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蝕−ショク−
作:尾継也太



蝕:26


「まずご子息の検査結果ですが、特に異常はありません」
 栄都は淡々と説明を始めた。
「あの、それは」
「目にも脳にも、精神にも、です」
「良かった……」
 青葉は心底ほっとした様だった。
「ですので、彼の一般的には異常とされてもおかしくない行動の原因は他にあると考えられます」
「それは……」
「その最も可能性の高い原因は、あなたです」
「え、私、ですか」
 今度は心底驚いている様だった。落ちつく暇も無さそうだな――僕は青葉の様子を窺える程には回復していた。
「ええ。あなたは哉来君に白い上履きを履かせていたようですね。何故です」
「それは……苛めを早期発見するためです」
「早期発見」
「ええ。苛めは持ち物とかに落書きされたりする所から始まるでしょう。ですから少しでも早く見抜くために白にしたんです」
「なるほど」
「では、それが逆に苛めの原因になるとは全く考えなかったのですか」
「え」
「子どもたちは自分と違うものを苛めのターゲットにしてしまう事もあるのです。皆が青い靴を履いている中でただ一人だけ白い靴。これは否応無しに目立ってしまう」
「そ、それは……」
「哉来君は白い上履きを嫌ってたんですよ。気付いてましたか?」
「いえ……」
「上履きが汚れていた事がありましたね。あれ、苛めじゃありません。彼が自分でやったんですよ」
「そんな……そんなことするはずありません」
「ならば哉来君に聞いてみると良い。証人もいます」
「嘘……」
「僕が言うのもなんですけど……本当です」
 青葉が責められるほど、僕の気分は楽になっていった。といっても僕がサディスティックというわけではない。栄都の言葉一つ一つが、彼女から妖を剥がしているのだ。無論、彼が意識してやっているとは思えない。ただ、僕とは相性が良いような気がする。もしかしたら境生よりも――
 繋がりが薄れれば、奴らは弱まる。結び付きが断ち切られると、奴らは僕に負ける。
 今の僕には階上のモノを完全に捉える事が出来る。白の世界にありながら、はっきりと白と認知出来る。不思議な感覚。人工の白とは何が違うのだろう――
 それは女のようだった。椿姫を原型としているから当然と言えば当然だと思う。ただ人ではない。人型とは言いたくない。いずれにせよそれは次第に表情を失い、今ではただの塊の様になっていった。白い塊。もうすぐだ――もうすぐ落ちる――
「そんな、哉来がどうして……」
「彼はあなたに期待していたのです。今度こそ皆と同じ白い上履きを買ってくれるかもしれないとね。今度こそ気付いてくれるはずだ……彼はあなたにサインを送っていたのです」
「サイン……」
「そうです。あなたが哉来君に白い上履きを履かせる……他人とは違う事を強要するって事はこう言うことだと伝えたかったのでしょうね」
「……」
「ところが、あなたはそれに気付くどころか、そんな哉来君を許さなかった。あげくには担任の先生を疑ってみたり、ましてや妖怪の仕業とまで考える様になるとは……。哉来君もおかしくなる訳だ。おっとすみません、これは勝手な推測でしたね」
「全部……私のせい……」
 青葉が崩れ落ちると同時に階上のモノも揺らいだ。なんだかさっきより見辛い。白の世界に溶け込んだ気がする。つまり、ただの白になっているんだろう。どうやら先生は無駄足だったようだ――
 僕がそう思っていると、栄都はさっさと帰り支度を始めていた。
「急いでいるので僕はもう帰ります。あとはご自身でどうにかしてください」
 青葉は何も答えず、ただぼんやりとへたり込んでいた。
「フン、あなたに親の資格はないようだ」
 栄都の捨て台詞にも青葉は何も反応を示さなかった。ちょっと酷いとも思ったが、栄都なりのエールなのかもしれない。その可能性は低そうだけれども。
 栄都が白の世界から去り、一人残された青葉を見ているのが辛くなった僕は、階段を昇る事にした。残念ながら青葉を元気付ける余裕はない。僕にはやるべき事があるのだから――
 階段を折り返し、奴に近づく。目を凝らすと、あと数メートルのところに奴は居た。最早女性の面影もない。頬に伝う汗を拭い、一段、そしてもう一段、慎重に足を動かした。







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