第9話
19/
「たんぽぽ、お前もいたのか。珍しい組み合わせだな」
あれ? ――先程、周泰さんに呼びかけたときより、口調が若干硬い気がした。
真名で呼んでいるということは、仲は良いと思うんだけど……。
たんぽぽが蜀の武将だから気を遣っているのかもしれない。
それに今は民の目もある――孫権さんの登場で、この一画はさらに民の注目を集めているようだった。
俺たち四人を取り囲むように、丸い空間ができている。
その、遠巻きにこちらを見ている視線を気にも留めず、孫権さんがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「――なっ! お前は……」
たんぽぽと明命に気を取られていたのか、孫権さんはそこでやっと俺に気づいてくれた。
その瞳がスゥと細くなる――睨まれているみたいだ。
「北郷一刀、帰ってきたとは聞いていたが、こんな所で何をしている? 城では歓迎の宴の準備を終え、皆がお前を待っているというのに……」
明らかに怒っている。
どうやら、俺がなかなか帰ってこないので、いろいろな人に迷惑をかけてしまったみたいだ。
素直に申し訳ない気持ちで一杯だった。
「すみません、孫権さん」
だから言い訳もせずに頭を下げた。
俺が悪い。
それに石碑での華琳の言葉を――そのせいで時間を忘れてしまったなんて、誰かに言うつもりもなかった。
「……とにかく、早く城へ行くぞ。北郷一刀、たんぽぽ、お前たちもついてこい」
民の前で俺への文句はまずいと思ったのか、周泰さんを連れて先に歩き出す孫権さん。
たんぽぽを見ると、自分のせいだと思ったのか「ごめんね、ご主人様」と、小声で謝ってきた。
「たんぽぽのせいじゃないよ。たんぽぽも俺を待っててくれたじゃないか。そのお詫びも兼ねて、茶店はまた時間があるときに二人で行こう」
俺が、少し元気がなさそうにしているたんぽぽに小声でそういうと、
「ホント? 約束だよ、ご主人様〜♪」
と、満面の笑顔で腕に抱きついてきた。
この、落ち込みは演技だったんじゃないか、と思えるぐらいの切り替えの早さには、好感が持てた。
春蘭に少し似ていたからだ。
春蘭と同じで、たんぽぽも素直なんだろう。
演技なんかできるような子じゃないよな。
「――っ! 何をしている!? 早くしろ!!」
その姿を孫権さんに見られ、またお叱りを受けてしまった。
責任感の強そうな人だから、言葉遣いもそうだが、民の前での振舞いには人一倍気を遣っているのだろう。
そういうところは、俺も見習わなければいけない。
先程までの、たんぽぽとの振舞いを少し反省する。
民が自分たちを――特に天の御遣いとしての俺をどういう風に見ているのか、それをまだ完全には把握しきれていないんだ。
軽はずみな行動は、華琳を始め、俺を【平和の象徴】として立ててくれた人たちの信頼を裏切ることになるかもしれない。
まだ、帰ってきたばかりなんだ。
浮かれるのも良いけど、もう少し慎重になろう。
「……」
何故だろう――ただの注意だけで、自然とそう思えた。
言外に、孫権さんの考えが伝わってくるような……不思議な感覚だった。
いや、違う。
懐かしい感覚だ。
俺はこの感覚を味わったことがある。
隣にいるだけで自然と背筋が伸びるような……、言葉を交わすだけで、その人がどんな想いを背負っているか自然と伝わるようなこの感覚……。
華琳と同じだ。
孫権さんも、間違いなく王の器を持つ人だと、俺はそのときはっきりと感じることができた。
20/
城に帰ったら、城門の所でさっそく春蘭と桂花に「遅い!」と文句を言われた。
二人とも何故か服がボロボロで、ゼーハーゼーハーと肩で息をしていたが何かあったのだろうか?
孫権さんと周泰さんも驚いていたが、たんぽぽだけは何故か笑っていた。
そのあと宴の準備をしている中庭まで五人で移動していたのだが、気づいたら、いつの間にか現れた風が俺の服の裾を掴んでいた。
どうやら、今成都にいる魏の仲間たちは彼女たち三人だけらしい。
中庭に着くと、今度は桃香と愛紗が迎えてくれた。
桃香は「遅〜い」と頬を膨らませて、愛紗は「ご無事でしたか、ご主人様」と安堵して。
桃香・愛紗・たんぽぽ――あの戦いをあと挨拶を交わした蜀の勇将たちで、現在成都にいるのは彼女たちだけだった。
そして呉は孫権さんと周泰さんの二人だけ。
俺が思っていたより、ずっと少ない再会の宴だった。
でも本当に楽しかった。
知っている人は少なかったが、城で働く多くの人が俺の帰りを祝ってくれたからだ。
酔った春蘭も可愛かったし、意外とたんぽぽと仲が良い桂花を見ているのも楽しかった。
風と宝慧のやり取りを「にへへ〜」と眺めている周泰さんを見ていると、気持ちが和んだ。
酔った勢いで俺のいろんなところを触ってくる桃香を、「はしたない真似はおやめください、桃香様!」と必死に止めている愛紗も面白かった。
あのとき――戦いのあとの宴を心から、そして最後まで楽しめなかった俺にとって、この宴こそが、本当に戦が終わったことを告げるお祭りだったのかもしれない。
無理もない。
感覚的には、俺はついさっきまで戦っていたんだからな。
この宴は、続きなんだ――あのときの。
俺はやっと自分の中で、戦が終わったことを実感できたような気がする。
21/
まだまだこれから盛り上がりを見せそうな雰囲気の中、俺は宴の席に孫権さんの姿がないことに気づいた。
探してみると、中庭から見える城壁の上に彼女の姿があった。
腰に巻きついている桃香、背中に張り付いていた春蘭、右腕に引っ付いていた桂花とたんぽぽ、左手を握っていた愛紗、膝に座っていた風と周泰さんを引き剥がして、俺は孫権さんのもとに向かった。
「孫権さん」
俺が城壁への石の階段を昇っている途中には、こちらの気配に気づいていたのだろう。
突然の呼びかけにも驚いた様子はなく、孫権さんはゆっくりをこちらを振り返った。
夕闇に映える桜色の髪、江東の人特有の小麦色の肌、長江というよりは海のように綺麗な蒼の瞳、そして特徴的なデザインの服からのぞくのは引き締まった身体と、三年でさらに育った下乳。
「……」
下乳……、下乳が見えている。
惜し気もなく、大胆に。
しかもあの見え方で下着が見えないということは、たぶん着けていないのだろう。
その証拠に胸の辺りをよく見ると、衣服の下から自己主張する突起が二つ。
「――」
まいった。
これが孫仲謀か。
華琳とはタイプの違う威風堂々――これが爆乳を持つ王の風格。
雰囲気が似ていると思った二人の、決定的な差。
ここまでなのか……、ここまで違うものなのか……。
寄せて上げている上乳の華琳と、自然のままで下乳の孫権さん――これが覇王と百獣の王の違いか。
貧乳の涙ぐましい知恵と努力など、一瞬の内に蹴散らしてしまう。
圧倒的ではないか、これが自然界の掟というものなのか……?
人は、自然の前ではこれほどまでに無力なのか……?
「北郷一刀? どうしたのだ、こんな所へ?」
「下乳を見にきました」
「えっ?」
「……」
「……」
孫権さんが鞘からゆっくりと剣を引き抜いていく――。
「し、下から孫権さんが見えたので様子を見にきました」
慌ててごまかす。
「そ、そうか。私の聞き間違いだったようだ」
危うく切り捨てられるところだった。
これで誤魔化されてくれるのか――孫権さんについて理解が少し深まった。
「どうぞ」
持ってきた杯を孫権さんに渡す。
「あ、ありがとう」
なんとなく、そのまま城下を眺める。
「……」
俺はその沈黙――雰囲気が心地良かったが、孫権さんは落ち着かないらしく、杯に口をつけたまま俺の方をチラチラと気にかけているようだった。
「孫権さん?」
「な、何だ?」
「さっきはありがとうございました。孫権さんが教えてくれなかったら、こんな楽しい宴の時間が短くなるところでした」
「わ、私は何も……」
「ありがとうございます」
もう一度言った。
それだけじゃない。
俺の立場もしっかりと意識させてくれた。
そういういろんなことも含めてのお礼だった。
何故か自然と笑顔になった。
「――」
しばらく見つめ合ったあと、孫権さんはゆっくりと下を向いてしまった。
夜目でもわかるくらい、耳まで真っ赤になっている。
俺が持ってきたお酒がもう回ったのだろうか。
下を向いてしまった孫権さんを見て、気づいたことがあった。
三年前に挨拶したときは長かったはずの髪が、短くなっている。
「髪型変えたんですね?」
左右の髪は長いままで、後ろ髪だけが短い――前から見たらあまり変化がないように見えるから、今まで気づかなかったのだろう。
その長いままだった髪の一方を右手ですくうように撫でた。
「――えっ?」
突然のことで驚いたのか、孫権さんが顔を上げた。
右手は髪を撫でたままで、俺は孫権さんと見つめ合う。
「似合ってます。すごく可愛いです」
「……」
「……」
「よ、よくわかったわね。お前とは、三年前に少し言葉を交わしただけだと思っていたけれど……」
「俺にとって、孫権さんは特別な人ですから……」
百獣の王だから――じゃなくて、華琳に似ている人だから。
「なっ!? と、特別って……」
そして次代の呉の王――俺だけじゃない、民にとっても特別な人なんだ。
「ま、まだ私たちは会ったばかりでしょ!?」
「時間なんて関係ないですよ。それに言葉を交わしたことも関係ないです。戦場で初めて会ったときから――孫権さんは特別な人でした」
なんたってあの孫権だからな。
三国志を知っている俺にとっては本当に特別な人だ。
俺がこんなことを言い出したせいか、孫権さんはまた下を向いてしまった。
自身が歴史に名を残す英雄だなんて、思いもよらないのだろう。
「そ、そんなこと……、突然言われても……」
恥ずかしそうに、モジモジとしている。
「そうですよね。こんなこと突然言われても混乱しますよね」
当たり前だ。
貴女は未来では英雄なんです、なんて突然言われたら誰だって混乱する。
「すみません。でもこれだけは覚えておいてください。孫権さん、俺にとって貴女は特別な人なんです」
「……」
孫権さんは黙ってしまった。
自分が背負っている責任の重さに戸惑っているのかもしれない。
そのとき、孫権さんが顔を上げた。
英雄と言われた興奮や不安からだろう――頬を紅潮させ、瞳も潤んでいる。
不謹慎だけど、恋に落ちた瞬間の女の子はこういう顔をするんじゃないだろうかと思ってしまった。
「本当に? 本当に貴方にとって私は特別なの?」
だから俺は、そんな彼女の揺れる気持ちを少しでも落ち着けてあげようと、笑顔で頷いた。
「ええ。本当に特別な人です」
自然と彼女抱きしめていた。
少しでも彼女の不安を軽くできればという一心から。
「――! ……」
最初は戸惑っていた孫権さんも、俺の気持ちが伝わったのか、そっと抱きしめてくれた。
俺たちは、澄んだ夜の空気の中で、満天の星空の下で、まるで恋人同士のように抱き合っていた。
22/
どれぐらいそうしていたのだろう。
お互いの体温が溶け合って、二人の温かさが一緒になったような感覚の中、俺は、俺たちは動けなかった。
離れるタイミングがわからなかった――それに離れたくないという気持ちも心の何処かにあった。
違う。
心の何処かじゃない。
胸の辺りにあった。
素晴らしい柔らかさだった。
鍛えているからだろうか、弾力が違う。
柔らかさ中にも芯の強さを感じさせる。
まるで、そこから新しい乳の歴史が始まるんじゃないかと錯覚するほどの、それは未知との遭遇だった。
だから、慎重にコンタクトを計る。
抱きしめている腕に少しずつ力を入れていく。
今がファーストコンタクトの真っ最中なのだとしたら、これはセカンド――、
「う……う……ん」
インパクトだった。
孫権さんが身じろぎしてこぼした吐息も、その衝撃を助長した。
俺が記す、新たな三国志乳義の歴史がここから始まっ――。
「かじゅとー!」「ご主人様―!」
酔った春蘭と愛紗の声が聞こえた。
他にも何人かの声がする――どうやら俺を探しているみたいだ。
主役なのに、宴の席から長時間離れていたからだろう。
「――っ!」
孫権さんが急いで俺から離れる。
乳義は始まらなかった。
孫権さんに残念がっている顔を隠すように、城壁から中庭を見下ろす。
「春蘭、桃香、愛紗、桂花、たんぽぽに風に周泰さんまで……。みんな俺たちを探しているみたいです。そろそろ戻りましょうか、孫権さん?」
そう言って振り返ると、孫権さんが口を尖らしていた。
なんか、拗ねてるみたいだった。
「……蓮華」
「えっ?」
「私の真名よ! 今度からは蓮華って呼んでいいわ! それと私の前でも気を遣わなくていいわ。他の将と同じように接して」
突然どうしたんだろう?
「いいの?」
「いいの、って今更でしょ!? それとも貴方はあんなことを言っておいて、私を真名で呼ぶことが嫌なの!? ……他のみんなは真名で呼ぶのに」
後半は声が小さくて聞き取れなかった。
あんなことって……、俺なにか言ったかな?
貴女は英雄です、みたいな当たり前のことしか言ってないんだけど……。
まあいいか、仲良くしてくれるってことだよな。
「わかった。今度からはそうするよ。そのかわり、蓮華も俺のことは一刀って呼んでくれると嬉しいな。いつまでも、お前や貴方じゃ嫌だから」
「……わ、わかったわ。か、一刀……」
また下を向いてしまう。
癖なんだろうか?
「そ、それと明命のことも真名で呼んであげて。明命には私から言っておくから」
蓮華が真名を許してくれたのだから、その部下の周泰さんも許すのは一般的なことなのだろう。
「わかった。今度から周泰さんのことは明命って呼ぶよ」
膝の上にまで座らしてたんだから、今更って言う気もするけど……。
「……べつに今ここで呼ばなくてもいいのに」
「? 何か言った?」
「な、何でもないわよ! それと、真名を許したからといって一刀が私の……と、特別な人ってわけじゃないんだからね。私は私自身の目で見て、考えたことのみを信じる。特別かどうかは、一刀がどういう人物なのか、しっかり観察してから判断するわ!」
「あ、ああ」
えーと、これはどう解釈したらいいんだ?
俺が本当に天の御遣いに相応しいかどうか、蓮華自身の目で確かめてから決めるってことかな。
たしかに、そこを信じてもらえなければ俺の知っていることが――蓮華が未来では英雄だってことも信じれないもんな。
なるほど、さすがは孫仲謀。
高貴な者の心得を会得している。
『素性の知らない者を近づけない』
『甘言を弄する者を近づけない』
『金玉に執着しない』
「……」
俺の金玉には執着してほし――、
「一刀? 聞いてるの?」
「き、聞いてるよ。読み方が違う話だよね?」
そう、金玉<きんぎょく>だ。
「な、何を言っているの? 読み方って……」
「み、みんなが呼んでるから、早く行こうって言ったんだよ!」
「そ、そう。何だか一刀と話していると聞き間違えてしまうことが多いわね」
それは聞き間違えじゃないんだ、蓮華。
「ドキドキしているからかしら」
「え?」
「な、何でもないわ。……もう、聞こえないことも多いんだから」
そうして俺たちは宴の席に戻った。
戻ってからも本当に楽しくて、俺はこの夜を一生忘れないと思った。
こうして、俺がまたこの世界に戻ってきて過ごす、最初の夜が更けていった。
えー、珍しく最初に一言。
「俺……バカだ……」
というわけで、自覚はありますので蓮華ファンの皆様――石は投げないでください。
こんな蓮華を書いてしまって(蓮華で遊んでしまって)本当にすみませんでした!!
そして、こんなバカな物語が何故か「25000アクセス」を越えてしまいました!
これもひとえに皆様のおかげです。
本当にありがとうございました!!
ご恩を返そうと、いつも以上に頑張った第9話。
見事に違う方向性へと天元突破してしまいました。
こんなバカな作者ですが、これからも頑張りますので、また読んでいただけると嬉しいです。
そして、もしコメントをいただけるのであれば、優しい言葉をかけていただけるとありがたいです。
バカなことは十分理解しておりますので……。
それでは、また次回の更新で!!
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