遅れに遅れております。
夏休みが終わるまで後18日。
何とか終わらせたいと思いつつ。
【第三部】六話:それを武器とし
深夜の港。
そこに藍は立っていた。
見ているのは一つのコンテナ。
そのコンテナは厳重な監視の下、トラックへと乗せられた。
「じゃあ、神代まで頼む」
そう言いつけると藍は携帯電話を取り出して電話をかける。
いかに鬼神といえど文明の利器を使いこなせるだけの知恵がなくては人間には勝てない。
人間を殺すには人間と同じ程度、それ以上の知恵がなくてはならない。
そうやって人間も、この世界の頂点に立っているのだから。
「もしもし?」
「・・・・・・」
「お前、ヘルだな」
「・・・・・・」
返事が無い。
その時点で電話に出たのが誰だかがわかった。
「Did you meet KANATA?」
女性の声で流暢な英語が聞こえた。
完全に日本語モードに脳を切り替えていた藍は困惑しつつも言った。
「ヘル、日本語で頼む・・・彼方とは会ったよ」
「Ah・・・アー・・・ワカッタ・・・・・・ずるい・・・卑怯・・・最悪・・・最低・・・死ね」
多少の発音確認の後、すぐに流暢な日本語へと変わる声。
その怨嗟の声を聞くと藍は冷や汗をかきながら弁解した。
「アハハ・・・悪い悪い」
「帰ったら殺すかも・・・・・・スルト・・・勝手にフール持ち出した・・・ガルム、ちょっと泣いてた」
「いや、悪い・・・でもこれで彼方が生き残る確立がかなり上がったんだぜ?」
「・・・・・・彼方、大好き、死ぬの駄目、・・・だから上手く言っておく」
「ああ、頼むよヘル。 それと俺はこれからフェンリル達と合流するわ。ロキに伝えといてくれ」
「わかった、でもロキは今いない」
「ハ? どこ行ったのよ?」
「運命にやられてから消えた、そして日本語疲れた」
「ああ、悪い悪い・・・んじゃ、どうにかして伝えてくれ。 それじゃあまた」
「待って」
「ん?」
「リーヴスラシルはどう?」
「ああ、中々可愛い子だったな、すんげー無愛想だけど」
「リーヴは?」
「さぁ? まだ見てねーわ。 刹那達とモめてるグループの一員らしいがな」
「使えない・・・ゴミ・・・不燃物・・・」
「お前・・・そこまで言うか? ってかそんな日本語よく知ってるな!」
そう言うと、電話はプツリと切れた。
「うっわ、切りやがった・・・」
藍はそう呟くと、携帯をしまい周囲の景色を見渡した。
何時の間にか海辺は朝焼けに照らされ、美しい風景となっている。
ここが自分の生まれた国だと改めて実感させられる風景、藍はそれに背を向けると船の中へと入っていった。
八神家の奥にある山の中。
そこに整備された一角がある、スタンド付きの広場。
その中心に榛名神璽は一人立っていた。
「───展開」
もう一人の自分──結晶と自分を完全にリンクさせる。
悪意という名の力が自分の内側を侵食しきり、やがて外まで溢れ出す。
神璽の両腕が黒く、大きく膨れ上がり篭手となった。
それを境に、神璽の体を黒色の鎧が侵食していく。
「ウッ・・・アッ・・・アッ・・・」
体中が熱い。
脳が焼き千切れそうだ。
その状態を、呼吸を落ち着けてやり過ごすと神璽は大きく息を吐く。
「ふぅ・・・」
自分の体を見た。
いつもと違う目線、自分が巨大化したことがわかる。
黒光りする黒の鎧、軽く叩く──硬い。
「結構制御できるようになってきたな」
ここで修行を始めて二週間。
やっとここまでこぎつけた。
ほとんど休む間もなく、酷使してきた体はもう半分限界が来ている。
「疲れたぁ・・・」
神璽はそのまま、地面へと倒れた。
蘇るのは楽しかったあの頃。
由加が居て、先生が居て自分が居る、そんな毎日。
由加は毎日自分を連れまわし、色々な場所へと探検に行った。
(しんじー、こっちこっち)
とても楽しかった。
毎日が輝く宝石のようで、とても大切だった。
(ばかだなぁ、しんじは、おとこのこでしょ?)
自分は由加に守られていた。
由加は強く、そして綺麗だった。
(おとこのこはおんなのこをまもらなきゃいけないんだよ?)
由加の姿はどこかへと掻き消えてしまう。
そして世界が歪み、神代刹那が笑っていた。
─────────コロシテヤル
闇が唸る。
─────────オマエハゼッタイ、コロシテヤル
侵食される。
─────────センセイトユカヲウバッタオマエハ
禍々しい力が。
─────────ゼッタイニ、コロシテヤル
溢れ出てくる。
───そして、目を覚ました。
神璽は額についた汗を拭い、起き上がる。
「全く・・・笑えねえ夢だぜ」
結晶と同調してから、ずっとこんな夢ばかり見る。
そしてあの時聞こえた声も、今は全く聞こえない。
「ん・・・?」
ふと、気がつく。
自分は広場で倒れたはずなのに今は家の中で布団に寝ている。
何故だろう・・・
「おーっす、早く支度しろ」
疑問はすぐに解決した。
障子が開き、森羅が部屋へと入ってきたからだ。
「・・・森羅さんが運んでくれたんっすか?」
「まあな、ほれ、早く支度しろって」
急かす森羅。
心なしか焦っているようにも見える。
「はぁ・・・どこへ行くんですか?」
「病院」
森羅はニヤリと笑った。
とある病院、神璽と森羅を乗せたタクシーはそこで止まった。
代金を払い、森羅と神璽は病院へと入る。
「あの女のお見舞いっすか・・・」
神璽がゲンナリとしながら言った。
どうにも神璽は未来の事が苦手だった。
その苦手な理由は何なのか、自分でもわかってがいないが。
「まぁ、それと話も色々しなくちゃな、一応お前は国家レベルの存在なんだからよ」
「しらねーっての!」
「国の援助が無きゃ、お前はとっくに浮浪児だぞ」
「・・・そういや、俺は家族の事とか全く覚えてねぇなぁ」
神璽の最後の記憶は結晶を移植された後の記憶。
その前から由加を知ってはいたのであろうが、思い出せない。
自分の母親も、兄弟も思い出せない、だが神璽には確かに由加と先生という家族が居た。
「まぁ、その辺は俺みたいな下っ端もわからねーんだわ」
自嘲気味に森羅は言った。
「森羅さんは家族とか居るんすか?」
「いや・・・最初の父親は蒸発、次は離婚、母親は病気で中学生の頃に死んだよ」
「・・・すいません」
「いや、事実だから気にするな・・・っとついたぞ」
目の前には個室の扉。
名札を見ると杉谷未来とある。
そして森羅はノックをすると、部屋へと入った。
「ちわ」
「神崎陸曹長、私はまだ入室許可を出してませんが」
いきなりの冷たい声。
森羅は軽くおどけて何とか誤魔化す。
「いやいや、最近耳が悪くなってしまいましてね」
「あら、紳士じゃないのね」
「それはもう、一応軍人みたいなモンですから」
嫌味と戯言、二つが部屋の中でぶつかり合った。
神璽はそんな空気の中、部屋の中を見渡す。
あちこちに書類や紙くずが散らばり、ベットの上では二台のパソコンが唸っている。
(この人・・・絶対家とかも汚いな)
一人心の中で確信した。
「神璽、こっちへ座りなさい」
未来が森羅に命令して椅子を置く。
神璽はその指示に従って、席へとついた。
「さて、棗由加の件だけど・・・もうこっちは負傷者ばっかりで諦める事にしたわ」
「・・・・・・」
「そう睨まないで、あくまでそれは上の決定よ。
私達の部隊は神崎陸曹長以外戦闘要員は負傷中、責任者の私もこの状態だしね」
未来は頭に巻かれた包帯を指差した。
そしてもう片方の手は──キツく握り締められている。
(悔しいってか)
「八神正宗氏がこっちの上役に圧力をかけてくれている」
「知ってた? 八神って国の高級官僚でさえ脅迫できるほどの家なのよ、多分皆殺されるのが怖いのね」
神璽は最近世話になっていた八神家を思い出した。
正宗は陸人とずっと低レベルな口喧嘩をしていたし、時雨はボンヤリと剣を磨いていた。
他にも数人と関わったが、そんなような雰囲気ではなかった。
「信じられないって顔してるわね・・・まぁ、正宗氏の代になってから八神もかなり変わったのよね。
先代の時代はそれはもう、厳しく、恐ろしい家だったみたいよ・・・正宗氏も相当悪名が通っていたし」
「へぇ・・・今からじゃ信じられないね」
「まぁ、そんな話はいいのよ。 神璽・・・単刀直入に聞くわ、由加を本当に助けに行くの?」
「当たり前だろっ! 由加は俺の大切な・・・大切な家族なんだ」
「死ぬかもしれませんよ」
「死んでもいい! 何もできないよりはマシだ!」
「はぁ・・・呆れるほどの馬鹿ですね」
未来は大げさにため息をついた。
壁に寄りかかっていた森羅もため息をつく。
そして神璽は何故馬鹿呼ばわりされたのかが分からない。
「棗由加は、敵には非情ですが、味方にはとことん甘い女です。
貴方が彼女を助けようとして死んでしまったら、彼女はどうなりますかね?」
自分の死体を見ている由加の姿を想像した。
多分、泣いてくれるとは思う──そしたら由加は──
「世界に一人ぼっちになってしまうんですよ、貴方達は結晶に選ばれた、たった二人の元人間なのですから」
未来の言葉が神璽の胸を貫く。
集団の中でたった一人の異質、もう人じゃない、そして一人ぼっち。
そしてまだ自分は人間だと思っていた──だって普通の高校生活が出来ていたから。
全てが崩れていく未来、それは闇しか見えない未来だった。
「あ・・・あ・・・あ・・・」
神璽の目から涙が零れ落ちた。
初めて、死ぬのが怖いと思った──本当に、初めて。
すると壁に寄りかかっていた森羅が動いて、神璽の頭をなでた。
「杉谷さん、苛めすぎですよ」
「むー・・・こんなはずじゃなかったのですが・・・」
「マジ子育てとか絶対向いてませんね」
「ウッ・・・」
壮絶に落ち込む未来。
森羅も言い過ぎたな、と反省すると泣いている神璽に言った。
「怖いだろ? 死ぬのって───だから絶対生き残れ」
「・・・・・・」
「俺も居る、陸人や蒼威も居る。 お前は絶対死なせないよ・・・そして由加を連れて皆で帰ろう」
「・・・・はい」
神璽は涙を拭った。
森羅はそれを見ると満足そうに笑う。
「神璽、絶対に生きなさい、貴方が死んだら私と陸曹長も路頭に迷うわ」
「いや・・・俺は元の自衛隊に・・・」
「私を見捨てるんですか!?」
「いや、見捨てはしませんけど・・・」
「なら、これからもよろしくお願いしますよ、神璽、神崎陸曹長」
不適に笑う未来。
吊られて神璽も笑う、森羅も笑った。
それから和やかな空気が漂い、会話が続いた。
「よし、神璽・・・そろそろ行くか」
森羅が唐突に切り出した。
それを聞くと、未来はほんの僅かに残念そうな顔をしつつ言う。
「そうですね。遠い所をわざわざご苦労様でした」
「白鷺達にもよろしく伝えて置いてください、これが終わったらまたコキ使ってやるってね」
「わかりました」
「未来さんも、早く体を治してバックアップお願いしますね」
「わかってます!」
それだけ言うと森羅と神璽は病室から出て行った。
後に残された未来は、再びディスプレイを立ち上げると資料作成を始めた。
情報をまとめ、巧妙に改竄し、状況を少しでも有利にしようと働きかける。
それが今、未来の持つたった一つの武器だった。
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