたときからアネモスの王となるべく育てられていた。……その割に、すぐ人を信じるところがあるけど。

「ただ、今月はちょっと悪ふざけがすぎたようですね。クレア様にはこれからマリルーシャさんのお説教が待っていますので、今日のお勉強はシリル様お一人でということに」

「だと思いました」

 シリル様はその顔に、僅かに呆れるような苦笑を浮かべる。

「大変だなぁ、クレア……先生も知っていますよね? マリルーシャ、怒ると凄く怖いんです」

「おや? 意外ですね、シリル様も怒られたことがおありで?」

「はい。小さい頃に一度だけ、クレアに巻き込まれて……それ以来、何かするときはマリルーシャに隠れてするようになりましたけど」

 恥ずかしげにそう行ってから、シリル様は「あっ」と慌てたような声を上げる。

「先生、今僕が言ったこと、お願いですからマリルーシャには絶対に言わないでくださいね! たまに僕も悪巧みに参加しているって、彼女は知りませんから!」

「言ってほしくないのですか?」

「言ったら殺されます……!」

 真顔で慄く少年に、僕は笑いを堪えながら頷く。

「分かりました。絶対言いませんよ」

「本当ですか!?」

「ええ。ですが一つだけ」

 顔を輝かせるシリル様。対し、僕は少しだけ真顔に戻って、少年の藍瞳を覗き込んだ。

「こういう時は『お願い』ではなく『命令』しなくてはいけませんよ、シリル様。他の人がしてはいけないことですが、シリル様はいずれ王となられるのですから。人の上に立つ人間が、気安く頭を下げてはいけません」

「……はい、先生」

 僕の言葉に、少年は僅かに落ち込んだ様子で俯く。

 彼は、優しすぎた。通常なら美点となる性格だが、王としては致命的。時に非情な判断をも下さなければいけない。それが、彼が歩むべき道なのだから。そんな彼を国王たりえる人間に育てることも、僕に与えられた仕事の中に含まれているのだろう。明言こそしてはいなかったが、僕を双子の教育係にすると告げた国王陛下の瞳は、確かにそう告げていた。

 けれど、その優しさに目を瞑れば、彼はとても良い生徒だった。ただでさえ年齢に似合わない賢さを持つのに、勉強熱心なので新しく教えたこともどんどん吸収する。その優しすぎるところさえ誰かが補えば、恐らくとても良い王になれるだろう。……教師の贔屓目、かもしれないけれど。

「さて、シリル様。そろそろ始めましょうか。お説教が終わったらクレア様もいらっしゃるそうなので、ゆっくり物語を聴きながらお茶でも」

「わぁ……賛成です、先生!」

「では、早く今日のお勉強は終わらせなければいけませんね?」

「大丈夫です、頑張ります。これ以上のご褒美はそうありませんから!」

 子供らしい明るい笑顔を見せ、彼は手元に置いてあった本に触れる。十三歳の子供が――それどころか大人でも読む気が失せるほどに重く厚い、中には文字がぎっしりと詰まった本。しかし彼は躊躇いも無くページを捲り、その手が不意に止まった。そして、彼は自信無さげに僕を見上げる。

「えっと……確かここから、でしたよね。ごめんなさい、まだ完璧には読めなくて」

「……いえ、むしろシリル様の御年で完璧に読めたら恐ろしいですが」

 何しろこの本に、この世界の公用語であるミール語は一文字も無い。これはミール語が広まる前、各国で使われていた言葉の一つ――この国でも難なく読める者は著名な学者くらいだというアネモス語、正式には古アネモス語で書かれた、数少ない本なのだから。

 苦笑する僕に、彼は呆れるような表情を見せた。

「先生にだけは言われたくないです」

「おや、どうしてですか?」

「公爵に聴きました。先生は六歳でアネモス語を完璧に操った、と……十歳になる頃には全ての国の古語を完璧に習得していらしたのでしょう?」

「……全く、父様は貴方に余計なことばかり吹き込まれる」

 思わず嘆息。そんな僕を見て、シリル様はおかしそうに笑った。

「ほら。やっぱり、僕では『賢者様』には敵いませんよ」

「シリル様……」

 言い返すことも出来ず、再び嘆息する。

 僕が王子と王女の教育係となったのは、四年前のことだった。当時二人は九歳で、僕自身もまだ十三歳。成人すらしていなかった僕が選ばれたのには、もちろんそれなりの理由がある。

 神童、それがかつての僕の呼び名だった。そして今は、賢者と。

 賢すぎる公爵家の次男の噂はすぐに王の耳に入り、王は何かと僕を気にかけるようになった。下手をすれば、この国において王家に次ぐ権力を持つ公爵家の、その跡継ぎである兄よりも。

 そしてある日突然、双子の教育係になるよう命じられたのだ。年が近い方が、お互いやりやすいだろうと。……二人が何人もの教育係を辞職に追い込んだ問題児だと知ったのは、その数日後のことである。

「それより先生、早く始めてしまいましょう? クレアが来る前に終わらせてしまいたいので」

「恐らく当分来ないと思いますけどね」

 彼らの乳母が去り際に見せた、輝くような笑み。それを思い出しながら、僕は意気込むシリル様に苦笑を返した。




お久しぶりです、高良です。

ついったーやブログで告知していましたが、ついに新作開始しました。タイトルは「かれはなめぐりのかごのなか」と読みます。略称は「枯花」。

私の好みをとことん詰め込む予定なのでこの先どんどん暗くなるかと思いますが(待て)、しばらくはそこまで鬱展開にもならないのでどうぞご覧ください。

週一くらいのペースで更新出来れば良いな、と思っていたり。


ではでは、第二話でまたお会いしましょう。

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