戦慄の魔術師と五帝獣~ラナとフェイのデート~
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「どうしたんですが、その服」
朝食を取り、自室に戻っていたフェイは、少ししてリビングに戻った。
そして、そこでいつもとは違い、膝上までしかない真っ白なワンピースを着ていたラナを見て、そんな問いを投げかけた。
普通にワンピースを着ているだけなのだが、今まで着ているのを見たことがない服だったため、フェイは疑問を抱いたのだ。
「ふっふーん、買ったのよ。どう、似合ってる?」
その場でひらりとワンピースを見せつけるように一回転しながら、謎の期待に満ちた声でフェイに問う。
明らかにその声色は喜色に満ちている。
半ば反射的に、フェイは答えた。
「に、似合っていますよ」
「そう? よかった~」
えへへ~と、更に浮かれながら鼻歌を歌い出す始末。
そんなだらしのないラナの姿を見て、フェイはもし自分が今の問いに対して似合っていると答えなかったら、どうなっていただろうと想像した。
「……」
一人で苦笑いを浮かべるフェイ。
今のフェイの脳裏には、腕を胸に引き寄せながら組み、膨れっ面をして拗ね出すラナの姿が容易に浮かんだのだ。
「それで、どうして今新しい服を着ているんですか? 今からどこかにでかけるとか?」
「その通り! ということでフェイ君、今日一日デートするわよ!」
「へっ!?」
「よく考えたら、私とフェイ君が二人で町に買い物に行くことってあんまりないなーって思ったのよ。だから、たまには二人でデートをしたいかなーって」
上目遣いで、フェイをのぞき込むラナ。
その所作にフェイは赤面しながらも、思考を巡らす。
言われてみれば、確かにフェイとラナが二人で町に出かけたことはあまりない。
それどころか、フェイ自身もラナと暮らし初めてからというもの、町に出ること自体が月に一度あるかないかと、その頻度は極めて低い。
よくよく考えてみたら自身のことを考えてのことであり、整合性もとれている。
しかし、いつものこととは言え突然のラナの提案に、戸惑うことは仕方のないことだろう。
「別にいいですが……」
「じゃあ、フェイ君はこれを着て!」
そう言ってラナがフェイに差し出したのは、真新しい一着の服。
フェイはそれを困惑しながら受け取る。
そしてラナに促されるまま、それに着替えた。
◆
今、ラナとフェイの二人は森の外れにある小さな町にいた。
冬も終わり、もうすぐ春にさしかかる今時分、日差しがあるときは暖かいのだが、それでもやはり肌寒い。
つまるところ、ラナはワンピースだけでは肌寒いと感じ、白と黒のチェック柄のストールを羽織っている。
その横を歩くフェイは、ライトベージュ色のズボンをはき、胸元が少し開いた灰色のシャツに白色の七分袖で薄目のジャケットを羽織っている。
胸元からは日々の鍛錬の賜物なのか、十三歳にしては引き締まった胸板が見える。
日々逞しく、そして凛々しくなっていくフェイを見て、ラナは喜びを抱くとともに、それを寂しくも思っている。
とは言え、こうして二人並んで町を歩くと、端から見れば仲のいい姉弟にしか見えない。
本来であれば、ラナはそれほど幼い容姿をしているわけではない。
むしろ、女性らしい丸みを帯びた臀部と豊満な胸。
いずれも、大人の女性以上の体躯を持っている。
なのに彼女がフェイの姉に見えるほど幼く見えるのは、彼女の行動からだろう。
例えば……
「フェイ君、見て見て! アイスよ、アイス!」
時期的には少しは早めだが、出店でアイスが売られていることに気づいたラナは、その場で跳ねながらフェイに報告する。
この所作こそが、ラナを幼く見せるのだ。
当のフェイ自身、これはデートというよりもお転婆な姉と買い物をしているみたいだなと心の中で思っていた。
「お姉さん、これ二つ!」
そんなことをフェイが考えているうちにも、ラナは驚くべき速さで屋台へ向かい、店主である女性にアイスを指さしながら注文した。
あいよ!と、威勢のいい返事をしながらアイスを二つ差し出す。
と同時に、ラナは金を女性の手元に置いた。
「まいどあり!」
店主のその声を聞きながら、ラナはフェイの元へと駆け寄った。
「は、早いですね……」
ラナの行動の速さに若干呆れを含んだ表情を浮かべながら、差し出されたアイスを受けとるフェイ。
「思い立ったが吉日って言うでしょ?」
「確かに、言いますけど……」
ラナの言い分を聞きながら、アイスをぺろっと舐めるフェイ。
その瞬間、フェイは思わずアイスを凝視する。
バニラの風味が口に広がるとともに、その濃厚なミルクの味が味覚を支配する。
暑い時期に食べるアイスは勿論おいしいが、中々どうしてこういう肌寒いときに食べるアイスもおいしいと感じるから不思議だ。
美味しそうに食べ始めるフェイを見たラナは、微笑みながら自身もアイスを口へと運んだ。
◆
「さてと、これからどうしようか」
アイスのコーンの部分まで食べきり、しばしあてもなくブラブラと町を歩いていたラナが、不意に傍らで同じように歩いているフェイに意見を求めて聞く。
「もしかして、何も考えずに出かけようなんて言ったんですか?」
「そうよ。私、実は計画性のない女なの」
「いえ、知ってます……」
ラナと一緒に過ごしてきたフェイにとって、そんなことは言われるまでもなく知っている。
そして、先ほどの自分の問いはひどく無意味なものだったなと振り返る。
「そうですね……」
仕方がないので今後の予定を考えるフェイ。
今から昼食をとるにしては、まだ少し早い。
とは言え、あまり町に出かけないフェイは、この町で遊べるようなスポットを知っているわけではない。
「ラナさんは普段町に来たときは何をしているんですか?」
「そうねー……。基本的には買い物かな? 日用品とか。この服だってこの町で買ったものだし」
「買い物ですか……」
それを聞いて考え込むフェイ。
そんなフェイを見て、意味ありげに微笑みながら口を開くラナ。
「買い物デート、する……?」
「……何でもかんでも語尾にデートを付けないと、気が済まないんですか? ラナさんは」
半眼で睨みつけながらラナにそう返したのだが、買い物をすることに対しては別段不満のないフェイは、それ以上は続けなかった。
「ふふ、それじゃあ行こっか」
何が面白いのか、顔に笑みを浮かべながら腕を絡めてくるラナに気圧されながら、フェイはラナの後を続いた。
◆
「ほら、これなんかどう?」
ラナが両手で持ってフェイに見せるのは冬物のセーター。
白色のケーブル編みのニットセーター。
何が嬉しいのか終始満面の笑みを浮かべ続けるラナのテンションに気圧されつつあるフェイは、そのセーターを見て冷静にこう返す。
「冬物ですよ、それ。もうすぐ春なんですし、どうせなら春物にしませんか?」
「えー、まだ着れるんだからいいじゃない。ほら、森って結構冷えるじゃない? それに、来年また着ればいいでしょ?」
「それは、まあ……そうですが」
結局、フェイの反論虚しく購入することになった。
そのセーターは、そのまま着ることになった。
ジャケットを右手に持ちながら、フェイはため息を吐いた。
だが、フェイはラナのこういった行動を不快に思っているわけではない。
むしろ、心地よいと思っている。
彼女のお陰で、自分は良くも悪くも毎日を新鮮に過ごすことが出来ているのだと、そんなことを目の前を楽しげに歩くラナを見ながらフェイは考えていた。
フェイがそう思っていることも露とも知らないラナは、フェイにセーターを着せて至極ご機嫌であるが。
「次はこれ! これはどう!」
どう……と、一応ラナは意見を求めてはいるが、それに否定する答えを返したところで無意味であるとフェイは分かっている。
なので、ラナが今手に持つ夏物の黒色七分丈のチノパンツも受け入れるしかない。
別に嫌な訳ではないのだが、フェイはあまり服に固執はしない。
まだ着れるものがあるのだから、わざわざ金を出してまで新しいものを買う必要はあるのかと、そう考えてしまうのだ。
「そう言えば……」
ラナが店主に先ほどのチノパンツを購入するために渡している最中、急にフェイがラナを見て口を開けた。
「ラナさんは、服を買わないんですか?」
フェイの服ばかり見るラナ。
そんなラナを見て、その疑問が不意にフェイの脳裏に浮かんだ。
フェイのその言葉を受け、ラナは唇に右人差し指を当ててんーっと、思案顔をする。
少しの間の後、何かをたくらんでいるかのような笑みを浮かべてフェイに近寄る。
「じゃあ、フェイ君が私の服を選んでくれない?」
「え……」
「デートだもの、彼女が彼氏の服を選んだのなら、彼氏もまた彼女の服を選ぶのは道理でしょ?」
「それは、まあ……。って、彼氏じゃないですよ!」
「細かいことはいいの。それに、それくらいのことが出来ないと、将来困るわよ~」
「困る……?」
フェイが考え込むような素振りを見せるが、そんなことはお構いなし。
ラナはそんなフェイの右腕を掴むと、満面の笑みを浮かべながら言った。
「さあ、今度はフェイ君が私の服を選んでね!」
その笑顔は反則だ。
フェイは少し顔を背けながら、ラナの服を選ぶことにした。
◆
「あそこよ!」
この人のテンションに最高潮というものはないのか。
時間が経つにつれて徐々に上がっていくラナのテンションに、フェイは戸惑いを覚える。
確かにラナはいつも元気だ。
だが、今日は何が楽しいのか何時にも増して元気である。
そんなラナは目の前に見える服屋を指さし、フェイの手を取って引っ張っていく。
フェイも、それに合わせるように足を進めた。
「そうですね……」
ラナに連れられるがまま店内に入ったフェイは、ラナの服を選ぶことにした。
「うーん……」
いかんせん、女性の服はおろか自分の服すら滅多に選ばないフェイだ。
そうそう簡単に決まるわけではない。
ラナが適当でいいのよーと言うのだが、そのあたりは律儀なのか。
フェイは一着一着真剣な表情を浮かべながら選んでいる。
そんなフェイを見て、ラナは少し呆れたような笑みを浮かべながら、けれど嬉しそうに待つのだった。
「これは、どうですか?」
ようやくフェイがラナに恐る恐る一着の服を渡した。
「チュニック……?」
フェイが渡した服はだぼっとしているモカ色のチュニック。
こういった余裕のある服が、ラナには似合っているとフェイは思った。
「よし、じゃあこれを買うわ!」
「えっ……?」
少しも迷うことなく即決したことに驚き、思わず気の抜けた声を漏らす。
「いえ、何というか、そんなに簡単に買うって決めていいんですか?」
「いーい? フェイ君、女の子はね、男の子に似合うんじゃないかって思われているものを買わないなんて選択肢はないのよ」
少しドヤりながらそういったラナに、フェイはそういうものなのかと、無理矢理納得する。
フェイとは違ってラナはさすがに着替えるわけにはいかないので、そのまま持って帰ることにした。
「それじゃあ、お昼にしようか」
店を出て歩きながら、ラナがフェイに同意を求める。
買い物をしていて丁度いい頃合いになったので、フェイも頷く。
キョロキョロと、互いに良さそうな店を探す。
フェイは、勿論あまり外食はしない。
ボネット家にいた頃も、付き添いの使用人たちが頑なにそれを止めた。
そしてラナを過ごしてからも、基本的にはラナの作る料理を食べていた。
なので、フェイはこういう時にどういった店に入るのが適当なのか分からず、ラナに任せることにした。
そんなフェイを見て、ラナは見透かしたように微笑みながら囁いた。
「ほらね。街に出てきてよかったでしょ? 将来女の子とデートをすることになったときに、女の子に店を探させるなんて真似、今回の経験でしなくて済むようになるでしょ?」
「僕が女の子とデートをする機会なんてありませんよ……」
フェイの言葉に、ラナはふぅ……と息を吐くと、フェイの手を引いて一つの店に入った。
外観はこじんまりとした、所謂民家をそのまま店にしているようなところだが、フェイからしてみればこういう店の方が心地いい。
そんなフェイの好みを知ってか知らずか分からないが、兎にも角にもフェイにとっては全く不満がない。
店員に促されるがままに席に着くと、ラナはメニューを開きながらフェイに見せる。
小さめのテーブルで、向かい合うように二つのいすが置かれていて、必然的に二人は向かい合うように座った。
フェイは差し出されたメニューに目を通しながら、ラナを見る。
「ラナさんは、もう決めたんですか?」
「ん? まだよ。フェイ君が決めてからにするわ」
「そうですか……」
んーっと、メニューを凝視する。
オムライス、グラタン、ポトフ、ハヤシライス……。
定番のメニューの名前に視線を彷徨わせながら、数分間黙ったまま考え込む。
そんなフェイをラナは楽しげに眺めている。
「……オムハヤシライスで」
「ほほう……そう来ましたか」
フェイに、どこか茶化すように口調を変えて接するラナ。
それと同時にラナは右手を上げて、店員さーんと声を上げた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
物静かなウェイトレスがすぐに来て、落ち着いた声でそう問う。
そんなウェイトレスとは正反対に、にこやかな笑みを浮かべながら注文をするラナ。
「このオムハヤシライス、二つでお願いするわ!」
「かしこまりました……」
そう言って軽く礼をして立ち去ったウェイトレスを眺めながら、フェイはラナに声をかける。
「ラナさんも、オムハヤシライスにするんですか……」
「ふっふーん、お揃いでしょ?」
何を誇っているのか、腰に両手をあて、座ったまま胸を張るラナ。
そんなラナに苦笑いしながら、とりとめもない話をして時間をつぶす。
◆
「お待たせしました」
十分ほどしてフェイたちのテーブルにオムハヤシライスが運ばれてきた。
ご飯の上には半熟フワフワのオムレツが乗っていて、そのオムレツとハヤシソースの相性は語らなくとも容易に想像できよう。
「「いただきます」」
スプーンを手にして、食事を始める。
ラナもフェイも、どちらライスにハヤシソースをかけ、その上に少し切ったオムレツを乗せて一口。
「美味しい……」
「んーっ、美味しー」
ボソッと呟いたフェイに対して、ラナは満面の笑みでそう口にする。
玉ねぎの甘みを始め、良く煮込まれているのだろうか、あらゆる食材のうまみがハヤシソースには含まれている。
加えて、半熟のオムレツ。
これが美味しくないわけがない。
不思議と、美味しいものを口にすると人間口数が減るものである。
結果として、フェイとラナは食べ終わるまで大して会話をしなかった。
ただその沈黙は、別に居心地の悪いものではない。
二人は食後、互いに顔を見て苦笑した。
◆
「今日はどうだった?」
あの後、適当に出店をブラブラしてから現在自分たちの家に帰っている。
その道中、ラナはフェイにそう聞く。
「……楽しかったです。外に出るのも、悪いものではないですね」
「でしょ~? じゃあさ、今度はどこにいこっか!」
次の外出の予定をたて始めたラナを尻目に、フェイはボソッと呟く。
「でも……」
フェイの視界には、既に自分たちの家のある森が映っている。
その森を見ながら、フェイは続ける。
「やっぱり僕には、この家が一番心地いい……」
きっと、明日からもラナに振り回されるのだろうと、そんなことをフェイは思う。
だが、そんな明日がどうしようもなく楽しみで、そして永遠に続いて欲しいと、フェイはこの時思った。
いかがだったでしょうか。
尚、書籍の書下ろし短編は、この話とは別のものです。
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作者Twitter:@totsuakita