大根一本縦書き表示RDF


大根一本
作:カドクラ


「もう10月だっていうのに、今年は暖かいねぇ」
 60歳を過ぎたお婆さんが、首にかけた手ぬぐいで額からあふれ出る汗を拭う。
 例年だったら、夏に過重労働を終えた太陽が少しサボり始めるこの季節。しかし、透き通るような青い空からは、太陽の光がさんさんと降り注ぐ。
 太陽の光で色あせた麦藁帽子を被り直し、お婆さんは目の前に広がる畑へと向かう。
 30ヘクタールほどの畑は、よく手入れされていて雑草1つ見当たらない。そんな畑には、きっちりと等間隔に大根の葉が顔を出していた。
 大根の葉は噴水のような半球体を描いており、季節はずれの太陽を嬉しそうに全身に浴びている。そのおかげで、普段なら肩まで土に埋もれる秋大根が、夏大根のように5cmほど白い肌を露にしている。
 そんな大根の中で、一番太く、一番形がよさそうなものを抜き取ると、お婆さんは嬉しそうに家へと向かう。

「見てください、お爺さん。今年の大根は良い出来ですよ」
 満面の笑みでそう言うお婆さんの視線の先には、70歳位のお爺さんが布団に横たわっている。お爺さんはゆっくりと起き上がると、お婆さんの持ってきた大根を手に取る。
 大根に付いた土を袖でふき取ると、お爺さんはおもむろに大根にかぶりつく。
「……農薬を使ったのか」
 お爺さんの表情が険しくなる。
 お婆さんはうつむき、答えようとはしなかった。
「確かに、お婆さん1人では大変かもしれない。だが、こんな物を人様に食べさせるわけにはいかない」
「そんなことでは生活ができません」
 涙目になりながら、お婆さんは首を振った。
 お爺さんは、そんなお婆さんに優しく語り掛ける。
「お婆さんは言った、ワシに命を預けると。そして、ワシは頷いた」
「はい」
「お婆さんの命はワシの命だ。ならば、生活のためとはいえ、農薬なんか使わないでほしい」
 お婆さんの肩にそっと手を乗せる。
 しかし、お婆さんはそんなお爺さんの手を払いのける。そして、手で顔を覆い泣きじゃくってしまう。
「もう、あの頃とは違うんです」
「いいや、違わない」
 お爺さんは、強引にお婆さんを抱き寄せる。
「ワシはトメ子を愛している。だから、ワシに命を預けてほしい」
「お、お爺さん……」
 お婆さんは決してお爺さんの手を振りほどこうとはしない。
 顔をお爺さんの胸に押し当てて、溢れる涙を拭っていた。
「今は病魔に侵されている。だから、今は無理かもしれない。だが、ワシはトメ子を守りたい」
 お爺さんは、強くお婆さんを抱きしめる。
 すると、お婆さんは顔を嬉しそうに赤らめながら、お爺さんを見上げる。
「私の命は、トシヒコさんに預けます」
「ありがとう、トメ子」




「お母さん、なんで泣いてるの?」
 息子の声ではっと我に返る。
「なんでもないわよ」  
 ここはスーパーの野菜売り場。そして今私の手には、一本の太く立派な大根が握られている。
 














ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




◆BACK
小説家になろう