4畳半クエスト
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その男は、勇者と名乗るにふさわしい男だった。幾度となく差し向けた刺客をものともせず、あまたの罠をかいくぐり、そして、やっとここまでやってきたのだ。魔王と自らを称する、我が元へと。
戦いの中で確実に削り取られていく我が命、消耗していく眼前の敵、飛び散る血液、響き渡る轟音。久しく忘れていた生の実感に酔いしれながら、ただ本能で己が武器を握りしめていた。
「ふ……ははははッ! このまま相撃とうとでも言うのか勇者よ! 我は何度でも蘇るぞッ」
「あぁ、それも良いかもな」
不敵な笑みを浮かべた勇者は、あろうことか剣を打ち捨てた。カラカラと床を跳ねていく音に、何かが崩れていく気がした。勝負を、捨てた? ふざけるなッ!
「……ッ戦士であることを捨てたかッ」
その時、戦士ではなくなっていたのはやつではなかった。正々堂々、などという言葉は戦場には不必要な代物。生じたわずかな隙を的確に、そして素早く射抜くのが真の戦士だ。
気づいたときにはもう遅かった。やつは確かに戦士だった。
そうして、目の前が白く濁っていった。
今、我はハムスターという生き物の体に憑依した状態であるらしい。やつは、異界送りという禁術でもって、己とともに我を異界に封じたのだ。これで向こうの世界はさぞかし平和になったことだろう。やつの命(?)と引き換えに。
芸術の域にまで高め上げた四肢はふにふにの肉の塊と為りさがり、ミスリルにも優る強度を誇った表皮はふわわんと可愛らしい毛に覆われるのみ。魔力を失った今、唯一の武器である歯は頼りないことこの上ない。
オリの外には巨人が1人うろついている。ときどき覗きこみ、簡素極まり食事を入れていく。屈辱でしかないその仕打ち……しかし慣れとは恐ろしい。黄色い種がなかなか美味である。
今日も無駄だと知りながらオリをかじっている。同じく異界へと来た勇者も生きているだろうと思えばこそ耐えられるこの日々。再びまみえ拳を交えるのを夢見ながら、ひたすらガリガリとかじり続けていた。
『散歩? 分かった分かった』
威嚇にもとれる音を立てながら入り口を開ける巨人。そこから迫りくる手は……いまだに慣れない。掴まれるその瞬間、踏みとどまれただけでも進歩だ、えへん。しかし、こんな巨人ごときに怯えるなどとは……。魔法の代わりに小さな爪をたててせめてものの反撃をさせてもらう。
『クリームちゃん、10分だからね?』
この巨人、本当に何を考えているのか分からない。解放したかと思いきや時間をおかずオリの中へ叩きこむ。……まぁ、考えていてもはじまらない。元の世界へ帰る手段を見つけるのはこの時間しかない。
この軟弱な体ではできることも限られる。しかし、努力は報われるのだ。今日でおおよその方向は調べたことになるはず。
足もとの木の文様をたどっていくと、ただ1つだけ、見慣れたものがあった。作りこそはかなり粗いものの、向こうの世界と似た建物が。まさかと思いながら駆けよる。
明らかに粗雑な造りに一度はためらわれたが、そっとふみ行った。
それがいけなかった。古典的なトラップだ。
床に張り付いた粘液は意志をもって吸いついているかのように強力で、おまけに毛にからみついて離そうとしない。我としたことがこんな初歩的なものに……。
我ながら呆れ頭を上げ……そして息をのんだ。先客がいたのだ。こんなちんけな罠に、先客が。
黒く光るその体は鎧のよう。羽らしきものをひろげたり閉じたりしながら、長い触角を弱々しくうごめかせている。最後のあがきか、見苦しい。
「このようなところで生を終えるか。つまらんな」
己が身を鑑みれば笑えない冗談でしかない。
「お前が言えた立場でもないだろ」
くたびれた様子に自分自身の姿を重ねてしまった。異世界に飛び、そして得体のしれない生き物に姿を変えた哀れな人間。なぜやつだと気づいたのかは、勘としか言いようがない。
「魔王、お前はここで終わるつもりか?」
「どうだろうな。お前ともう一度剣を交えるまでは、と思っていたが」
息をつくほどの短い静寂が訪れる。言葉をつないだのはやつだった。
「ここに来て、お前の気持ちが分かった気がしたよ」
「どうした? らしくない」
「……ここに捕まってずいぶん経つ。そろそろ限界だ」
触覚がへたりと垂れる。先が床に張り付いてむなしくアーチを描き、自嘲の笑みが見え隠れするようだった。
これが、あの勇者の姿か? 向こうに帰れば英雄と称えられているであろう男の姿か?
「魔王?」
何よりも先に体が動いていた。我はやつとは事情が違う。こっちは半身が外に出ているのだ。非力な足、小さな手、ころころと丸いだけの醜い体。まどろっこしいが、懸命に動かしているうちにずるりずるりと家が動き始めた。
「こんなところでのたれ死なせんよ。幸いな、あの巨人は、捕虜の扱いは心得ているようなのだ。そうひどい扱いは……」
バタンッという音とともに、風がなぐるように駆けていく。頭をつっこんだ体勢では分からないが、おそらくあの巨人だ。
『クリーム! なぁんでホイホイに……』
また何やらよく分からない音を発する女。胴に指が回される。これで、こいつも助かるはずだ。
「勇者よ! 覚えておけ! お前を倒すのは、この――」
粘液から解放されたその瞬間、つんざくような悲鳴が脳を揺らした。音源を確認するよりも早くオリの中へと叩きこまれる。バタタタッと激しく動き回る巨人の姿を、白い柔らかい塊にうもれながら見ていた。
しばらくして、辺りが静かになった。
小さな身体を必死で伸ばしながら、オリの外を眺めていた。巨人がさきほどの建物をごみくずのように箱へ投げ捨てる。
『クリームがゴキと……あぁやだやだ』
何を言っているのかは分からない。しかし、トロールの雄たけびに似たその咆哮に、我が親友の末路を確かに知ったのだ。
おそらくは無駄だろうと知りながら、今日もひたすらにオリをかじっている。やつの仇を取るために、この体を鍛え抜くために。
こんな風に身近でファンタジーワールドが繰り広げられていたのなら。
ものすごく和める気がします。ゴキブリ嫌いだけど。
……ところで、この小説のジャンルが分かりません;