お日様に照らされた氷
あるところに、冬に生まれる氷の精霊がいました。
名を氷花といいます。人でいうと年は十歳になっていました。
氷花はお日様に照らされると消えてしまう運命にあります。
それでも、氷花はお日様を見たいと思っていました。お父さんやお母さんからはだめだといわれています。
そんなことをすれば、氷花は消えてしまうからだとのことでした。
今日も氷花は姉のつららや友達の雪ちゃんと外に遊びに行きます。
「…氷花ちゃん。今日も雪がふっているから遊べるよ。でも、お日様が出ていたら危ないといわれているから。晴れてきたら、おうちに戻ろうね」
雪ちゃんから、いわれましたが氷花は首を横にふりました。
「それでもね、見に行きたいの。お日様はとてもやさしい女神様らしいもの。お話をしたいわ」
お姉さんのつららも困った顔をしました。
「氷花。お日様、アマテラス様はお優しい方だけど。わたしたちが近づけば、とけてなくなってしまうわ。人の子だったらいいんだけど」
つららがいったことを聞いて、氷花はいいことを思いついたと笑います。人の子と一緒に遊べばいいのだということでした。
それは口に出さずに三人で雪だるまを作ったり、凍った池の上ですべったりして氷花は遊んだのでした。
楽しい時間をすごして氷花はつららと一緒におうちに帰ってきました。お父さんとお母さんが二人を出迎えてくれます。
「おかえりなさい、つらら、氷花。おなかがすいたでしょう。ごはんときのこのお汁ができているから、食べなさい」
お母さんがおちゃわんなどにごはんやお汁をよそってくれました。冷たくはありますが味やみかけは人が食べるものと変わりません。
つららといっしょにいすに座り、いただきますと手をあわせておはしをとり、食べはじめます。
「お母さん、今日もね。雪ちゃんやお姉ちゃんといっしょに遊んだの。凍った池ですべったけどたのしかったわ」
氷花がわらいながらしゃべるとお母さんはそうとにこやかにうなずいてくれました。
「今日もたのしかったのね。でも、池の氷には割れ目があったりするから気をつけるのよ」
お母さんから注意をされてつららと氷花はうなずいたのでした。
ごはんを食べ終えると二人は自分たちのお部屋に戻りました。
夜中に氷花はこっそりとおうちを出ます。人の子の姿に変身できるお薬を山のほらあなに住む村の守り神様にもらいに行くためです。
守り神様は自分がみとめた者でないとお薬はくれません。けわしい山を登り、自分のところにたどり着いた者でなにかと引き替えにできる者にはお薬をくれます。
引き替えにできない者はそのまま、帰されます。
それを知っていながらも氷花は守り神様のいるほらあなをめざしました。空には白いお月様と星がかがやいています。
ぶあつくふりつもった雪を踏みしめながら、ほらあなに少しずつ近づきました。
「…守り神様。村にいる氷花です。人になれるお薬をもらいにきました」
大きな声で守り神様によびかけます。すると、ほらあなからずるずると何かをひきずるような音が聞こえてきました。
そして、びゅうと強くつめたい風がふきます。
氷花のほっぺたや髪をなでながらも風によって地面の雪も舞い上がりました。
「…何者じゃ。わしの眠りをさまたげるのは」
低い地をふるわせるような声があたりに響きます。氷花はふるえるひざを無理に立たせて答えました。
「あたしはお日様を見たいんです。今の氷の精霊のままだとお日様に会えないから」
「…氷花というのか。氷の精霊よ、そなたはめずらしいことをいうな。お天道様に会いたいとは」
驚きながらも守り神様は氷花の前にゆっくりと姿をあらわしました。
白い髪の毛とたっぷりとはえたひげに着ている着物も真っ白いひとりのおじいさんが氷花の前に立っていました。背も高く、ひょろりとした感じのおじいさんです。
「…氷花。では、きこうか。そなたは何かを引き替えにできるだけのこころの用意はあるかな?」
「あります。あたし、お日様に声をかけられたことがあるんです。氷の子はいたずら好きだけど、おまえはちがうねって。いつも、いたずらをせずに仕事をやっているのはりっぱなことなのよと。だから、お礼がいいたくて」
顔をあかくしながら、氷花がいうと守り神様はにかっと笑いました。
「そうか。ならば、薬をわけてやろう。一日だけ、そなたを人の子にしてくれる。他の子たちと遊んだりせずにお日様にお礼だけいうんだぞ。そしたら、このまま、村に帰ってきなさい」
「…引き替えにするものはなににすればいいですか?」
「そうだな。そなたに糸をやる。これで髪をしばるひもでも作っておくれ。だが、ひとつだけいっておく。そなたがだれの手も借りずに作るのだ。教えてもらうくらいはいいがな。手伝ってもらうのはなしだ」
わかりましたと氷花はうなずきました。守り神様は着物のふところから小さな壷をとりだします。
人に変われるという薬です。
氷花は受け取ると大事に両手でしっかりと持ちました。
「ありがとうございます。お日様にお礼をいえたら、またここに来ます!」
「うむ。気をつけるんだぞ」
守り神様に頭をさげると氷花は背中をむけておうちに帰ったのでした。
そして、氷花は守り神様からもらった薬を持っておうちにたどりつきました。
また、窓にかけてあるはしごを使って部屋に入ります。
つららはなにもわからずにねていました。
氷花はこころの中であやまりながら、壷のふたをあけて、薬を飲みました。
たちまち、体中があつくなり、氷花はうずくまります。
そして、ぼんやりとした中でまた外へと出たのでした。
体があついのにうでや足はぼうになったのかと思うほどに冷たく感じます。それでも、人里に続くという道をおりつづけました。
夜明けに近い時間になって村と人里の境目になっているらしい門をくぐります。そこから先は雪と氷に閉ざされた森が続きます。氷花はお日様が見える場所を探し続けました。
やっと、ひらけたところに出ると空がしらみはじめてきます。
(やっと、お日様が見れる。お礼がいえるわ!)
氷花はこのとき、自分が人になっているのに気がついていませんでした。手や足、体中にほっこりとしたぬくもりがあり、いつもの冷たい体ではないことは彼女にとってはどうでもいいことでした。
ゆっくりと朝日がのぼってきます。
黄金に光るまぶしいお日様が姿をあらわします。それを見ながら、氷花は急いで用件を思い出しました。
「…あ、そうだわ。忘れてた。お日様、前はありがとうございます!ほめていただけてうれしかったです!」
おもいっきり、大きな声を出してお礼をいいました。
ですが、何の返事もありません。それでも、用事は終わったので氷花はまた、村へと戻りました。
ふところに守り神様にさしあげる髪ひも用の銀糸を落とさないようにしながらではありましたが。
そして、村に戻るとおうちの前でとてもこわい顔をしたお姉さんのつららが待っていました。
「氷花!こんなお昼近くまでなにをしていたの。おうちにはいないから、村中を探し回ったのよ」
「…ごめんなさい」
しょんぼりとしながらも氷花はあやまります。
つららは反省している氷花の頭をなでようと近づきました。ところが氷花の頭がほんのりとあたたかいことに気がつきました。つららはなでる寸前で手をひっこめます。
その様子に氷花は首をかしげました。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「…氷花。なにを飲んだの。あなたから人のぬくもりを感じるわ」
ふるえるつららに氷花はよけいに不思議に思います。
でも、すぐにあることに気がつきました。体が寒いのです。頭や足先までがたがたとふるえが走ります。
つららはこごえてしまっている氷花をみてすぐにさとりました。
「…氷花。もしかして、守り神様のお薬を飲んだの?」
その問いに氷花はびくりと体がさらにふるえます。
「…ごめんなさい。お日様にお礼がいいたくて守り神様にお願いしたの。そしたら、髪ひもと引き替えに人になれるお薬をもらったわ」
「あなた、そんなことのために村のしきたりをやぶったの。わたしたち、精霊は人とじかに関わってはいけないのよ。しかも、守り神様はかんたんにはお薬をくれないわ。髪ひもを引き替えにといわれたけど本当に受け取ってくださるかもわからないのに」
つららは眉をつりあげて怒ります。氷花はうつむきながらもあやまりつづけたのでした。
仕方なく、すべてのことを氷花はお父さんとお母さんに話しました。当然、氷花はこっぴどく怒られました。
けど、守り神様からもらった銀糸は取り上げられませんでした。
約束をやぶるわけにはいかないとお父さんが気を使ってくれたからです。氷花は精霊に戻るまではとつららと使っている部屋に閉じこめられました。
その間、つららに教えてもらいながら、髪ひもを作ります。道具を使って順番に銀糸をあみこんでいきます。
「…手はかせないけど髪ひもを作るのは教えてあげる。守り神様にはお父さんといっしょに渡しにいきなさい」
つららにそういわれてうなずいたのでした。
その後、氷花は作った髪ひもをお父さんとふたりで守り神様に渡しにいきました。ほらあなから守り神様は姿をあらわします。
「よく来たな、氷花。髪ひもは確かに受け取った。お日様にはお礼をいえたか?」
「…いえました。後、お薬は返します。やっぱり、あたしにはいらないみたい」
氷花がそういうと守り神様は笑いました。
「そうか、おもしろい子だ。わかった、また困ったことがあったら来なさい。教えるくらいはしてやろう」
「…守り神様。本当にうちの娘がお手数をかけました。すみません」
お父さんがていねいにあやまりました。守り神様はいいと笑いながらほらあなの奥に戻っていきます。
氷花はそれを見送るとお父さんと山をおりました。
『…氷花。お礼はしかと受け取りました。これからもしっかりと役目をはたすのですよ』
ふと、空から氷花にやさしい女の人の声がきこえます。
上を見上げるとうっすらとお日様が姿をあらわしていました。
おどろくお父さんに笑いながらも氷花は返事をします。
「はい!アマテラス様!」
すると、お日様はにっこりと笑ったように少し、光が強くなりました。
『よい返事です。では、わたくしは帰りますよ』
お日様はそういいながら雲の影に戻っていきました。
氷花とお父さんはおうちに帰った後、今起こったことをお母さんとつららに話しました。
それにはふたりともたいそう、おどろきました。
氷花はそれからはよりいっそう、氷の精霊の役目に励んだのでした。
おしまい