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注:死にネタです。各自自己判断で閲覧願います。


爛華
作:高藤至


 火の手は、至るところで燻っていた。
 視界は、煙で霞んで見える。
 青月の宮――月に映え蒼く浮かび上がるその様を、幾多の詩人に称えられてきたこの宮殿は、今や紅蓮に染まっていた。
 鼻腔を擽るのは、焼けた肉の生々しい臭いと血の錆びた臭い。それらが混じりあい、辺りに充満している。


 そう――焔は、誰の前にも平等だ。
 貴族であろうと、奴隷であろうと、関係ない。皆、焔に巻かれ、灰となって散りゆくのみ。
 この宮殿の主とて、例外ではなかった。その名残は、玉座の上で燻っている。燃えることのない宝玉の数だけが、かつてそこにいた者の栄光を止めていた。



 だが。
 その宮殿の中で唯一、燃えておらぬ場所がある。

 大広間の中心、石造りの舞台。
 燃えゆく人柱に照らされた、その上で。



 女が踊っていた。

 胸当てと腰から下の薄布だけの、肌も露な純白の衣装。それが、焔に照らされ、朱に映えている。首に煌びやかな装身具を幾重にもつけ、腕には銀鈴、両手でヴェールの両端を握っていた。――舞姫、と呼ばれる踊り手だ。

 ヴェールが風を切り、宙を舞う。緩やかに揺らめく、灯火のように。
 タンブールはすでに止んでいる。代わりに、切れ切れのうめき声が音楽を奏でていた
 終末の音楽を。



 不意に、女が動きを止めた。
 女の視線の先には、玉座とそこに座する男の姿があった。

 緋色の髪と瞳は、彼を照らす焔よりも紅く激しい。
 秀でた額と高く削げた鼻梁。彼を生み出した者は、一切の妥協を許さなかったのであろう。髪の毛から指先に至るまで、彫像のようだ。人の持つ脆弱さや不完全さは微塵もない。
 ――当然であろう、彼は人ではないのだから。



 その事に気づいた女は、無意識に後ずさっていた。



「どうした」

 男が口元を緩めた。
 完璧なまでの微笑――それは、美を超え、不安を掻き立てる。

「呼んだのは、お前だ」

 女は呆然と首を振った。

「わたしは……私はこんな事なんて、望んでなかった!」
「そんなことは知らぬ。お前は踊ったのだ、焔の舞を。我を呼ぶ、滅びの舞を」

 男は一歩一歩、女に近づく。
 もはや、女は逃げられなかった。天を仰ぎ、目を塞ぎ、その身を守るように肩を両手で抱き締める。唇からは、嗚呼と、震える声が漏れた。

「我らを呼びながら、お前は滅びを望んでいなかったと言う。ならば、何故だ?」

 男の手が、女の腕を捉えた。

 女は目を見開く。
 炎を纏いながらも、驚くほど冷たい手だった。身も心も凍えてしまうほどに。

 女の戸惑いを歯牙にもかけず、男は強引に女の体を引き寄せた。そして、耳元に囁く。

「皆、滅ぼしてしまいたかったのか。お前達を蔑み、踏みにじってきたもの達を」

 女は首を振る。だが、囁きは止まらぬ。

「かつて、お前を捨てた男を灰にしてしまいたかったのか」

 男の視線は、女を通り越し、その後ろに注がれた。



 今や灰しか残っておらぬその場所には、女の愛した人がいた。

 だが、女には分かっていた。それは、愛ではなかった――少なくとも、女がその人に抱いていた愛ではなかったと。
 あの人の愛は、例えば自分の所有する宝玉を愛でるような、そんな愛情。
 それでも、恨んだ事はない。自分の思いが報われぬことなど、分かり切っていたから。

 だから――再び、首を振った。



「ならば、何故だ? 何故、我を呼んだ?」



 彼女にも分からなかった。
 どうして自分はこの舞を踊ったのか。
 古来より幾多の踊り手達に伝えられながら、禁忌とされてきた舞を。

 その答は意識されずに、口の端に上った。



「私は、ただ燃え尽きてしまいたかっただけ」
 言葉となったことで、ようやく分かった。
「踊って、その中で燃えてしまいたかったの」



 踊りは、何も持たない自分にある、唯一のもの。
 自分のこの身でさえ、自分の物ではない。心までもが、あの人のものだった。

 ならば。
 この手にあるものが、踊りだけしかないのならば。
 その中で、燃え尽きてしまいたかった。



 手が振り払われた。
 男は表情を変えぬまま、言った。

「ならば、見届けてやろう。お前の舞を」




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 舞台を満すのは、死の静寂。
 女は大地に片膝をつき、顔を伏せた。両手も、力なく下に垂らす。
 瞳を閉じた。ただ、微かに手を揺り動かす。

 銀鈴の音が、静寂を切り裂く。

 シャラン……。
 シャラン………。

 高鳴る銀鈴の音に合わせて、女の身体も起き上がる。
 灯火が灯るように、女の瞳は光を取り戻し始めた。



 最初は、型を取る。一つ一つの動作をゆるやかに、だが確実に取って行く。
 段々と動く感覚が密となり、連続した流れになる。



 ヴェールが宙を舞う。
 クルクルと回る。ヴェールの先を持った右手を高く上げ、同じくもう一方の先を下に下ろした左手に持っている。
 左手のヴェールが手から離れた。
 ヴェールの先がふわり、と風に舞ったその瞬間―――

 女の身体から焔が立ち上った。




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 男は肘掛の歪んだ玉座に座って、じっと炎の舞を見つめていた。


 焔が闇夜を照らす。
 いや。女が、紅蓮に包まれているのか。


 だが、女は踊る事を止めない。満足げに微笑みさえ浮かべている。
 焔が揺らめく。大きく、激しく、狂おしい程に。



 彼には理解できなかった。
 死すべき存在ではない故に。

 彼の焔は、燃やし尽くす為だけのものだった。
 全てを燃やし、灰と帰し、滅ぼすもの。
 人は、業火と呼んでいた。

 だが。
 女の焔は、業火ではなかった。


 はっ、と弾かれたように男は目を開く。


 そうだ――爛華だ。
 絢爛に咲き誇る、焔の華。
 燃え尽きる間際の、一際激しい生命の焔が、そこにあった。



 炎の華が、闇に舞う。
 一際大きく揺れて――
 火の粉を撒き散らし、散りゆく。



 火の粉が降りかかる。だが、男は振り払おうともしなかった。
 ジッと、肉の焼け焦げる臭いが、鼻を付いた。


 今、自分の中にある、これは何なのか。
 目の前の焔と同じく燻り始めた、この思いは。



 彼は、じっと目の前の焔を見つめた。
 −−かつて女だったものが塵芥となり、風に舞うまで。















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