第九話:絶望の果ての今
死罪六神の潜伏する空き家の屋上で秋月罪歌は夜空を見上げていた。
黒く澄んだ瞳が星空を見つめている。
罪歌は考え事をする時は、いつも空を見上げていた。
何故かは自分でも分からないが、それでも罪歌は空を見上げ続ける。
「もうすぐ・・・私達を認めなかった世界が滅び始める・・・」
一人、呟く。
そして罪歌は思い出す。自分が味わった絶望を。
緋眼使いの本家、秋月家。
とある嵐の夜、秋月家の当主が亡くなり一族は悲しみに包まれた。
当主が死んだ時刻から数分、当主の娘が罪歌と狂を出産した。
縁起が悪い双子、呪いの子、悪魔、彼女達はそんな目で一族から見られた。
何より始末に終えなかったのは、彼らは有能すぎたのである。
物心つく頃には緋眼を使いこなし、式神の扱いも大人を圧倒するほどであった。
そんな彼女達の唯一の心の安らぎは分家の八神家の時期当主、正宗であった。
同じ秋月の子供は彼らと関わろうとしなかった。しかし正宗だけは違ったのである。
正宗は罪歌と狂を一切差別はせず、普通に接した。
そんなある日、罪歌は一族の子供から酷い虐めを受けた。
徹底的に殴られ、言葉でなじられ、罪歌は泣いた。
そして弟の狂が式神を使い罪歌を助けたのである。
狂を止めるのに、大人の式神使いが数人重傷を負った。
その罪で、罪歌と狂は家から離れた所にある牢屋に閉じ込められてしまう。
式神を封じる呪札を張られ、枷をつけられて・・・
「お姉ちゃん・・・ゴメン」
隣の牢屋から聞こえる狂の謝罪の言葉が痛かった。
自分が悪いのに・・・自分が悪いのに・・・罪歌は繰り返し思ったのである。
食事も満足にもらえない、ずっと暗くそして広い牢屋で二人は一年過ごした。
誰か助けて、誰でもいいから助けて。
罪歌はそう毎日祈ったが、食事が運ばれてくる時以外人は来ない。
(正宗・・・助けてよぉ! 正宗・・・正宗ぇ・・・)
心の中で叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ・・・それの繰り返し。
それからどれ位経ったのだろうか?
ある日罪歌は床を這っていると、拳ほどの大きさの硬い物を拾った。
不思議な感じがするそれは、自分の中の何かを引き出そうとしている、そんな感じ。
そして、その頃の罪歌に残っていた感情は、恨み、妬み、怒り、それだけであった。
(こんな家・・・こんな世界・・・滅びちゃえばいいんだ・・・私達以外皆死ねばいいんだ)
硬い物を手に持ち、無意識に罪歌は世界を呪う。
そしてそれは数日後に起きる。
外が騒がしい、その声で罪歌は目を覚ました。
悲鳴やら、唸り声やら響き渡っている。
「狂ちゃん・・・起きてる?」
「うん・・・お姉ちゃん・・・あの声、怖いよ」
二人は壁越しに数週間ぶりの言葉を交わした。
久しぶりに、罪歌は立ち上がって外の様子を伺おうとする。
窓も何も無い牢獄なので聞こえるのは声のみ、それでも罪歌は諦めない。
「待っててね、狂・・・お姉ちゃんが出してあげるから」
地面を這って、手ごろな石を探し天井に貼ってある呪札に投げつける。
何十発、何百発投げただろうか・・・天井から呪札がついに剥がれ落ちた。
「炎帝・・・助けて!」
主の願いに式神は答えた。
黒炎が迸り、壁を、天井を、全て焼き尽くし壊していく。
「・・・・・・・」
半壊した牢屋から罪歌は空を見上げる。
光溢れる太陽が見たかったが、空は暗く、星が輝いていた。
星の光で拾った硬い物が何なのか見える。
黒く怪しく輝く石・・・罪歌はそれをグッと握り締めた。
「お姉ちゃん・・・」
すると壊れた牢屋から抜け出してきた狂が罪歌に話しかける。
「狂ちゃん・・・」
一年ぶりに弟の姿を見た罪歌は、一瞬言葉を失った。
狂の黒く、美しかった髪が真っ白になっていたのである。
そして罪歌は狂を抱きしめ、誓う。
「滅ぼそう・・・私達を認めなかったこの世界を・・・」
「・・・うん!」
二人は手を繋いで、屋敷へと走った。
数時間後、山を下って二人は秋月の家へと辿り着いた。
「お姉ちゃん・・・・・・」
秋月の屋敷は血、血、血、血、血、血、血に塗れていた。
鮮血がそこら中に飛び散り、指の破片や肉だけが落ちている。
人の姿は無い、死臭と血の匂いだけが残っている。
「とりあえず・・・家に入ろう」
「うん・・・」
二人が家の中に入ると、低い唸り声が聞こえた。
そして見る─黒い異形の化け物を。
「あ、・・・悪鬼・・・」
牛鬼のような形をした悪鬼は罪歌達見た。
化け物は唸り声を上げてゆっくりと罪歌に手を伸ばし・・・
「お姉ちゃんに近づくなぁ!」
狂が神舞を発動させ、悪鬼腕を切断する。
「グオオオオオオ!」
悪鬼が手を押さえて悶絶する。
恐怖に駆られた狂は更に攻撃を続けた。
「ウワァ―――――――ッ!!!」
圧縮された風の玉が数十個降り注ぎ悪鬼を潰す。
悪鬼の血と破片が飛び散り、二人の服を汚した。
「ハァ・・・ハァ・・・」
悪鬼が完全に消滅すると、荒い息を吐く。
「もう嫌・・・もう嫌ぁ! 何で私達ばかりこんな目にあわなきゃいけないの!」
罪歌は泣きじゃくった、そして釣られた狂も泣いてしまう。
すると罪歌の頭の中に直接、女の声が語りかけてきた。
(泣かないで)
「狂ちゃん・・・何か声が聞こえない?」
「うん・・・男の人の声が聞こえる」
「私は女の子の声なんだけど・・・」
私達には違う声が聞こえているらしい、罪歌はそう思うと話を続けた。
(あなたは誰?)
(アタシは緋澄だよん、今目覚めたばっかりの君の守護者っぽいのでーす!)
(緋澄・・・)
これが秋月罪歌と秋月狂の世界への復讐の第一歩であった。
数年後二人は死罪六神を結成し、今に至るのである。
「罪歌・・・こんな所で寝てると風邪引くぞ」
肩に毛布がかけられる感触がして罪歌は目を覚ました。
振り向くと、狂がムスっとした顔で立っている。
「ごめん・・・昔思い出してたら寝ちゃったよ・・・」
「そうか・・・」
「ねぇ・・・狂」
「何だ?」
「世界への復讐って何かな? まさか全ての人間を殺すわけじゃないよね?」
罪歌は狂に問う。
自分達は世界を滅ぼすと誓ったが、どの世界なのか?
それを一緒に誓った弟に確認してみたのだ。
「・・・とりあえず、俺達を見捨てた悪鬼を滅する一族はほとんど殺す。
あれだけ、俺達一族に頼っておきながら俺達を見捨てたあいつらを・・・俺は許さない」
「そうだよね・・・許せないよね・・・」
「ああ・・・」
「ねぇ・・・復讐が終わったら私達はどうする?」
先の見えない未来。
自分達は復讐が終わったら抜け殻になってしまうかもしれないという不安。
答えが出ないとわかっていても罪歌は問う。自分もまた答えがわからないから。
「・・・・・・・わからねえ」
「いっその事お姉ちゃんと結婚でもしちゃう?」
軽く笑いながら罪歌は狂をからかう。
すると冷静に対応されるかと思っていたが狂は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「バ・・・馬鹿! 何アホな事言ってんだよ!」
(やっぱ狂も男の子なんだね・・・)
「私だって普通の女の子でありたかった・・・でも世界がそれを許さなかった」
悲しそうに呟く罪歌。
すると狂はぶっきらぼうに言い放つ。
「チッ・・・仕方ねえ・・・どうしてもってなら貰ってやるよ」
弟がまさかそう言ってくれるとは思わなかった。
恥ずかしそうに俯く弟の顔が可愛くて、面白い。
「・・・・・・フフッ」
「な、何がおかしいんだよ!」
「いや・・・ありがとね、狂ちゃん」
懐かしい呼び名で呼ぶ。
狂は心底驚いたようだ。
「──!? 狂ちゃんはやめろ・・・」
「いいじゃない?」
「うるせえ! 恥ずかしいだろうが!」
顔を真っ赤にして怒鳴る狂。
そして全く空気を読めないやたらと高い声が屋上に響く。
「ハイハーイ! 近親相姦タイムはそこまででーす!」
ナナシが入り口付近でニヤニヤしながら立っていた。
何故か手に食器類を抱えている。
「ナッ・・・ナナシ! テメエ・・・趣味が悪いぞ!」
「僕ちゃんだけじゃないよ」
ナナシが自分の後ろを指し示す。
奥のほうからスーパーの袋を持った暁と、ガスコンロを持った剣菱が現れた。
「あっ! 暁に剣菱まで!」
「いや、覗くつもりはなかったんだ・・・たまには皆で飯でも食おうと思ってな」
「作戦成功記念に今日は焼肉だ、心して食うが良い」
ガスコンロを設置し鉄板に油をひきながら剣菱は言う。
それに対し、暁が突っ込む。
「テメーは一円も出してねーだろ!」
「むぅ・・・俺は山育ちだから金など必要なかったのだ」
「早く食おうよぉ! アハハハハ!」
ナナシが大笑いしながら地面に座って食器を並べていく。
狂は半ば呆れながらも、笑いながら罪歌に言った。
「ったく・・・これから世界を滅ぼす奴らとは思えねぇよな?」
「・・・うん、でもたまにはこういうのもいいかもね」
「!?」
罪歌の言葉に狂は心底驚いたような顔をした。
罪歌は意味がわからずに首をかしげる。
「・・・どうしたの?」
「いや、なんでもない」
狂は何事も無かったかのように振舞う。
鉄板の前では、もう三人が座って食べ始めている。
「ナナシ! 貴様は肉を食いすぎだ! 野菜をもっと食え!」
「やだよー! 野菜は僕には毒なんだー!」
「暁、貴様もだ!」
「ウゲッ! ってかテメーもタン塩とりすぎだろう! ラブラブ姉弟の分考えろや!」
「誰がラブラブ姉弟だ!」
狂が否定する。
すると三人は口を揃えて言い放った。
「君ら」
「お前ら」
「貴様ら」
「ウゼー!! 表でろやぁ! 全員ぶっ殺してやる」
風と、光の線と雷が巻き起こり、争いが始まった。
「あー!! 肉が!」
ナナシが吹き飛びそうになる肉と鉄板を必死にキープする。
野菜はもう遥彼方へと消え去ってしまっている。
(・・・・・・こんな世界もたまには良いわね)
罪歌は三人の壮絶な死闘を見ながらこっそりと笑う。
それは一点の曇りも無い、晴れやかな笑顔であった。
次回は、千島、八神家中心のお話になります。
では、お読みいただきありがとうございました。
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